第六百十七話 ぼっち妖魔は何も見てない聞こえない
ぶっくま、ありがとうございます!
朝、寝起きに書くと頭が回らないのか、
適切な言い回しや単語が思い浮かばない。
喉元までは出かかってるのだけど。
<視点 麻衣>
とにかく大騒ぎになっていた。
なんの刺激もない田舎の街という意味では、
カタンダ村みたいなヒューマンの村とどっこいどっこいなのだろう、
館の周りは大勢の魔族の皆さんで囲まれていた。
・・・みんな魔王や金銀のドラゴンさんたちを一目見ようと我も我もと見物に集まってきていたのである。
まあ、当の魔王くんは館の中に入っちゃったけどね。
さて、何がどうしてこうなったのか、
あたしも聞いた話になるけど、これ以上の経緯をお話する必要はあるだろうか?
なんでもヨルママ・・・お名前はソルさんだそうだ、
ソルさんが黄金宮殿に赴いたのは、ヨルさんの件とは全く関係なく、
魔族の一人として、魔王生誕の知らせを聞いてその元に辿りついていただけらしい。
そこへ半狂乱になったゴアさんがやって来たと。
ヨルさんの母親として、最愛の一人娘の角を切り落とされたことに関して怒りはないのか?
ゴアさんにもそんなことを問われたようだけど。
「そりゃ、いい気はしないねえ。
けどそれとこれとは話は別さあ。
ヨル自身がリベンジに向かうとか、
まあ、親バカなのは今更だけど、この人が自分でその異世界人とやらにケリをつけに行くのならまだわかるけどねぇ、
それを他の魔族を巻き込んだり、ましてや魔王様の手を煩わせるなんて言語道断だよねぇ?
いくら言ってもわからないようなバカはカラダで分からせるしかないだろう?」
とのことです。
とても常識のある方で良かった。
まあ、多少暴力的なことは目を瞑りましょう。
それにしてもミュラ君もフットワーク軽いよね。
ゴアさんを送り届けるのにわざわざ自分もドラゴンに乗ってやって来るとは。
ただそれについては、ミュラ君も勇者パーティーにいたヨルさんに聞きたいこともあったためのようだ。
ただ、今現在はそれどころではないらしい。
「お前はなんでそんな冷たいのだああああああっ!!
ヨルはお前のお腹を痛めた一人娘だろうううううっ!!
こんなっ、将来も未来もあるこんな可愛い可愛いヨルが、あんな痛々しくも惨たらしい目に遭ってなんでそんなに平然としていられるのだああああああっ!? おーいおーい!!」
おーいおーいって泣く人初めて見たな。
まあ、うん。
多少は同情する。
特にあたしの場合、
6年前、魔物に攫われて耳を引きちぎられそうになってた時、あたしのパパも半狂乱になってたからね。
あんまりゴアさんを変な目で見るつもりはない。
子供に対して愛のない親よりかはよっぽどマシだろう。
ただあたしの場合は現在進行形だったのに対して、ヨルさんの場合はもう終わった話。
それにヨルさんはもう子供じゃない。
しかも本人もある程度受け入れている話ですらある。
そしてその当の本人なのであるが。
「・・・なんかおとうさん見てたら、どんどんどうでもよくなって来たですよう・・・。」
めっちゃ冷めてしまったらしい。
お酒の力や、時間による忘却よりも強力だということか、
ある意味凄いな、ヨルのパパ。
「・・・お前を振ったカラドックとかいう男のことはもうどうでもいいっていうのかいぃ?」
実際どうかと思ったけど、ソルさんの言葉にヨルさんはフルフルと首を振る。
「・・・そこまでいうわけじゃないですけどねぇ、
いつまでも落ち込んでるのがバカバカしくなって来たですよぉ。
それに・・・何よりカラドックがヨルを忘れ去ったってわけじゃないですからねぇ。
ほら、ヨルにも・・・カラドックの大事なものを残していってくれたですよぅ。」
そう言ってヨルさんは懐から一本の笛を取り出した。
見覚えのある横笛。
カラドックさんがこの世界で手作りした笛だそうだ。
うん、ヨルさんの頬が赤みを帯びて行く。
少し空気が穏やかになったと思ったのだけど。
「ぬおおおお!! 許さん!!
