第五百九十八話 ツェルヘルミアの真実
また具合が悪い。
熱はなさそうだけどカラダの節々がピキピキ・・・。
そして去年と同じくお通じがない。
やはり肉食が原因か!!
<視点 ツェルヘルミア>
聖女さまは、
とんでもないセリフを放ったくせに、やけにのんびりしてらっしゃいます?
もしかして寝ぼけてらっしゃるだけなんてことは・・・。
「ふぁ~あ・・・、
あなた、わたしの知ってるツェルちゃんじゃないよねぇ?
だーれーなーのー?」
ヒィィイィイッ?
バレてます!?
そ、そんなっ、
私に替わって勝手に動いてたツェルヘルミアは、喋り方も本当の私とほとんど違いもなかったのにどうしてっ
あっ
そ、そうでした。
聖女さまは神眼の持ち主・・・
具体的に何を視れるのか分かりませんが、
私が今までのツェルヘルミアと違うことも見抜かれてしまわれたのでしょう。
ていうか、
ご自分の知ってる私ではないと仰っているのに、
どうしてこんなにのんびりされているのでしょうか・・・。
「んー、それ以前に、ツェルちゃんはわたしと二人きりの時にはミシェ姉って呼ぶからねぇ、
あなたさっきっから、わたしのことを聖女さまなんて他人行儀に呼ぶんだもの。」
うっ、
そ、その話はもちろん知ってましたよ?
けど、けれど、事もあろうにそんな馴れ馴れしい呼び方なんて私に出来るはずもありません。
・・・あと一点反論させていただければ、
ミシェ姉って呼び方は、
聖女様が口を酸っぱくもう一人の私に言わせていただけですよねっ?
もちろんそんな大それた口答えを私が出来るはずもありませんけども。
では、この場で何を言えばいいのか、
あああ、どうしまょう、
考えがまとまりません。
「わ、私は、ほ、本当のツェルヘルミアですわっ!」
本当の
かろうじて口を開くことが出来ましたが、
他の人がそれを聞いて、それこそその本当の意味を理解できる人などどこにいるのでしょうか?
あ、現に聖女様も私のことを怪訝な目で・・・
「・・・本当の?
あ、ああ、もしかしてあなた、雷に打たれる前のツェルちゃん?」
え
も、もしかして・・・
もしかすると、
せ、聖女様・・・私の今の状況を・・・
私の体にもう一つの人格が存在していることを・・・
ご理解されているのですかっ?
「あ、あ・・・そ、そのとおり・・・」
ううっ、い、いけません。
感情が 抑えられないっ
視界が滲んで・・・
わかってくれるなんて・・・
目も熱く・・・
口が、言葉がっ
「・・・そうだよね、
いきなりそんな状況、普通の女の子に耐えられるわけないよね・・・
『あなた』のことに気を回してあげられなくてごめんね、
『ツェルちゃん』・・・。」
聖女様はベッドから降りると、ゆっくり私の背中に手を回してくださいました。
やっぱり優しい・・・。
この方は間違いなく聖女さまです。
ただ一つ、この場で私が覚えた違和感と言えば、
聖女様が私を変わらず「ツェルちゃん」と呼んだ事でしょうか。
聖女様にとってそれは、もう一人の私のことであって、
今の私のことではないと思うのですが。
「ちょうどいい機会だから、そのお話もしておこうか?
何にもわからないままだと不安だよね?」
「はっ、ふぁいっ」
私はちゃんと声を出すこともできず、頷くのがやっとでした。
すると聖女様はにっこり笑って私のそばから離れて行きます。
「お茶でいい?
ちょっと淹れてくるから待っててね?」
「そっ、そんな、それは私の役目っ」
「うふふ、ツェルちゃんは侯爵令嬢でしょ?
なら元々村人でしかないわたしにメイドさんみたいなマネしなくてもいいんだよ?」
そんなこと
聖女さまの行いや言動は、誰もがその称号に相応しいものであると認めています。
もちろんこの私ツェルヘルミア自身も。
今更、どうしてこの方を年下の幼い女の子とか、身分の低い村人だのと見下す者がおりましょうや?
ただ・・・その聖女様のお言葉に、それ以上逆らえなかったのも確かです。
情けなくも私は聖女様にそのままお茶を淹れていただきました。
・・・美味しい。
それに温かい。
「落ち着いた?」
薄暗い燭台の光の中で、
聖女さまが優しい微笑みで話しかけてくれます。
「あ、み、みっともないところをお見せして・・・。」
「ううん、気にしないで。
それで、今のあなたは、異世界の記憶もない、何の武術の嗜みもない、侯爵令嬢のツェルちゃん、てことでいいのかな?」
ああ、本当にこの方は・・・。
「そ、その通りなのです!
あの時、馬車に落雷が落ちた時から、私の中に別のもう一人が現れて・・・!
