第五百八十六話 資格
アーサーに関してのネタバレはしない。
アーサーに関してのネタバレはしない。
アーサーに関してのネタバレはしない。
というわけで、
アーサーが元の世界でどんな目に遭ったのかは内緒です。
<視点 ケイジ>
はてさて、
オレはアルツァーという男にどういう感情を抱いていたのだったっけ。
子供の頃、
・・・おふくろが死んだ時には怒りと恨みを燃え上がらせていたと思う。
大した理屈ではない。
単に、貴族がオレの父親だったなら、その財力をもってすればおふくろに手厚い看護や治療が出来ただろうというその一点において。
どうしておふくろを放ったらかしにした、
どうして苦しんでいるおふくろに救いの手を差し出さなかったのかと、
大まかに言えばそんなところだ。
もっとも、前世の記憶が甦ってからというもの、その抑えきれなかった気持ちは薄れていった。
もちろん、
カラダの弱かったおふくろを放ったらかしにしたこと、
自分の息子であるオレを認知しようとしなかったり、また息子と明らかになっても、オレを引き取ろうとしなかった事、
それら全て、一人の男としてオレはアルツァーを軽蔑した。
ただ、前世の記憶をどんどん思い出すにつれ、
オレは運命のレールを意識せざるを得なくなった。
その時のオレの状況は、
まさしくかつての人生をなぞらえているみたいで、
何よりも根本原因はオレ自身にあるのではないかと思ってしまったからだ。
オレが関わる限り、周りの人間の運命は、
オレに引き摺られていくのではないかと。
既に、
前世における母さんと、
この世界のおふくろとは、
完全な別人だと不思議な確信を持ってしまっていた。
だからアルツァーはもちろん、
元の世界におけるマーガレットさんと、この世界のマルゴット女王の関係に気づくこともなく、
ただオレ一人、
かつての世界で味わった運命が、
この世界に影響を与えてしまったと思い込んでいたのだ。
となれば、
おふくろが死んでしまったことも、
事によると、病気や貧乏のせいでもなく、
オレが生まれていなければ、もっと長生きできたのではないかと。
そしてもちろんアルツァーのせいとは言えないのではないかと。
その思いは、マルゴット女王に引き取られた時もずっと引きずっていた。
その後、
責任を取ろうともしないアルツァーの態度にマルゴット女王は激怒する。
そして前も話したと思うが、オレはマルゴット女王に引き取られ、コンラッドやベディベールたちと、兄弟のように育ててもらった。
・・・けれど、
オレは女王に恩義を感じつつも、弟を想う彼女の気持ちをオレには無視する事は出来なかった。
その間、マルゴット女王とアルツァーは殆ど絶縁状態。
もちろん公の席での挨拶や付き合いは継続されていたし、行政に影響を与えない範囲での話ではあるが、
近親者にとってみれば、かつては弟を溺愛していたマルゴット女王の振る舞いは信じられないほど頑ななものだったとか。
そしてその分、女王がオレに優しい笑み浮かべてくれればくれるだけ、
・・・オレはどんどんあの宮殿に居づらくなっていたのだ。
だから、マリン大公が亡くなった時は、
オレにとってはいいタイミングに見えたんだ。
オレがいなくなれば元の仲の良い姉弟関係に戻れるだろうってな。
オレがこの宮殿を出ていく口実にもなったしな。
ん?
何調子のいいこと抜かしてんだって?
ああ、オレもそう思うよ。
大公の死をオレの都合にいいように利用したようなもんだしな。
ま、その後のことはどこかで話したと思う。
既にこの段階で、
アルツァーへの怒りはほとんど消えていた。
ところがだ。
今のオレはアルツァーへの感情が、少しその時とはまた変化しているように思う。
その事に気付いたのは、今回、邪龍討伐記念式典でアルツァーと再会するかもと考えた時。
発端としては、
カラドックや麻衣さんがこちらの世界に現れて、
マルゴット女王が向こうの世界でのマーガレットさんと同一人物だと教えられた時だ。
そもそも、
オレは前世で、マーガレットさんにしてもアーサーさんにしても、たった一度きりしか会っていない。
当時戦っていたスーサとの包囲網戦に駆けつけたアーサーさん、
そして、ウィグルが勝利を収めた後で、
カラドックが母親のマーガレットさんや、敬愛する叔父のアーサーさんとの再会を、
オレは温かい目で見守ってやっただけ。
なので当然のことながら、
オレは二人の顔なんて殆ど覚えちゃいないのだ。
まあ、ブリテンの王となった威風堂々たるアーサーさんに、ちょっぴりだけ憧れを抱いたかもしれない。
ちょっぴりだけだからな?
