第六百二十六話 ぼっち妖魔は石化する
<視点 麻衣>
は?
なに物騒なタイトルつけてんですか?
もう荒事も危険も血生臭い出来事もないって言いましたよね?
え?
ヨルパパ?
誰ですかそれ?
知らない人です。
ゴッドアリアさん?
あんなのお約束のご愛嬌じゃないですか。
今も彼女は笑顔で飲み会に向かってるんだから、何の問題もないのです!
さて宴会である。
しかもお外でだ。
真冬の夜更けに寒いのではないかと思うがみんな元気だ。
「おう!
こんだけ冒険者いるんなら誰か魔法使いいるだろ!!
エアスクリーンで風を遮ってくれや!」
どこかの冒険者が叫んでいる。
・・・けれど。
お待ちくださいな。
結構これ広範囲だよ?
しかも戦闘時に張るエアスクリーンなら数分で終わるかも知れないけど、宴会でそれやったらどんだけ長時間になることやら。
いや、それよりも。
もっと重要な話があるのだ。
あたしは大声で叫ぶ。
「やめてください!
何箇所もかがり火焚いてるんですよ!
そんな状態で空気遮ったらみんな酸欠で死んじゃいますよ!!」
「え? お?
そ、そうなのかっ?」
今の人は冒険者だと思うけどパーティー内に魔法使いはいないのだろうか。
まあ、いたとしてもそんな長時間エアスクリーン張る人なんていないだろう。
万が一、魔力にそこまで余裕があり、
寝る前に火を焚きながらエアスクリーン張ってたら間違いなく不慮の事故が起きる。
この辺りは常識として広めておきたいくらいだ。
「さすが勇者パーティーに選ばれた方は見識がありますね。
そんな伊藤様に依頼をお願いしていただけたのはギルド職員としても光栄に思います。」
「カティアさん、そうやって人を持ち上げないでください!
あたしの世界じゃ学校で習う知識なんですよ!!」
ヤバいな。
みんなの視線があたしに集中し過ぎる。
どうにかフェードアウトできないものか。
「ガハハ!
今日は嬢ちゃん主役なんだから覚悟を決めんだな!」
護衛冒険者パーティーリーダーのゼロスさんは気楽だな。
前回もこんなノリだったと思う。
「さて、一応これだけの集まりだからな、
私的な宴会とはいえ、冒険者ギルドのマスターとして挨拶だけはさせてもらうぞ。」
そこら辺の木箱の上にギルドマスターさんが立つ。
まああの人が適任だろう。
言い出しっぺのゼロスさんでは「誰だ、あいつ?」と石を投げられる危険性がある。
お偉いギルドマスターさんですら野次が起きるのに。
「どうでもいいから早く飲ませろ!」
「ジジイの話はいいんだよ!!」
「話するなら麻衣ちゃん出せ!!」
最後の人やめて?
あたし人前で気の利いたこという自信まったくないからね?
「ええい!
分かっとるわあ!!
手短かに済ますから大人しく聞けい!!」
ギルドマスターさんの一喝で少しは静かになったけどまだ騒がしいね。
あ、あたしが周辺にサイレンスかければ・・・
ダメか、それだとギルドマスターさんの挨拶の声も聞こえなくなるね。
「伊藤麻衣殿!」
え?
あたしっ!?
木箱の壇上の上からギルドマスターさんがあたしに声かけてきた。
むう、流石にみなさんあたしが主役だと理解しているのか、あっという間に静かになった。
いけない、それより返事しないと!
「は、はい!」
「えーと、そのー、なんだ・・・。」
はい?
途端にギルドマスターさん勢いがなくなったよ?
「いや、言いたいことは昼間言っちまったからなあ、
とにかくあれだ!!
この街に来てくれてありがとう!!
わしらの街を救ってくれてありがとう!
それだけ言いたかった!
じゃあみんな飲めえええええっ!!」
「「「「うおおおおおおおおおお」」」」
そして宴会が始まった。
案の定、あたしなんかみんなどうでもよくて、
単にみんな飲みたいだけだったのだろう。
ていうかあたしに感謝してる人は自然とあたしの周りに集まっている。
だいたい個人的なお知り合いばかりだ。
あたしもそれくらいで丁度いいと思う。
お?
さっそくマーヤ夫人だ。
「麻衣さん、会いたかったわあ!!
今晩しかお会いできる機会がないんですって?
せっかくお知り合いになれたのにさみしくなるわあ。」
「マーヤ夫人、来てくれたんですね、
最後に会えて良かったです。」
通り一遍の挨拶になるかと思ったのだけど、
マーヤ夫人は周りを見回してからあたしの耳元に顔を近づける。
む?
