第六十三話 ケイジの記憶
「・・・。」
ここでそんな話になるか。
あまり突っ込んで欲しくないんだがな。
隣でリィナがきょとんとしている。
「ケ、ケイジのレベルが何だっての?」
オレは口を開くつもりはない。
アガサにその先の話を求める。
「ケイジの冒険者ランク、そしてその年齢でレベル56はどう見ても異常。
赤ん坊のころから生き死にの戦闘を行うか、
ドラゴンのような強敵を相手にしていない限り辿り着くには困難。
ノードス兵団長ですらレベルは52。」
そこで勝ち誇ったかのようなリィナのドヤ顔。
「へへん! ケイジはこれでもグリフィス公国の貴族の血を引いてんだ!
冒険者デビューするまで、騎士剣術も修めてっからな!
冒険者ランクが低いと思って舐めてると痛い目見るぜ!」
あ、このバカ。
「リィナ、あれほど簡単にばらすなって・・・。」
「あっ! ・・・ご、ごめんケイジ・・・。」
まぁ、バラされてもそれ程、困るわけじゃない。
大騒ぎされたくないだけだ。
実際、リィナの説明は必ずしもオレがレベルが高い事の正解ではないのだが、
本当の理由のカモフラージュにはちょうどいい。
驚いているのはダークエルフのノードス兵団長とヒルゼン副隊長。
「馬鹿な!? 獣人ごときが・・・いや、グリフィス公国の貴族っ!?」
オレはヒルゼン副隊長を睨む。
まぁ、睨むまでもなく自分で失言を理解してはいるようだが。
ヒルゼンの奴に疑問を解消してやる義理も義務もない。
オレはノードス兵団長に向かって口を開いた。
「オレはヒューマンと獣人のハーフだ。
分かるだろ?
グリフィス公国にとってオレはその存在を明るみにしていい人間じゃないんだ。
その辺りは詮索しないでくれ。
オレはただの剣術と弓が得意な冒険者。
それで良ければ依頼を引き受けるぞ?」
そこでアラハキバ神官長がオレに聞く。
「・・・それは驚いた、
だが一つ確認させてくれないか?
君がグリフィス公国ゆかりの者なら、かの国に協力の仲介を要請したいと我々が言ったら?」
なるほど、その申し出はもっともだな。
だがオレにそんな気はない。
「断る。
彼らが実際に脅威を感じ、オレに助けを求めてくるなら話は別だが、
現在のところ、被害は出てないんだろ?
オレはもう公国の人間ではない。
ただの冒険者だ。
それに元々内密にする筈だったよな?」
「根拠が乏しい話の中で、いたずらに外の国々に話を拡げるとそれはそれで厄介なことになるのでね。
あくまでも確認だよ。
そのクィーンと呼ばれる魔人の脅威度は不明だが、
邪龍が蘇るというなら、エルフだけでなくヒューマンや他の亜人たちの協力が不可欠になる。
その際、君の存在は重要な立ち位置になるだろう。」
言いたいことは理解できる。
だがもう、オレはあの宮殿には戻らないつもりでいる。
冒険者の仕事でグリフィス公国に立ち寄ることはあるかもしれない。
だが、あの人たちには会わない。
マルゴット女王やその子供たちには世話になった。
彼らは獣人であるオレを見下すことなど決してしなかった。
それどころか、あの人は初めてオレが宮殿に呼ばれたとき、
おふくろが死んで、・・・全てを知って放心状態でいたオレを、
涙を流してオレを抱きしめてくれた。
今まで辛い思いをさせてすまなかった、
身内が酷い事をしてごめんなさいと、
マリン大公や幼いコンラッドの前で、わんわん泣きながら謝罪したのだ。
そしてその後もあの人たちは、オレを実の息子のように扱ってくれた。
その恩は決して忘れない。
だが、あの人たちでも獣人を差別する貴族社会全体は変えられなかった。
オレは一切、表舞台には立てないし、
オレの存在を外に公表することも出来ない。
別にそのこと自体はどうでもいい。
恨みもない。
だが、そうならオレは彼らへの恩をどうやって返せばいい?
