第六百三十一話 ぼっち妖魔は追撃を受ける
<視点 麻衣>
・・・えっと
嘘、だよね?
また誰かあたしをからかおうなんて・・・
いやいや、チョコちゃんがそんな事するとは思えない。
第一あたしは他人の感情を読めるのだ。
チョコちゃんがダナンさんの結婚を喜んでいるのは本心からだとあたしには理解できてしまう。
け、けど、
けどもだよ?
あ、うう、
ちょ、ちょっと待ちたまえ、麻衣麻衣よ。
何をそんなに動揺しているのか。
君も同じように心の底からおめでとうを言うべきだろうだって?
そ、そ、その通り、なのだ。
その通りなんだけど。
いいや、いやいや皆さん、誤解しないでほしい。
別にあたしはダナンさん目当てでカタンダ村に戻ってきたわけではないのだ。
現に。
この物語を読んでいる皆様もお分かりのはずだ。
あたしのこれまでの長い独白の中に、
ダナンさんに後ろ髪引かれてたり、未練たらたらな様子なんて一度も・・・
一度くらいは・・・
あ、うん、ほとんどなかったよね?
もちろんダナンさんのことが嫌いになったとか、忘却の彼方に置いてきてしまったとか、そんなお話ではない。
あたしの中では、ダナンさんと過ごした時間は、貴重な青春の1ページとして大切な思い出として完結している。
だから、ダナンさんが、幸せな結婚をされるというなら喜んで祝福したいと思う。
思う。
うん、そうだとも。
祝福しないとダメだよね。
たださ、
あまりにも、
ていうか早すぎない?
あたしがカタンダ村に以前いた時には、
ダナンさんにそんな浮いた話なんか一度も聞こえてこなかったよ?
何がどうしてそんなとんとん拍子に話が進んでしまったの?
「ち、ちなみにチョコちゃん、
ダナンさんのお相手ってどこのどなたか知ってる?」
あたしの頭の中で二つの質量ある物体が揺れている。
間違ってもあの人じゃないよね?
それはやめて。
絶対にイヤ。
何がイヤとかじゃなくて、
・・・う、うん、
無理矢理理由を考えるならばだ!
ヒューマンや獣人ならまだいい。
ダナンさんに付き合いないはずだけど魔族だとしてもあたしは気にしない。
けれどあの人はダメだ!!
性格がダメとか、人格がダメとかじゃなくて、
そ、その、あたしと同じ妖魔・・・
いや、それも違う!!
妖魔でもいい!!
ええい!
ごめんなさい!!
正直に言いますよ!!
間違ってもあたしの後にあんな殺人的な二つの胸をお持ちの方に掻っ攫われたんではあたしの女としての誇りというか立場というか尊厳が・・・!!
「あ、伊藤様はご存知ない方かもしれませんよ?
同じ医療ギルドに所属しているミンミンさんという方です。
形としてはダナンさんの部下になる方なんですけど・・・
ほら?
ダナンさんてあんな方だから、ずっと前からダナンさんのフォローばかりしていたみたいです。」
ほう。
良かった。
本当に良かった。
お相手は普通の一般人だった。
間違っても人化したラミアのラミィさんでなくて本当に良かった・・・。
それにしても、ダナンさんのお仕事先の部下の人か。
なるほど、確かにダナンさんは少々変わったところがあるから、そこを理解してくれている人とならうまくいくかもしれない。
・・・結婚式か、
祝福したいとは思うけど・・・
肝心のダナンさんは、いきなりあたしが現れたらどんな反応するだろう?
誤魔化すこともできずに顔に出して動揺したら、それこそお嫁さんになる人に勘繰られて、結婚生活に良くない影響を与えるかもしれない。
それは絶対に避けるべきだろう。
かといってダナンさんが、
本気であたしのことなど忘れ去っていたり、
覚えてるにしても、もはや道端の石ころ同様、顧みることさえない存在にされていたら、それはそれで嫌である。
嫌なものは嫌である。
さて、どうしましょう。
なお、
あたしが心の中で思考を能力全開フルスロットルで進めている間にも、
チョコちゃんは更なる情報を開示してくれていた。
ギルド職員が個人情報を他人に晒しちゃならない筈だけど、ダナンさんは冒険者じゃないからいいのかな?
