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第六百七十九話 カラドックの帰還

いよいよカラドックもここまでです。

<視点 ニムエ>



永遠にこの光景が続くかと思えたけれど、

絨毯を踏み締める小さな音が聞こえてきた。



あれは・・・メリーさん。



 「あえてこの空気をやぶらせてもらうわ、

 私の声は届いているかしら?」


聞こえない筈はないだろう。

最初にメリーさんの接近を視界に収めていただろう、リィナ様、

そして時間のずれはあったけれども、

カラドック様が振り返り、最後にケイジ様が顔を上げる。


三人とも口は開けないけども。


 「あなたたちが大事な話をしているのも分かっている。

 出来れば私も邪魔したくない。

 でもカラドック、私たちに残された時間はもう残り僅かよ・・・。」


そ、それはその通りよね。

聞いた話では正午までに元の世界に戻らないと、永遠にこの世界に取り残されてしまうとか。


私や女王にしてみれば、

カラドック様が残ってくれるならしめた話と言いたいけども、そうなると元の世界がぐちゃぐちゃになってしまう恐れがあるという。


 「そ、そうだね、

 ありがとう、メリーさん、

 忘れていたわけじゃないけども、そろそろ潮時なんだろうね・・・。」


 「ケイジも・・・それでいいのね?」


 「う、うう、ぐすっ、だ、大丈夫だ・・・。」



 「ケイジが何を心配しているか分からないけども、カラドックは大陸を制する王となるわ。

 そして、公式記録では天使シリスは、王位をカラドックに譲った後は二度と姿を現すことはなかった。

 ・・・そう言っておけばケイジは安心できるの?」


え、

てことは、結局、カラドック様の未来で、

誰にも相談出来ないような危機は起こらないってことでいいの?

じゃあ、さっきのケイジ様は何故あんなにも取り乱していたというのだろう。



 「・・・そうか、

 いや、大丈夫だ、

 オレはカラドックに、さっきの話を覚えていてくれさえすればいいってだけだからな。」


・・・別にケイジ様もメリーさんの話を聞いて何とも思ってないようだ。

いったいどういうことか、さっぱり分からない。


 「そう、なら余計なお世話だったかしらね。」

 「・・・いや、そんな事はない。

 オレやカラドックの事を案じてくれたんだろう、礼を言うよ・・・。」


そうね、

空気を読まないみたいなこと言ったけれど、さっきのはメリーさんの優しさなんだと思う。


 「・・・お礼なんて、不要よ・・・、

 だって私は・・・いえ、なんでもないわ。」


ん?

メリーさんは何を言いかけたの?

なんとなく後ろめたそうな口調に聞こえたのは私の気のせいだろうか。



 「それよりカラドックはそろそろいいの?

