第五百九十七話 ツェルヘルミアの目覚め
ぶっくま、ありがとうございます!
・・・すいません、いいところなんですけど引っ張ります。
いえ・・・きっと今回のお話も大事なことが・・・。
<視点 ツェルヘルミア?>
・・・あら、
ここは・・・
意識がはっきりしてきました。
まだ朝ではございませんですよね。
夜中に目が覚めてしまったのでしょう。
まあ、また眼を閉じればすぐに・・・
いえ、
・・・この感覚は・・・
いつもと違って「意識がはっきりし過ぎて」いるのでは?
腕が・・・
私の思い通りに動く?
皆さんはなにを当たり前の事を、と思われるでしょうか?
当然ですわよね?
けれど、これは私にとって、本当に久しぶりのことなのです。
まさか自分の体を自分の思った通りに動かせるなんて!!
そう、あれはさる事情で、私が家出を敢行した日。
考えてみれば、
侯爵家でなに不自由なく育てられた私が、一人で何か出来るはずもなかった。
あの時、私の乗っていた馬車に雷が落ちたのは、お父様の言い付けに背いた天罰だったのかもしれません。
御者のモリソンを巻き込んでしまったのは本当に申し訳なかったと思います。
けれど、
私の天罰とは落雷の事ではなかったのでしょう。
その時以来、
私は私ではなくなってしまいました。
自分の中にもう一人の誰かがいる。
そしてそいつは私に成り代わり、
私の体を勝手に動かし始めたのです。
同時に私の口からは私が思ってもいなかったこと・・・
いえ、正確には私が言おうとしても、実際は口にできないようなことでも遠慮なく過激な言葉が吐き出されます。
え
ちょっと待っ
そんなはしたない
なっ、なに人の太ももを露出させてるのですかっ
あっ、あっ、あっ、
と、初対面の殿方とっ、そんな唇までくっつきそうな距離でっ
ダメです。
そいつは私のいう事を聞いてくれません。
本当に本当に私が大騒ぎすると、
こちらの声が向こうに聞こえているのかどうかは分かりませんが、
時々思い直して行動を控えてくれる時もあるようですが、
基本的に私の意志はほとんど届かないようなのです。
そして、あれよあれよという間に事態は進展して、
今や私は、なんと聖女様の専属護衛になってしまいました。
・・・結果だけ見ると・・・
そんな不自由な暮らしでもないし、
豚貴族と結婚しなくてもよくなったし、
まだ12歳の聖女さまに仕えるのにも不満はありません。
相手は年下の女の子ですしね。
むしろ一緒にいて楽しいです。
ただ本当に、
自分が自分で動けないこと。
それだけが・・・
いえ、それより最悪なことがあるとすれば一点だけ・・・。
私の体を私ではない何かが動かしていることはまだいいとしましょう。
目も耳も、臭いを嗅ぐのも美味しいものを味わうのも、感覚は直に伝わってきますし。
最悪の問題というのは。
そのもう一人の私という存在。
その存在って、
・・・その人の性別って、
もう!
誰がなんと言おうと!
明らかに男の人の行動パターンなんですけど!?
悪い人じゃないとは思いますよっ!?
人付き合いも良さそうだし、身分による差別とかもしない人みたいだし、私のお付きの兎獣人のリンドやリィドも可愛がってくれてます!
でも、でもでも!
お風呂とかおトイレとか、
あああああ!
もう・・・女の子の大事な部分、ばっちり見られまくっちゃってるんですけどっ!!
うううっ、もう、どうせ体を動かせないままならこのまま奥に引っ込んでいれば良かった!!
私が自分の体を動かせるようになったのはいいけれど、
私はこの後、何をどうすれば良いのでしょうか!!
そして私は誰かのお嫁さんになることができるのでしょうかっ!?
・・・いえ、
今は現状把握が先ですよね?
もう一人の私は、私の中からいなくなってしまったのでしょうか?
それはそれで喜ばしいのですが、
私この後も聖女様の護衛役を続けられるのでしょうか?
まさかクビになったりしませんよね?
このタイミングで実家に帰らされたら、
もう、豚貴族との結婚は避けられないのですけども・・・。
とりあえず起きてみましょう。
まさかこれ夢じゃないですよね?
ちゃんと立ち上がれて・・・
うん、大丈夫です!
