第六百十九話 ぼっち妖魔はやり過ごす
ちょっと長めです。
<視点 麻衣>
あたしとヨルさんは思わずお互いの顔を見合わせた。
恐らくあたしとヨルさんの間で、
この件について解釈の齟齬はない筈だ。
「付き合ってる・・・という表現が適切なのか分かりませんですよぅ。
けれど、他の第三者があの二人の中に割り込むのは難しいと思うですよぅ。」
「ぬうう・・・。」
うん、あたしも同じ意見だ。
それと。
「あ、これも言わなきゃ。
勇者として名を馳せたリィナさんの前に、生き別れになってた兎獣人のご家族が現れました。
あと、リィナさんの・・・いえ、リナさんの血縁者らしき人がこの世界に転生してきてます。
いまは、金枝教の聖女さまの護衛騎士を務めてますけど。」
「何だって!?
リナの血縁者!?
朱全か、それとも朱路か!?」
「あ、確証ないんですけど、親御さんの方かと・・・、
生まれたばかりの女の子を抱いていた記憶があると言っていたので・・・。」
性別はぼかしておこう。
また話がややこしくなる。
「それは・・・喜ばしいこと、だな・・・。」
ミュラ君の本音だろう。
あたしも喜ばしいことだと思うよ。
けれど。
「その上で、これはミュラ君にとってプラスの情報になるかマイナスなのか分からないけど、その人、リィナさんに色目を使おうとする人を食い殺しかねないような視線を送ってくるんで気をつけて下さいね。
ケイジさんも酷い目に遭いましたから。」
正確には聖女さんの方に酷い目に遭ったけどね。
「そ、そうなのか・・・。」
「あれ? 麻衣ちゃんはリィナちゃんが魔王様とくっついても気にしないんですかあ?」
「それについてはあたしもカラドックさんと同じ意見かな。
どっちに好かれようとも大事なのはリィナさん本人の意志だから。
選ばれなかった方は大人しく引き退ってくれれば。」
「そう言ってくれるだけでもありがたい。
けれど、現状のままでは、僕がケイジを出し抜くのは難しいのではないだろうか。」
「カラドックが元の世界に帰った後なら、物理的に二人を会わせなくするだけなら簡単ですよう。」
おい、こら、ちょっと待ちなさい。
「ヨルさん、そういう当人達の意思を蔑ろにするのはアウトですよって。
カラドックさんじゃなくても、残りの角を切り落とされかねませんよ?」
「も、もののたとえですよぅ。
そ、それにそんな事したってリィナちゃんは絶対に魔王さまに靡かないですよって、言おうとしたですぅっ!!」
うん、それも同意する。
「リィナさんと仲良くしたいなら、人間社会と平和的な交流を広げる一択ですね、
その為ならリィナさんも勇者としてカラダ張ってもいいと言ってた気がします。」
「そうなんだよね、
リィナと仲良くするのなら・・・
けど、それだとケイジを引き剥がせない・・・。
無理矢理引き離すのは簡単だが、そうなるとリィナは僕を絶対に許さない。
ああ、転生してもまた葛藤か・・・。
向こうの世界でもリナは強情だったからなあ。」
「あー、少なくとも自分の信念は絶対に曲げないですよね、リィナさん。」
「まあ、だからこそ、僕も救われたのだけど。」
あたしはどちらの味方もしないし出来ないけど、ミュラ君の気持ちもわかる。
ただ、リィナさんはリナさんではなさそうなのだから、無理に執着しなくてもとは思うのだけど。
「残す手としては・・・
ケイジを社会的に陥れるくらいだが・・・。」
また不穏なことを。
「あたしは元の世界に戻るんで、これ以上何の干渉も出来ませんけど、ミュラ君には堂々と漢を見せて欲しいですね。
少なくともあたしなら何か卑怯な手を使ってアプローチして欲しくありません。」
「ぬぬぬぬぬぬう・・・。」
まあ、考えるだけならいいけどね、
実行に移しちゃったらダメだよ?
しばらくしてミュラ君は何か思い出したようだ。
「そう言えば・・・
麻衣さんはもう元の世界に戻る、
そしてヨルはあのパーティーから離脱したんだよな?」
「はい、そうですけど?」
「ですよぅ。」
「ならあのケイジとやらに会うことはもう・・・。」
「はい、あたしはちゃんと、お別れしてきましたので、もう会うことはないと思います。」
「なんかヨルにはそのうち会いに来てくれるようなこと言ってたですよう。」
ミュラ君はどうしたのだろうか。
「うむ、いや、これはこの場で言って・・・
でももう会う事がないのなら・・・」
何の話をしてるのだろう?
「いや、あの男・・・
ケイジも異世界人のようなのだが・・・
この情報でリィナとどうやって・・・」
んん!?
「ミュラ君、どうしてそれを!?」
カラドックさんにバレないように、
ケイジさんが異世界転生者であることは、
あたしとリィナさんしか知らないはず。
世界樹の女神様や聖女ミシェルネ様は除外で。
魔眼持ちのマルゴット女王やベアトリチェさんですら見抜けなかったと思うのだけど。
「む、麻衣さん、君は知っていたか。
実は邪龍討伐に行く直前、魔族の神たる悪神とやらが僕のもとに来てね、
その内の一体がそんな事を・・・。
ただカラドックでさえそんな素ぶりを見せなかったので、まさかとは思っていたのだが。」
「ええええ、ケイジさん、転生者だったですかあ!?
ヨルは何にも聞いてませんですよう!!」
ああ、その話どうしよう?