「それで麻衣さん、
・・・新作プリンのレシピはございませんでしょうか?」
ほんとにたくましいな、
商人の人たちは!!
仕方ない。
最後の新製品を公開するか!!
巾着袋の中からコッソリと取り出したそれ。
「生地にチョコレートを練り込んだチョコプリンです。
普通にチョコレート売ってるんならこういうのもアリな筈です。」
「まあああああああああっ!!
さすが麻衣さんですわああああああああああっ!!
あなたとお近づきになれて良かったああああああああ!!」
まあ、あたしもお世話になりましたからね。
そのくらいは。
さて。
あたしの周りのお話であるが、
ツァーリベルクおじいちゃんはあたしのそばから離れず、
寄ってくる人たちの中でも身分の高そうな人や、社会的地位がありそうな人たちの対処をしてくれている。
本当に素晴らしい人である。
キャサリンさんやフェリシアさんは、
言いつけ通りというか、控えめにお酒や料理を楽しんでいるようだ。
なんだかんだいって、教会じゃ慎ましやかな日常生活だろうしね。
こんなお祭り騒ぎなど滅多に参加できないのだろう。
「どっちかっていうとあたし達はチャリティとかもてなす側が多いから・・・」
なるほど。
それは仕方ないよね。
しかも見習いだものね。
余計にね。
うん、そこまではいい。
問題ない。
問題はだ。
「うい〜、麻衣いいいい、飲んでりゅかあああああああああっ!」
くっさ!
思いっきり酔っ払ってるよ、ゴッドアリアさん!!
「ゴッドアリアさん、完全に出来上がってるじゃないですか!!
ツァーリベルクさんにもハメ外さないように言われてたのに!!」
あたしが周りに挨拶してる間にぐいぐい飲んでたらしい。
うっかりどころの話じゃないぞ。
「いいんらよぉ、アタイはああ〜!
らってアタイはシスターらないもーん!!」
そう言われればそうだ。
「ご、ごめんなさい、あたし達止める隙もなく・・・。」
「司祭様のお孫様だと聞いてますのであまり強くも出られずに・・・。」
あー、最初のおとなしめな子も言ってたけど、
そういう兼ね合いもあって、ゴッドアリアさん友達作れてないのか・・・。
そしてまた、
それを聞いて眉間に皺を寄せて目を瞑るツァーリベルクおじいちゃん。
「・・・申し訳ない。
流石にまだ貴族としてゴッドアリアに教育を施す余裕がなかったのだ。
いや、一度あの屋敷に放り込んでさえしまえば、妻のキサキが『完璧な』指導をしてくれるとは思うのだが、あくまでもゴッドアリアは冒険者のままでいたいというのでな・・・。」
た、確かにあのおばあちゃんなら完璧な教育を施してしまいそう。
で、でもそうなったらもうそれはゴッドアリアさんではなくなってしまいそうな気もする。
それは別の生き物の何かだ。
そして、
事態はここまでに留まらなかったのだ。
酔っ払ったゴッドアリアさんはこの後、とんでもない発言をする。
「うひゃひゃ、麻衣〜、麻衣〜?」
「なんですか、ゴッドアリアさん、
あまりに醜態晒しそうならダークネスかけちゃいますよ?」
「ちーがーうーよー、アタイ、
前回〜、麻衣にずっと言いそびれてたことがあったんらよおおお、聞いておくれよ〜?」
ふらふらしながらゴッドアリアさんの頭があたしの方に寄ってくる。
お願いだから頭突きはやめてね。
ゴッドアリアさんのあたま硬そうだし。
とは言えなんの話だろう。
借金返すのをお手伝いしたお礼かな?
それとも吸血鬼から助けたことだろうか?
どっちも今更なんだけどね。
「ちーがーくーてー
麻衣〜、あーのーとーきーさあ〜?」
「あの時? どの時です?」
「きゅ、吸血鬼の時のお〜、
アタイが芋虫みたいになってた時ぃ〜?」
ああ、そう言えばラミアのラミィさんの麻痺毒で身動き出来なくしてたんだっけ。
「ああ、覚えてますよ?
それが?」
「あ、あのとき、ま、麻衣ったら・・・」
なんか言い淀むな、ゴッドアリアさん。
別に動けないゴッドアリアさんにイタズラした覚えはないぞ?
思わず額に油性マジックで「肉」とでも落書きしてあげたい気持ちがあったのは内緒だけども。
「ち、違・・・
あ、あの時さぁ、ま、麻衣、ど、どさくさに紛れて・・・」
んん?
どさくさ?
「麻衣ったら、エドガー様の唇にキスしてたよなあああああああああああっ!!」
そしてあたしは石化した。