第六話 いま冒険者ギルドにいるの
<視点 メリー>
街の中を歩いていて退屈は感じない。
自分に感情というものがないままだったなら、周りに興味を持つこともなかったのだろう。
けれど、いまの私は感情が復活して、人間だった時の行動パターンとほぼ変わりないと思う。
人間だった時も、別に珍しいもの好きというわけではなかったような気がするが、見たことも聞いたこともない文化の街並みは、普通に誰でも興味をそそられるものだろう。
そうこうしているうちに衛兵の歩みが止まった。
彼の目の前に一際大きな館がある。
目的地に着いたようだ。
辺りには、いかつい体格の男たちや、ガラの悪い連中がたむろしている。
時々、館の中から鎧をまとった一団も出入りしているようだ。
なるほど、ここが冒険者ギルドか。
「おいおい、なんだぁ、そいつは!?」
「に、人形が一人で歩いてる!?」
明らかに私に向けての声だろう。
それを無視するかのように、衛兵は中に入れと私を誘う。
館の中は思ったより広いのね。
そして思った以上に大勢の人間がそこにいる。
イメージ的には田舎の村役場のイメージか。
入り口には案内役の女性が控えており、
奥には窓口のようなものもいくつか並んでいる。
さらに奥も覗いてみよう。
集会所のような広いスペースがある。
建物を外から見た感じでは三階建てだったはずだ。
階段を上る先にもいくつか専用の部屋でもあるのだろうか。
入り口に入ってキョロキョロしていた私に、案内役の女性は声をかけようとしてギョッとしていた。
そんなに驚かなくてもいいじゃないのにね。
ここは衛兵の人に説明をお任せしましょう。
「驚いたろうがこいつに害はなさそうだ・・・。
こいつの身分証明を兼ねて冒険者登録を行いたいんだが・・・。」
「あ、ブ、ブランデンさん、
こ、この人、人?
・・・って人なんですかっ?
亜人の方でも登録はできますけど・・・人形は初めてですよっ?」
「・・・やっぱりか、
一応、必要ならギルマスにも判断を仰ぎたいな、
悪いけど呼んできてもらえるかな?」
「か、かしこまりました・・・。」
案内嬢は天井から垂れ下がっている、紐のようなものを引っ張った。
遠くで大きな音が鳴っているようね。
ギルマス・・・ギルドマスターへの合図なのだろう。
しばらくして、階段の向こうから立派なローブ姿の女性が降りてきた。
周りの人間の様子からして、どんなごつい男が降りてくるのかと思ったけども、どうやらギルマスとやらは上品な佇まいの女性のようだ。
「何事ですか、アマリス・・・っ!?」
と言いいながら、その女性は私の方を凝視して目が丸くなる。
アマリスというのは案内嬢の名前のようね。
まあ予想通りの反応。
とはいえ私も驚いたことがある。
何故ならその上品な女性の耳が、有り得ないほど尖っていたのだから・・・。
「まさか・・・エルフ?」
ファンタジーものに出てくる異種族ではド定番の存在だ。
もっとも、人形の私がしゃべるのを見て、向こうもさらに驚いたみたい。
「え・・・と、
このギルドのマスターを務めております。
ご慧眼の通り、エルフ族のキャスリオンと申します・・・。
ブランデンさん、この方は、人形・・・いえ、自律型ゴーレムなのですか?」
なるほど、
私の事をゴーレムという捉え方もあるのか。
・・・つまりこの世界には「動く人形」という概念は存在するという事ね。
「久しぶりだな、キャスリオン殿、
さっき、中央通りで声をかけたんだが、
俺にもこいつが何なのかさっぱりだ。
そんであんたんとこなら対処できるかと思って連れてきたんだが・・・。」
「私だってゴーレム相手に戦ったりしたことはありますが、さすがに意志あるゴーレムなんて初めてですよ。
会話は普通にできるんですよね?」
え、もしかして私って討伐対象?
「こいつの言う事を信じるなら、呪われた人形の身体に人間の魂が封じ込められているそうだ。」
「なんと・・・?
それではここへは解呪に・・・?」
あらあら、それは話が違ってきてしまうわね。
すぐに誤解は訂正させとかないと。
まあ、討伐されることはなさそうかしら。
「いいえ、ギルドマスター様、その心配は不要です。
すでに私の肉体は朽ちていますので、呪いを解いたところで還る肉体もありません。
単純に、この街で行動するのに問題がないよう取り計らっていただけるなら・・・。」
「なるほど、
ではいくつか質問や、あとあなたの事を魔法で調べねばなりませんがよろしいですか?
ある程度の情報をギルドに登録する必要があります。
それでないと身分保証はできません。
また、過去はもちろん、今後も犯罪などを犯した場合、軽微であれば各ギルドに情報の共有、重大な場合には資格の喪失、
さらには捕縛・討伐対象になることもあります。」
切替が早いというか、
意外にすんなり話を受け入れてくれたようね。
流石はギルドマスターと言うべきなのかしら。
「もちろん、かまいません。」
「では、通常、新規受付はそのカウンターで行うのですが、あなたの場合はかなり特殊ですので、二階の執務室に向かいましょう。」
そしてここはその執務室。
「改めまして、この冒険者ギルドのギルドマスター、キャスリオンと申します。
あなたのお名前をお聞かせください。」
「私の名はメリー。
・・・たぶん異世界からきたの・・・。」
「はあ!?
