第六百一話 転換点
<視点 カラドック>
闇の殺戮人形メリーさんが、
次元を飛び越えて召喚された妖魔、百合子さんと対峙する。
ただ・・・
この二人が正面に向かい合うと、
どちらが人形なのか分からなくなるな。
無機質と思えるほどの白い肌と、
何を考えてるか読めないほどの表情の欠落。
もちろん先に口を開いたのはメリーさんだ。
「私の紹介は不要だと思うから要点だけ言うわ。
そこにいる麻衣は、貴女がいる世界とは別の世界において、別の世界の貴女が産んだ一人娘。
その世界であなたは、夫や麻衣を守るために、
この人形のカラダに精神を移し替え、このカラダが粉々になるまで戦って命を終えた・・・。」
百合子さんの目が見開く。
流石に驚いたようだ。
一方、麻衣さんは怯えたように小さくなっている。
そう、麻衣さんが恐れるのはここから先の展開なのだから。
そして、驚きのあまり口を開くことのできない百合子さんに、メリーさんは更に畳み掛ける。
「・・・私が貴女の立場でもそう簡単には信じられない話だと思うけど、
その子があなたの娘であることを確かめるのは簡単でしょ?
貴女達の能力なら。」
言うべきことは全て終えたとばかりに、
銀色の髪を梳きながらメリーさんが戻ってくる。
颯爽とね。
この私から見ても様になるというか、見惚れるほど絵になる姿だね。
さて、当の百合子さんの反応は?
確かにあの子達の能力なら、自分たちの繋がりくらい簡単に確かめられるのか。
二人はどちらからともなく手を合わせる。
とても、ゆっくりと・・・。
「・・・まあ、
なるほど・・・わかるわ。
自分に子供がいるなんて不思議な感覚だけど・・・
偽りとかは無さそうね。
間違いなく、あなたは私の娘なのでしょう。」
どうやら認知してくれたようだ。
私の隣でケイジがガッツポーズを取る。
・・・いや、
認知してはくれたみたいだけど・・・
あんな薄い反応でいいのだろうか・・・。
麻衣さんの方は・・・。
「・・・ごめんなさい、
あなたはあたしのママとは記憶も人格も違うとは分かっていたんですけど、
どうしても会っておきたくて・・・
お礼を言いたくて・・・
いろんなこと言わなきゃって思ってて・・・。」
けれど・・・
「それは・・・そうね、
これまで会ったこともない女の子に、いきなりそんな重い話をされてはこっちも困るわよね。」
「・・・は、はい。」
これは辛いな。
百合子さん本人から見れば真っ当な反応だろう。
けど一縷の望みを賭けた麻衣さんには辛すぎる展開かもしれない。
私の横でリィナちゃんもオロオロと心配している。
リィナちゃんにしてみても、これは余計な介入など出来ないだろう。
つい最近両親と会ったばかりのリィナちゃんは、この場ではどちらかというと百合子さん寄りの立場とも言える。
何しろ今まで見たこともない人間に、お前の家族だと言われたのだから。
せいぜい愛想笑いを浮かべるのがギリギリで、
それ以上の感動なんか起こりうる筈もない。
「そう、だいたい事情は掴めてきたわ。
これ、・・・私には何の危険もデメリットもないのよね?
用件が済んだら私は元の世界に戻れるのかしら?」
「は、はい、それは何も問題ないと思います・・・。」
淡白すぎる・・・。
人の母親が自分の娘に取る態度ではない。
しかし・・・これが現実なのだろう。
出産も子育てもしたことのない女性に・・・。
「じゃあ、なるべく手短にしてもらえる?
私も別世界とはいえ自分の娘の願いを粗末にするほど非情ではないつもりよ?」
「う、は、はい、え、と・・・。」
これでも彼女にしてみれば最大限に譲歩してくれているらしい。
そう言えば麻衣さんも、
自分たちの種族は感情を持たないと、散々強調していたっけ。
実際には、ちゃんと感情は存在しているが、
永きに亘る風習から自分たちには感情は存在しないと思い込まされていたらしい。
となれば、今の百合子さんこそが、
本来のリーリトという種族の一般的な性格だということか。
そして麻衣さんは、
これまでのリーリトとは逆に、
自分自身に心や感情があることを自覚している。
その気になれば、感情をオフにできるし、
他の一般的な同世代の女性達より自分の感情は薄いとも言っていた。
けれども、
この場にあって、その感情を消すことなど出来る筈もない。
そもそも感情をオフにしたら、
母親と逢いたいとすら思わない筈なのだから。
「麻衣と言ったわね、
私の娘なのは分かったと言ったけども、あなた本当に私たちの種族?