 最後まであなたには悪いとは思うけど、私の帰還はカラドックの後にさせてもらうわ。

 万が一のことを考えて、未来に影響を与えるような話が出ないとも限らないから。」


まあ、メリーさんにはそっちの方が大事なのよね。


 「あ、ああ、私も問題ないよ・・・

 本当に名残惜しいのだけどね、

 ケイジ、立てるかい?」


 「す、すまん、最後だというのにみっともない姿を見せてしまった・・・。」


 「気にするなよ。

 君と私の仲だろう。」


 「カラドック・・・っ」


ケイジ様はまだふらついている。

リィナ様が甲斐甲斐しく寄り添っているけども、

あんまりそんな姿を見せていると魔王様がまた激怒するんじゃないだろうか。


一方、カラドック様は再びメリーさんに顔を向ける。


 「私の子孫に嫁いでくれたメリーさんにも色々世話になったね。」


 「それは言わない約束よ、おとっつ・・・、

 いえ、カラドック国王。

 正直、夜逃げしたのは申し訳ないとは思っているのだから。」


また何か言いかけてやめたわね。

多分今回はメリーさんも空気を読んだのだろう。

きっとそうだ。


 「まあ、400年もあればそういうこともあるだろう。

 流石に私もそんな未来のことまで憂う器じゃないさ。

 ・・・そうだな、

 せめて私の生きてる間、

 後は私の息子や知り合いが生きてる間だけでも平和が続けば満足さ。」


それはそうよね。

人生100年もあれば戦争だって天災だって、飢饉だって起こるだろう。

ちゃんと天寿を全うできる人の方が少ないのだ。


 「・・・そうね、

 その通りよね・・・。」


メリーさんも同じ意見よね。

なんとなく言葉に力がないように聞こえるのは気のせいかしら。


ようやく立ち直ったのか、

ケイジ様がメリーさんの方へと顔を向けた。


 「メリーさんは・・・この世界に来て満足したのか?」


 「・・・ええ、おかげさまでね。

 予想もつかないことばかり起きてたけど、

 そうね、楽しかったわ・・・。」


 「・・・それは、良かった・・・。」



ほんとうに。

わざわざ異世界からこっちの世界に飛ばされて、

邪龍なんて訳の分からない化け物と戦わされて、本来だったらこの世界に呪いの言葉をぶち撒けたくなったとしても、誰も咎めることなど出来ないだろう。


カラドック様、麻衣様、そしてメリーさんは見事邪龍を滅ぼしてくれたのだ。

なら、私たちはでき得る限り、彼らに報いてあげないと立つ瀬がない。



その時、

不意にメリーさんとカラドック様の動きが止まった。

ほとんど同時に。

まるで二人にしか聞こえない何かを聞いたかのようだ。


 「・・・どうやら私たちにお知らせが届いたようだ。

 元の世界に戻るタイムリミットまであと30分ということらしい。」


あ、何かこの世界に初めて来た時も、頭の中に声が響いて来たとか言っていたかしら。

あ、いえ、声でなくメッセージが届いたんだっけか。

・・・全く意味が分からないのだけど。


メリーさんもカラドック様の言葉に頷かれた。

とても便利だけどどういう仕組みなのだろう。



 「ではそろそろイゾルテの目を覚まさせるとしようぞ。」


それが契機ということか、女王の合図でお付きのものたちがイゾルテ様を優しく起こす。


 「・・・ふぁ、

 あれ、ここは・・・はっ!?

 か、カラドック兄上様はっ!?」


 「ふふ、ここだよ、イゾルテ、

 そろそろお別れの時間だ。

 最後は淑女らしくしっかりとね?」


 「そ、そんな!?

 い、今まで何をっ!?」


そこへベディベール様とコンラッド様がイゾルテ様の肩を抱いて横一列に並ぶ。

最初は戸惑いながら、ご自分を挟んだ左右のご兄弟に顔をキョロキョロさせていたけども、

やがて覚悟を決められたのか、イゾルテ様のお顔が真剣なものとなる。



 「みんな・・・今までありがとう・・・。」


カラドック様がここにいる皆様のお顔、一人一人に視線で語りかける。


マルゴット女王、コンラッド様たちご兄弟、

あ、私にも優しい笑みを浮かべてくれるなんて・・・


そして、ケイジ様、リィナ様、

アガサ様にタバサ様、

もちろんメリーさんにも。


ゲストで呼ばれたアスターナ様たちにも温かい顔を見せていたし、

最後は魔王様たちにも視線を向けられていた。


魔王様も最後に何か言いたかったのだろうか、

そのお顔に迷いのようなものも見える。


 「うん・・・こんなところかな。

 さようなら、みんな!

 私は賢王カラドック!!

 偉大なる月の天使シリスの息子!!

 この世界に来れてほんとうに良かった!

 いつまでも・・・みんないつまでも元気でいてくれ!

 君たちのことは誰も!

 決して忘れはしない!!

 ではさらばだ!!」


そしてついに最後の時がきた。

女王たちご家族は必死に背筋を伸ばしてお見送りしているけども、

さっきのケイジ様みたいに震えている。

あ、イゾルテ様またお顔を歪めて・・・っ


そしてカラドック様は私たちに見えない何かに手を伸ばし、


ボタンでも押すかのような仕草でゆっくりと・・・



 「じゃあ・・・ね。」


最後はまるで仲の良い友達に挨拶するかのように・・・


そしてその指が押される。

そのお顔はとても優しく朗らかで・・・


全てに満足していかのように



瞬間、


カラドック様の姿が光に包まれる。




そしてその光がゆっくりと消えた時、


カラドック様が立たれていた場所には、



何も残っていなかった。




なにも。




まるで最初から、

誰もそこにはいなかったかのように。




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