第六百十一話 ぼっち妖魔はお別れする
長くなりました。
2回に分けようかと思いましたけど、
これで行きます。
今回
「レディメリーと異教の騎士」のネタバレが少しあります。
確か今まで悪霊の本体は明らかにしてなかったはず。
<視点 麻衣>
ママの記憶のコピー&ペースト。
・・・それは
意味がある行為なのだろうか。
だって
「覚えてはいるんですよ・・・
あの時のあたしはあたしではなくなっていたんですけど、
ママの意識はあたしに流れ込んでいたから。」
あの時のあたしは悪霊の悪想念に感染中、
まともな精神状態ではなかったし、正常な思考すら満足に出来なかった。
だからママの最期を理解したのはあたしが悪霊から解放された後の事。
あたしが回復した時には全てが終わっていたのだ。
「でもそれは遠隔でのテレパシーのようなものでしょう?
あなたは直接この体から読み取れる。
それが・・・私からあなたへの餞別よ。」
「でもそれだったら、それこそ召喚したさっきのママに・・・」
少なくとも同じ魂を持つママ同士に渡した方が自然ではなかったのだろうか?
「それも考えたのだけど、さっきの百合子には彼女自身の人格と人生があるわ。
それにまだ彼女は麻衣を産んでもいないし、これから麻衣を産むという保証もない。
そんな彼女に別世界の麻衣への思いを与えても意味はないわ。」
あ、そ、そうか。
そう言われてしまうとその通りかと思う。
なら断る理由はそれ以上ないよね。
多分二年前と同じ情景が流れ込んでくるだけかもしれない。
けどあの時とは違う。
今のあたしは間違いなくまともな精神状態に回復している。
誰?
ちょっと危なっかしいとか言ってる人は!
大丈夫ったら大丈夫である。
「じゃ、じゃあお願いします。」
特に決まったやり方もない。
お互いカラダを接触させていれば十分。
なのであたし達は先ほどと同じように抱き合う形となる。
今度はメリーさんも力を込めてくることはなかった。
さっきと違うのは、
あたしはサイコメトリーを起動する。
そしてメリーさんは自分のカラダに焼き付いているママの記憶を解放・・・
流れ込んでくる・・・
あ
夜の体育館・・・
これはあたしとマリーちゃん達がヤギ声の男に襲われた時だ。
あの時、ママは体育館の二階部分の外壁に張り付いていたんだね・・・
あの時、死神の鎌を拾いあげたのは
あたし達ではなく、あたし達の造物主さま・・・
正確にはその器の人だけど。
そして次に流れ込んできたこの記憶は
頭を剃り上げたトレンチコートの男の人が見える。
ヒゲの剃り残しも目立つけど、かなりシブいおじさんだ。
以前流れ込んできたママの記憶の中にこんな人いたっけかな?
流れるように他の映像に切り替わる。
メリーさんは、広い夜の道路を年代物のアメ車のトランクの中に潜り込んだり、
ショッピングセンターのファッションコーナーでマネキン人形の群に紛れ込んだり・・・
トイレの個室に篭ってドアをノックした人を脅かしたりとか・・・
ママ結構楽しそうだね?
でも、これ・・・ショッピングセンターの中とかだったら監視カメラとかついてない?
録画映像に人形が動き出してるシーンを見た人がいたら、軽くトラウマになっていやしないだろうか?