寝起きだからちょっとふらつきますけども・・・
あ、そうだ・・・
部屋の中には鏡も・・・
ドキドキ・・・
はい、ちゃんと私が映ってます。
ふーっ、
もしかして知らない男の人の顔が鏡に映ってたら、
なんて事はありませんでした。
隣のお部屋には聖女様がお休みになっていらっしゃいます。
私は聖女様の護衛なので、
私たちは扉に鍵もつけず、互いに行き来できるようお部屋同士を繋いでいるのです。
もちろん護衛役の私が、緊急時以外、
聖女様の許可を得ないで勝手に入る事は許されませんが、
この場にはそれを咎める人はおりません。
今の時間は聖女様も眠ってらっしゃいます。
また、もし仮に目を覚まされたとしても、いつもお優しい聖女様が私を叱ったりすることもないでしょう。
ただ・・・
聖女様がご自分の護衛に選んだのは、
あくまでも何故か武芸に秀でているもう一人の私。
この「私」ではない。
もしこのまま、本来の私のままであるのなら・・・
私が聖女様にお仕えする資格すらも無くなってしまうのではないだろうか?
・・・そう考えたら、
どうしても確かめたくなってしまったのです。
いえ、確かめたいというより、
聖女様にお縋りたくなってしまったというのが本音でしょうか。
私は音を立てないように、隣の部屋の扉に近づき、ゆっくりとその扉を開きます。
・・・聖女様は穏やかな寝息を立てて眠ってらっしゃいますね・・・。
ふふ、かわいい寝顔ですこと。
この方に仕えてまだ日が浅いのですが、
男兄弟だけで、姉妹のいない私にとっては本当に妹のように、或いはその言動からはお姉様が出来たようにも思えます。
・・・出来ればこの先もずっと一緒にいたいのですけれど・・・。
いえ、やっぱりこんな時間に起こすのは憚られますよね。
明日にしましょうか?
・・・その時には再びもう一人の私が目覚めて、
もう・・・こんな機会は二度とないのかもしれませんが・・・。
やっぱりやめましょう。
私は踵を返して元の部屋に戻ろうと・・・ふぁ
あら?
い、いけません!
お鼻がムズムズと・・・こ、こんなところで、ふぁ・・・ふぁ
「へくちん!!」
・・・やってしまいました。
侯爵令嬢ともあろうものが、なんというはしたないマネを・・・
いえ、そんなことよりも・・・
聖女様は今の声で・・・
私はそぉぉぉぉぉっと後ろを振り返って・・・
「・・・あれ?
ツェルちゃん?
どうしたの? まだ朝じゃないよね?」
きゃあああああああああああ!
聖女様を起こしてしまいましたああああああっ!!
「も、申し訳ありません!
ふと夜中に目を覚ましてしまいまして、
念の為にお隣の部屋に異常がないか、気になってしまったものですから!!」
はい、嘘です、ごめんなさい!
だ、だってだって、
いざとなったら、私の体が誰かに乗っ取られて、
今まで聖女様に仕えてたのは私じゃないんですって、
そんなの説明できもしないし、信じてくれさえしませんよねっ?
なので勇気も出せない私は尻尾を丸めて帰ろうとしたのです。
そんな私を誰も責めませんよねっ?
「ふーん、特に何も異常なかった?」
「はっ、はい、私の気のせいでした!!
起こしてしまい申し訳ありませんでした!」
「んー、いーよー?
せっかくだから一緒のお布団で寝てかなぁい?」
あああ、かわいいいいい!
半分寝ぼけてるみたいですけど、流石に無警戒で寝起きされてる時は、お年相当の可愛い女の子です!!
私の前にいけない禁断の扉が開きかけてる気がします!
でもダメですよね!?
これでも私は侯爵令嬢!
淑女の教育はばっちり受けているのです!
相手が女の子だからセーフという話ではありません!
主従の身分は弁えないといけないのです!!
「も、申し訳ありません、
せっかくなのですが、聖女様のお隣で眠るなんて恐れ多いマネ出来ませんわ?
それでは失礼させていただきますっ!」
そう、これでいいのです、ツェルヘルミア!
明日になればまた元の状況に戻ってしまうかもしれません。
けれど、今回のように、また本当の私が動けることもきっとあるのでしょう。
ならいきなり焦ることもないのです。
いつかまた・・・
「・・・ツェルちゃん?」
あ、いけない、聖女様に呼び止められた?
「は、はい、なんでしょう、聖女様!?」
「ツェルちゃん?
・・・あなた、誰?」
え。