許さんぞおおおおおおおおっ!!
よりにもよってその男!!
私のヨルになんといういかがわしいものを渡したのだああああああっ!?
そっ、そんな破廉恥な縦笛でヨルに夜な夜な身悶えさせるとは最低最悪のドスケベ野郎ではないかあああああああっ!!
もっ、もうその縦笛はヨルのカラダの中に埋まりっ! その先端はヨルの体液でびしょ濡れになっているのだろうううっ!?
ぬおおおおお、ヨルがその細い腕を動かすたびに艶めかしい喘ぎ声を発するなどど、どうしてこの私が耐えられるものかあああっ!
うああああああっ、私のヨルが、私のヨルが何処の馬の骨とも分からぬ男に淫乱女にされてしまうううううううっ!!」
・・・まず最初に、
縦笛でなく横笛だよ。
それと、
ゴアさんに言うことでもないけど、
世間一般では縦笛に対して、あるまじき風評被害が起きてるのは誰のせいなのだろう。
原因は分からなくもない。
恐らく、
あたしが中学生時代に、クラスメイトの女の子の持ち物の笛を、
一本一本サイコメトリーしてゆけば、
知りたくもない忌まわしい新事実が明るみになったことだろう。
幸いにしてあたしの笛は無事だったけども。
これを読んでるあなた。
心当たりがあるならちゃんと後悔して反省するんですよ?
大人になってからそんなことしたら、新聞に名前載るかもしれないんですからね?
・・・ごめんなさい。
脱線しました。
ヨルパパ、ゴアさんの魂の叫びは辺りの空気を絶対零度にまで凍結させた。
もちろんその凍気の中心地は二人の魔族女性である。
執事のバトさんも、魔王ミュラ君でさえとばっちりを恐れて後ずさってしまう程。
「・・・麻衣ちゃん。」
え、ここであたしっ!?
「な、なんですか、ヨルさん?」
あたしがこの人たちの騒ぎに介入する隙間なんてどこにもないよね?
「魔王さまにお見苦しいものをお見せることになるですよお。
この物体から溢れでる雑音すら聞こえないようにして欲しいですよう。」
あ、そういう。
それはお安いご用ですよっと。
「う、承りました。
それ、ダークネスあんどサイレンス。」
物体とやらは、まだ何か大騒ぎしてたかもしれないけど、これでようやく静かになりました。
目の前に真っ暗な空間に、ヨルさんが静々と・・・
あ、魔闘法起動してるね。
「おかあさんもこっちくるですよう。
中は何も見えないのと、何も聞こえなくなってるだけで安全ですよう。」
ソルさんはあたしの虚術を知らないものね。
けれど、ヨルさんに誘われて、親娘仲良く共同作業を始めるようだ。
中はぐるぐる巻きになった物体が一つ。
多少、どこがどうなってるか分からなくても支障はないだろう。
手元が狂っても大して問題ないよね?
ようやく騒ぎは収まった。
暗闇空間からは何も聞こえてこなかったけど、
時々、何か血飛沫のようなものがあちこちに飛び散っていた。
あとで掃除が大変だと思う。
しばらくしてからヨルさんとソルさんが二人でスッキリした顔で出て来たようだ。
全身何か血のようなものでべっとりしてたけど、
二人の顔は晴れやかになっていた。
「おかあさんと二人で汗を流してくるですよう、
バトは魔王様と麻衣ちゃんを応接間に案内してほしいですよぅ。」
ああ、血に見えたような気がしたのは汗だったのか。
なら仕方ないよね。
と言うわけであたしは場所を移動する。
そう言えばそろそろお腹減って来たな。
ていうか、あたしはヨルさんを慰めに来ただけのはずなんだけど、
まだ何かトラブルに巻き込まれるのだろうか。
何が起きたとしても明日の朝には出発するぞ?
執事シグ(故人)
「本当に、見てて飽きないお方だ・・・。」