第六百六十七話 女王との夜
メリーさんの中の人の3Dが出来たけど、
今回は女王メインのお話なので別の機会にアップしますね。
<視点 カラドック>
「失礼します。」
「うむ、遠慮は要らぬ、
自分の部屋のようにくつろぐが良い。」
時刻は夜になった。
もはや私がこの世界に残るのも今晩まで。
明日の昼前にはこの世界から消えてしまう。
すなわち私が名残を惜しむ者たちと過ごす時間もあと僅か。
だから、魔王ミュラを含む皆んなと騒いだ後は、こんなしんみりとした時間も必要なのだ。
「魔王殿たちはホテルの方に無事に移られたようじゃな。」
「ええ、私達が泊まっていたホテルのその後にですね。」
ヨルさんがいなくなった以上、
私達がホテルに泊まっている理由もなくなっていた。
それに明日はさぞ慌ただしいことになるだろうと予想される。
なら最後の晩くらいは宮殿に戻っていた方がいいだろう、
ということで、私達は再びこのホワイトパレスで夜を過ごしているというわけだ。
そしてそのミュラの方についてなのだが、
私と最後に話をすると言う目的を終えたので、
その気になればそのままドラゴンの背中に跨り魔王領に戻ることも出来たのだけど、
さすがに月明かりしかない真夜中に飛ぶのは危険過ぎるという理由で、この街に・・・
なら私達の泊まっていたホテルにそのまま移ればいいだろうと言う話に落ち着いた。
どうせあのホテルはフロア丸ごと私達が借り切っていたしね、
使わなかった部屋もいくつかあるから、
泊まり客が変わっても全く問題ないだろう。
唯一、頭を悩ませたのがドラゴン達の休息場所について。
いくらなんでもホテルの厩舎には入れられない。
・・・もちろんホワイトパレスにだってそんなスペースあるわけもない。
軍需物資用の屋外貯蔵庫を兵士たち総出で空けて、なんとかドラゴンたちのお泊まりスペースを確保した。
あとは竜人ゾルケトフに一任。
ミュラの護衛は「聖なる護り手」と魔族メイドのメナさんで固めるということで、なんとか妥協点を見つけることができた。
・・・いや、
本来なら勝手に来たミュラたちの世話に苦心する必要ないんだけどね。
夜のドラゴンでの移動が危険だろうが何だろうが、こっちが心配する義務もないわけだし。
ただあまりにも死霊術師の女の子が可哀想過ぎてね。
「・・・え
このまま帰る?
お外真っ暗なのに?
暖かいお布団で眠ることもできずに?
もう無理。
カルミラちゃん動けない。
これ以上ドラゴンの背中にくくりつけられたら明日の朝にはカルミラちゃんは死霊たちの仲間入り。」
聞くとせっかくの宮殿料理もほとんど食べられなかったとのこと。
精神衰弱は治癒呪文じゃ回復できないだろうしなあ。
まあ、そんな経緯でミュラたちは今晩泊まっていくことになったというわけさ。
ミュラたちの話はここまででいいかな?
話を戻そう。
現在私はマルゴット女王の執務室で静かに杯を傾けあっている。
壁際にはニムエさんが控えているから二人っきりと言うわけではないけどね。
「どうせなら妾の寝室でもてなしたかったのがのう。」
「さすがにそこまでされたら余計な波風が立つからやめましょう。
ミュラの件もありますし。」
もちろん万が一だろうとあいつの時のような間違いは起こるわけがないけどね。
起こる事なんて有り得ないんだけどね。
いや、だから起きちゃいけないんだってば。
だから女王、
瞳の中に妖しい光を灯さないでくださいね?
「ふっふっふ、すまんすまん。
こういった何の気遣いも要らぬ冗談を言える相手もそうそういないのでなあ、
これも最後じゃ、少々の悪戯は笑って済ませてくれぬか。」
・・・冗談ですよね。
ホントに冗談ですよね?
いや、ほら、ニムエさんの目が全開に見開いていますよ?
口元にハンカチを当てて必死に何かが溢れないように耐えているじゃないですか?
・・・いかん、
女王に会話のペースを任せていたらどこに話が飛んでいくか分からない。
こっちからも手綱を掴まないと。
「思えば色んなことが起きましたね。
私が召喚された当初とは、状況も展開も予想もできない結果にはなりましたけども、
なんとかみんなが笑える終着点を迎えることが出来たと思って良いのでしょうか。」
テーブルの上に出していた私の手の甲を、
女王が優しく自らの手のひらで覆う。
「・・・そうよな、
あの時は決死の思いで召喚術を使ったのものよ、
我ながら酷い博打を打ったものだ。
下手をしたら世界を破滅に導くような犯罪者を喚んでしまう可能性もあったのにのう。」
確かにそれは恐ろしいな。
召喚する者を自在に縛りつけられるならともかく、
しかもそれが可能だとして、呼ばれるほうは堪ったものじゃないしね。
そういえば、
麻衣さんが呼び出した女の子たちも、
麻衣さんによると下手したら世界が壊れると言ってたっけ。
・・・世界じゃなくて世界観って言ってなかったかな?
まあ、どちらでもいいか。
「・・・結局はあの召喚術は無駄になったってことですよね?
