第六百六十三話 ミュラの告白
あ、長くなりました・・・。
いつか話すかもと言ってた天使シリス編でのミュラのその後です。
<視点 カラドック>
ミュラから聞かされた衝撃的な話。
そう、
他でもないヨルさんのことだった。
もちろん私にしてもヨルさんの父親のことは何も考えていなかったわけではない。
ただ彼が何をどうしようとしても、
魔族の街から私の所に辿り着く手段などないと思い込んでいたのは確かだ。
私は元の世界に帰ってしまうのだからね。
まさか仕えるべき魔王の元にまで訴えにいくとまでは想定していなかった。
うん、私の見込みが甘かったと言われればそれまでだよ。
それとミュラからは、麻衣さんと偶然再会した話も聞かされた。
ヨルさんの様子を見に行ってくれたという。
本当に麻衣さんには頭が上がらない。
「そうか・・・
ヨルさんもふっきれてくれたみたいなのか・・・。
ミュラにも迷惑かけたね・・・。」
「まあ、いいよ、
今は他人に振り回される状況ってのが、少し楽しく感じている。
特にその『楽しく』ってのが前の人生の僕では考えられない変化でね。
これも・・・転生して良かったと思えることなのかもしれない。」
「へえ、・・・それは意外だったな。
何にせよ君がそう思えるなら私も君の転生を祝福しよう。
新しい人生を是非楽しんでくれ。」
「ああ、ありがとう。
あ、それで今回は留守番させているが、ヨルはこのまま冒険者パーティー『聖なる護り手』に所属することになる。
あいつらも前衛一人失ってしまったそうだからね、
僕に協力する上で、彼らにも魔族の人間が参加している方が都合がいいだろうしね。」
ほう?
それはさすがに予想外の展開だ。
けれど考えてみればヨルさんは、人間サイド魔族サイドどちらにも変なこだわり持たずに世渡りできそうだしな、
ちょうどいいと言えばちょうどいい人選なのかもしれない。
さて、
ここまでの話は前置きだ。
まさにここに来るまでの土産話といったところか。
「・・・そうだな、
僕がここでカラドックにしておきたかった話は二点だ。」
ミュラはこの会談を監視しているメリーさんを一度見上げる。
そう、
彼が話す内容によっては、私が元の世界に帰って歴史が変化する事になる。
もちろんそれは私としても望むことではない。
ならばメリーさんには、第三者の立場でそれを判定してもらわないとね。
「一つは『あれから』僕がどうしたという話だけど、
・・・そうだね、場所を特定しちゃいけないのなら、さる地方とでもしておこうかな、
ウィグルにもスーサにも繋がりがない土地だよ。
僕は何も考えずにその地でどうにか生きていければと思っていた。」
確かミュラは小さい国の国王にまでなったそうだな。
私は少年時代の彼しか知らない。
だが彼の才覚を生かすのであれば、あの当時の情勢でそこまで成り上がることは難しい話ではなかったということだろうか。
「ところでカラドックは・・・名前を出さない方がいいかな、
かつてシリス王に仕えていた天才技術士のことは知っているかい?」
ん?
ここで私に質問?
父上に仕えていた天才技術士?
一人の人物の名が私の頭の中に浮かぶ。
ジェフティ・・・
みんなからそう呼ばれていたらしい。
フルネームはウランドン・ジェフティネス。
今や私の側近でもあるツォンが乗り回す、
空飛ぶ船、キント・クラウドの原型を作り上げた男だ。
だが彼にミュラとの接点など・・・
「一人の人物が思い浮かぶが、
・・・私は彼に会ったこともないぞ?
確か私が生まれるか生まれないかくらいの昔に亡くなった人のことだよな?」
「うん、その人のことで間違いない。」
「なら当然、ミュラだって知ってるはずもないだろう?」
「うん、もちろん会ったことはない。
ただ、その人が生前、共にしていた女の人がいることは知っているかい?
