第六百五十八話 ぼっち妖魔は帰還する
最後の麻衣ちゃん視点です。
やっぱり長めです。
<視点 麻衣>
ここのところ、特に最近、
あたしの胸がザワザワするというか、
湧き上がってくる衝動というか、
そんな感覚に襲われることが幾度となく繰り返されていた。
今やその正体も原因も分かっている。
あたしがどんなに感情の薄い生き物だと主張しても、もはやそれはただの幻想だったとしか今は言えない。
あたしの目の前には、
わざわざキリオブールから夜を徹してここまで急いで来てくれた皆さん、
そして後ろにはあたしを心配して出てきてくれた、カタンダ村冒険者及びその関係者の皆様。
あたし一人のためにこんな大勢の人が見送りに来てくれたのだ。
そしてみんなにはもう会えない。
さっきまでは、キリオブールの皆さんに吊し上げられる心配もしてたけど、今やそれは杞憂だとわかった。
となるともう、あたしの心に余計なタガはハマっていない。
今あたしの感情は、純度100%の「さみしい」という念で占められてしまっているのだ。
かろうじて理性の部分は、
この感情を、せめて「嬉しい」に変えられたらと思っているのだけど。
あたしの葛藤を他所に、
目の前ではエンジェちゃんとメサイヤちゃんが、可愛いくも自慢げにお話を続けている。
「わがキリオブール男爵家では、伊藤様のご活躍とご貢献に報いるべきとの決定をいたしましたわ!」
「ここにキリオブール男爵家の家宝、風花のオパールをお渡しいたしますですの!」
えっ?
それらの言葉に合わせて、執事のマヌエルさんが恭しく、あたしの前に豪華な宝石箱を取り出し、パカっとフタを開ける。
「「是非受け取ってくださいませ!!」」
おおっ!?
き、きれいっ・・・!
青みがかった透明な石の中に白くキラキラ光った結晶が本当に雪のように散らばって・・・
え、でもあたしこれ
戸惑うあたしにマヌエルさんが説明を追加してくれる。
「いわゆる魔道具の類ではございません、
普通に宝石としてなら伊藤様の世界にお持ち帰りになれる筈と、我が主の話なのですが・・・。」
あっ、そ、そういうこと?
それはそれで嬉しいけども・・・
「でもそんな、貴族の方の家宝なんてものを貰うわけには・・・」
「伊藤様が我らに為されたことはそれだけの価値・・・
いえ、失言でした、
それ以上の価値があるかと思われます。
それに強いて申すならば、その宝石は風の属性とのことです。
土属性が強い当家に所蔵するよりかは他に相応しい方が使う方がよろしいでしょう。」
そ、そうなの?
本当に大丈夫なのか、何も考えれずに手を伸ばした瞬間、
ピンポンパンポーン♪
頭の中にまさかこのタイミングでか、というメッセージの音が。
『お知らせします。
麻衣様に風の属性が開花いたしました。』
ほわっと!?
あたし、風属性だったの?
てっきり適性あるにしても闇か土かと思っていたのだけど。
ていうかこの世界とおさらばするこのタイミングでってどういうこと?
まだ何らかのイベントあるんじゃないだろね?
まさか元の世界に戻ってから?
いや・・・もうこれ、断れる流れじゃないな。
「す、すいません、
本当にいいんですか・・・?
もうこれあたし、一度貰っちゃったら返せないんですよ・・・?」
「伊藤様が受け取られるのは当然ですわ!」
「ここで返されたら貴族の名折れですの!」
相変わらずドヤ顔のお二人。
いつの間にそんな芸風を身につけたんだ。
ていうか、もしかしたら第二のアガサさん、タバサさんのようなコンビを目指すのかもしれない。
昨夜はあたしがサプライズを仕掛ける側だったけど、最後の最後はあたしが仕掛けられしまったわけだ。
「・・・まあ、なんにせよ、アタイもスッキリしたよ、
せっかく麻衣とちゃんとお別れできると思ってたのに、昨夜はあんなことになったからなあ・・・。」
いや、それ確かにあたしは全面的に悪いんですけどね。
「ゴッドアリアさんに限って言えば、あんなお酒でグデングデンになってて、ちゃんとあたしとお別れできると思ってたんですか?」
「えっ
い、イヤ、それは・・・ていうかアタイほとんど覚えてないんだけど、アタイなんにもやってないよね?」
覚えてねーのかよっ!!
