第五百九十九話 ミシェ姉最後の爆弾
ぶっくま、ありがとうございます!
喉が・・・声が・・・。
<視点 ツェルヘルミア>
もう一人の私は、私とは別人じゃあない?
「それは、ど、どういう・・・。」
意味がわかりません。
同じカラダを共有してるから同一人物だとかそういう意味でしょうか?
「うーん、どう言えばいいかな?
えーとね、そもそもなんだけど、
別にツェルヘルミアという名の侯爵令嬢に、雷が落ちたタイミングで、他の人が乗り移ったとか、誰か別の人があなたの体に入り込んだわけではないの。」
「で、では?」
「どっちも同じツェルちゃんなの。
最初からツェルちゃんは一人だけ。
たまたま雷の衝撃で、別世界でわたしの血縁者だった男の子の記憶が発現しただけなの。」
ええ?
「そ、そんな、でも?」
記憶が発現しただけと言われても私自身は何も。
「えい。」
きゃ!?
いきなり聖女さまが私の膝を叩きました。
痛くはありませんが、足が勝手に動いたのでびっくりしましたけど。
「今の分かる?
反射っていってね、
人間のカラダって、ある部分を叩かれると自分の意志でどうにも出来ない動きをすることがあるんだよ?」
そう言って聖女様は今度は私に聖女様のお膝を叩かせました。
あ、
ほんとに跳ね上がった。
ちょっと可笑しいですね。
私たちは二人で笑い合う。
「たぶん、それと似たような理屈でね、
ツェルヘルミアという名の侯爵令嬢の女の子に、
いきなり別の人間の記憶が大量に浮かび上がってきた、
そうなると、元のツェルヘルミアという女の子は、その情報と今までの記憶とを整理出来ず、精神が崩壊を起こす危険があった。
それを防ぐ為に、
あなたが無意識のうちにもう一人の人格を生み出しちゃったの。
これが異世界からやって来た男の子の正体。」
え?
で、では最初からもう一人の私は存在しない?
「強いていえばツェルちゃん、
あなたが元々その男の子だったの。
でも向こうの世界での記憶が戻らないから、ツェルヘルミアとしては侯爵令嬢としての人生と人格しかなかったの。
だからね、二人は別人なんかじゃないの。
もともと二人は一緒なの。
だからもう一人のツェルちゃんも、
なるべくあなたの望みを叶えてきたのよ?
あなたが本当に困るようなことを、もう一人のツェルちゃんは決してしなかったでしょ?」
そ、そう言われると・・・?
え、ちょっと待って?
そうなると?
私はもともと男の人だった?
そ、それはあんまり・・・でもないですね。
生まれ変わったら次の人生は男の子になりたいとか、普通に女の子でも憧れる感情だと思います。
なら前の人生で男だった私が、次の人生で女の子になりたいと願ったということでしょうか・・・。
ホントに?
いえ、そもそも転生する時って自分の性別選べるのかしら?
「今のところ話についていけてそう?
じゃあ、わたしと初めて会った時のこと、おぼえてる?
リィナちゃんと会った時は?
『あなた』も初めて会ったような印象は持たなかったんじゃない?」
そ、それは確かに。
あれはもう一人の私の感情が流れ込んできたわけでもなくて・・・
「じゃ、じゃあもう一人の私などではなく、
聖女様もリィナ殿も・・・元々の私と!?」
そこで聖女さまは意地悪そうな笑みを浮かべたのです。
「みーしぇー姉ーぇ!!」
あ・・・
「ふ、うふふふ、そ、そうだったのですね、
な、何かスッキリしちゃった気がしますわ、
ミシェ姉・・・。」
「明日になったらどっちのツェルちゃんが出てくるか分からないけど、男の子の方が出ていたらわたしからも言っておくよ。
もう一人のあなたが不安がってたって。」
本当にこの方は・・・
なんて事でしょう。
私、このままお嫁に行かなくてもいい気がしてきました。
このまま、お婆ちゃんになるまでミシェ姉に仕えることは出来ないものでしょうか?
「あ、そ、それは・・・
まだ若いんだからそんな早く結論出さなくてもいいよ?」
「ミシェ姉、それこそ12歳のあなたが仰るセリフではありませんですわ?」
「あ、そうだね、
いくら何でもわたしの方が年寄りみたいっ。」
そこで私たちは笑いあいました。
良かった。
何かこう、今まで以上に聖女さま・・・、
いえ、ミシェ姉と仲良くなれた気がします。
きっともう一人の私も喜んでくれているでしょうか?