彼女は、彼が死んだ理由に納得することが出来ず、シリスの元を離れ去った・・・。」
えっ
それは・・・
聞いたことがあるかもしれない。
確かジェフティさんは結婚していなかったが、
お相手がいなかったわけではない。
それほどウィグルの政治や歴史に絡む話でもないから私も名前までも・・・
いや、今はミュラの話を聞いておくか。
「その人のことも心当たりはある程度かな。
それでその人が?」
「うん、僕は見知らぬ土地で偶然彼女と出会ってね。
いろいろ話をしているうちに、お互いの境遇を知って・・・
当時は世界のどこも混乱していたからね、
ある程度身を守るには秩序ある社会を作り上げた方が手っ取り早いという結論になったのさ、
そして気がついたら僕はその土地の指導者にまで祭り上げられてしまった。」
なるほど、ジェフティさんと行動を共にしている女性なら、彼が身につけていた技術や知識にも明るいだろう。
ならば、そんな人がミュラと出会い力を合わせれば、小さな共同体などではすぐに頭角を現すことになるはずだ。
「これはシリス王の息子であるカラドックに伝えていいものか、悩むのだけど・・・」
ん?
「なんだい?
父上のことか?」
「それこそ今この場で言わないと永遠に伝える機会もないしね、
僕の心にわだかまりも残りそうだ。
シリス王は今も健在なのか?」
「・・・いや、私に王位を継がせた後は行方をくらませている。
生きているのかどうかも分からない。」
まあ、どこかで何かをしているらしいのだけど。
「さっきも言ったけど、彼女は相方だった技術士の死を受け入れていない。
ある意味シリスに殺されたようなものだと思っている。」
なんだと?
「バカな!
父上がそんなマネをするものか!
その件は事故だったと聞いているぞ!!」
「ごめんね、僕はその話を彼女から聞いただけだからさ、
その事実を是か非か判断することも出来ない立場だよ。
ただ彼女は終生、その想いに囚われていたという話だけが事実なんだよ。」
「・・・なら、そんな話をどうして私に・・・」
「本当にごめんね、
単に僕にとって消化不良だった話を吐き出したかっただけかもしれない。
僕自身、過去のゴタゴタには振り回された身だ。
僕には何の罪もないはずなのに、両親のやらかしたことで、何度となく命を危険に晒された。
シリス王には助けてもらった恩もあるけど、正直複雑なんだよ。
それこそシリス王が朱武さんと決別していなければ、僕の父親だって朱武さんを裏切る隙すらなかったんじゃないかって。」
そんなふざけた理屈などあるものか。
「・・・父上は万能じゃない。
そして正義の味方でもない。
何故関係ない他人の願望を全て叶えなければならない・・・!」
「ああ、うん、それは僕も分かっているよ。
だから僕自身、別にシリス王は恨んじゃいない。
ただ複雑な思いをしているよってだけなんだ。
そして話は戻るけど、彼女もそんな割り切れない思いを抱え続けていたってことだけ聞いて欲しかったんだ。
別にカラドックに何かして欲しいとか、謝って欲しいとかいうわけじゃない。
そういうことがあったんだって話だけ聞いて欲しかった。」
話を聞いて欲しかった・・・か。
それだけならば構わない、のだが。
「ミュラ、少し気になったんだが。」
「うん、なんだい?」
「君の死にも絡むのかもしれないが、今の話にあった女性のことも、全て過去形の話だよね?」
「ああ、それも話しておこうか。
恐らく僕と一緒に死んだよ。
味方の裏切りで、ね。
居城を燃やし尽くされた・・・。
因果応報っていうのかな。
笑っちゃうよね、
僕が殺したお母さまと同じ死に方をするなんてね。
僕はお父さまやお母さまとは違うと思い続けていたのに、結局は二人の子なんだなって思い知らされたよ。」
「ミュラ・・・君は」
「ついでに言っておくよ。
・・・ごめん、これってある意味僕の懺悔のようなものなのかな、
結婚はしたよ。
現地の有力者の娘とね。
子供も生まれていた。
有能な家臣もいた。
でもね、
僕は人の愛を信じられなかった。
他人に心を許すことは一切なかった。
だから、僕は生涯誰も愛せなかったんだ。
だから裏切られたのかもしれない。
多分妻も、子供も、
僕を夫と、父親と認めていなかったんだろう。
僕がそうだったように。」
なんてことだ。
悲劇は・・・
ミュラの両親が起こした悲劇は
朱武さんやその家族を引き裂いただけではなく、
そんなところにまで禍いを拡げていたというのか。
いや、どこかで
どこかで歯車さえずれていなければ、
どこかで矯正さえしていれば、
どこで、どこならそんな悲劇を防ぐことが出来たのか。
・・・父上?
