第五百九十話 もう一人のオレ
うりぃ
「もうこれ物語終わらせる気ないやろ?」
<視点 ケイジ>
理解したよ。
全てな。
あのクソ親父が言ってたこと、全て理解した。
なるほど、これは確かにオレがこの世界に転生した皺寄せなんだろう。
本来、オレがアルツァーとおふくろの間に生まれてこなければ、
或いは二人の間に子供が産まれていたにしても、
そいつが転生者でなければ、邪龍討伐のメンバーになることもなかったろう。
せいぜい、冒険者になったとしても、そこら辺の中級獣人冒険者程度の活躍しかできまい。
だが、転生者であるオレはイーグルアイという視力特化のユニークスキルを持ち、
そして前世からの剣術スキルも狙撃スキルも持っている。
更には勇者となるリィナとの縁もあったし、
しまいには異世界転移でやってきたカラドックと内緒の関係だ。
だからこそ邪龍討伐までこぎつけた。
オレが転生者でなければ、
この男と絡む必然性など最初から何もないのだ。
例え腹違いの兄弟と言えど。
そして、それ以上に、
アレは・・・髪の色こそ違うが、
アレはオレだ。
オレ自身だ。
気づいたのはほんの些細な、
普通なら聞き飛ばしてしまうような他愛のない会話。
向こうもオレに聞こえるとは思ってなかっただろう。
だがオレの獣人の聴覚はその会話を聞き取ってしまったのだ。
「・・・全く、最悪の気分ですわね、
あんな汚らしい獣人風情が世界を救ったのなどと・・・
それにも増して煩わしいのは、あの人が若い頃にお痛した浅ましいメス犬との間にできた子供だなんて・・・
母は悪い夢でも見ているかのようですわ?」
オレのことを言われているのはすぐに分かった。
そしてオレのおふくろへの侮蔑もな。
会話の内容からしてアルツァーの妻だろう。
確か名前はギネヴィエだったか。
そう、
噂は聞いていた。
前回も話したが、アルツァー本人は、獣人差別になど何の興味もない。
良い意味でも悪い意味でも。
だから、
自分の周囲が、
更に言うと、自分の愛すべき妻が獣人差別主義者だろうと何の教育も諫言もしなかったのだ。
だからかつて、
オレを引き取る引き取らないと言う話が出た時に、
まだ20代のアルツァーはこう言ったのだ。
「い、いや、オレはケイジを引き取っても構わないんだ・・・
だがもしそんな事をしたら妻は絶対に実家に帰ってしまうだろう」と。
マルゴット女王がブチ切れた理由が分かるだろう。
そして当然、
そんな母親に育てられた息子など
「全くですよ、母上、
見ればベディベールにイゾルテ嬢まであんな犬コロとベタベタして・・・
あんな子供達がこの国の次世代を担うのかと思うと・・・。」
・・・野郎。
名前は知らんがアイツがアルツァーの実子か。
今のセリフはオレの怒りボルテージを50%アップさせたぞ。
オレを悪く言うのはまだしも、ベディベール達への悪口を許すわけにはいかない。
これがツェルヘルミア嬢だったら「3568回息の根を止めて見せますわ!」と言うだろう。
・・・あの殺害回数は何を基準にして増えるんだろうな?
やっぱり怒り度と考えていいのかな?
いや、今はその話じゃないよな。
まあ、オレ的にはショックを受けつつも、
殺害予定確定になった男の顔を拝もうと、人混みのすきまからその男の顔を目に焼き付けようと思ったんだ。
だが、
そこでオレが目にしたもの。
オレ?
オレがいる?
なんでオレの目の前にオレが立っているんだ?
混乱状態から立ち直るのにはしばらく時間を要した。
・・・実際どれくらい時間が経ったろう・・・。
そしてようやくオレは目の前の現実を受け入れる・・・。
あれ、前世での若い時のオレだよな。
髪の色は違うが、かつてのオレの顔がそこにあった。
そして、
確か・・・ヤツの名前は・・・
そしてアルツァーが自分の家族をオレ達に紹介する。
その名は
モードレルト。
頭の中に電撃が走ったかのようだ。
オレが
リナを失って、
一人彷徨い、
加藤惠介の名前を捨てて、
正体も身分も隠して名乗った名前が。
正確に言うと名前は少し違うんだが、それこそアーサーとアルツァー程度の違いしかない。
これだ。
これこそが。
オレを無理矢理転生させた弊害なのだろう。
この世界に、
最初から「オレ」は生きていたんだ。
敷かれたレールを歩むオレが。
そしてあろう事か、
カラドックまでもが、ヤツ、モードレルトにかつてのオレの面影を見てしまっていたのだ。
「え、と、はい?
ケイスケ、とは?」
初対面のカラドックに、いきなりオレの名前を呼ばれて戸惑うモードレルト。
その当たり前の反応には、さすがのカラドックも慌てざるを得ない。
「す、済まないっ、
実はモードレルト殿?
き、君の顔が私の腹違いの弟にそっくりだったんだ、
そ、それで、つ、つい!」
みんな驚くよな。
「なんと!?
