第六百二話 禁断の果実
<視点 カラドック>
「それじゃあなぁに!?
麻衣は復活前のあのお方に直接命を助けられたっていうの!?」
「あ、う、うん、
でもそれ言ったらママの方が凄いよ。
ママは自分の体から出ていっちゃった後だけど、
造物主さまはママのカラダをお姫様抱っこまでしてるんだから。」
「きゃああああああ!!
・・・ちょっと、真剣に私、そっちの世界に精神体だけでも行けないかしら、
自分自身の体なら簡単に乗り移れるわよね?」
「カラダごと転移するのとどっちが大変なんだろう・・・?」
・・・大変盛り上がってらっしゃるね。
いや、微笑ましくて何よりだよ。
どうやらもう心配しなくて良さそうだ。
例の造物主様とやらを共通のアイドル推しトークでもするかのように話が弾んでいる。
それこそ立ち話も何なので、
二人は東屋のテーブルに場所を移して談笑中だ。
予想していた方向とは異なるかもしれないが、
このまま行けば麻衣さんの目的も達せられることだろう。
・・・魔力は・・・そろそろ私のスキル使った方がいいかな?
ケイジやリィナちゃんも暖かい目で二人を見ている。
メリーさんの表情は分からないけど、
恐らくケイジたちと似たような感想を・・・
いや、メリーさんも一人の娘を育て上げた母として、
自分たちの姿と重ねているのかもしれない。
さて・・・
これで大円団だと思うかい?
残念だけど、私も一国の王にして、
天使シリスの息子と呼ばれた男だ。
次元を超えた親娘の再会については喜ばしいとは思うのだけど、そんな甘い話ばかりでないことも理解している。
忘れてはならない。
二人は私の父、天使シリスと対立する勢力の一員なのだ。
この異世界冒険において、麻衣さんの能力と貢献は、最高の評価と最大の賛辞を与えるに値する。
けれど、
元の世界に戻ったならば、私たちと敵対した時にその妖魔としての能力は、途轍もない懸念材料となり得るのだ。
だから私は油断しない。
二人の会話を注意深く聞いている。
どんなに微笑ましいエピソードだろうが、
一見取るに足らないような一言だろうとも。
実際、ここまでに既にとんでもない重要な話はいくつも出ているのだ。
曰く、この百合子さんの世界では、
私の出身である騎士団による世界侵攻と、
その後の黒十字軍の支配でほとんどの地域が無政府状態にあること、
そしてその中の争いの結果、
麻衣さんたちが造物主と仰ぐ男、
恐らく私たちの世界でアスラ王と呼ばれた男が、人間としての人格を捨て去り造物主としての記憶と能力を復活させていることなどだ。
・・・どこかで聞いた話と思ったかい?
そう、麻衣さんも気付いたようだったが、
百合子さんの出自は、あの、魔人ベアトリチェが言っていたもう一つの世界のことだったのだ。
「・・・ああ、ベアトリチェ?
確かに同じ復活の儀に参加してたけど。
あの子、あれから姿を全然見ないわ?
もしかしたらシャンバラ宮殿が潰れた時にそのまま生き埋めになったのかしらね?」
・・・案の定、ベアトリチェに対して思いっきり冷淡な態度だったね。
麻衣さんもそれで全て察したのか、話題を変える。
「あ、ちなみになんだけど、
向こうのウサギの耳を生やした女の子、
リィナさんて名前で、
この世界でないところでは、多分造物主さまのお孫さんじゃないかと・・・」
自分の話と理解したのか、リィナちゃんが恥ずかしそうに天叢雲剣を放電。
その瞬間、席を立った百合子さんが超特急で迫ってくる。
「あああ、それ天叢雲剣じゃないの!!
私の世界じゃ破壊されてる筈なのに!
それにリィナさん!?
あの方のお孫さんてことは、てことは、てことは!
ミィナさんとのお孫さんかしら!!
あっ、じゃああの時、生贄のミィナさんのお腹の中の子の!?
ほんとに早まらないで良かったあ!!」
なんでもリィナちゃんのお祖母さんにあたる人を、造物主様とやらの復活の儀式に生贄用として捕まえていたらしい。
直前までその胸を切り裂き、心臓を取り上げる計画だったそうだけど、途中で百合子さんがその女性の妊娠に気付いたとか。
一歩間違えれば・・・
・・・違う世界の話とはいえ想像することさえ恐ろしい話だ。
それにしても悪運強い人だな、ミィナさん。
確か世界樹の女神アフロディーテ様の時も、高熱に冒されながら砂漠を彷徨ってたとか聞いた気がする。
ただ、これより先、私個人にとっても、
さらに恐ろしい話が控えていた。
「あと、さっきも聞いたけど、
ママも造物主様の巫女役やってるの?」
「うう〜ん、そうなんだけど、
もともとカーリーって人がやってた『黒の巫女』の役目を引き継いだだけなのよね。
それに造物主さまも復活なさってからは行方不明になっちゃったから、時々メッセージをいただく以外はあんまり役にたってないのよ。」
父上もそうだけど、
どこの世界でもみんな行方不明になるな。
まあ、人間の世界に干渉しないという取り決めがあるなら仕方ないのかもしれない。
「じゃあ今のママは何やってるの?