マリン大公が討たれたとき、オレはその仇を取るべく戦場に立とうとした。
身分も要らない。
一兵卒のままでいいから敵国に向かわせろと願ったが、
獣人の身分では正規兵にすらなれないと。
女王の権限で無理やり部隊に配置させることができたとしても、
戦場で身分を無視して連携を取る事などあり得ない。
兵士たちの間の差別感情を排斥しなければ、敵国との戦闘どころの話ではない。
足の引っ張り合いどころか味方に盾代わりにされるのが関の山だ。
なんとくだらない世の中なのか。
育ててもらった恩は返したい。
オレの居場所を作ってくれたことを感謝したい。
オレのために涙を流してくれたことに報いたい。
俺には獣人ならではの身体ステータスがある。
そしてマルゴット女王の魔眼ですら見抜けぬ称号がある。
そして宮廷のどの騎士達にも劣らぬレベルの伸びがある。
まぁ、レベルが上がれば上がるほど伸びにくくなるが、
既にあの宮廷を出ようと決意した段階で、騎士団長とためを張るぐらいのレベルだったからな。
称号に関しては、
オレのおふくろが結界師だったこともあって、
オレが生まれてすぐにステータス隠蔽のスキルをオレにかけたんだろう。
一般的に隠蔽スキルは術者本人対象のスキルだが、
結界師系の職業は他人のステータスも隠蔽できるらしいからな。
おふくろが今わの際にそれを話してくれて、オレは全てを悟った。
そしてオレが味わったのは決定的な絶望と絶対的な無力感。
これだけの力がありながら、
何故オレはこんなにも無力なのか、
何故誰も守ることができないのか。
何故こんな思いを繰り返さなければならないのか。
それがオレに与えられた罰だというのか?
だからオレは宮殿を出た。
オレにできることをするために。
そして冒険者になった。
誰かを守るために。
力を付ければ、
冒険者ランクを上げればもっと大勢の人を守ることが出来るだろうか?
だがソロでは出来ることも限られる。
レベルは高いが冒険者は素人だ。
他のパーティに誘われることはよくあったが、どのリーダーもオレよりレベルがはるか下だ。
一時的に協力プレイは可能だが、
どうにもやりづらそうで連携がちぐはぐになってしまう。
時々高ランク、高レベルのパーティーもあるにはあるが、
もうそこまで行くと、わざわざ新しい前衛アタッカーなど必要ないのだ。
そこでやむなく、オレは獣人奴隷の中から戦闘要員を選ぶことにした。
奴隷としてこき使う気は最初からなかったが、見ず知らずの人間に背中預けるのはリスクが高すぎる。
奴隷契約で縛られているなら寝首を掻かれることもないだろう。
しかし・・・そこでリィナと出会えたことは・・・。
いや、いまはどうでもいいな。
「もう、その話はいいか?
優れた魔術士であるアガサが加入してくれるなら大歓迎だ。
あと依頼の期限だが、出来れば長期間見て欲しい。
アガサにタバサの加入でAランクへの昇格も可能になると思う。
理解してくれると思うが冒険者でAランクになっちまえば、大体どこの国にもフリーパスで入れるし、各地のギルドで発言権が増す。
つまり情報収集しやすくなるんだ。」
「なるほど、確かランクアップには依頼の達成率と試験があるのだったか?」
「それとBランクからAランクになるには半年の期間を空けねばならない。
アンタらの依頼は続行するが、できる限りランクを上げていた方が有利なんだよ。」
Aランクともなれば実質、その街のギルドでのトップレベルの戦闘力を持っていることになる。
この4人でどれだけ連携が取れるか未知数だが、それぞれ個人の能力だけ見るなら間違いなくAランクは狙えるはずだ。
成り上がれる時に成り上がろう。
そしてついにアラハキバ神官長とノードス兵団長とオレとの間で合意がなされる。
「ではこうしよう。
魔人と御霊の減少についての捜査、深淵の黒珠の探索・奪還、
これらについて、早急に解決したい問題ではあるが、
期限を定めぬ方向で行こう。
ただし、定期的に進捗を報告してもらう。
これはアガサ殿、そして娘のタバサからそれぞれ行うものとする。
その状況に応じて、契約を確認することとしよう。
申し訳ないが、その時点で君らが役立たずと判断されたら、そこで依頼はキャンセルだ。
我々は別の手段を取らざるを得ない。
よろしいか?」
「魔法都市エルドラからはそれで構いません。
そして深淵の黒珠の奪還は500万ペソルピーを払いましょう。
しかし、我らも別動隊として捜索いたします。
ケイジ殿より先に深淵の黒珠を我らが奪還した際は、
こちらの契約は無効とします。
もちろん、深淵の黒珠の件の成否を別として、
魔人の件が解決・キャンセルされない限り、アガサをパーティーに加入させたままで結構です。
我らの条件は以上です。」
「オーケーだ。
期間限定だが、この4人パーティーで探索に向かわせてもらう。
リィナ、お前もそれでいいか?」
「・・・ん?
ああ、いいよ、ケイジが決めたんならそれで。」
・・・一瞬、トゲを感じたが・・・
たぶん、これは女同士の縄張り争いのようなものだと・・・思う。
リィナも二人のエルフの実力は目にしている。
理屈では分かってる筈だから反対意見は出すまい・・・きっと。
一応、リーダーとしては早くなじんで欲しいと思う。
「ケイジ、リィナ、私たちの事は気遣い不要。」
「ただ、これからも二人の絡みを観戦所望。」
「な、な、な、絡みってなんなのよっ!?」
あ、これすぐなじみそうだわ。
ここまでで
下書きの5分の2を投下したくらいです。
各キャラのラストはおぼろげながらイメージしてますけど、
繋ぎの展開をうまく描き切れるか・・・。