随分感情に乱れがあるわよ?
父親の方の遺伝子が強かったのかしら?」
「あ、はい、多分そうなのかと・・・。」
ため息をついたかのように見える百合子さん。
「・・・参ったわね、
私これから先、もしかして子供産んだらそんな中途半端な子供が出来るのかしら?
せっかく造物主様の巫女の立場を手に入れたのに、この先たいして成り上がれないのかも・・・。」
良くない流れだな、
これ以上、麻衣さんには聞かせたくないセリフが多くなってきた。
今回の召喚は失敗だったのかもしれない。
私が次の対処の手段を考えていると、
隣から一つの呟きが漏れてきた。
「なんだよ、あれ・・・。
あんなのが麻衣さんの母親だっていうのかよ・・・、
ていうか麻衣さんも言い返せよ、
だいたい麻衣さんなんか、この世界の深淵を眠りから呼び覚ましたってのに・・・。」
ケイジ。
気持ちは分かる、
お前の気持ちはな。
けどここは・・・。
その時、
私はその場の空気が微妙に変化していることに気付いた。
百合子さんがこちらの方・・・
正確にはケイジの方を凝視しているのに気付いたのだ。
「深淵・・・?
眠りから呼び覚ました、とは?」
この距離でも聞こえていたか。
それはそうと、これまでにないくらい、百合子さんの興味を引いてしまったようだ。
ケイジがしどろもどろに反応する。
「あ、いや、ま、麻衣さんはこの世界の支配者?
深淵と呼ばれている存在?
それを闇の巫女として呼び覚ます役割だったとか・・・
ていうか、詳しくは麻衣さんの方が」
その瞬間
世界が揺れた。
ズンと。
地震などではない。
あの魔力だ。
深淵が復活した時に感じた、この世界が崩壊するかのようなあの波動。
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だが、誰でも知覚できたであろう強大な魔力の奔出。
しかし今のタイミングはまるで、
ケイジが話を振ったら、
まるで知り合いに紹介でもされた人間が、
「よろしくね」とでも言わんばかりのタイミングの良さ。
・・・いや、当然この召喚中も深淵なる存在は麻衣さん達を監視しているのか。
「い、今のって・・・っ!?」
もちろん麻衣さんと同族たる百合子さんにも今の魔力は感じ取れたろう。
そして恐らく私と同じ認識をした麻衣さんが、丁寧に今の現象を説明してくれた。
「あ、あたしが呼んじゃったこの世界の造物主様のようですね、
この世界じゃ深淵とかアビス様とか呼ばれてるみたいです。」
「ア、アビス・・・
それは間違いなくあの方の別名・・・
それに今の波動は間違いなくあの方の・・・!」
ん?
百合子さんの反応がおかしい・・・?
呼び出された当初から、冷淡と思えるほどずっと静かな態度を見せていた筈が・・・
「麻衣!?
あなた凄いわ!!
そんな栄誉ある素晴らしい役目を頂いてこの世界に来たって言うことなの!?
ああ、何てことなのかしらっ!!
やーっ!? ちょっと!!
そんな子が私の娘だなんて!!
聞いた? お母さん!!
私の娘は最高なのよーっ!!」
・・・どうやらツボがあったようだ。
金枝教本部にて
聖女ミシェルネ
「またあの子はーっ!!
会ったら絶対お説教・・・!
ううん! 往復ビンタ百連発は必要ねっ!!」
世界樹洞窟にて
会長ラプラス
「オ、オデムどうしたのですかっ!?
いきなり目が黄金色にっ!
そ、それにその巨大な魔力波動はっ!?」
オデム
「うん、なんか呼ばれた気がした・・・。
あ、あれ?
ミシェ姉が怒ってるっ・・・?
ヤ、ヤバ・・・っ!」