第六百五十二話 ぼっち妖魔はプレゼントを贈る
ちょっと長めになりました。
<視点 麻衣>
あたしが物語を語るのもあと一回か二回か・・・
ああ、また胸がキュッと締め付けられる。
あのダナンさんが知らない女の人と幸せそうにしている姿を見たせいか、
それとももう一つの理由によるものか。
・・・まあ、それを追及する必要はないよね。
あたしは晴れ衣装に身を包んだお二人の前に立つ。
本来であれば、あたしが会うべきなのはダナンさんだけなんだけど、
この場で花嫁さんを無視するようなマネをするわけにもいけない。
だからあたしは視線をお二人に振り分ける。
うん、感情はオフにしたままだ。
顔の表面だけは満面の笑みを浮かべている。
なのにさっきは舌がうまく回らない時があったから、今度はちゃんとうまく喋らないと。
「お久しぶりです、ダナンさん、
そしてご結婚おめでとうございます。」
まずは定型文のご挨拶。
花嫁さんのミンミンさんは笑顔を浮かべてるけど、どことなくその表情がぎこちない。
それはさっきのケーニッヒさんの仰々しい紹介のせいだ。
何故かあたしが邪龍にトドメを刺してこの世界を救ったことになっている。
ただのオマケなのに・・・。
問題はダナンさんだ。
この結婚式の主役なのに、過去に関係を持った女の子が突然現れて、戸惑うのも仕方ないのは分かる。
間違ってもボロは出さないで欲しい。
まったく取り乱さないというのもあたし的には気分が悪いんですけどね。
まあ感情をオフにしてるから、たとえそうだったとしても大丈夫だけど、後で感情オンに切り替えた時にムラムラ来るのが簡単に予想できる。
まったく我ながら人間の感情とは面倒だ。
とゆーわけで、少なくとも憂いの一つは消えた。
そこで次の懸念事項はダナンさんの対応だ。
あたしの挨拶の後にダナンさんはどう言葉を返すのだろう。
ヤバそうになったらサイレンスかます心の準備はしておく。
もちろんダナンさんだって次に自分が喋る番だと理解している筈だ。
さぁ!
お待ちしてますよ、
ダナンさん、あなたの次のセリフを!!
あたしのサプライズ第二弾にどんな反応をしてくれるのかな?
「・・・ゆ」
お!
ぎこちなくもダナンさんが再起動した!!
「ゆ」で始まる何か?
ダナンさんの次のセリフは!!
「勇者よ! よくぞここまで辿り着いたな!!
余の配下になれば世界の半分を分け与えよう!」
要らないわい!!
そう来たか。
毎度のことながら訳の分からん挨拶をと思ったけど、さっきのケーニッヒさんの紹介から話が続くのなら、あながち的外れでもないのかもしれない。
ああ、花嫁さんから脇腹に肘打ち喰らってる。
・・・最近似たようなシーン見たな。
まあ花嫁さんも「またか」みたいな顔でやってるから、当然ダナンさんの訳の分からん挨拶も慣れている筈だ。
なら問題なくスルー一択!
「お元気そうで安心しました。
邪龍の脅威が無くなったので、元の世界に戻る前に皆さんにご挨拶するためにこの村に戻ってきたんですけど、
まさかこんなおめでたい瞬間に立ち会えるなんて・・・
ダナンさん、そしてミンミンさん、
お二人のご結婚を祝福し、永遠の幸せを願わせてもらいます。」
よし!
ちゃんと喋れた!!
ダナンさんは一瞬、何かを飲み込んだような動きだけど、ミンミンさんは途端に顔を綻ばせた。
ダナンさんの反応より先に口を開いたのはミンミンさん。
「あ〜!
思い出しました〜!
確かダナン主任・・・ダナンと稀少な薬の素材を取って来てくれた方ですよね〜!?」
医療ギルドの方でも珍しい話だったのかな?
「はい、あの時はダナンさんにはお世話になりましたので。」
「そんな〜、
お礼をいうのはこっちですよ〜、
おかげで今回のスタンピードにも大量の回復薬を都合出来たんですから〜。」
うん、ミンミンさん、いい人そうだな。
・・・それはそれでこっちの良心が痛むことに・・・
いいえ!
感情はオフ!!
気にしないのだ!!
ダナンさんはまだ自分の口を開けないか。
まあ向こうが何も喋らないのもダナンさんの勝手。
こっちはやることやっちゃいますよ。
「それで手ぶらで結婚式のお祝いにというのも不粋なので、先ほどオックスダンジョンに潜って、お二人の門出を祝してプレゼントをお持ちしました!」
途端に顔を綻ばせるミンミンさん。
是非そのまま喜んで頂けると嬉しい。
あたしが祝福の気持ちを込めているのは事実で、・・・中にちょっとしたお詫びの気持ちも込めている。
ミンミンさんは嬉しそうな顔をした後、ちょっと不思議そうな顔になったね。
あたしが手ぶらだからかな。
プレゼントはいいけどどこにそんなものを用意してるのか分からなかったんだろう。
でもご安心くださいな。
ちゃんと巾着袋の中に入ってますので。
そこであたしは自分の腰元に手を伸ばす。
もちろん普通の巾着袋だったら中に収まるようなものじゃないんだけどね。
ほら?