それより最期の時が近づいてきたようだ。
大勢の人種もまばらな外人さんたち、
あの時、ママはアメリカに渡っていた。
そして目の前にいる彼らは一様に拳銃やライフルを構えている。
もちろん彼らはマトモじゃない。
男の人も女の人もみんな悪霊に感染している。
そして彼らは、ママが自分たちの敵だとハッキリ認識しているのだ。
やがて彼らからいくつもの銃弾が一斉に放たれる。
ママがそれを躱わすこともない。
メリーさんの生態に、そもそも防御という概念がないのか、
既にメリーさんのカラダに銃弾を避けるだけの力が湧き上がっていなかったのか、それは分からない。
けれど彼らの銃弾一発一発がメリーさんのカラダを
ママの魂を削りとってゆく。
いくら再生能力を有するメリーさんの体でも、
それを上回る勢いで破壊されてゆけば、
魂はその身体に定着できなくなってしまうのだ。
ママが狙うものは白いハンドボールほどの大きさの物体。
それだけを切り裂けば、
或いは砕ききればいいのだ。
それはある意味、メリーさんのカラダと同じ機能を有した呪物。
材質は石膏だけど、そこにかつてこの世にあった二人の男女の骨を砕いて混ぜてあるメリーさんのカラダに対し、
悪霊が取り憑いているのは、彼女が愛した自らの父親の頭蓋骨。
切断した頭部を使ってマスターベーションまでしていたぶっとんだ狂気の持ち主。
メリーさんは人間の魂を取り込みその人形を動かす。
悪霊リジーは父親の頭蓋骨を媒介にして、現世に留まり、自分の精神に同調・感染を拡げて他人を操っていたのだ。
そこに意識や知性がどこまで残っていたのか分からないけども、
確実に自分を敵意を向けていたメリーさんを排除にかかったのだ。
そして結果は
相討ち。
人間のカラダだったら足を引き摺ることも出来なかったろう。
腕を振り上げることすら出来なかっただろう。
それでもママは白い頭蓋骨の元まで辿り着き、
最後の最後で目的を果たしたのだ。
追手の姿も視界に入れることなく、
最後の最後までその目的の物体から目を離すこともなく。
けれど、
ママの目に映るものとは別に
その時ママが思っていたことは
悪霊や頭蓋骨、ましてや自分を銃で撃ち抜いていた感染者たちのことですらない。
あたしの事しかなかった。
産まれたばかりでタオルに包まれていたあたし。
手首が輪ゴムはめられたみたいになって笑ってる赤ちゃんのあたし。
部屋の中をハイハイしていた頃。
やり切った顔の初めて掴まり立ちした時。
あれ、何だろう、怖い夢でも見たのか、
ぎゃん泣き状態のあたし。
かわいい帽子をかぶって幼稚園に通っていたとき。
雨の日に水溜りに足突っ込んで服をビショビショにして泣き喚いていたあたし。
恥ずかしそうにランドセルを背負っていた姿。
あたしが風邪を引いて熱を出していた時。
あたしがパパに肩車してもらって喜んでいた事。
三人で読◯ランドに遊びに行ったこともあったっけ。
あたしが産まれてからたった10年ちょっとの出来事・・・
みんなみんなあたしのことばかりだ。
冗談じゃない。
ママを、別世界から召喚する前にこんなもの見せられてたら、それこそ号泣するどこじゃないでしょうに。
あの中庭全て水浸しにするとこだったぞ。
よくもこんなもの見せてくれやがったな、メリーさん。
確かに以前ママの意識が流れ込んできた時とは情報量が雲泥の差だ。
以前、天叢雲剣からサイコメトリーした時もそうだったけど、
これ、この後も後から後からあたしの意識に浮かび上がってくる記憶もあるんだろうな。
何がリーリトには感情がないだ。
他の人間とどこが違う。
あたしだって、ママだって・・・こんなに、こんなにも・・・
うん、今はそんなことどうだっていいや。
それこそ、今本当に大事なのは
ママ・・・
ありがとう
あたしが今言いたいことはそれだけだ。
「終わったかしら?」
「はい、はい、・・・全部。
ママの、ママの思いは受け止めました・・・っ」
顔を上げられない。
頬を熱いものが伝ってゆく。
ちくしょう。
せっかく耐えていたのに。
「あなたにはこれくらいしかしてあげられなくて・・・」
「いえ、本当に、本当にありがとうございましたっ・・・。」
床からもボタボタ音が聞こえているじゃないか。
サイレンスで音を消すことは簡単だけど・・・
もう今更そんなことする意味はない。
それに、
メリーさんにしたところで・・・
メリーさんが他人には興味のない人間?