それ以降、私は私の体を自由に動かす事もできず!!」
「そうだよね、そんなの一大事だものね。」
「は、はい、そして明日になったらまた、私はもう一人の陰に隠れてしまうのではないかと・・・。
そうなったら、もしかしたら・・・私はもう、二度と永久に・・・。」
自分で言ってて怖くなりました。
考えてみればそうなる可能性だってあるのです。
「うん、そんなの想像したら怖いよね。
でもどうしよう?
わたしは今のツェルちゃんの状況をある程度把握しているけども、この先どうなるかはわたしにもわからないんだよね。」
「も、もしかして聖女さまは最初からもう一人の私のことを?」
そうです。
あの時、落雷を受けて、もう一人の私が生まれた直後、まるでタイミングを測ったかのように、聖女さまと金枝教教会は、私を聖教国に呼び寄せました。
そして私の役目は聖女様の護衛。
もちろんそれまでの私にそんな技能などありもしません。
すなわち聖女様は最初から、もう一人の私の存在を知っていたのでしょう。
「うん、ごめんね、でももちろんわたしが先に望んだわけじゃないよ?
わたしはわたしの『導く者』のスキルで、わたしにとって大事な・・・わたしを守ってくれるだけでなく、わたしが逢いたいと思っていたツェルちゃんの存在を知っただけなの。」
「や、やっぱり、私の中のもう一人は・・・
聖女さまの別世界の血縁者、なのですね?」
私が自分の中に引っ込んでいる間も、外の情報や会話は全て入ってきます。
それらの情報全てをひっくるめれば、答えは一つしかありません。
それに更に更にもう一つのことも・・・
「あ、あとその、聖女様は、もう一人の私が・・・もしかしたら男の人じゃないかってことも・・・。」
途端に気まずそうな表情を浮かべる聖女様。
その慌てふためいたお顔も可愛いと思います。
「あ、ああ!!
そうよね!?
それは一大事っ!!
で、でもアレよね?
そのツェルちゃん、あなたにとんでもなく恥ずかしいマネなんてさせてないよね?」
そ、そう言われれば・・・
「う、そ、それはギリギリで何とか・・・。」
確かに一線は越えていません。
ですけどね?
「ただ、そのもう一人の私本人自身には・・・」
私の大事なところをバッチリ見られまくってるし、
最初の時なんかあそこに指まで這わされて・・・
あああ、思い出しただけで顔が赤くなりますっ!
「うう~ん、それは仕方ないけども、
確かにそれは困った・・・
ええと、どこから話そう・・・あ。」
まあ?
聖女様は何か気付かれたご様子。
「ねぇ?
ツェルちゃんはメリーさんの中の人のことも知ってる?」
「あ、はい、聖女様の別の世界でのお母様、だったのですよね?」
何故この場でメリーさんの話を?
確かもう一人の私が、彼女に尋常でない敵意を剥き出しにしていたようですが。
ああ、何か改めて不安がまた増してきました。
もしかして聖女様の護衛役をメリーさんに任せて、
この本当のツェルヘルミアは不要ということになってしまうのでしょうか?
「心配?
じゃあ先にその心配を解いておこうか?」
え?
「いま、メリーさんの話をだしたのはね、
ツェルちゃん、あなたの状態が、限りなくメリーさんのそれに似ているからなんだよ?」
は、はい?
それは一体・・・
「わたしの向こうの世界でのお母さん、
名前はイザベルって言うそうなんだけど、
もともとあの人は、ある国の辺境伯の娘さんだったんだって、
何の特技も特殊能力もない・・・。」
は、はい。
「ところが、そこに、ある術者が400年前の亡霊を蘇らせようと、そのイザベルという女の子に、別の魂を移そうとした。
その結果が、後に別の国のお妃さまにまでなったイザベルという人なの。」
別の魂・・・
そ、それは確かに私と・・・
「そ、それではお母様というのは、その亡霊?
いえ、どちらの?」
そこで聖女さまは困ったような笑みを浮かべたのです。
「自分でも分からないんだって。」
はあ!?
「最初は人格がはっきり二つに分かれてたらしいよ?
でもなんか時間が経つにつれてどっちがどっちだか分からなくなっちゃったんだって。」
「では、私もそのうちに?」
「そうなる可能性は高い。
でもわたしでもそこまでは分からない。」
私ともう一人の私はどこかで融合してしまうのか?
それならそんなに怖くないと言っていいのでしょうか。
「まだ不安?
じゃあもっと、安心できるお話しよっか?」
「は、はい、是非に・・・。」
「えーとね、じゃあツェルちゃんの間違いを一つ。」
え?
私の間違い?
「もう一人のツェルちゃんはね、
今のあなたとは別人じゃないの。」
はい?
そして次回、
この世界の隠された秘密・・・
聖女さまの最後の爆弾を破裂させます。
麻衣ちゃんたちがそれを知ることはありません。
既に話を聞いているただ一人を除いては。