第六百二十話 ぼっち妖魔は手に入れる
何か麻衣ちゃんと魔王様との間で真剣な話を考えていたような気もしたのですが、
例によって例の如く、一晩寝たら忘れてしまいました。
たぶん、それほど重要ではなかったのでしょう。
<視点 麻衣>
いよいよお別れの時がやってきた。
ヨルさんは夜中のうちに無事に、体内に発生してしまった石を排出できたようだ。
かなりの激痛だったらしい。
あたしも気をつけよう。
下手したら病室でお別れすることになるかと思ったけど、
出すものを出したらスッキリしたらしく、
最後にお医者さんがヨルさんの容体をチェックして、あたしが出発する前に退院できたのである。
そしてここは町長さんの館の中庭。
すでに御者のラプラスさんは出発準備完了。
そういえば町長さんて誰だっけ、と思ったけども、
あたしの記憶には浮かび上がらない。
まあ、気にする必要ないということだ。
ヨルさんのお母さんと執事のバトさん、
そして魔王さまの一団に見送られて、これからあたしは魔族の街マドランドを発つ。
やっぱり誰か一人足りないような気がするのだけど、多分あたしの気のせいだろう。
ヨルさん達と普通にお別れの挨拶をしていると、
「・・・君とはこれでお別れだね、
出来ればもう少し仲良くなりたかった。
もう二度と会うことはないのだろうけど、どうかお元気で・・・。」
ちょ、魔王さま!?
そんなつぶらな瞳で、こっちのハートを撃ち抜くようなセリフ言わないでくださいますか!?
完全に意表突かれたよ!
当たり前の話だけど、
相手になんの下心もない場合には、あたしの危険察知機能が反応する筈もない。
美形なのは分かってたけど、
ついこないだまで生まれたばかりの赤ちゃんだったから、完全にあたしの意識の外にいた存在だったのだ。
なのに今や、あたしとほとんど同世代の男の子ではないですか。
改めて面と向かうとこんな凶悪な存在になっていたなんて。
「麻衣さん?」
いけない。
挙動不審になっていたかも。
「あ、その、な、何でもないよ、
気を遣ってくれてありがとう、
ま、魔王、いや、ミュラ君もお元気で。
この世界がミュラ君にとって素敵な世界になるといいね・・・。」
「そうだね・・・、ありがとう。」
もう、リィナさんのことはすっぱり諦めるってのも一つの手だと思うんだよね。
そうして、フリーになったのなら・・・
なんならあたしがお持ち帰りしてしまうのなんていいかも・・・
あたしの世界に連れ帰るなら、カラドックさんの世界や未来は狂わないよね?
・・・いやいや、あたしは何を言っているのか。
相手は魔王。
この世界の魔族の王様。
ベアトリチェさんの息子。
それよりも何より、角の生えた男の子を連れ帰ってどうするつもりだ。
血迷ってはならない。
でもきっと、後ろ髪を引かれるというのはこういうことを言うのだろう。
「麻衣ちゃん。」
突然ヨルさんに話しかけられた。
いいとこだったのに邪魔しないでほしい。
この流れでなんの用だろうか。
「なんですか、ヨルさん?」
「ヨルにとってホントに恐ろしかったのは麻衣ちゃんですよぅ。
カラドックやケイジさんに飽き足らず、この期に及んで魔王さまにまで魔の手を伸ばすつもりなんですかよぅ?」
「ぶはっ!?
な、何てこと言うんですか!!
ちょ、ちょっとドギマギしただけでしょうに!!
だ、第一あたしはカラドックさんにもケイジさんにも何の手出しもしてませんて!!」
お別れ間際にはぐはぐしたのは、手を出したことにはならないはずだ。
うん、あたしがそう決めたんだからそれが正しい。
「え?
ま、麻衣さんて実はそういう・・・
人は見かけによらないのか、・・・な?」
「い、いえ!! ミュラ君!?
ヨルさんのたわごと真に受けないでねっ!?
ヨルさん、恋愛脳だから何でもかんでもそっちの方向に転換しちゃうだけだからね!?」
あたし達が大騒ぎしてるところで、
後ろに控えていたヨルママはニコニコしていた。
「ヨルはいい友達ができたみたいだねぇ、
麻衣さん、ヨルと仲良くしてくれてありがとねぇ。
ただまあ、やっぱりこの街じゃあヨルには狭すぎたみたいだ。
こっちの事は心配要らないから好き勝手に生きてみなねぇ。」
ううむ、
あたし達は仲良かったって言えるのだろうか。
考えてみたらヨルさんて、かなりのトラブル起こしてパーティー追い出された身だからなあ。
これ以上、ヨルさんが好き勝手に暴れたら大変な事になりそうなのだけど。
一方、魔王さま、ミュラ君は何事か考え込んで下を向いている。
あたしへの誤解は解けたのだろうか。
もう二度と会わないとは分かっているのだけど、いわれなき風評被害を受けたままでいたくはない。
「麻衣ちゃん、まさかまだ自分が純真キャラだとでも言い張るつもりですかよぅ?」
なんだとこのやろう。
七つのお祝いでもかけてあげてやろうか。
もう一度病院に戻りたいのならお望み通りに・・・
「・・・く、くくっく・・・。」
あれ?
