第六百七十話 女王の子供達
ぶっくま、ありがとうございます!
<視点 ニムエ>
勇者リィナ様による濃密な別れのご挨拶が終えられた。
さすがね。
今の私ではとても真似できない、
大胆でいて、そして下品さも嫌らしさも何も感じない、清々しいまでのキスであった。
それ故か、
・・・いえ、それだけケイジ様もカラドック様には気を許しているということね、
ケイジ様には何の動揺も見られない。
それどころかリィナ様を優しく気遣ってあげている。
唯一落ち着きをなくしているのは魔王ミュラ様だ。
リィナ様のキスのほうに嫉妬しているのか、
それともケイジ様がリィナ様とベタベタしている方に嫉妬しているのか・・・。
後者の方かしらね。
・・・あら?
魔王様こっちくる?
心なしか二つの拳を握りしめているような・・・
今もリィナ様の背中にケイジ様の手が回されているのを見て我慢出来なくなったのだろうか?
いけない。
現在リィナ様は動けない。
なのに、せっかくのお別れの会をそんな形で水を差されたらっ・・・て
えっ
イゾルテ様?
いつの間に・・・
どうしてイゾルテ様が魔王様の前を遮ってるの?
「そこ、どいてくれないかな?
僕は向こうに用がある。」
「勘違いなさらないでくださいませ。」
きゃあああああああああ!
よりにもよってイゾルテ様が魔王様になんてことををををを!?
「勘違い? 僕が?」
「ええ、左様ですわ、
此度の主役はカラドック兄上様とメリー様です。
そしてここにいる皆様全て、色々な思いを堪えてご自分の番を待ってらっしゃるのです。
魔王ミュラ様は昨日、カラドック様とお別れを済ませたのでしょう?
なら、もうあなたの出番は終わったのです。
ならばせめてカラドック兄上様が快く旅立つまで大人しくしているべきではありませんの?」
あ、あ、あ、
バルファリス様までも顔面蒼白・・・っ
こっ、これ、下手したらうちの国と魔族の国で、せ、ん、そ、う・・・っ
「・・・む、むう、わ、わかったよ。
今は、大人しくしていよう・・・。」
・・・え
引き下がられた?
魔王様って結構話のわかる人?
っていうか・・・
「さすがは魔族を率いられる方ですわ、
私のような小娘の言葉も受け入れていただけるとは・・・。
ミュラ様の度量に敬意と、そして最大の感謝を・・・。」
優雅な姿勢で礼を執るイゾルテ様・・・。
い、いつの間にイゾルテ様はそんなご立派な・・・
皆さんは私の驚愕を理解できるだろうか。
人のいい、良く言えば天真爛漫天然培養純粋無垢だったあの王女様が、
よりにもよって魔王様相手にそんな厳しいセリフを吐いたのよ?
恐らく昨日冷たくあしらわれた件も絡んではいるのかもしれないけども、
これだけ堂々と正論ぶちかますなんて、今までのイゾルテ様からは考えられないわ?
そして私のショックはそれだけに留まらない。
まだ続きがあるのだ。
そう、
魔王様は元の場所に戻る直前、足を止められた。
何かを思い出したように、後ろを振り返って・・・
「君は、昨日僕の隣にいた子だね、
名前は名乗ってもらったと思うけど、もう一度その名を聞いても?」
王女の名前を覚えてないなんて、普通に考えてとても失礼な話だけど、
これって・・・
うん、イゾルテ様は気にも留めてらっしゃらない様子、
そのままニッコリ笑ってもう一度綺麗に腰を曲げられたのだ。
「イゾルテと申します、魔王様。」
そこでようやくイゾルテ様はこちらに戻られた。
・・・私にも分かる。
驚いてるいるのは私だけでない。
コンラッド様もベディベール様も、
カラドック様やケイジ様まで、目を見開いて今のやり取りを見続けるしかできなかったのだ。
さっきの場所以外、時間が止まっていたと言っても過言ではない。
いえ、女王だけが満面の笑みを湛えているわね。
「よくぞ申した、我が愛するイゾルテよ、
魔王に向かって一歩も引き下がらぬその胆力、
母としてこれほど誇らしいものはないぞ。」
「だって、いくらなんでも失礼過ぎますわ!
昨日は私だって悔しかったんですよ!!
少しばかしお返ししてあげたって罰はあたりませんですよね!?」
あれ・・・うん、
イゾルテ様の気持ちはよく分かる。
正直私も少し気分がいい。
けれどこれ、イゾルテ様に特に深い思慮があったわけでなく、
何にも難しいこと考えずに、
単に悔しいからやり返したってだけよね?
・・・評価は
いえ、私ごときがそんなの不遜よね。
この件に関して私が口を挟むことは何もない。
そうそう、今はお別れ会の続き!
あ、いけない!?
カラドック様の抱えている花束を回収しにいかないとね!?
「お、次はコンラッドにベディベールか。」
私が花束を受け取ったので、
カラドック様は再び身軽となる。
今度はお二人の王子の出番のようだ。
「カラドック様・・・。」
「兄上・・・。」
ご兄弟並んで・・・
あ、イゾルテ様は今の喧騒があったせいか、
それとももともとお一人で挨拶するつもりだったのか、後ろに戻られている。
今回は男兄弟だけで、ということね。
「後のことは頼むぞ、
ベディベールだけじゃない、
ケイジもきっとコンラッドの力になる。
なんでもかんでも全て一人で背負おうとするな、
イゾルテだってあんなにも成長しているんだ。」
イゾルテ様の行動を成長といっていいのかわからないけど、目を見張るほどの変化があったのは私にもわかる。
「は、はい、先ほどのは私も驚きました。
それとカラドック様には謝らなければならないことが・・・。」
え?