そなたの弟はモードレルトそっくりじゃったのか!?
な、ならば!?
いや、まさかの、
うむ、モードレルトには如何なる称号もない・・・。」
咄嗟に女王はモードレルトを魔眼で見通したか。
けれど当然転生者でも何でもない、と。
そして、
「まだ」罪を犯してないのなら、
なんの
不名誉な称号も冠する筈もない。
一方、当の本人は何だかわからなくても嬉しいらしい。
「え、わ、私が異世界の賢王の腹違いの弟・・・なのですか!?」
「あ、ご、誤解させて済まないね、
あくまで向こうの世界の話なんだけどね、
君がアルツァー殿の息子さんだと言うなら、
この世界では私達は従兄弟になるのかな?」
やめろ、
やめてくれカラドック。
それ以上そいつと口を聞くな。
そいつは、
そいつはオレであってオレじゃなく・・・
あ、ああ、そうか、
リィナがベアトリチェに見せられた悪夢ってのはこう言う事か。
あちらでは降って湧いた新たな事実に異様な盛り上がりを見せている。
女王だけでなく、ベディベールやイゾルテまでも。
おい、さっきまでそいつはベディベールやイゾルテもディスってたんだぞ!?
オレの様子に驚いてるのはリィナだけ・・・
いや、麻衣さんもか?
ん?
違う。
麻衣さんはオレではなく、
純粋にあの男を見て戸惑っているのか?
だが、麻衣さんは向こうの世界でオレには会って・・・
いや、
視たって言ってたんだっけか、
夢でオレがあの男を刺すシーンを。
これは後で確かめる必要があるな。
だが、これはこの後、オレはどうすればいいんだろうか。
カラドックはじきにこの世界からいなくなる。
それにモードレルトの存在は、
ある意味、オレが転生者だとバレないための布石になり得るんだよなあ。
当然モードレルトは転生者でないから、惠介の記憶なんかない。
じゃあ、オレはとなると、
単にマルゴット女王やアルツァーの関係者で済まして終わりなのだ。
その意味では、モードレルトはオレと言う存在のスケープゴートとなり得るわけだ。
ならば、奴の存在は不愉快だが放っておくしかないのだろうか?
ん?
ヤツらがこっちにやってきたか。
アルツァーがオレの前に・・・
「ケイジ、
いろんな感情はあるとは思うが、
もう私を恨んでないというならば、モードレルトと握手してやってくれないだろうか?
もともと子供たちには何の関係も諍いもない筈なんだ。」
おい、ふざけるな。
恨んでないだけでお前らと仲良くしたいなんて一言も言ってないぞ。
見ろ!
そのモードレルトも「このオヤジ何言ってんだ」みたいな目をしている。
あっ?
真っ先にリィナが手を伸ばした。
待て、リィナ!
そいつは獣人差別主義者だっ!!
ん?
リィナと握手して・・・
おい、
・・・待て、
貴様、
なんで獣人差別主義者のくせにリィナと握手して顔を赤らめている・・・?
鼻の下も伸びてねーか?
こ、この野郎っ、
ま、まさか、お前、女の好みもオレと一緒なのか・・・よっ!?
「ありがとう、リィナ殿!
さぁ、次はケイジも・・・。」
うっ、この微笑ましい雰囲気のまま、
オレに振ってくるのか、アルツァー!!
とは言え・・・
ここには女王もカラドックもいる。
ここでオレが空気をぶち壊すわけには・・・
あ、てか、
モードレルトも同じ考えかよ!!
一目で不機嫌なのがわかるように手を伸ばして来やがったぞ!?
ちくしょう、これでオレが応じなかったら、困ったちゃんはオレになるよな?
仕方ない、
何でこんな・・・
自分自身と握手なんて
ガッチリ・・・
ぐ、グググ・・・
あっ、こっ、この野郎っ、
やっぱり思った通り力入れて来やがった!!
ガキか、テメェはぁ!?
フンッ! だが残念だったな!!
レベルもステータスもオレが上だっ!!
ギギギ・・・
ホレ見ろ。
真っ赤な顔になりやがったぞ!!
今のオレにテメェ如き若造が勝てるわけねーだろっ!!
だっせぇ、コイツッ!!
自分からケンカ売っておいてよっ!
ゲヒャハハハハハッハハハハハハッ!!
「ケ、ケイジ?」
む、いかん、カラドックが不審な表情浮かべている。
助かったな、クソガキよ。
お前の右手は握り潰されなくて済んだようだなw
カラドックに感謝するといいwww
フハハハハハハッ
あー、気分がいいぜぇぇぇぇぇっ!!
後で「あのクソ犬っころぶっ殺してやるっ!!」と貴族に在るまじきヒソヒソ声が聞こえて来たけど、面白ぇ。
やれるならやって見ろっ。
返り討ちにしてやるよっ!!
まあ、オレが得意気になってたのはそこまで。
「ケイジさん、今の人、もしかして。」
げ。
麻衣さんに全て把握されてたっぽいな。
ど、どうすっか・・・。