第五百八十九話 予想できなかった出会い
<視点 カラドック>
やあ、みんな。
いよいよこの物語も終わりが近づいてきたようだね。
邪龍を倒し、
ヨルさんの事は本当に残念に思うけど、
それ以外は全て順調に進んでいる。
まあ、ケイジが時々ヨルさんの様子を覗きに行ってくれるというから、あまり心配しなくてもいいかもしれない。
ケイジには本当に頭が上がらないな。
ケイジも母親の墓参りを無事に済ませたようだ。
そこでアルツァーという彼の父親と出くわしたと聞いた時は驚いたけどね。
・・・アルツァー。
まさか、マルゴット女王と同じく、
私の叔父アーサーのこの世界での姿なのか。
名前と母との関係性から考えると、まず間違いなくその可能性が高そうだ。
この後、私達は邪龍討伐記念式典で会うことになる。
ケイジにとっては微妙な問題かもしれないが、私にとっては楽しみでもある。
子供の頃、叔父には散々構ってもらったからね。
「さて、みんな準備はいいかな?」
ここは宮殿の控室。
今日だけはみんなドレスアップしているよ。
私も王族御用達の礼服を着ているし、
ケイジも獣人用に仕立ててあるそうだが、騎士の典礼服だ。
うむ、ケイジのしっぽが自信ありげにゆっさゆっさしている!
兎獣人のリィナちゃんは白を基調にした聖騎士もかくや、と言わんばかりの華やかな礼装。
そして、ドレッシーなスタイルなのは、いつものゴージャスエルフたち。
見ているだけで吸い込まれそうな、重厚な黒い衣装を重ねたアガサ。
戴冠式でもない限り、見る事もないような最高位の神官服を着こなすタバサ。
一方、麻衣さんは貴族令嬢のような暗緑色のドレススタイルだ。
カラダを動かすたびに生地に織り込んでいる金色のラメが煌めくんだよね。
ビロードのイブニンググローブまでつけて、
肘付近の裾には黒い羽毛まで縫い付けてある。
お?
髪をアップにした姿は初めて見るね。
うなじと肩を大胆にも露わにした姿は新鮮だ。
ふふ、私の視線にどう対応していいか、分からなくなってしまったかな?
・・・いや、
本人はそれどころじゃなさそうだ。
本人も慣れてないというヒールを頑張って履いて、昨晩から今に至るまで、必死に歩く練習していたんだっけね。
「な、なんであたしだけ、こんな普段着慣れない格好で・・・っ!!」
あと数年で、麻衣さんもヒールを履きこなす年齢になるだろうから、けっして無駄にはならないよ。
「麻衣殿の術士路線でゴージャス感出そうとすると、どうしてもアガサ殿と衣装が被ってしまうぞ?
麻衣殿はアガサ殿と並んでも気にならぬのか?」
その瞬間、みんなの視線が麻衣さんとアガサの胸に・・・いや、なんでもない。
「ううう、わかりましたっ、
マルゴット女王のご提案ご配慮、受け入れさせてもらいますっ!!」
気のせいか、麻衣さんの顔から血の涙が滴り落ちてるように感じる。
ちなみにメリーさんはいつも通り。
流石に死神の鎌は麻衣さんの巾着袋に一時保存させてもらう。
いくらなんでも、ね。
各国の重鎮も参列してるし。
前回の臨時の式とは違い、
今回は式典の前に各国の参列者や招待客と懇親会にするそうだ。
特に私達異世界組にとっては、見知らぬ顔ばかりだしね。
まあ、それを言ったら冒険者のリィナちゃんやエルフ組も一緒か。
ケイジとて、宮殿内に顔見知りはいても、辺境領主や国外の人間など誰も知るまい。
そして始まる懇親会。
「「カラドック様、ケイジ殿、
邪龍討伐おめでとうございます!」」
私の数少ない見知った方達からのご挨拶だ。
「クリュグ伯爵、先日は大変お世話になりました。」
ローゼンベルクのご夫妻だ。
一人娘のマデリーン嬢はまだデビュタント前だそうで、控室で同世代の子供達と賑やかに遊んでいるらしい。
今回の式典には参列しないとのこと。
なお雪豹獣人のハギル君はお目付け役だ。
ちなみにその事はメリーさんに伝えてない。
ハギル君成分を吸収したいとか言い出して、
子供達のいる場に彼女を乱入させたら、確実に子供達の心にトラウマを植え付けてしまう。
「いえ、みなさま方にはほんとに何から何までお世話になって、お礼を言うのはこちら側ですわ!」
まあ、社交辞令はともかく、お二人には報告しないといけないね?
ケイジとメリーさんが前に出る。
クリュグ伯爵もアスターナ夫人も、メリーさんを最後に見たのは、彼女のカラダが弾け飛ぶ寸前までだったからね。
二人とも驚きの笑顔を以て再会を果たす形になるのかな。
そして報告する事と言えば・・・
最初に口を開いたのはケイジだ。
「約束通り仇は討った。
もう邪龍のせいで二度と悲劇は生まれない。」
伯爵も夫人も感激のあまり、すぐに口を開くことが出来なかったようだ。
けれど、二人ともその瞳を潤ませて、ケイジの手に縋り付く。
そして
「私からもいい?」
メリーさんからも報告があるよね。
当然二人はケイジの手を握りしめたまま、メリーさんへとその瞳を向ける。
「世界樹の女神にも確認したわ、
あなた達の娘は、邪龍から解き放たれ、正しく魂の循環の流れの中に戻って行った。
いつになるかは分からないけど、その傷を癒したならば、いずれまたこの世界に新しい生命として生まれ直すことが可能だそうよ。」
二人とも涙腺が決壊していた。
もしかしたらこの後の式典に参列出来ないかもしれないな。
メリーさんが「ちょっと悪い事したかしらね?」と神妙な顔になっていた気がする。
ケイジと私とで「まあ、今のは仕方ないよ」とはフォローしておいたけど。
おや?