あたしもケイジさんから「全て」を聞かされたわけじゃないしなあ。
ここであたしが喋るのもなあ。
「えっと・・・あたしも詳しく聞けてませんけど、
少なくともリィナさんもその事はご存知ですので、あんまりあの二人を引き裂くネタにはならないと思いますよ?」
「そ、そうなのか・・・。」
そんなガッカリしないでよ。
ミュラ君的にはいざという時の切り札にしたかったのかな。
けど少なくともあの二人には通じない。
あの二人には。
「ん?
ちょっと待ってくれ。
奴が転生者なのは分かったが・・・
その正体は加藤惠介で間違いないのか?
悪神はそこまで断定していかなかった・・・。」
それだけなら問題ないかな。
「確かご本人もそう言ってましたよ。
リナさん・・・て人を助けられずに生き延びて二十年間くらい後悔しながら生きていたそうです。」
「・・・あいつも、か。
バカなヤツだ・・・。」
あいつ「も」って言ったね。
ミュラ君もケイジさんと同じような道を歩んだということなのだろうか・・・。
やがてミュラ君は大事なことに気づいたようだ。
「ん?
それをカラドックは・・・知らないのか?
何故奴はそれをカラドックに言わない?
二人は同じ父親を持つ兄弟だろ?
確か二人の仲は良好だった筈だ。」
「そこから先はあたしには言えませんよ。
ケイジさんにしてみたら、カラドックさんに合わす顔がないだけかもしれませんし、
何か他にも事情があるようでしたし。」
うん、ホントにここから先は言えない。
色々な意味で。
「合わす顔がない・・・
ああ、リナを助けられずに、か・・・。」
おっと、
あたしの感知機能にミュラくんの怒りが流れ込んできたよ。
「ミュラくん、ストップです。
気持ちは分からないわけじゃないですけど、
向こうの世界では皆んな亡くなっているんですよ。
生きているのは・・・カラドックさんだけ・・・」
あ、いや、カラドックさんを軸にしたら、ケイジさんの前世の人って、死んだと思われてるだけで、向こうの世界ではなんとか生きているんだよね?
あと十何年かしたらお亡くなりになるとか?
それ言ったらミュラ君はどうなんだ?
向こうの世界ではまだご存命なのだろうか?
いや、少なくともこの世界に転生してる段階で、向こうでは死んだことにしていいと思う。
とりあえず話を続けよう。
「だ、だからこの世界に転生してまで、前の世界のことを持ち出す必要もないんじゃ・・・。」
とはいえそれを決めるのは本人たちだ。
あたしはミュラ君の生き方にもケイジさんの生き方にもケチはつけられない。
「・・・なるほど、分かったよ。
いろいろ・・・考えてみる。」
とりあえずは納得してくれたようだ。
もっとも話は先延ばしになっただけかもしれない。
この場で何かの結論が出たわけでもないのだし。
その後、ミュラ君は、
ヨルさんのことにも気を遣ってくれたようだ。
うん、話題はカラドックさんのこと。
ヨルさんもかなり吹っ切れていたみたい。
カラドックさんの横笛をこんな席でも持ち込んでいたけど、少なくとも部屋から出てこれないなんてことはもう無さそうだ。
「なら、近々ヒューマン社会に出向くことが何度も起きてくると思う。
既にヒューマンの街に何度も出入りしている君なら打ってつけだ。
私の直属の部下になるか、それともヒューマンの冒険者パーティー『聖なる護り手』に加入してみないか?
どっちを選んでくれてもいい。
いずれにしろ、リィナやケイジたちとも早く会えるだろう。」
おっ?
ヨルさん大出世かな?
「うっ、うけたまわりはべりましたですよぅ!!
ヨルは誠心誠意魔王様につくすですよう!!」
「さすがはあたしの娘だねぇ!
街のみんなにお触れを出さなきゃだわねぇ!!」
うむ、良い話だ。
なんとかみんな幸せになって欲しい。
十人が十人、みんなお幸せにとは出来ないかもだけど、
あたしが関わった人たちにはみんな笑顔で居てもらいたい。
まあ、今回は、
ミュラ君よりも・・・
親の愛がヨルさんを立ち直らせたということでいいのだろうか。
尊い犠牲は払ったのかもしれないけど。
うん、
これでヨルさん編完全おわりだよ。
え?
どんでん返しはないのかって?
はあ・・・、
どうしても悲劇を見たいのですか、皆さんは?
では一点、
闇の巫女たる麻衣ちゃんが、
今後どうなるであるか、全く先が読めない不安なフラグを立てておきましょうか。
そう、
それはカラドックさんが残した一本の横笛。
何の変哲もない手作りの笛。
何か問題あるのかって?
いえいえ、現段階では何の問題もありませんとも。
「現段階」では。
けれどあたしは
ヨルさんが顔を赤らめながらその笛に頬擦りしていた時、
突然一つの記憶が甦ったのだ。
と言っても
それはあたしの記憶ではない。
メリーさんから移してもらったママの記憶だ。
だって、それって、
まるで、
あの悪霊リジー・ボーデンが、
異様なほどに執着していた実父の頭蓋骨と同じ構図に見えてしまったからだ。
さすがに、
ただの笛にそこまでの呪力はないだろうし、
ヨルさんにもリジー・ボーデンなみの異常想念はないと思うけど。
あたしがこれまで経験してきたところでも、ティラミス夫人のナイフとかの前例があるからなあ。
まあ、
これにてこの話はおしまい。
後日談はない。
少なくともあたしがこの世界にいるうちはないのである。
せいぜい、
ヨルさんが、夜中に激しい下腹の痛みで病院に担ぎ込まれただけだ。
そう、
あの忌まわしきバジリスクの香草焼きにあたって。
ちなみにこの串焼きはナイア氏の屋台のものではありません。
「オレはそんなミスを犯さねーぜ。
滅多にな・・・。」
「アイタタタ、結局ヨルはこんな目ばっかりですょぅ・・・!」