第五百九十五話 庭園にて
<視点 カラドック>
「・・・皆さん、何から何までありがとうございました、
皆さんのことは絶対に忘れません・・・。」
「なんの、礼を言うべきなのはこちらの方ぞ。
元の世界でもう一人の妾に会ったら宜しく伝えておくれ。」
薄い笑顔を浮かべ私たちに挨拶をする麻衣さん。
薄い笑顔と言っても彼女が上部だけの表情を取り繕っているという意味ではない。
比較的落ち着き払っているように見えるけど、逆にそれだけ緊張していると見るべきだろう。
まあ、別れを挨拶をする場としてはここは不適当とも言える。
何故ならここはホワイトパレスの宮殿の中庭。
区画ごとに色の違う薔薇が咲き誇っている。
女王自慢の庭園だそうだ。
宮殿から外への出口は何ヶ所かあるが、いずれもこの場所からは距離がある。
こんなところで麻衣さんが挨拶する理由はただ一つ。
これから起きる・・・これから起こす事象は麻衣さんにとって最も大事で大切なもの。
だからこそ、その儀式の前にすべきことは済ませておきたいと言う気持ちの表れなのだろう。
実際にこの挨拶が最後というわけではない。
さて、
庭園の中はそれほど風が強いわけではないが、
寒さ対策の一環でアガサが広めのエアスクリーンを張る。
麻衣さんがこれから行う儀式に、どれだけの魔力を必要とするかは分からないが、術の特徴から考えればそれほど長い時間可能なものと見做すべきではないんだけどね。
ただ状況によっては私のユニークスキル「徴収」を使うことに躊躇いはない。
本来、これからの儀式には、他人である私たちの立ち会いはプライバシーの観点からは不要とも言えるのだけど、
麻衣さんの魔力が欠乏した時のためにも私たちが一緒にいた方がいいだろうという事前の話し合いの結果、麻衣さんから少し離れた場所で、全員が参列することとなった。
もちろん不測の事態が起きた時に安全を確保するためにもね。
何しろ以前、ベアトリチェの黄金宮殿で麻衣さんが別次元からの召喚アイテムを使った時には空が割れた。
麻衣さん曰く「世界(観)が壊れるところだった」そうなのだけど、それに近い事が起きたとしても何の不思議もないしね。
麻衣さんもそれがよく分かっているからこそ、
私たちがこの儀式に立ち会うことに、
恥ずかしそうな反応見せつつも承諾することとなったんだ。
・・・麻衣さんが、普通の人たちより感情が薄いという本人の主張だけれど、それには羞恥心も含まれるのだろうか?
年頃の女の子なら、感動の再会シーンなんて絶対に見られたくないと激しく主張することもあると思うのだけど。
・・・それとも私がイメージするような感動シーンにはならないと言うことなのか。
いや、色んな意味で失礼な疑問だったかもしれないな。
さて、その立ち会いメンバーなのだけれど、
ここには「蒼い狼」パーティー、もちろんメリーさんも興味深そうに参加している。
そしてお馴染みマルゴット女王だ。
ん?
他に後一名いる?
いや、あれはこの場に参列しているというよりも、単に偶然この場所にいるだけかな、
緑銀の髪を長く垂らし、顔だけこちらに向けて土の中に膝まで埋まっている・・・
うん、そうだね、忘れていないよ。
妖精ラウネ。
緑色の花弁を持つグリーンアイスの品種に、見事に自分の髪色を合わせて並んでいる。
出歩かない時はいつもこの庭にいるのだろうか。
ここは日当たりがいいから過ごしやすいのかもしれないな。
さて、ここから先の話の主役はもちろん麻衣さん。
もったいぶる必要も隠し事もこの期に及んでは全く必要ない。
そう、
彼女が選択したのは身に付けた魔術を元の世界に持ち帰ることではなく、
彼女の死んだ母親との再会。
ただ・・・
それは手放しで喜べるものなのだろうか。
何故なら、これから呼び出す人は麻衣さんの母親本人ではないからだ。
あくまでも、
どこか別の世界で、未だ命を失っていない同じ魂を有する別人を呼び出すだけ。
それは何を意味するか。
それを再会と言っていいのか。
姿形は同じかもしれないが、それはもう別人と呼ぶべきではないのか。
それでも麻衣さんは選んだ。
たった16才の女の子の選択としては何もおかしなことはない。
いくら普通の人間よりも感情が薄いと本人は主張しているが、私はそんな事は思わない。
しかも彼女はこの旅の途中まで、
正確にはメリーさんに会うまで、自分の母親の死を正面から見つめて来なかったとも言う。
これは、
麻衣さんにとって、
異世界冒険の総決算などというより、もっと重い人生の一区切りとも言える行為なのだ。
つい先日まで親の愛を知らなかったリィナちゃんは、真剣にこれから起きることを見詰めている。
ケイジにとってはもっと複雑だろうな。
母親を亡くし、もっとも麻衣さんの気持ちに近い思いを持つのはケイジだろう。
本来ならあいつこそ、死んだ母親と会いたいと言い出してもおかしくはないんだ。
けれど・・・どんな事をしても死んだ人は帰ってこない、
さらに、これから呼び出すものが母親本人ではないと言われてしまうのなら・・・
「・・・では皆さん、あたしはここで失礼して・・・。」
麻衣さんの声が尖っている。
外見は平静を装っているが緊張しているのだろう。
庭園の広場の中央に立つ麻衣さん。
旅の荷物を全て腰に結えた巾着袋に仕舞い込んでる今の麻衣さんは手ぶらである。
私たちは揃って近くの東屋に移る。
メリーさんも一緒だけど、彼女は東屋の外で麻衣さんの行為を黙って見詰めている。
これから呼び出す麻衣さんの母親は・・・、
いや、正確には本人ではないのだけど、
今のメリーさんの前の時代に、メリーさんの中の人を勤めていたらしい。
つまりは今のメリーさんの先輩とも言えるのだ。
「そんなのはどうでもいいことよ。」
おっと、そのメリーさんに否定されてしまったか。
「・・・ただ私はこの体の前の住人の壮絶な最期を、誰よりも深く同じこの体の中から視ている・・・。
だから私は彼女に最大の敬意を持って見届けたいと思うの。
・・・同じ母親として。」
そう、メリーさんも人間だった時は一人の女の子の母親だったそうだ。
その愛の深さはつい先日見させてもらったばかりだ。
普段あの凶悪な鎌を使って犯罪者を狩り殺すメリーさんとは全くの別人のようだったね。
同じ母親として・・・か。
メリーさんなら・・・、
彼女なら、
元の世界で、
惠介を送り出した恵子さんの気持ちも、
この世界でケイジの母親だったカトレヤさんという人の気持ちも理解出来るのだろうか。
おっと、
私たちに背を向けている麻衣さんが気持ちを固めたようだ。
他の人間には何をしているのか分からないかもしれないが、
あれは目の前に浮かんだステータスウィンドウを開いているな。
恐らくはメッセージ画面に添付されているアイテムを選択するところだろう。
麻衣さんには元の世界への帰還チケットとは別に、
二つの選択肢付きアイテムが送られてきたという。
一つは、この世界で身に付けた全ての術を持ち帰るという宝石フォルダ、
そしてもう一つが別世界から自分の既知の人間を呼び出す事ができると言うお花フォルダだそうだ。
そしてこれから使うのはもちろん・・・
麻衣さんの指がゆっくりと、
決して間違って押されることのないように、
慎重に・・・
確実に・・・
今
「「「「ポチッとな」」」」
なぜみんなそこで声が被るのかな?