ミンミンさんも「そんなとこに入れて来たのか」みたいな顔になっている。
それでは驚いてください、
サプライズ・・・第三弾くらいでいいのかな?
「とおりゃあああああああああ!!」
あたしの目の前のお二人はもちろん、
式場の皆さんからも驚愕の声が。
そりゃあ、小振りの巾着袋から「こんなどデカい物」が出て来たらびっくりでしょうね。
ぱっぱかぱーん♪
どこからか効果音が聞こえて来たのはあたしの幻聴だ。
「はい! 『薬師の調合釜ー』!」
鑑定:UR
薬師専用の魔法釜、この釜で作成された薬の材料は成功率20%アップ、薬効20%アップ。
なお毒物作成に対しても同様の効果を発揮するので扱いには作り手の習熟度と注意が必要。
会場にも鑑定スキルを持っている人がいたのだろう、時間とともに騒ぎがどんどん大きくなっていく。
肝心のお二人は信じられないものを見たかのように固まっている。
ふっふっふ、
感謝しますよ、デュラはんさん、
まさしくダナンさん達のために用意されたようなアイテムを持っていてくれて。
ああ、二人が喜ぶより泣きそうな顔になって来た。
「ま、麻衣ちゃん、ぼ、僕らのために、こ、こんなものまで・・・」
「す、素晴らしいですう・・・
こ、これがあればあたし達の仕事がどんなに改善するか・・・」
「お二人のお役に立てそうなら何よりです。
もしかして同じの持ってるとか言われたらどうしようかと思ってました。」
ランクがURだからそれはないと思ってたんだけどね、
でも万が一とかね。
「こ、こんな高価なもの、キリオブールにだってあるかどうか・・・
ていうか、麻衣ちゃん、いくらなんでもこんな貴重なもの、僕らに・・・。」
そこへどこかから偉そうなお髭生やしたお爺さんがやって来た。
「そ、そうとも、こんなものまだ二人には荷が重かろう?
これはギルド全体で共有するか私が管理した方が・・・っ。」
誰だこのお爺さん?
さっきあたしが遠隔透視した時にスピーチしてた人かな?
なら医療ギルドのお偉いさんか。
まあ、向こうのご都合はあたしの知ったことではない。
「いいえ、これはあくまでも冒険者のあたしが、オックスダンジョンの隠しエリアの裏ボス、不死系最強種デュラハンから交渉の上にダナンさん達のために手に入れたものです。
ダナンさん達の意志で他の人に使わせるのは構いませんが、あくまでも所有者はダナンさん達です。
それが出来ないなら差し上げることは出来ません。」
「なっ! そっ、そんな理不尽なっ!!」
理不尽なのはあなただ。
そしてあたしがオックスダンジョンの隠しエリアとかデュラハンだとか言ったせいか、
ケーニッヒさんのあたりから悲鳴のような絶叫が聞こえる。
そういえばさっきはそこまで詳しく喋らなかったっけ。
気にしない。
「それとあたしは明日には元の世界に戻りますが、この村の平和のために妖魔のラミィさんや、あたしの召還獣である聖獣のフクロウと魔獣の大蛇が残ることになるでしょう。
あたしの意志を蔑ろにするようなことになったら、後はどうなるかあたしには何の保証も出来ません。」
絶句するお偉いさんを無視してあたしは二人にウィンクする。
ダナンさん一人なら心配だけど、お二人いらっしゃるなら何の不安もないでしょう。
うん、ミンミンさんの両手がダナンさんの左手を掴む。
そしてダナンさんもその手に被せるように右手を動かした。
・・・そうとも。
こういう姿が見たかったのだ。
あたしの感情をオンにしたら、きっと心の中からじんわりとしたもので満たされるに違いない。
あれ?
ならいいよね?
もうリーリトモード切っちゃっていいのかな?
これを味覚に例えるなら、
あたしが全ての感情をオフにしたのは、
食事をするのにクソ不味いものを食わされることを懸念して味覚をオフにしたという話。
美味しいものを食べれると分かっているなら味覚をオフにする必要がない。
なら・・・
うん、あたしの出番は終わり。
式場からは万雷の拍手。
お二人を前にあたしは最後の言葉を。
「どうか末永く・・・。
元の世界に帰ってもお二人の幸せを祈ってます・・・。」
「ま、麻衣ちゃん・・・。」
「あ、ありがとうございます!
あたし達、絶対に幸せになります!
伊藤さまもどうかお元気でー!!」
そこであたしは身を翻す。
決まった。
決まりすぎた。
これで思い残すことは何もない。
元の席ではケーニッヒさんがあたしに向けてとても非常識なことをしやがってみたいな目を向けていたけど、知ったこっちゃありません。
後は野となれ山となれー。
リーリトモードオフ。
うん、そう。
あたしの心はこれで・・・
暖かいもので満たされて・・・
ううん、やっぱり苦いものも残ってた・・・。
次回ベルナさん到着
そして麻衣ちゃんはそれで済まないと今度も。