い、異世界ですって!?」
ここでも驚かれちゃうわよね。
私の方も一々それに付き合うつもりはないけれど。
説明は最低限の内容で構うまい。
「たぶんとしか言いようがないのです。
少なくとも私の世界では夜空の月は一つだった・・・。」
ここで衛兵のブランデンが口を挟む。
「彼女曰く、誰かに召喚されたのではないかというわけなんだが・・・。」
けれどその説明では、エルフのギルドマスターは納得できないようだ。
「召喚魔法なら、呼び出された時、近くに術者が存在するはずですが・・・。」
「いえ、私がこの世界に来た時、傍には誰もいなませんでした。」
そんな人間がいたとしたら、
感知能力を持つ私がその存在を見過ごす筈ないものね。
「そうですか、
メリーさん、あなたの言葉を信じるにしろ信じないにしろ、あなたの事を魔法で調べさせていただきます。
体にダメージはありませんのでご了承いただけますか?」
「魔法?
本当にそんなものがあるのですか?」
いわゆるサイコメトリーのようなものだろうか?
けれどサイコメトリーって、術者の知りたいものが知れるような能力じゃないはずよね?
「魔法をご存じない?
これからあなたにかけるのは鑑定魔法です。
あなたの名前・種族・レベル、職業、所有スキルなどを見ます。」
鑑定魔法?
やっぱりサイコメトリーとは異なる術ということか。
「魔法でそんなことがわかるのですか?
私の方は構いませんが・・・。」
するとキャスリオンはにっこり笑って呪文を詠唱した。
短く小さな言葉だったが、彼女の掌が一瞬わずかに光り、その光が私を包む。
「名前・・・メリー、 年齢 詳細不明 性別 女性型
種族・・・魔導体、
職業・・・しょ、処刑執行人!?
所有スキル・・・鑑定! 両手鎌術、隠密、念話・・・幻術、遠隔透視・・・!
精神耐性、
ユニークスキル:エクスキューショナーモード?
称号 断罪する者! め? 冥府の王の加護!
な、なんなんですか、これらはっ!?」
あ、職業ってそんなんになってるのね・・・。
しまった、
確かに間違いじゃないのだけど・・・。
当然の流れで衛兵ブランデンが大声で叫ぶ。
「おい!
貴様、処刑執行人ってどういうことだ!」
これは困ったわね。
鑑定ってそんなことまでわかるとは。
でも鑑定と言うスキルそのものは、
私の所有スキルにもセットされてるようだ。
とりあえず何か言い繕ってみるか。
一度髪を梳き上げて落ち着いてるフリを演出しよう。
その後、衛兵のブランデンを凝視する。
「な・・・なんだ!?」
睨みつけたのはちょっと威嚇しただけよ?
「・・・できれば穏便に済ませたかったのですが、皆さん、私が殺人人形だとしたら、どう対応するつもりですか・・・?」
みるみるここにいる者たちの警戒と緊張度が上がっていく。
ただ、この世界の人間が魔法を使うというのなら、
力が弱まっている今の私が正面切ってやり合うのは得策ではない。
せめて魔法とやらの正体を掴まないと・・・。
「決まっている!
人に害為す存在であるなら打ち滅ぼす!!」
物騒な衛兵の反応に、すぐにエルフのギルドマスターが静止にかかってくれた。
「ブランデン様、お待ちを!
彼女が本当にそうだとしても、処刑というなら何らかの法をバックボーンにしている筈・・・!
むやみやたらに殺人を犯すわけでもないと思いますが!」
ありがとう、キャスリオン、
そのまま乗らせてもらうとするわ・・・。
「こうなれば正直にお話ししましょう。
まず職業が処刑執行人と表示された事について、私自身戸惑っているのですが、
いわゆるどこかの国の裁判所なり、行政府に属して人を殺すわけではありません。」
そう、別に正義の味方を気取るつもりは更々ないが、この私はあくまで殺された哀れな者たちの感情を吸い取って復讐の刃を下すのだ。
ブランデンは少し落ち着いたかしら?
「国の間諜のようなものでもないのか?」
衛兵という立場ならそっちに気を回すものなのかしらね。
「いえ、そもそも誰かの命令を受けて処刑するというわけではありません。
むしろ復讐代行者と言った方がお分かりになりやすいかと。」
「復讐・・・代行者?」
「先ほど、この人形の身体には呪いがかかっていると言いましたが・・・。」
そこで一度私は言葉を止めた。
視線の先はキャスリオンがいる。
私の意図を汲んでくれたのだろうか?
すると、彼女は思った通り、私の望む言葉を紡いでくれた。
「少なくともステータス上、
その人形の身体には呪いというものはかかっておりません。」
そうだろうとも。
これは呪いではない。
システムと言った方が相応しい。
そこで私はキャスリオンの言葉に続ける。
「そうです。
呪いという表現は的確ではありません。
システム、機構、生態・・・。
そういった概念の方が理解しやすいでしょう。
まず・・・このカラダは人間の強い感情をその身に受けて動いています。」
すぐには誰も反応できなかった。
ならばこのまま話を続けよう。
「平常時、私はその辺りの一般的な女性程度の腕力・戦闘力しか持ちえません。
しかし、周りに不当に殺された人間、
具体的には、強い憤り、恐怖、憎しみ、悲しみ・・・
殺された人間がそれだけの強い念を撒き散らすと、この人形の身体、及び私の持つ『死神の鎌』がそれらを吸収し、この身体に強靭な力を与えるのです。
その時の私は、地上の如何なる肉食動物よりも強力な存在となるでしょう。
そしてそうなった場合、
復讐の対象者の命を狩るまで、私は自動殺戮人形と化すのです。」
メリー
「冥府の王の加護には、誰も突っ込まないのかしら?」