父上がジェフティさんを死なせたという話は・・・
あれは事故、だったのです、よね?
「巻き込んでしまった子供達や妻には本当に申し訳ないとは思っているんだ。
でもそれだけなんだよね。
愛していなかったから、子供たちが死んで悲しいとは思わなかった。
僕と行動を共にしていた最初の話の女性とは・・・
ああ、彼女とは男女の関係にはなってないよ。
年齢が離れすぎているしね。
でもあの人とは似たような境遇に生きていたというシンパシーって言うのかな、
もしかしたら僕らは互いに依存しすぎていたのかもしれない。
妻が嫉妬していたのはよく分かっていた。
いつも『僕らはそんな関係じゃない』と言ってたのにね、信じてくれなかったよ、ははは。」
ミュラは、
今だからこそ笑って話せるのだろう。
たとえ乾き切った笑いだとしても。
「・・・なんだよ。」
なんだよって何がだ。
「なんで僕の話なのに、君がそんな悔しそうな表情するんだ、カラドック。」
当たり前だろうっ!
今の私は国王だ、力もある。
その気になれば小国の一つや二つ、好き勝手に蹂躙できる!
なのに、
なのに私は何もすることが出来ないんだぞ!
今の悲劇を聞いて、
それを食い止めることも防ぐことも出来ないんだ!!
「いや、そういうことじゃなくてさ、
・・・はぁ、リナもそうだったけど、なんでみんなそんな他人のことに真剣になれるんだろうね。」
ダメだ、
もう黙って聞いていられるものか。
私は荒々しく席を立つ。
「ふざけるなっ、ミュラッ!!」
「え、うわ!?」
「リナちゃんが君をほっとけなかったって理由がよく分かったよ!
君はこの世界で人と人との繋がりを勉強し直せ!!
私やリナちゃんだけでないぞ!!
今の話を聞いたら惠介・・・いやケイジだって私と同じ反応するはずだっ!!
「え、ええ・・・」
「人を信じられない奴が他人から信じてもらえないのは当たり前だろうっ!
いや、そもそもそんな話じゃないっ!!
そんな考えをしてるだけでまた何度でも誰かから裏切られるぞっ!!
なまじっか、才能があるから余計なものを見過ぎるんだ!!
遠くものを見ようとするな!
目の前に映る人のことを思え!
考えろ!!
その人が望むことは何なのか!!
その望みを叶えてやらなくったっていい!
まずはその人の話を真摯に聞いてみろ!!
それだけでいいんだ!
君が常に自分の話を真剣に聞いてくれるなと思うだけで相手の反応は劇的に変化する!
だから君は君の話を真剣に聞いたリナちゃんに惹かれたんだろうっ!?」
ああ、つい感情に任せて叫んでしまった。
でも、ちゃんと彼にも届く言葉で、理屈と感情を織り交ぜて説教したつもりだよ。
これで彼が少しでも変われればいいのだけど。
???
「そういえば天使編ではジェフティの死の真相って」
???
「ネタバレ禁止」
メリー
「何も言わないとこの後、私が勝手に想像するわよ?」