第六百七十六話 ニムエの違和感
<視点 ニムエ>
「小さき者たちによる子守唄」
「え、あっ、そ、そんな、母上様っ・・・。」
あ、あれは・・・
話には聞いていたけど私も初めて見る。
女王の奥の手の一つ、
闇の精霊術だ。
ベディベール様も精霊術を使いこなし始めているが、闇系統の術にはまだ手が出ないと言っていたっけ。
眠りの効果をもたらす魔術には、
同じく闇系統の僧侶呪文があるらしい。
ただ、強制的な睡眠という意味では、
威力も効果範囲も僧侶呪文には及ばないそうだ。
なので、戦闘中に役立つかと言われれば微妙。
その代わり、小さな赤ちゃんを寝かしつける場では絶大的な効果があるという。
世の中全てのお母様には垂涎の精霊術といえよう。
そしてこの場にはまさに最適。
「すまんの、イゾルテ、
カラドックを送る時には起こしてやる故、恨むでないぞ。」
糸が切れたように倒れ込むイゾルテ様をお付きのメイドたちが支え合う。
うん、一時はどうなることかと思ったけど、今回ばかりは仕方ない。
イゾルテ様には後ほどたっぷり反省していただかなくてはならない。
教育係の方々もまとめて。
そして私は無実であると重ねて主張しておく。
一方、カラドック様は・・・
うわ、
何事もなかったかのような涼しい表情だわ。
これが音に聞くスルースキルというやつね。
・・・うん?
違う。
涼しい表情?
違う違う違う。
私にも分かる。
会場の空気が全く違う。
まるで突然ここにいる全員が別の世界に飛ばされてしまったかのように。
この空気の根源はどこ?
カラドック様!?
いえ、
それも間違いはないのだけど・・・
あ、
この空気が固まっている大広間の中を、
そう、
イメージだけなら、積もりまくった雪の中を掻き分けて進むかのように、
ただ一人、
ケイジ様がカラドック様の元へと近づいていく。
剣呑なる空気を発してるのは当事者お二人だけではない。
これはリィナ様や女王、そればかりかあちらの魔王様までも、真剣な表情でお二人を見守っている。
てっきり私はこの最後のお別れ、
感動的なものになるかと思っていたのに、
まるでこれから決闘でもするかのような真剣さ。
いったい何が始まるというの。
「やあ、最後は君か、ケイジ。」
「・・・、さっきのカラドックのセリフじゃあないが、こうなる事は初めから分かっていた。
だから、それまでにあれも言わなくちゃ、これも言わなくちゃ、なんて色々考えていたんだけどな。
その場になると全部吹っ飛んでしまいそうだ。」
「私も似たようなもんだよ、
ただ、これもいつか言ったかもしれないけど、
私はこの世界で見たいものは全て見た。
この後のことは何も心配していない。
だから・・・ケイジも私のことを気にかける必要はないぞ。」
「・・・・・・。」
カラドック様は凄いわね。
この場に及んでも全くぶれることはない。
ただ、お二人の会話に違和感がある。
特に最後の「カラドック様のことを気にかける必要はない」?
この後、カラドック様は元の世界に帰る。
なんでももとの世界では時間が止まってるらしい。
いったいどういう事なのか、まったく理解不能なのだけど、
カラドック様は帰られたら、前と変わらない生活を送るだけのはず。
ならいったい何を心配するのだろう。
そしてケイジ様は私のような疑問を感じてないようだ。
ならば、お二人にしか分からないことでもあるというのだろうか。
そして私の気になったことなど、それこそお二人にはどうでもいいのだろう。
ケイジ様がそのことをスルーして話を続ける。
「・・・まあ、月並みというか、カラドックには感謝している。
これは当たり前の話すぎてな、
今更最後の最後で口にする必要もないんだが、話の取っ掛かりとして聞いてもらえばいい。
お前がいなかったら、オレたちは・・・
オレは前に進めなかった。
本当にありがとう、この通りだ。」
ケイジ様が深々と頭を下げる。
ケイジ様がお礼を言うのは当然の流れだと思うけど、どうして私は今の言い回しにも奇妙な印象を受けるのだろう。
何かケイジ様はカラドック様に含むところがあるのだろうか。
・・・カラドック様は
あれはどういう表情なのか。
私のようにケイジ様に違和感を覚えているようでもなく、
真剣にケイジ様の言葉を受け止めているという様子だ。
「その言葉、まさしく私が聞きたかったことでもある。
つまり・・・私は君たちの、
ケイジの役に立てたんだな・・・っ。」
カラドック様も何をそんな当たり前のことを。
それより今、最後、
カラドック様の言葉が詰まりかけた?