そして今、オレの眼前に立っている男も、
若々しくなってはいるが、そう言われれば似てるように思えるよなあ、としか言えないのだ。
話が逸れたかもしれない。
そんなわけなのだが、
ここで重要な話は、
オレが、元の世界の記憶をほぼ完全に甦らせている、という一つの事実だ。
オレのことはもういい。
問題は、マルゴット女王とアルツァーだ。
この二人はオレと違って転生者ではない。
けれど、
間違いなく、
元の世界のオレの生きてきたレールに繋がっているのだ。
ならば、
オレかこの世界で味わってきた運命を
二人も同様に、同じ運命の輪の中にいるということではないのか?
聖女・・・
ミシェルネはなんと言ってたか?
『でも麻衣さん、別の人の話じゃないんです。
世界が異なっていても因縁はついてまわるものです。
たとえそれが別の異なる世界の過去の話でも・・・
レールが敷かれたように同じ運命をたどる可能性は高いのです。
なら・・・この世界でも』
だったっけか。
そう、ミシェルネはそう言った。
ならば、
どうしたって一つの答えが出てくる。
アルツァーにもまた、
元の世界と同じようなレールが敷かれているのだ。
そのことを保証するかのように、
オレは似た話を既に見てきている。
あれはローゼンベルクでの出来事、
メリーさんから聞いたが、
あの年若き雪豹獣人も、
そして黒髪美しいアスターナさんにも、あちらの世界と同じような事が起きていたという。
雪豹獣人のほうは、オレたちが介入したことでか、命を拾う事ができた。
一方、オレたちと出会う前のアスターナさんは、産んだばかりの赤子との死別は避けられなかった。
だから
アルツァーも、
前の世界と同じように・・・
それに気づいた時、
オレはアルツァーを憎む気持ちは完全に消えていた。
むしろ同情するというか・・・
そもそもの話。
「オレにアルツァーを責める資格があるのか?」
そっちに気付いてしまったのだ。
オレは前世で何をやった?
カラドックに処刑されても文句の一つも言えないことをやり、
結局は父親ヅラを晒すあの男に始末された。
言いたいことはないでもないが、
オレのやった事は決して許されるものじゃない。
なのに、オレは転生して、過去の過ちを償う機会を与えられた。
・・・なら?
アルツァーにもその機会があって然るべきではないのか?
だよな?
さもないと余りにも不公平と言えなくはないか?
そう考えた時、
オレの本当の役目が見えた気がした。
あの野郎は麻衣さんへのメッセージでこう記したらしい。
『永劫なる運命と全能なる時間には誰も逆らえない』と。
たいそうな言い回しだが、
要は運命とやらには天使でもどうすることも出来ないと考えていいのだろうか。
けれど、
どんな障害が待ち受けていようと、
対処のしようによっては、乗り越えたり克服できることは、
このオレ自身が証明してみせた。
もちろんオレみたいなヤツ一人でどうにか出来るものではない。
みんなの協力があってこそだ。
カラドックや麻衣さんはオレを救ってくれたが、
肝心のオレは誰を救ったよ?
助けてもらって終わり?
前世であれだけの罪を犯したオレが?
自分贔屓で考えると、リィナ一人は助けた気がするが、
アレもオレが前世で彼女を助けられなかった失敗を帳消しにする程度・・・
いや、よく考えたらアレもオレが助けたなんて言えるものじゃないな。
そう、助けてくれたのは麻衣さんであってオレじゃなかった。
ダメだな。
やっぱりプラスマイナスで考えると、オレがこの世界で得たもののほうが大き過ぎる。
だから、
ここは一つ、オレも一肌脱がなきゃ始まらんというわけか。
それでいいんだろ、クソ親父よ?
天使シリス
「・・・あいつが私のことを親父と・・・。」
大地の底に眠る巨人
「良かったな、父親とは認めてもらったぞ。」
天使シリス
「・・・別に嬉しいだなんて言ってないが。」
大地の底に眠る巨人
「ふふ、このツンデレさんめ。」
天使シリス
「・・・デレたことなどない。」