ていうか、日本にはいないの?」
む?
麻衣さんが話を一つの方向に誘導しようとしているな?
このまま、想定外の話題がなければ恐らく日本の・・・
「ああ、とりあえず造物主さまを奉じる人たちに声を掛けまくってる最中よ。
黒十字軍の残党の人たちにも協力してもらってるけど、色々大変なのよ。
あの方がそれまで総代を務めていたスサって人たちとは手を組んだ方がいいのか、距離を置いた方がいいのかも判断に迷うし〜。」
それは私が聞いても難しそうな問題だね、
第三者の立場で良かったよ。
話の切れ間に私も紅茶でも・・・。
「う、うわあ、大変そう・・・。」
麻衣さんは、そのまま話を誘導しようとして出鼻挫かれちゃった形かな。
それどころじゃなさそうな話だものね。
「でしょ!?
それだけじゃないのよ!!
事もあろうに私たちの天敵たる天使まで地上に現れたっていうのよ!?
まだ赤ちゃんの姿らしいけど、造物主さまは放任してるみたいだしもうどうしたらいいのよ〜!?」
ぶふっ!?
ゲホッゲホッ!!
い、いけない、
喉に咽せたっ!!
しかも目立つリアクション取ってしまって、
二人から奇妙なものでも見るかのような視線が・・・
あ、でも麻衣さんは私が吹き出した理由わかるよね?
「・・・麻衣、あの人どうしちゃったの?」
「あ、多分今のママの発言に驚いたのかと・・・
えっとね、ママも驚かないで聞いてね?」
「いきなり召喚術とかで違う世界に呼ばれて、お腹を痛めた覚えもない子供に会うほど驚くことはないと思うから言って?」
それはそうなんだろうけど・・・
「えっと、今、紅茶を吹き出した人が、
その、えーと天使くんのお子さんになるんですけど・・・
ママの世界とかなり時間がずれてるのかな。
名前はカラドックさん、
あ、さっきカラドックさんのお父さんの名前が斐山優一って紹介してもらったよね?
その斐山優一って人が天使くんの日本での名前なんだって。」
百合子さんの動きが止まった。
その二つの瞳からはみるみる温度が下がってゆく。
その冷たい視線の交わる先は当然私だ。
「・・・あの人が天使の息子?」
「あ、う、うん、ちなみに、お母さんのマーガレットさんて人は騎士団の人で・・・」
一瞬だけ私への殺気が逸れる。
「ああ、名前に聞き覚えあると思ったら、騎士団のアーサーって人のお姉さんね。
ウェールズの魔女とかいう異名の。」
「そ、そうだと思うよ。
あ、あの、ママ?
殺気がさっきっから凄いことに・・・。」
「それで・・・
どうしてそんな人と麻衣が一緒にいるの?
何か不当な拘束受けてない?
脅迫とか弱みを握られてるとかは?」
いかん、
明確に身の危険を感じる。
「あ、だ、大丈夫!
ていうか、ママ!!
天使くんに手を出す必要ないから!
手を出したとしてもあたしたちの能力じゃどうにも出来ないし!」
「麻衣!?
あなた天使とも接触済みなの!?
どれだけ数奇な人生送ってるの?」
改めて考えると麻衣さんも凄いよね。
「・・・喋っていいのかな・・・、
あのね、ママ、これあたしの中だけで考えた今の時点での結論なんだけど、
造物主さまと天使くんて、側で見てると思いっきり対立してそうなんだけど、
水面下では手を組んでいそうなんだよね。」
「はい!?」
「特に二人には共通の目的があって、
・・・ただ世界が異なった時にまで同じ目的になるのかまでは何とも言えないけど、
どうもあたしやカラドックさんの世界では、
天使くんに人間の心を身につけさせるのが一つの目的みたいで。」
それは・・・
確かベアトリチェの黄金宮殿で麻衣さんが語っていたこと・・・。
そして私の記憶が確かなら、
麻衣さんはあの時、アスラ王の目的については荒唐無稽な考えだからとその先を話さなかった。
「天使が人間の心を!?
あはっ、有り得なくない!?
そんなものが存在しないから、かつて私たち人類を皆殺しにしようとしたのでは!?
いいえ!
あいつらはまたやるわ!!
私たちやあの方の隙をついて絶対に人間を絶滅させるつもりよ!?」
なんでそんな過激な・・・
いくら何でも父上がそんな事するはずないだろう?
「ああ、うん、天使くんに人間の心がなかったらそうなんだと思うよ。
でもママ聞いて?
天使くんに人間の心を与えるのは造物主さまの意向でもあるの。」
「そんな、いくら麻衣、あなたの言葉でも」
だが麻衣さんは強い意志を見せて百合子さんの言葉を遮った。
「だって
天使にとって、人間の心は毒だから。」
・・・え
「その果実を飲み込んでしまえば・・・、
人間の心を理解してしまった天使に待っているのは堕落。」
・・・なんだと。
その言葉を吐き終えると、
麻衣さんはゆっくりとこちらに振り返った。
その瞳は・・・妖しく翡翠色に輝く・・・。