「ゴッドアリアさんは、金輪際絶対にお酒飲まないで下さい、
あたしからの最後の忠告です。」
「ぐっ、わ、分かったよ・・・」
う、いけない。
自分で「最後」なんて言ってしまったせいか、
また心がグラついた。
ピンポンパンポーン♪
『帰還チケットタイムリミットまであと30分です。』
いつの間にそんなに時間が経ってしまったか。
もうあとわずかじゃないか。
あたしの心に焦燥の念が追加される。
もしかしたら顔にそれが出てしまったのかもしれない。
みんながあたしとの距離を詰めたように感じられる。
「アタイさ、
麻衣と出会えたことでさ、
・・・なんか変われた気がするんだ。
まだドジったことはよくやっちゃってるかもしれないけど、フォローしてくれる人も増えたし・・・
最後にお礼だけは言わせてくれよな・・・。」
な、なんか答えなくちゃ・・・
でも言葉が出てこない。
ゴッドアリアさんには、いつもみたいにツッコミ入れようかと思ったのに何も出てこない。
「まぁ、なんだ、
オレの方は嬢ちゃん使って儲け話考えてたんだが、結局そんなヒマなかったな。
それでも面白かったぜ?
向こうに帰ってからも元気でな。」
そう言えばデミオさんにはお世話になりっぱなしだったけど、デミオさん自身にはほとんどお金儲けになるようなことはなかったっけ。
ちょっと申し訳ない気がするけど、
それでもこんな言葉をかけてくれるんだ。
そして再びエンジェちゃん、メサイヤちゃん。
「それとお祖母様からあなたは本当に素敵な女性だとことづかってますわ!」
「それとお祖父様から家族みんなを救ってくれて感謝するともいわれてますの!」
ああ、
そうだね、
あたし自身何かしたという自覚はないけど、
あたしとゴッドアリアさんの出会いがきっかけで、
娘さん・・・クィンティアさんとのわだかまりが一つ解けたんだ。
特に、大きな後悔の念を抱えていたツァーリベルクさんの心情は如何ばかりか。
「ガハハハハ!
嬢ちゃんのせいで素っ裸にひん剥かれたが楽しかったぜ!!
オレ達のことも忘れんなよ!!」
え、待ってゼロスさん、
あなたが素っ裸になったのってあたしのせいなの?
そこら辺全く記憶がないのだけど。
いや、思い出したくもないのだけど。
ちなみにうしろで頷いているボーディさんのことは決して忘れない。
「そろそろそっちの方は挨拶終わったー?
ならこっちの人たちもお待ちかねよー?」
良くも悪くも遠慮という概念が薄いラミィさんが、カタンダ村の人たちの場面に切り替えてくれた。
とはいえ、さっきまで一緒にいたからね。
あたしは振り返ってエステハンさんたちの姿を視界に収める。
・・・なんでみんな泣きそうな顔してるのよ!!
ああ、チョコちゃんホントに泣いてる!!
「い、いと・・・麻衣さん、本当にこれが最後なんですね・・・。」
「・・・嬢ちゃん、ほんとうに感謝する。
お前のおかげでこの村は救われた!」
うん、今回は怖そうなお顔じゃないね、エステハン。
さすがに最後の最後でそんな顔を記憶に植え付けたくないからね。
「ワシもお礼を言わせてもらうの!
ラミィを寄越してもらってから毎日が楽しいのかの!」
ケーニッヒさん、もしや巨乳好きだったか。
本当に嬉しそうだな、この野郎。
チョコちゃんが信じられないものでも見るようにケーニッヒさんを見上げる。
ベルナさんはご存知だったのか、呆れたように一瞥しただけだ。
「あたしからは・・・
ダメだ、頭よくねーもんな、あたし。
でも楽しかったぜ、まーちゃん!
まーちゃんもいつまでも元気でいてくれよな!」
いいえ、あたしも頭よくないです。
ここでなんて言えばいいのかわかりません。
「みんな・・・、みなさんありがとうございます、
あたし、こんなで・・・
友達とかも多い方じゃないのに・・・
こんなみんなに・・・」
ダメだ。
自分で何言ってるか分からなくなってきた。
この場で話すことでもないだろうに。
バサバサバサ!
あ、そう言えばふくちゃんたち呼び出しっぱなしだね。
いや、もうあたしのカラダじゃふくちゃんの重さ支えられないからね?
あ、分裂するの?
頭や肩に・・・
しゅるるるるる!
スネちゃん、あたしに巻き付くのはいいけど、
せめて下半身だけにしてくれる?