ミュラくんの体が縦に揺れている。
もしかして顔を下に向けていたのは笑いを堪えていたのだろうか?
「ミュラくん?」
「い、いや、失礼、
なるほど、リィナが言っていたのはこう言うことか・・・。
確かに彼女の言う通りなのかもしれないな・・・。」
何だかよくわからないけどミュラ君は何かに納得したようだ。
仕方ない。
ヨルさんの暴言は聞かなかった事にしてあげよう。
そもそもあたしはこの地へヨルさんのお仕置きに来たわけじゃないしね。
ただ他の人たちにしてあげたように、
ヨルさんに抱きついてあげることはしない。
本来、魔族のヨルさんだって、その精神性や性質はヒューマンとは違うはずだしね。
その件でカラドックさんはケイジさんを殴りつけてだけど、あたし自身が似たような存在なのだ。
カラドックさんの主張は分かるけど、あの時のケイジさんの話も間違っているとは思わない。
なのであたしはにっこり笑って手を差し出す。
「まあ、ホントにこれが最後ですからね。
お互い、笑ってお別れしましょう。
ヨルさん、最後に握手しませんか?」
だからこれでいいと思う。
「受けて立つですよぅ。
リベンジする機会がないのが本当に残念だと思うですぅ。」
リベンジってなんの?
あたしがヨルさんに直接危害を加えた事なんてない筈なのだけど。
「・・・ホントに恐ろしい子ですよぅ。
本気でヨルへの迫害行為がなかったことになってるですよぅ・・・。」
ヤバいぞ。
ヨルさんに虚言癖が出てきたのだろうか。
これは早くとばっちり受けないうちに引きあげないとね。
と言いつつ、あたし達はがっちりと手を握りあう。
うん、これでいい。
これで思い残す事はないと思ってたら、横からミュラ君が近づいてくる。
「あれ? ミュラ君?」
なんかもじもじしている?
仮にも魔王様なんだから、もっと堂々としてた方が良いのでは?
と思ってたら、ミュラ君もとんでもないことを言い出した。
「そ、その、僕も麻衣さんと握手したい、というのは厚かましいか・・・な?」
なんだと・・・っ!
ジュルリ!
い、いえ、これは願ってもない・・・う、ううん、全然オーケーですとも!!
ヤバい。
口から何か溢れそう!!
んんっ、コホン!
あたしは咳払いするフリして口を拭う。
「まぁったく問題ないですよっ!
さあっ、握手しましょう!!」
「え、あ、う、うん。
お元気で・・・。」
ふへへへへへ、
やはり日頃の行いがいいからでしょうね。
まさか、最後にこんなご褒美をいただけるとは思いませんでした。
「ねぇ、ヨル?」
「おかあさん、なんですかよぅ?」
「あの子、ホントに魔族じゃないのかぃ?
ていうか、アレ魅了スキル発現させてるような気がするんだけどねぇ?」
へっ?
「本人曰く、ヒューマンと妖魔の合いの子だそうですよぅ。
妖魔なら魅了スキル持っててもおかしくないですけど、スキルなら魔王様には効かない筈ですよう。」
「え、い、いえ、あたし魅了スキルなんて取得してませんよっ!
何かの間違いではっ!?」
「・・・いや、僕も魅了スキル持ってるから分かるけど、麻衣さん、無自覚に魅了スキル使ってるみたいだよ?
ああ、僕には耐性あるから気にしないで。」
げえっ、
いったいどうして・・・
あたしはミュラ君の手を放してステータスウィンドウを確認する。
勿体ない気がしたけど緊急事態だ。
ああ、残念。
そして
・・・あった。
どうやら戦闘で稼いだスキルポイントによって取得したものではなく、
あたしの種族特性による成長で入手していたみたいだ。
ヤバいな、これ。
よく考えてみたら、
あたしはこの世界で、いろいろ半端ない経験を積んでしまっているものね。
元の世界に戻って無意識のうちに、
とんでもない粗相を仕出かしてしまう危険があるかもしれない。
この世界であたしはぼっち卒業したと思っていたけど、
むしろ戻ったら今まで以上に交友関係を控えねばならないのだろうか。
しばらく大人しくしていよう。
よし!
帰るぞ!!
次はキリオブールに向かいます。
まだ何も考えてません。
次回更新できなかったらごめんなさい。