その表情も、
今までのどんな場面より緊張している気もする。
「ああ、お前が、この世界に来てくれたおかげだ。」
「お膳立てしたのは私ではないけどね。」
「それは関係ない。
カラドック、お前の言葉、行動、意志全てがオレを救ってくれたんだ。」
そう言えばカラドック様が転移の際、与えられた使命はこの世界の勇者を救え、という話だったはず。
まあ、それは大した問題じゃないか、
勇者はリィナ様だったけど、そのリィナ様やこの国、いえこの世界全てを救ってくれたのだから。
「それと、カラドックには一つ聞いておきたいことがある。」
「うん、なんでも聞いてくれ。」
「お前がこの世界に来る時、報酬として、お前の心のわだかまりを解消するとかいう話があったよな?
その件は・・・。」
あ、それは私も気にしていた。
昨晩、女王の執務室で完全に解けたわけではないと言ってたと思うけど。
「言ったろう。
見たいものは全て見たと。
私は全てに満足してこの世界から立ち去るのさ。」
あら、女王に語られた時と少しだけニュアンスが変わるような。
私の気にしすぎだろうか。
「だがカラドック、お前は・・・
オレの、このオレに自分の弟の姿を重ねていたんじゃなかったのか?
その件は・・・もういいのか?
あの男、モードレルトを見て満足したというのか?」
あ、そういえばそうよね。
カラドック様のあちらの世界の弟様は、
アルツァー様のご子息とそっくりなんだとか。
「・・・ああ、それは、
悪いな、ケイジ、ここでスルースキルを使わせてもらうよ。
それこそ世の中にはそんな不思議なことがあるもんだなあ、と思ったことにするよ。」
「くっ、なんだ、そりゃ?」
思わずケイジ様から苦笑が漏れる。
それ以上はケイジ様も突っ込んで聞く気配はない。
ただまた違和感だ。
モードレルト様がこちらの世界におけるカラドック様の弟なら、
カラドック様はどうしてもっと彼に執着しないのだろうか。
だって弟様には別れの言葉も満足に言えてないわけよね?
いいの? そんな淡白な扱いで。
「だって彼には惠介の記憶はないんだろう?
なら私一人喜んだって仕方ない話さ。
まあ、久しぶりにアイツの顔を見れて良かったとは思うけどね。」
・・・まあ、それはその通りか。
「・・・分かった、カラドックがそれで構わないというなら、オレもどうこういうつもりはない。」
「うん、後は・・・
話は・・・まだ、何か、あるかい?」
おかしい。
今のカラドック様のセリフは、
間違いなく、他にも言いたいことがあるんだろと、ケイジ様に要求しているようにしか聞こえない。
そしてその言葉を聞くケイジ様は口を開かない。
じっと何かを、考え込んでいる・・・
いえ、迷っているのだろうか。
その先を口に出していいものか、
それともこのまま黙っているべきなのかと。
私にはお二人が何を考えているかは分からない。
けれどお二人が共通の何かを抱えていることだけは間違いないようだ。
なお、違和感を覚えているのはメリーさんも同様のようだ。
人形の顔だから表情は分からないけど、
コテンと首を曲げて不思議そうにしている。
この先、ちゃんと書けるだろうか?
内容的にも時間的も。
更新できなかったらごめんなさい。