第六百六十二話 会談スタート
おかしい。
有給までもらったのにどうして下書きが進まない?
<視点 カラドック>
魔王の強大な魔力が噴き上がる。
「・・・抹消だと・・・?
この僕をか・・・!?」
天使の息子と称された私と魔王ミュラの会談。
その会談に突然乱入してきたのは、
呪われた殺戮人形メリーさん。
ここまで聞くととんでもない事態になったように思えるよね。
もちろんメリーさんの挑発的な発言も、
この場において物騒なことこの上ない。
ただメリーさんのその懸念は以前に聞いたものであるし、
未来を変えてはならないなどという当たり前のことは、誰よりもこの私がよく理解できる。
だから今この場では、
只事でなくなったと血相を変えたミュラと竜人を抑えねばならない。
「ミュラ、落ち着いてくれ、
メリーさんのことは私が対応する。」
メリーさんは先程の発言から動いていない。
それゆえあの言葉は警告に過ぎないと判断できる。
そう、あくまでも警告。
今やメリーさんの残す目的は、
元の世界の未来を改変しないこと。
その為には当然のことながら私の無事な帰還が前提となるのだ。
従ってメリーさんが私に害為すことはあり得ない。
・・・まさか、
腕一本切り落としても未来は変わらないわよね?
なんて事は言い出さないとは思うけど。
つまりメリーさんが攻撃対象に選ぶ危険があるのはミュラだ。
元の世界で死亡してこちらに転生したミュラであるなら、
その命を狩ろうとも元の世界に変化は生じない。
メリーさんの考えはそんなところだろうか。
もちろん、たとえミュラが相手だとしてもそんな展開を私が容認するはずもないけどね。
何が言いたいかというと、
この場で説き伏せる相手はミュラ一人だよ、ということだ。
とはいうものの、先にメリーさんに断っといた方がいいんだよね。
さて、と。
「メリーさんの懸念は誰より私が重要視しているよ。
未来の地球を滅ぼしてはならないという思いは私も一緒だ。」
「・・・良かったわ、
魔王にどこまで私の能力が通じるか、試してみないと分からなかったのよね。」
やめて欲しい。
そうなったらミュラだけでなく、
この場の竜人も黙っていないだろう。
聞けばあの鬼人と同じくらいの戦闘能力があるらしいからな。
この宮殿だって半壊することになるだろう。
巻き添えでどれだけの犠牲者が出るかもわからない。
そこで荒々しく席を立つミュラ。
「待ってくれ、地球が滅びるだと!?
どういう事だ?」
ああ、ミュラにはそこから説明しないとね。
無理もないだろう。
彼にしてみればいきなりこの世界に転生したかと思えば、
そこには自分が焼き殺してしまったはずの母親に抱かれていたのだ。
その時点でもう訳がわからない。
その後、みんなの説得もあり、ようやく親子の関係を取り戻したと喜んだ矢先に、その母親を化け物に殺されてしまう。
・・・改めて聞くと酷い話だ。
そして気がついたら自分はこの地のすべての魔族の王様だとかね。
一応、自分に対して忠誠を誓ってくれるという人間(魔族)がいることは救いだと思う。
ただ結局は、母親の仇もメリーさんが片付けてしまった。
ミュラにしてみれば、恨みの矛先をメリーさんに奪われた形にはなるが・・・
ミュラもそれなりに人生経験を積んできた筈・・・。
その矛先をメリーさんに向けることはないだろうけども、あまり二人を直接対峙させない方が望ましいだろうな。
てことは・・・
うん、まずはメリーさんが私たちと同じ時代の人間ではなく、
400年後の未来からやって来たこと。
そのくらい途方もない事実から説明した方がいいよね。
なんでも宇宙の彼方から、何らかの危険なものが地球に接近し、それが衝突することになれば、地上の生命全てが死に絶えるほどの脅威があったこと。
それを私やアスラ王の子孫達と21世紀の遺物を使って、危機を免れることが出来たという話をかいつまんでしておいた。
その上で、これから私が元の世界に戻り、私の行動、言動に変化が起きた場合、
人類が助かるという未来をも消滅してしまう可能性が出て来るという説明までざっくりと。
これくらいとんでもない話を、これでもかこれでもかと喰らわせたら、さすがにミュラも自分の話どころじゃないと理解してくれるだろう。
「・・・そんな事になっていたのか・・・。」
・・・うん、オーバーキルだったかもしれない。
いくらミュラでも心の準備もなしにそんな話を聞かされたらショックだろうね。
私だってそうだったのだから。
「私の記憶ではウィグルの歴史書、『ウィグル王列伝』にあなたの事や、あなたの王国とかの記述はなかったと思う。
であるならば、カラドックにあなたのその後の話を聞かせるべきではないわ。
だからお話をするのなら、国や地域を特定するようなことは避けるべきね。
せいぜい好きな女の子ができたとか、可愛い子供が産まれたとかのお話をすればいいんじゃないかしら?」
「・・・・・・」
不満そうだな、ミュラは。
いや、あの感じは、具体的な話が出来なくなった事によるものではないな。
メリーさんが最後に発したセリフの方に反発しているように思える。
「・・・分かったよ。
君やカラドックの懸念はもっともだ。
そんな話を聞かされたらどうしようもないね。
いいよ、僕の話はウィグルから遠く離れた、それこそ地球の反対側の出来事だと思ってくれればいいよ。」
うん、それならいくら私の国でも情報すら入ってこない。
これで未来への懸念はなくなったという事でいいだろう。
「良かったわ。
ただ、念のためにこの会談の場には同席させてもらうわよ。
別にあなた方の再会に水を差すつもりは全くないから、後は置物と思ってもらえればいいから。」
私たちが未来への話をしたら、死神の鎌を振り回すんだろ?
そんな物騒な置物あったら堪らないのだけど。
「私も気をつけるから安心して欲しいな。
・・・でもメリーさん、この話に関しては君の能力ではどうしようもないんじゃなかったっけ?
君は死にゆく者の恨みや憎しみの念を得る事で力を発揮するのでは?」
だから今のメリーさんにはそこまでの力はないはず。
「・・・その通りよ。
だから能力を使うとしたら、それ以前の私自身の能力を使わざるを得ないわね。
鬼人を相手にしていた時に使ったわよね?」
ああ、確か鬼人に幻を見せていたっけ。
それだけでミュラを・・・
いや、油断できないな。
何よりも人の知覚を狂わせるという能力が、
いかに恐ろしいなんてことは、この私自身がよく知っている。
もっとも母親から魔眼の能力すら受け継いだミュラに通じるとは・・・
いや、私がメリーさんなら竜人のほうに幻を見せるな。
となれば竜人と魔王とで・・・
いかんいかん、
私も何を物騒な想像してるんだろうね。
この辺りで話を戻さないと。
「じゃあミュラ、
この先はお互い気をつけるとしよう。
前世の話というなら、リナちゃんと別れてからの話を聞かせてくれるのかな?」
「・・・ああ、そのつもりだったけど、
少しそっちについては頭の中で整理し直すから先に彼女の話をしておこう。」
「彼女?」
誰の話だろう?
「いや、実は邪龍を倒した後、しばらくして僕の元へ、一人の町長が陳情に来てね。」
うん?
話がどこへ飛ぶ?
「なんでもその町長、カラドックに自分の娘が辱められたから、人間の街を滅ぼしに行こうとか突拍子もないことを言いはじめてね。」
・・・ああああああああああ。
誰のことか分かった。
しかも私が思いっきり関与している案件だね。
どうもミュラにまで迷惑をかけてしまったようだ。