第六百十二話 ぼっち妖魔は今頃気付く
<視点 麻衣>
ふーふーふーふーん♪
はい、皆さん。
あたしはただいまグリフィス公国の北部の街を馬車に揺られています。
みんなと別れてからちょうど半日経ったところだね。
「伊藤様、本当にこの街までで宜しいのですか?
陛下からは冒険者を雇っても構わないので国の外までお乗せしても良いと仰せつかっているのですが。」
もともとの話では、
グリフィス公国の都市部ならそうそう魔物も出ないので、この馬車の前後に付いてる三人の騎士さん達だけで、護衛は十分というお話だったんだよね。
でも街の外だったり、国外に行くのなら、今の護衛だけでは心許ないので、最低でも冒険者一パーティーくらいつけねばならないというわけだ。
でもねぇ。
「いえ、お気遣いはありがたいんですけど、
通常の移動手段だと、あたしがこれまでお世話になった人たちに挨拶しに行けるほど、時間的に余裕ないんですよ。
それなんで大変申し訳ないんですけど、皆さんは今晩ここのホテルに泊まっていただき、明日の朝には宮殿に戻ってくださって構いません。」
というわけなのだ。
そう。
いくらなんでも馬車で、国外のキリオブールやカタンダ村に残り五日ちょいで行けるわけがない。
さらに言うと、その二つの場所以外にもあともう一箇所行きたいところがあるのだ。
なので、
あたしは反則技を使うことにしたのである。
どんな手段かって?
まあ、みなさんにはお分かりでしょう。
すでに予約はすませている。
あとは明日の朝を迎えるだけ。
・・・というわけで朝だよ。
え?
夜に何かあったか報告はないのかって?
要らないでしょ、そんなもん。
実際何事もなくあたしはベッドに潜り込んだだけだ。
みんなとのお別れしたことの感想?
ママとの間のあれこれ?
知りませんてば。
昼間、あれだけいろんな出来事を経験して、
その夜、一人で何を考えてたのかなんて、
人様に言うつもりは全くない。
勝手に想像するがいいのです。
さて、朝になったというお話の続きだ。
あたしはホテルのチェックアウトを済ませ、エントランスに向かう。
結構早い時間帯なのに、エントランスは無人というわけではない。
何の用かは知らないけど、そこには数人の男女がそれぞれ佇んでいる。
あたしと同じようにこれから外に出発するところなのか、
誰かを待っているのか、
それとも時間を潰しているだけなのか。
まあ、あたしも人を探さなきゃならないんですけどね。
えーと・・・
たぶん目印になるのはぁ・・・
あたしは特定の形をした帽子を探して周りを見回す。
特定の形・・・
それはすなわちつばのついた円柱形、
ぶっちゃけるとシルクハットである。
まあ、時間に遅れるような人ではあるまい。
探せばすぐに見つかる筈・・・
シルクハット、シルクハット・・・いた!!
「おはようございます、ラプラスさん、
お待たせしましたか?」
「おはようございます、麻衣様。
いえいえ、ここのところ、市井の様子にも疎くなってしまいましたからな。
新聞を読むだけでも退屈はいたしませんとも。」
お目当ての紳士、ラプラスさんは紅茶を片手に優雅に新聞を読んでいた。
ある意味、この人はそこら辺の成り上がり貴族よりよっぽど様になっている。
まあ、国際的に有名な商会の会長さんだったのなら、当然と言えば当然か。
そう、
あたしは念話を使って、女神様とラプラスさんに空飛ぶタクシーの手配をお願いしたのである。
メリーさんには冷たい対応していたみたいだけど、あたしは一応、アフロディーテ様の恩人の位置をキープしているし、厳密には違うけど、あたしも女神様も造物主様に連なるという意味ではお仲間なのだ。
更に言うならばラプラスさんは元商人。
あたしが元の世界に戻って役に立たなくなるこの世界のお金を支払うのなら、ラプラスさんは十分に釣り上げられるというわけだ。
それでも最初、ラプラスさんは渋っていたみたいだけど、女神様が後押ししてくれたようだ。
まあ、ラプラスさんはあくまで女神様の守護者だからね。
それも仕方ないお話だと思う。
ただ今回はちょっと他に問題があったらしい。
「女神さまや布袋さんはお元気ですか?」
別に深い意味はなく、社交辞令で聞いたんだけどね。
その途端、ラプラスさんの顔が曇ったんだ。
あれ?