私の転移は恐らくですが、
私の世界から誰かが私をこの世界に送り込んだという話のようでしたし。」
時代も世界も違う場所から3人もの人間をこの世界に送り込んだ。
まさしく人間業じゃない。
父上か・・・
生きてるか死んでるかも分からないアスラ王か、
そしてまた二人が結託しているのかもわからない。
けれどそういう考えしか持てないよね。
「まったくのう。
ただまあ、負け惜しみと言われても否定せぬが、ちょうど妾の召喚術と同じタイミングで其方が送られてきたというのは、
何らかの演出とも言えるのではないか?
それこそ、今回の黒幕殿が妾に花を持たせてくれたのかもしれぬ。」
なるほど、そうとも考えられるか。
ん?
そう言えば、麻衣さんが最初にメリーさんを喚ぼうとして失敗した時は、
魔法陣の光はすぐに消えてなくなったよね。
あの時・・・私が見たのは
「じゃがまあ、今回の結末は誰がどこからどう見ても最高の終わり方よの。
先週の式典の時にも申したが、よくぞ妾を・・・
ケイジのことも含め、この世界を救ってくれた。
それなのに妾はそなたに何の見返りも褒美も渡せぬとは・・・。」
女王の顔が悔しそうに歪む。
「迂闊なものは持ち帰れませんからね、
それこそハンカチ程度なら何の問題もないでしょうが、
貴重なものなら貴重なだけ、後で私が国のものたちから問い詰められるだけになるでしょう。」
ん?
あれ、今私は何を思い出そうとしたのだっけか?
まあ、いいか。
今は女王との最後のひと時を存分に過ごそう。
「明日の別れはイゾルテが大泣きしそうよな・・・、
もっとも、妾も自分を抑えられるか自信がない。」
耐えられぬとばかりに女王の視線が私から逸らされる。
それは
「・・・それ以上は・・・
私も別れが辛くなります・・・。」
「・・・そうか、そうよな、
そう言えば・・・そなたの望みは叶ったのか・・・?」
「私の元の世界における心のわだかまり・・・、ですか。」
「少なくとも・・・妾には解け切ったようには見えぬが・・・。」
「もちろん完全に解けたわけではありませんよ。
・・・ですが、それこそこれ以上何を望めばいいのですかね?
だって・・・『あいつら』は幸せそうなんですよ?
・・・女王、
私がいなくなっても『あいつら』のことはよろしくお願いします・・・。」
「・・・無論じゃ。」
グラスも底をついたな。
これ以上は夜も遅い。
言いたいことは大体全て伝えた。
勇者による魔王調伏計画についても滞りなくね。
この国の舵取りも大変だろう。
邪龍の脅威が去って、いよいよ現実に積み上がっている問題を直視しなくてはならないのだ。
魔族との折衝、
国格のステージアップ、
そして今は休戦状態だが、
この国の太公を死なせた隣国との決着・・・
私がこの国の王だったとしても、
持てる力と知恵を全て使わなければならない状況下にあるのだ。
なのに
自分の体を預けられる者がいない、
自分の弱音や愚痴を聞いてくれる者がいない、
それが果たしてどれだけ心細いものなのか。
これほど豪華な部屋だというのに、
自分が両手を伸ばしても抱きしめるものなど何もない。
虚しくその腕が彷徨うだけ。
華美な鏡台には美しく着飾った自分が映っているのだろう。
けれどそこにはたった一人。
自分がどんな表情を浮かべ、どんなに体を動かしても誰も反応してくれない。
喜んでもくれない。
茶化してもくれない。
それがどんなに虚しいことなのか。
そう、出来うるなら
私もこの世界に残って最後までみんなの助力を・・・
そうすれば女王にも・・・
いや、分かっているとも。
そんなのは思い上がりだ。
残ったら残ったところで別の問題が起きるだろう。
あの時も・・・
この国で冒険者という生活に慣れるため、いくつかお試しで他のパーティーにもお邪魔したけども、
私が活躍しすぎれば、必ずそのパーティーにヒビが入る。
人付き合いのうまそうだったアレン率いるパーティーですら、もう少しあそこに居続ければ彼らの結束にも影響が出ただろう。
短期間のお試しパーティーだったからうまく回ったのだ。
そして、これ以上私がここにいれば・・・
次期国王候補であるコンラッドにも・・・
私は最初の予定通り、
これでこの世界での仕事を終わらせなければならないのだ。
だから、
私に出来ることは・・・
「マルゴット女王・・・いえ、母上。」
女王の表情が一変する。
為政者のものから、ごくごく普通にどこにでもいる、優しそうな母親のそれへ。
「なんじゃ、なんじゃというのだ、我が愛しき息子よ・・・。」
「あなたと、弟達や妹の・・・
末永くの幸せを、
誰よりも、誰よりも強く願っております・・・。」
私たちはどちらからということもなく席を立つ。
せめて最後の晩くらいは、
本当の親子のように振る舞ってもいいよね。
最初に会った時は、ただ抱きしめられただけだったけども。
今は私からも・・・
さようなら、母上。
いつまでもお元気で・・・
女王
「びええええええええええええええええええええええんっ!!」
カラドック
「ニ、ニムエさん、ぐすっ、後はお願いしますねっ」
ニムエ
「え、はい、あの、でも私でもどうすればっ!?」