「麻衣さん、何かあるかい?」
何か言いたそうにしているな?
「あ、な、何でもないです、
ただ、あの黒髪の女の子は、いつこの世界に生まれ直すのかなって・・・。」
それは誰にも分からないと思うのだけど。
「あの世界樹の女神もそれを知る事は出来ないような事を言ってたと思うわ?
聞いたのはラプラスからだけど。」
そうだろうね。
それに、そこまで私達が干渉するまでもないだろう。
「これ、ケイジ、カラドックよ。」
お、我らが偉大なる女王のお出ましだ。
今はパーティー用の真っ赤なドレスか。
この後、式典の時は女王モードのド派手なドレスに着替えるそうだ。
私達が挨拶をすると、女王の背後に一組の男女のペアがいる。
雰囲気的に外国の王か、それに準じる辺りの身分だろうか。
「紹介しようぞ、
こちらがベードウーア王国のスッキーズ王太子とモトマーヤ王太子妃よ。
以前、弟君とはお会いしたのを覚えておろう?」
あっ、
あれ?
確か王太子妃は御懐妊中じゃ、
いや、普通のお腹だな、てことは・・・。
「初めまして、マルゴット女王から事の詳細は聞き及んでおります。
先日は愚弟が失礼なマネを・・・
そしてそれ以上に・・・
我が妻は無事に先日男児を出産しました!
こちらには流石に連れて参れませんが、
皆様には本当に何とお礼を申せば良いか・・・!!」
そうか、確かあの時は御懐妊中と聞いていたけど無事にご出産されたんだね。
これはめでたい話だ。
ケイジの顔も綻んでいるな。
ていうか、出産後なのによくここまで来れたね。
麻衣さんが後ろで何か呟いているかな?
「うう、やっぱり日本人顔じゃなかったか・・・。」
残念そうだね。
そんな感じでいろんな人たちと挨拶を交わしていた。
麻衣さんたちはグッタリしていたけど、貴族や王族ともなるとこんな付き合いばっかりだからね。
えっ?
私はどうせ元の世界に帰る?
まあ、そうなんだけどね。
だから私は一々挨拶に来た人間の顔を覚える必要もないだろう。
そういう意味では余裕だったね。
ところが一つここで、
事件というか、ハプニングというか・・・
いや、とりたててトラブルのような事は起きていない。
ただ、
私にとって看過できない出会いがあったのだ。
「そう言えばケイジは昨日会ったそうじゃの?」
「話が早いな、姉弟の仲直りは済んだのか。」
「うむ、先程、久しぶりに我らも水入らずで語り合うたところじゃ。」
マルゴット女王が次に紹介してくれたのは、
かつての
いや、私の敬愛する叔父、
その写し身に違いないであろうアルツァー殿だった。
一目見て
それは間違いなく、私の叔父だと確信できたよ。
「初めまして、
マルゴット女王の異世界の息子、カラドックです。
・・・やはり、あなたは私の叔父のアーサーそっくりですね・・・。」
アルツァー殿も女王から話は聞いていたのだろう。
すんなりと私の言葉に納得していたみたいだった。
「こ、これは・・・なるほど、
私から見ても他人のような気がしません。
姉上の隠し子と言われても何の疑念も抱けないでしょう。」
私の後ろでベディベールとイゾルテが鼻をフンフン鳴らしていた。
君ら何故?
麻衣さんも何か反応するかな?
後で聞いたのだけど、
もしかしたら程度の心当たりはあるそうだった。
ただ、この時点においては、
麻衣さんは別のことを気にしてしていたのだった。
そして何よりも、
ケイジが異常なほどの警戒と緊張感を露わにしている。
いったいケイジはどうしてしまったんだ?
こんな場所で何を警戒する?
アルツァー殿とは昨日話し合いを済ませたばかりの筈。
リィナちゃんは訳もわからずケイジの反応に戸惑っている。
いったい何が起こったのか。
すると、私達の戸惑いなど気づきもしないアルツァー殿は、
ごくごく自然な振る舞いで、
自分の後ろに控えている二人の男女を紹介してきたのだ。
「せっかくですので、私の家族も紹介させてください。
妻のギネヴィエと・・・
息子のモードレルトです。
さぁ、二人ともご挨拶を・・・。」
えっ
そこに
そんな
その場所に、
私が求めてやまなかった顔が
髪の色は黒髪と亜麻色の違いこそあるが・・・
決して忘れることの出来ない顔、
そんな
今頃になって、
最後の最後に何故こんな・・・
私のよく知る顔がそこに
「け、惠介っ!?」
恐らく二十歳前であろう、その青年、
名をモードレルトと呼ばれたあどけなさの残る若者。
私の最愛の弟がそこにいたのだ!!