絵面が大蛇に襲われているみたいで、かなり恐ろしい様子に見えそうなのだけど。
ヤバい。
ホントにヤバい。
例えるならボクサーが頭に衝撃を何度も受けてるうちにパンチドランカーになるようなものか。
先週、ケイジさんたちのとお別れに続き、また昨日今日、連続でお別れシーンで、
そして本当に時間がなくなってきた。
スネちゃん、ふくちゃん、そんな目であたしを覗き込まないで。
この羽毛の温もりと
鱗の滑らかさに触れるのもこれが最後なのか。
「ふくちゃん、スネちゃん、今までありがとう・・・。」
ふくちゃんはさみしそうに羽をばたつかせて一鳴きした。
スネちゃんは発声できない代わりにあたしに頬擦りしてくれた。
うん、さよなら、だね。
「う・・・スネちゃん、ふくちゃん、
契約・・・解除!」
その瞬間二人が
待って行かないd
・・・消えた。
あたしの目の前から二人が消えた。
あたしもこうやってみんなの前から消えるのだろう。
もう
あたしの視界に映るみんなの姿はボヤけたままだ。
既に涙腺は決壊している。
でもみんなの目がとても優しそうになってることは分かるよ。
時間にしたらこの異世界転移は半年足らずってところだろうか。
その間にいろんな経験をした。
いろんな人たちに出会った。
あたしは変わったのだろうか。
変わってない部分も多いと思う。
この世界に来るまで、
あたしはイブとリーリト、都合よくどちらの特性も備えたハイブリッドだなんて、思ってたかもしれない。
今は少し違う。
垣根がない。
どちらも同じ人間なのだ。
そこに差なんかありはしない。
それこそ人間一人一人に、
考え方や性格の差があるのと同じ、
たったそれだけの違いでしかないと思っている。
別にリーリトの種族としての性質や生態を否定するつもりもない。
それも人間という種の中の性質の一つに過ぎないと思う。
あたしはこの異世界冒険の中で、そう考え方を改めた。
今までと大して違いはないかもしれない。
単に、
あたしの中での認識が改まっただけの話と言われればそれまでだ。
何か世界の真実が明らかになったとかそういうお話ではない。
そういう意味で
何か変わったのかと言われればそう変わったとも言えるし、
何も変わってないと言われればそれまでなのだ。
『ならそれでいいのさ。』
・・・おい、
お前、いたのか?
『いたよ、ずっと見ていたよ。』
この暇人め。
あなたになんのメリットあったの、あたしなんか操って?
『僕にとっては実験の一つさ。
でもいいのかい、麻衣?
君が自分をただの人間と定義すればするだけリーリトの特性を失ってしまうかもよ?
寿命が減るとかね?』
・・・それって別に大した話じゃないよね。
別にこちとらそんな寿命なんか欲しいなんて思ってないし。
それこそ人並みの人生を送れるというならそれで充分だと思う。
うん、
あいつ消えたか・・・?
反応なくなったな。
もしかしてカラドックさんのところにでも行ってるのか。
何が天使だ、この俗物め。
実験されてるのは君の方だよ。
しっかり造物主さまの計略の網にがんじがらめにされるといい。
最後に勝つのは人間なのだ!!
さて、
あたしは今一度、周りを見渡す。
言える言葉なんてほとんどない。
さようなら、あたしも楽しかったです。
だから
「み、・・・みなざんのことは決して忘れません!!
ほ、ほんとうにありがとうございましたっ!!」
だからあたしのことも、
ずっと覚えていて欲しい。
最後にみんなの悲しそうな顔が見える。
笑顔を浮かべてくれる人もいる。
あたしの気持ちに共感してくれようとしているのか、
あたしを慰めようとしてくれるのか、
あたしに笑顔を向けることがはなむけだと思っていてくれるのか、
それこそ様々な気持ちがあたしに向けられている。
あたしはそんな人たちに何を報いればいいのか。
何も出来ないのにね。
だから
精一杯感謝を
いつまでも
ずっと
あたしの記憶の中に
みんな、さようなら。
・・・さようなら
ありがとう
帰還チケット・・・
クリック。
そしてあたしは光に包まれた。
これで麻衣ちゃんの物語は終わりました。
私も少しさみしいです。
麻衣
「うう、みなさんもあたしのこと、忘れないでくださいね・・・。」
以前お伝えしましたが、
元の世界にもどって逸話が一つだけ予定してます。
語りは別の人にさせます。
さて、次回からどうしましょう。
予定通り更新できなかったらごめんなさい。