・・・あ、
一つだけ気になったことが
「そ、そうでした、
ミシェ姉、それではあなたのお母様だというメリーさんも、元は一人だったってことですか?」
私は見逃しませんでした。
ミシェ姉の顔が強張ってしまったことに。
何か悪いことを聞いてしまったのでしょうか。
「あ、な、何か不都合なことがありましたら、無理に答えられなくても・・・。」
「あ、えーと、ね、
まあ、さっきも言ったように、本人もよくわからないそうなのだけど・・・。」
あ、確かにミシェ姉はそう言ってましたね?
けれどミシェ姉のお顔は、何やら神妙そうな表情にも見えますが・・・。
「・・・ツェルちゃん、ここから先の話は内緒でいい?」
「そ、それはもちろんですわ!
ミシェ姉が喋るなと言ったことは拷問受けても口を割りません!!」
「あ、いえ、そんな大層なことでもないんだけどね、
金枝教関係者には絶対喋っちゃダメなんだ。」
え?
今のミシェ姉の聖女としての身分を保証しているのはこの金枝教。
その関係者に喋ってはいけないことなんて?
「うん、実を言うとね?」
「は、はい、いったい・・・。」
そこでミシェ姉はとんでもない爆弾を破裂させてくださいました。
・・・うわ
本当に他人にバレてはいけない禁忌の発言を私は聞いてしまったのです。
確かに他人に聞かせていい話ではありません。
私もこの後忘れることにします。
絶対にです。
ミシェ姉曰く、確かに自分でも確証と言えるものはないとのこと。
しかもこの話はミシェのスキルで知ったものでさえないと。
それでもそうだと信じていると。
むしろ、理屈から考えてもそんな「システム」なんてあり得ないと。
あってたまるもんですか、とまで仰いました。
それ程の確信を持って。
私は忘れる前に散々抗議してみました。
これまで、散々異世界云々仰ってたじゃないですか。
それら全てが虚構だったとでも言うのでしょうか?
ステータスウィンドウの称号は?
私が男の子だったって話は?
あれもこれも全て嘘偽りなのかと。
私がそう指摘すると、
「異なる世界というパラレルワールド」は間違いなく存在すると思うとの事でした。
・・・なら何で。
実をいうと私もよく分かってないのですが、
別々の世界、
例えばこの世界のミシェ姉と、ここと異なる別世界に、ミシェ姉に相当する人物は同時に存在出来得るかもしれないとのことでした。
ふむふむ、ですからそれは、
別世界のミシェ姉と、メリーさんの中の人が親子として存在出来るという話ですよね?
そこまではいい?
そしてこのツェルヘルミアも、
別の世界では武術に長けた男の子であったと。
え?
違う?
そうかもしれないけどその辺りが怪しいって??
ど、どうして?
今さっきまでそんな話をしてたのではないですか?
何が何だかさっぱり分かりませんよ?
ステータスウィンドウの称号については、
あれもこの世界の「神々」と呼ばれるに至った人たちが、
まあ、それなりの根拠というか、条件に応じて付けているだけだとのこと。
ただその根拠そのものについては、どこの誰も保証してないよね?
ということらしいです・・・。
・・・結局のところ、私には理解しきれないお話でした。
だからこの後、私には簡単に忘れることができるでしょう。
ただ一つの衝撃。
ミシェ姉が金枝教の全てをぶち壊す事になるかと思われる禁断の一言。
それだけは私にも理解できました。
すなわち
ミシェ姉は、
「人が死んだら新しい命に生まれ変わる」という、
この世界の根幹とも言える教義と概念、
・・・「転生」
それを全て
「一切信じない」
とバッサリと切り伏せてみたのでした。
いぬ
「え、これどゆことっすか?」
うりぃ
「難しくはなかろ?
人が死んだら無になるっちゅー考え方やろな。」
いぬ
「あ、でもそれ言ったらホントにこの世界の仕組みぶち壊れますよね?」
うりぃ
「ホンマやな。
どないすんのやろな?」
いぬ
「でもこの世界で転生者とされてる人はちゃんと生きて存在してるんですよね?」
うりぃ
「そらな。
そやから何らかのからくりがあるんやろな。」
いぬ
「えええ、ここまで来てそんな・・・。」
うりぃ
「とはいえ、いきなりでもなかろ?
いつか誰か似たようなこと言っとらんかったか?
神様ならともかく、ただの人間にそんなマネ出来るのかと。」
いぬ
「そう言えばそんなこと・・・
でもあれって、特定の個人についての話じゃなかったでしたっけ?
今回の話は転生の仕組みそのもの?」
うりぃ
「まあ、よくよく考えたら、神さんでもそんな大それたマネ難しいんちゃうか?」
いぬ
「な、なら何かからくりが?」
うりぃ
「・・・かもしれんなあ。」