第六百二十三話 ぼっち妖魔は囲まれる
ぶっくま、ありがとうございます!
<視点 麻衣>
商人ギルドは大変な騒ぎになっていた。
冒険者ギルドとはエラい違いのようである。
扉を開けてあたしは思った。
ああ、そりゃそうだよ。
邪龍の虫たちの被害やスタンピードで、街中はあちこち被害に遭ってるのだ。
お店や建物の修繕やら物資の手配、
さらに言うと被害に遭ったのはこの街だけでない。
周辺の街や村とか食糧や物資のやり取りなど、それこそてんてこ舞いなのだろう。
これはあたし如きが「こんにちわー!」などと気軽にご挨拶してはいけなかったのかもしれない。
うわつ!
扉の前に立ってたら突き飛ばされそうになった。
と言っても、態勢が崩れる程度なので危険察知スキルも働かない。
「ああっ、お嬢さん済まないよっ、
ちょっと急いでいてねっ!」
「あ、ああ、いえいえ、お気になさらず・・・。」
これは引き返すべきか、
そう思ってたら声を掛けられた。
「おおっ!?
もしかしてそこにいるのは黒髪の嬢ちゃんか!?
この街に戻ってきたのか!?」
おおっ、
久方ぶりのデミオさんだ!!
忙しそうだから時間は取れないかもだけど会えただけでも良かった。
「あは、ミッションも全部終わったんで、元の世界に戻る前にみんなに挨拶だけでもと思ったんですけど、めちゃくちゃ忙しそうですね。」
けどデミオさんの顔は明るい。
「目の回るような忙しさなのは確かだがな、
この街は人的被害はほとんどなかったからな、
食い物は高騰してるが食糧不足とまでは行かない。
近隣のダンジョンが近くにある村とかは酷いもんだが・・・。」
最後にデミオさんの言葉が弱くなる。
カタンダ村も危ないところだったものね。
被害はそれなりに出てしまったけれど。
「それより・・・」
む?
デミオさんが悪どい顔になった!
何かよからぬことを考えているのか!?
「邪龍を倒した冒険者って嬢ちゃんだよなあ?
異世界からやってきた男女が勇者パーティーにいたと有名だぞお?
遠く離れたこんな所でも噂はあちこちから聞こえてきたからなあ?」
「え、い、いや、それは」
これは誤魔化すべきなのか、正直にいうべきなのか、
既に冒険者ギルドの方で今晩大騒ぎする事が確定している。
商人ギルドでも同じノリになるはずもないだろうけど、
ここであたしに危険察知能力が反応した。
「デミオさん!!
もしかしてこの子が異世界からの!?」
「えっ、まさか邪龍を倒した転移者がこんな小さな女の子!?」
「あっ、この子、以前吸血鬼を倒したっていう女の子ですわよねっ!!
邪龍討伐者がこの街に縁の子というお話は本当でしたのね!!」
うああ、結局冒険者ギルドと同じパターンなのか、
ところがあたしは商人さんたちの逞しさを甘く見ていたらしい。
そんな生やさしいレベルでなかったのだ。
「是非! 是非!
君の名前を冠したキリオブール土産を売り出したいんだ!
私どもの商会と契約してくれないだろうか!」
「待て待て待て!! こっちが先だ!
お名前は伊藤麻衣殿でしたか!
ならば私の店でマイマイクッキーを販売させていただけないだろうか!!」
「引っ込んでいなさい!
この方はこの街の名物となったプリンを発売された方よ!!
他にも独自のレシピをたくさんお持ちのはず!
どうか私どものお菓子売り場の顧問となっていただければ!!」
あっという間に囲まれてしまった!
後一歩ずつ詰められれば揉みくちゃにされそうである。
さすがにここまでは予想していなかった。
デミオさん、ニヤニヤしてないで助けて!!
「そうなると思ってたんだよなあ。」
感想はいいからっ!!
へるぷぅ!!
ふるぷみーっ!!
あああっ、この場にいた商人さんたちにどんどん囲まれるぅっ!!