何かまずいことでもあったのだろうか?
「・・・いえ、取り立てて問題が起きたわけではないのですが、
そうですね、麻衣様のご意見は何よりも貴重なものとなりそうです。
よければ馬車の中で相談させていただけますかな?」
またそうやって人を過大評価する。
でもこの期に及んでまだ何か起きると言うのか。
もう慣れたもので、
馬なし馬車がお空に浮かぶ。
そこら辺の地べたに尻もちついてる目撃者の方々には、本当に申し訳ないけどね。
まあ、そのうち邪龍討伐の物語の詳細が広まるにつれて、あの馬車がそうだったのかと思い出していただきましょう。
ただ今回はあたししか乗らないので、前回大勢で乗った、マイクロバス並みの大きさの馬車ではない。
せいぜい二、三人しか乗れない小振りの馬車。
お金持ちなんだよね、ラプラスさんは。
「エアスクリーン展開!
進行方向、障害物なし!
出発進行!!」
おなじみのフレーズを聞くのは一週間ぶりかな。
既に懐かしく感じているあたしがいる。
これもあと数回聞けばあたしはこの世界ともさよならだ。
あと何回あたしは・・・
いえいえ、もう泣くことはないですよ。
ゴッドアリアさんとか、カタンダ村のエステハンさん達に会ったって泣く可能性はほとんどないんだし。
・・・あ、
エステハンさんの凶悪フェイスに脅かされたら別の意味で泣くかも。
怒られるようなことしてないよね、あたし?
毎度毎度のことだけど、
ラプラスさんは魔物の接近に備えて御者席で前方を監視している。
エアスクリーンをかけているから寒くはないだろう。
けれど体の保温の目的で、いつもの燕尾服の上に、更にもさもさファー付きのコートを装備している。
まあ、休憩するときは馬車を地上に降ろしてエアスクリーン解除するしね。
一々脱ぎ着するのは面倒だろう。
あと思ったのは、シルクハットって結構大事なアイテムのようだ。
何しろ冬とはいえ日差しは眩しい。
直接太陽を見ることはないとはいえ、帽子のつばの部分で視界を狭める事は重要なのだ。
・・・あたしかダークネスを使えばもっと楽になるのだろうか。
試したことはないけど、ダークネスって暗闇の強弱つけられるのかな?
まあ、ラプラスさんは現状のままで問題なさそうだし、あたしも不必要に魔力を使うこともないだろう。
・・・あ。
ストーリー上、とんでもないことに気づいたわけではない。
ただあたしはこの世界での戦闘システムで、
もしかしたらと思う事に、
たった今気づいてしまった。
検証してみないと分からないけど。
それはあたしの虚術。
他にこの術を使う人がいないのだから、
それに気付けるのはあたししかいない。
あたしが気付かなければ、誰にも分かるまい。
そう、
今まであたしの虚術で、
空気を奪う事によって炎の術法を防いだよね?
光を奪う事によって、光の術も防いでみせた。
今、思いついたのは、
空気を奪えばエアスクリーンも解除できちゃうよね、ということ。
まあ、闇の僧侶魔法でも解除できるらしいけど、そこは互いの魔力量やレベル次第の筈。
だから前回、邪龍がエアスクリーン超強力版をかけた時に、闇の僧侶の術法を持っていた・・・カルミラさん? ・・・あの人がいてもどうしようもなかったと思うけども、
あたしが空気を奪ってたら、もっと楽に戦えていたのかもしれない。
・・・これは本当に今更気づいていたのでもう、どうしようもない話だ。
うん、気にしないでいこう。
それより今はラプラスさんの話だ。
ついさっき気づきました・・・。
うりぃ
「・・・造物主さまやのうて作者の責任やな。」