コンラッド様がカラドック様に謝りたいこと?
「何だい?
別に今更この世界に呼ばれたことなんか何も気にしちゃいないよ。
むしろ感謝したいことばかりなんだから。」
「い、あ、いえ、そう言って頂けると・・・
いえ!
そうではありません!
そのこともそうなのですが!
私はその、最初、あなたが本当に母上の息子なのかどうか、
我々の兄と看做して良いものか疑っていたのです!
けれど、カラドック様は、私の下卑た疑いなど笑い飛ばすかのように、メキメキと活躍をなさり、最後には邪龍まで・・・
あなたは大国の王でありながら、何の見返りもないというのに、命の危険も顧みず・・・
私は・・・自分が恥ずかしく・・・」
「そんな事を考えていたのか・・・。
別に馬鹿正直にこんなところで明かさなくても良かったろうに・・・。」
「いえ、もちろんこれが政治の場なら、馬鹿正直に何でもかんでも口にするのは褒められた行為ではないでしょう。
ですがカラドック様なら・・・
兄弟なら腹の底を見せることに何の問題がありましょうや・・・!」
そうなるわよね・・・
コンラッド様は順当に考えればこの国の後継。
剣の腕前は中々のものと聞いているけども、女王のような魔眼を持つわけでも、ベディベール様の精霊術も持っていない。
そこへ何でもかんでもできるスーパーな賢王がやって来たら、ご自分の存在価値が薄れていくように感じてしまっても無理はない。
ホント貴族以上に王族って大変なのよね。
「・・・分かった。
けどそれも、コンラッドの立場なら当たり前だ。
元の世界じゃ私だって長男だったし、武勇に関しては私より弟の惠介の方が強かったしな。
どこの家にだってよくあることだよ。」
・・・あ
凄いわね、カラドック様。
コンラッド様のお気持ちも・・・
最初から飲み込んでおられたのだろうか。
「あ、兄上・・・」
「自分に出来ないことをする必要はない。
ただ自分がすべき事を為せばいい。
だからさっき言ったのさ、
この世界のことは何も心配してないとね。」
「あ、ありがとうございます、
決して・・・決して兄上の期待は裏切りませんっ!!」
「ベディベールも・・・
二人の才能は別々のものだ。
兄弟で比較する必要なんかどこにもない。
たとえ方針や考え方を違えることがあっても、
お互いを支え合うことを誓ってくれ。
それが出来るならこの国は安泰さ。」
「は、はい、兄上、あなたがいなければ、きっと私の精霊術も開花しなかったでしょう、
必ずや頂いた力をこの国のために役立てると誓います・・・。」
そうよね、
私もあの時、メイド魔人ベアトリチェ様との戦いでベディベール様の精霊術を目撃している。
あれから国に戻られてからもベディベール様は精霊術の訓練を怠っていない。
まだ女王に肩を並べられるほどではないと聞いているけども、この後もさらに成長されるのであれば、隣国との戦争でも・・・
「ふふふ、さて・・・」
あら、女王が動いた。
おかしいわね、このタイミングで?
あ、いえ、女王はカラドック様のところではなくメリーさんのところに歩いていく?
「すまんの、メリー殿、
そなたも主役であるのに、カラドックばかり目立ってしまい、つまらなくはないか?」
あ、女王はメリーさんのことを、気遣ってあげてるのね。
「・・・別に気にしてないわ。
それに見ていても結構楽しいしね。
それで女王は私のお相手をしに来てくれたのかしら?」
「もちろん妾もそなたには特大の感謝をしている。
ただメリー殿にも、カラドックと同じく何の褒美も渡せぬとなれば、女王の名が廃るだけでのう。」
そう言えばそうなのよね。
麻衣様の時もそうだったけど、
結局は国として邪龍を倒した人たちにほとんどお金を使ってないのよね。
国の台所事情としてはとてもありがたいのかもしれないけど、
国内外の世間体を考えるとそれはどうなのかしら。
「そうね、
でも私もカラドックじゃないけど、この世界で予想もしなかった子たちに会えたわ。
その思い出を貰っただけでも十分よ。」
「ふむ、そこでなのじゃがな?」
「あら、何かしら?」
「今回の壮行式は身内だけ・・・
と言うわけで他の貴族たちの参加の申し出は全て断ったのじゃが、どうしてもメリー殿に礼を言いたいと言うものたちがいての。」
「あら、誰かしら?」
「よし、それでは呼んでまいるとするかの、
これ!」
パンパンと女王が手を叩く。
会場係の一人が広間を出てすぐに一組の集団を連れてくる・・・。
あら?
その話は聞かされてないわよ?
サプライズということであれば、ごく一部の人間にしか知らされてないのだろうけど・・・
小さい子もいるみたいね。
「・・・あれは」
メリーさん、目もいいのかしら。
あ、えっとあの人たちは・・・
少し、長くなってしまいました。
なんとかゲスト登場まで。