「と、というわけでしてですね、
・・・今晩、冒険者ギルドの方でお祭り騒ぎが・・・
それと、それまであたしはこの街に逗留してた時の宿屋と、ゴッドアリアさんのところにお邪魔しようかと思ってまして・・・」
デミオさんがあたしを助けてくれたのは、10分ぐらいあの状況が続いていた後の話である。
しかも自発的に助けてくれたわけでもなく、
窓口にいた他の職員に、業務の邪魔だから何とかしてほしいと言われてからなのだ。
世界を助けた英雄の一人に対して扱いが酷くないですかね?
え?
そのくらいどうにでもなるだろうって?
いや、あのあたし、どこにでもいる平凡な女の子なんですよ?
デミオさん、そんな、
この肉をどう捌いてやろうかなんて料理人みたいな目であたしを見ないでもらえますか?
ああ、今は話の続きをですね。
「・・・ああ、わかった、
正直、そんな暇なんかねえと言いたいところだが、それこそこの街どころか世界を救った勇者様パーティーの飲み会だものな、
必ず行くぞ。
それとそっちも忙しそうなら、ファーゼ商会のマーヤ夫人にはオレから連絡しておくか?」
「ああ、そうしていただくと助かります!」
マーヤ夫人にも色々お世話になったしね。
「ただ、街道の連中は呼び寄せるのは無理だぞ。」
ああ、イベントとしては覚えているけど名前とか思いだせないな・・・
何だっけ、
ホーチットさんとか、ネリーさんは覚えている。
それと・・・そうそう、メルモさんて人もいたよね。
あと誰だっけ、桃太郎さんみたいな名前の人がいた筈・・・
街の名前はペンドットとセルルと覚えているのだけど。
まあ、たった一晩きりしか過ごしてないしね、
一々全員に会うわけも行かないし。
「ペンドットの皆さんには申し訳ないんですけど、デミオさんから宜しく伝えて貰えますか?
実を言うと元の世界に戻るのにタイムリミットがあるんです。
それ過ぎちゃうと帰れなくなるんですよ。」
「おっと、そりゃマズイな。
まあ、あいつらも世界を救った嬢ちゃんと知り合いになれただけでも自慢できる話だ。
オレの方から言っておくぜ。」
今更だけど、カタンダ村からこの街までいろんな事件起きてたよね。
ほんの数ヶ月の出来事なのだけど。
そろそろ陽が落ちそうだな。
夕暮れ時は食事の支度で忙しそうだけど、
多分笑って許してくれそうな宿屋のフローラさんの所に行く。
向こうも忙しいのは分かってるのでお土産だけ渡してきた。
さすがにあたしが邪龍討伐のメンバーだとは知らなかったようだ。
そんな姿もわからない魔物や遠い場所のお話より、この土地の出来事の方が切実だったろうしね。
他の人たちから話を聞くにしても、目の前の現実が優先されるのは仕方ないと思う。
あたしの話には何度も驚いてくれたけど、
明日にはここも発つと告げると凄く寂しそうにしてくれた。
そんな顔されるとズキリと良心が痛んだよね。
「えっ
もう行っちゃうの?
この街にいるのも今晩だけっ!?
じゃあもう会えないのっ!?
嘘っ、ああ、どうしよう、
あたし今ほど宿屋の仕事やってて嫌になった事ないよっ、
仕事さぼってお別れ会に参加できたらいいのに!」
さすがにそれは良くないよね。
あたしが丁寧にお断りしようとしたら、フローラさんマジで泣き出したっ!
うわあ、女の子って突然こういう意表突く行動取るから怖いんだよ!
いや、あたしも女の子だけどさ。
毎度毎度お馴染みのお話で、あたしの感情が薄いのだからどうしようもない。
まあ、こういう人だから男の人にもモテるのだと思う。
感情豊かに対応されると嬉しいものね。
・・・あたしも見習うべきなのか。
ちなみにお土産には、第四弾和風抹茶プリンを完成させてある。
聖女ミシェルネ様が持ってきた食材の中に抹茶の粉末があったのだ。
あたしはお料理メンバーでなかったのでプリンは作れなかったけど、食材の一部をお裾分けしてもらっていたのだよ、ふふふ。
第二弾の小豆乗せプリンと組み合わせてもいいしね。
マーヤ夫人にもお土産となるだろう。
さて、いよいよゴッドアリアさんのとこに行くか。