「それで、ほら?
こないだスタンピードがあったじゃないですか?
あ!
あの時は伊藤様とあのラミィさんのお陰で本当に助かりました!
それで、医療ギルドの方も怪我人の対処でてんやわんやだったみたいで、ある意味お祭り騒ぎだったんですって。
この村じゃ、いきなりそんな大勢の怪我人なんて滅多に出ませんものね。
で、まぁ、うふふ、
あたしもそこまで詳しくは聞けてないんですけど、その時のバタバタでお二人の仲が親密になったそうなんですよ?
それで同じ職場ですものね、
周りに隠しようもなく、村もこんな状態だし、めでたいお話があるならとっとと進めようと周りも盛り上がって・・・。」
なるほど。
すごいよくわかった。
緊急事態で、ずっと同じ空間、同じ時間を過ごせば、お互いの気持ちが通じ合うこともあるだろう。
おかしなことは何もない。
あたしも覚悟を決めよう。
こうなったらあたしもあらあらうふふと、お二人の馴れ初めを聴くフリをしてからかう側にまわるとしよう。
うん、それでいい!!
こうして、心の準備ができたあたしは次のフェーズに移ることにした。
これ以上何かとんでもない話はないと願う。
本当に。
「あ、エステハンさんは中にいるのかな?
あの人にも挨拶したいのだけど。」
まあ、ある意味心の準備はこの後も必要だけどね。
あの凶悪フェイスにこれから立ち向かうのだから。
そこで「あ、いっけなーい」とばかりに手を口にあてるチョコちゃん。
「ごめんなさい!
長旅で疲れてますよね!
どうぞ中に!!
エステハンも喜ぶと思います!
さあさあこちらに!!」
相変わらず元気で可愛い子だよね、チョコちゃん。
こんな子と仲良くなれて本当に良かった。
そして・・・
もう・・・
これ以上ショックなことは起こるまい。
そう考えていたあたしは本当に甘かったのだろう。
この後ダメ押しであたしは更なる衝撃を受ける事になる。
チョコちゃんに手を引かれるように冒険者ギルドの扉を開けたあたしは、
懐かしきその景色に目を細めて・・・
あれ?
受付嬢の人がいる。
いや、それは当たり前だよね?
でもチョコちゃんはここにいるし?
ううん、別にチョコちゃんの仕事は受付だけとも決まってないから、チョコちゃんの代わりに受付嬢がいてもおかしいなんてことはない。
しかも、あたしが知らない顔の人でもない。
・・・え?
そう、
あたしが、知ってる顔だよ。
知ってる顔。
そう、あたしがとてもよく知ってる顔。
違和感がある?
いや、むしろ納得できるものもある。
受付カウンターの机の上に安置されているふくよかな二つのおまんじゅう。
「あの人」ならそうなって当たり前だよね?
むしろちゃんと服を着てるのが違和感。
い、いやいやいや!!
そんなことは後回し!
それよりも何よりも!!
なんであなたがここにいるのっ!?
「ラミィさん!!
どうして当然のように冒険者ギルドの受付嬢になっているんですかっ!?」
顔も胸の大きさも馴染みがあるけど、
今回は今まで見てきたようなボサボサ髪じゃない。
そこには青い髪を綺麗に梳かした爆乳ラミィさんが、とてもいい笑顔でニコニコと座っていたのだ。
「あっ、久しぶりー麻衣ー!!
ちゃんと約束通りあたしに会いにきてくれたのねー?」
いや、確かにそうなんだけど、
冒険者ギルド職員になってくれなんて誰も頼んでないよ!?