あ、いや、人間ていうか、ここでは人格の話だけど。
以前、あたしは何を偉そうに言ってたんだ。
メリーさんだって他人を思い遣る心を持っているじゃないか。
それこそあたし達や他の人間とどう違う。
「・・・それじゃあ、本当にこれでさよならね・・・。」
メリーさんはゆっくりとあたしから離れた。
彼女の銀色の瞳は、
初めてメリーさんを見た時と何ら変わらない。
もっとも、あたしが肉眼で初めて見た時、既にそこにはママが入っていたんだけどね。
「え、ええ、ぐすっ、お世話になりました・・・っ。
メリーさんも、どうか、お元気で・・・。」
その後、目的を果たして満足したのだろうか、
メリーさんはゆっくりと窓から出て行こうとする。
死神の鎌は忘れないでくださいね。
・・・きっと、
もうあたしがメリーさんに会うことは二度とないだろう。
メリーさんのカラダは、破壊されて400年間、黒い森に安置されていたという。
カラドックさんの世界の話だそうだけど。
そう、一点だけ不思議だったんだ。
あたしの世界でもカラドックさんの世界でも、メリーさんのカラダば同じように銃撃でボロボロにされたらしい。
そしてメリーさんにはあたしのママの記憶と情念がこびり付いている。
ではいったい、
どこで世界が別れてしまったのか?
それともやはりカラドックさんの世界にも、あたしやママがいたのだろうか。
そしてそっちの世界でもママは同じ運命を辿ってしまったというのか。
きっとメリーさんに聞いても分かるまい。
なので、どうでもいいことを、
ある意味余計なことだったかもしれないけど、
最後の最後で、あたしはメリーさんに聞いてみたのだ。
「あ、メ、メリーさん?」
「あら、なぁに?」
窓から頭を出しかけていたところで、半分だけ首をこちらに戻してくれた。
「で、でも、記憶のコピペって、よくそんな事を思いつきましたね?」
けれど、また違和感だ。
ちゃんとした質問だったと思うので、
メリーさんは残りの首を、こちらに向けてくれると思っていた。
けれど、メリーさんはあたしの方を向いてくれなかったのだ。
首の角度は中途半端なまま。
まさかあたしの今の顔を見ないように遠慮してくれたとでもいうのだろうか?
けれどちゃんと答えだけは返してくれた。
「ミカエラ・・・ミシェルネと一晩お話しした時にね、
私も色々考える事があったのよ・・・。」
さすがの聖女さまか。
あの人も正直よく分からない。
聖女ミシェルネさま・・・。
あの子があたしの造物主さまと深い関係にあるのは間違いない。
けれど闇側の勢力であるあたし達とは相容れない光側の立場。
いや、もしかしたら
造物主さまはいつか、自分が作り上げた人間たちに滅ぼされる運命のようなことを言っていた・・・
まさか、ね。
あ、そうだ。
ミシェルネさんはあの会談の時、
自分達が生きてる間はなにもなさそうなことも言ってた気がする。
なら少なくともミシェルネ様本人が何かすることはないと思う。
そう思うことにする。
リーリトは自由なのだ。
何を考えてもいいし、何も考えなくてもいいのである。
やがてさっきの言葉を最後に、
メリーさんは馬車から降りて行った。
こちらを振り返ることもなく。
あたしから取り返した死神の鎌を右腕に提げて、
何事もなかったかのようにゆっくりと。
これでいいんだろう。
あたしと伝説の闇人形、メリーさんとの物語はここで終わり。
あたしはこれから元の世界に戻って、
何気ない日常に戻る。
メリーさんは・・・
自分の世界に戻って
これからも悠久の時を過ごすのだろうか。
・・・なんとなくだけど、
そこから先は考えない方がいいような気がした。
未来視とか危険察知とかそういう能力によるものでなく、
これまでのメリーさんとの会話や行動を思い起こすなら、
メリーさんの歩む道は一つしかないのではないだろうか、
そう思ったら、それ以上考えたくなくなったのだ。
やがて、
メリーさんの後ろ姿も小さくなっていった。
あたしは前を向く。
さよなら、
メリーさん・・・。
残りエピソード予定は
麻衣ちゃんのお世話になった人たちへのお礼行脚。
カラドックとケイジの別れ。
その後の皆様。
元の世界に戻ったカラドック。
元の世界に戻った麻衣ちゃん。
元の世界に戻ったメリーさん。
順番は変わるかもしれません。
分量は不明です。