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第五百七十九話 ヨルとの別れ

<視点 ケイジ>


薄暗がりの空の下で、

カラドックの右手に刃が煌めく。


話が通じない相手なら斬り殺せばいいとでもいうつもりか?

カラドック、

いくら何でもそれは・・・。


 「アガサ、頼んでいいかい?」


 「・・・承知。

 『バインバインド』・・・。」

 

アガサのヤツもカラドックの言葉に従うのに躊躇いがあったようだ。

けれど、

結局は緑の蔦がヨルの体を絡めとっていく・・・。



 「あっ、ふわっ!

 こっ、こんな脅しにヨルは屈しないですよぅ!!

 たっ、たとえ、今は体が動かせなくても、すぐにぃ、すぐにカラドックの後を追っかけるですよぅ!!」


 「脅しじゃないよ。

 これでも一国の王さ。

 時には残酷な命令も下さなきゃならない。

 その代わり最後のお願いだ。

 ヨルさん・・・引いてくれないかい?」



ヨル本人が納得しようがしまいが、

ここで諦めてくれさえすればいい。

だが・・・。


 「カラドックこそヨルを!

 ヨルの覚悟を舐めないで欲しいですよぅ!!

 やるなら一思いにバッサリやるですよぅ!!

 ヨルはカラドックへの愛に殉じてカラドックの心の中で生き続けるですよぅっ!!」



ホントだよな・・・。

ヨルはいつも真剣で・・・

何に対しても全力で、

ひたむきで・・・


だがカラドックよ。

いくら何でもホントにヨルを殺す気じゃあるまいな。

流石にそれはオレでも待ったを掛けざるを得ないぞ?

ヨルが最後の最後で折れるのを待っているのか?


けど、この調子じゃヨルは・・・




 「ケ、ケイジ、ど、どうするの?」


リィナだってヨルが死ぬのなんか認めたくはないだろう。 

そうだ、オレたちは共に生き死にを・・・



 「残念だ、ヨルさん、

 では、これで・・・お別れだ。」


カラドックが剣を振り上げた。

本気かよっ!!


オレはダッシュでカラドックを止めようとした。

けれど。


 「ケイジさん!」


麻衣さんがオレの服を掴む!

麻衣さんは何か感知したのか!?



 ザクッ



一瞬、麻衣さんに気を取られて、

オレはその瞬間を目撃出来なかった。


何かを切り付けた音、

そして次に聞こえたのは、

おそらくその何かが地面に転がる音だった。



間に合わなかったか・・・

いや、


次に聞こえてきたのは



ヨルの悲鳴



 「イギャアアアアアアアアァッ!!

 ヨッ、ヨルのっ、ヨルの角があああああああああっ!!」


見ればヨルの右側の角が根元から無くなっている。

そこから大量の青い血が流れ出してヨルの顔を塗り上げてゆく。


 「タバサ、治療をお願いできるかい?」

 「・・・角だけなら再生できる可能性も・・・。」


 「今は不要だ。

 傷口だけ治してあげてくれ。」

 「・・・了解、『ヒール』。」


カラドックはどういうつもりだ?

ヨルの命を奪わず彼女の角だけ?

ただの脅しだったってことか?

次は命を取るぞという意味で?

しかしそうならタバサに治療させることも?


するとカラドックはキョロキョロと周りを見回している。

誰かを探しているのか?


 「あ、いたいた、

 君も来ていると思ったよ、メナさんだっけ?

 君に聞きたいことがある。」


ん?

あ、幌馬車を曳いてる馬の背中に一人、魔族メイドがうつ伏せに倒れていた。

手足をだらんと伸ばしたまま。

そういや、姿見てなかったな。

あんな所でダウンしてたのか。


 「な、なんでしょう、カラダ起こすのも辛いのですが・・・。

 今なら両足広げられて犯されても抵抗できませんけども?」


 「・・・しないから、そんな事。

 まさかみんな、ベアトリチェの影響受けてるのか?

 魔力のことなら後でもう少し分けてあげるから待っててくれるかい。

 それで聞きたい事なんだけど、魔族の女子にとって、片角を失う事ってどんな意味があるのかな?」


メナの目は、心底から同情したような視線をヨルにむけているようだ。


 「・・・みっともないに尽きますね。

 アレでは他の魔族の男は寄っても来ないでしょう。

 もしかしたら片角フェチの変わり者もいないこともないかもしれませんが、

 今後あの子は真っ当に恋愛できることはないと思います。」



そ、それはかなり残酷すぎないか?

いいのかそれでカラドック。

いや、それがヨルへの罰だというなら・・・。


 「うあ、ああ、あぁあ、ヨ、ヨルの角が

角がああぁあぁ・・・」



一方、タバサの治療で痛みは消えたようだが、

魔族の女性にとって、とても大事だという角を一本失って、

ヨルは放心状態のようだ。

 

これ・・・

もしかしてアレか?

男で言ったら去勢とかそんな恐ろしい刑罰的な意味合いに・・・


ん?

カラドックはヨルの所に戻るのかと思ったら、どこかへ・・・


あっちに何が、

あ、いや、何かを拾ったぞ?


アレは・・・


切り落としたヨルの角か。


 「さて、ヨルさん。」


 「あ? あ、あ、う、うう?」


治療はされたとは言え、

青い血と痛みから流した涙でヨルの顔はグチャグチャだ。

さらに、自分の大事な角を失って可哀想なくらい狼狽している。


ここまで来てもカラドックの意図がわからない。


アイツは一体何を考えているんだ。


 「君の角は私が持ち帰らせてもらう。」


何だと?


 「あ、あうぅ?」


 「魔族を討伐した戦利品としてね、

 元の世界に戻って・・・

 私の寝室にでも飾らせてもらうさ。

 それだけなら・・・

 未来は変わらないよね、メリーさん?」


カラドックは振り返って幌馬車の上にいるメリーさんに確認を取る。

問題・・・ないよな?

でもそれが?


 「それだけなら問題ないと思う。

 別に『ウィグル王列伝』に記載したりしないでしょ?」


 「・・・まだ執筆途中で公表も出版もしてないのだけど、もうタイトルを・・・

 ああ、こっちの話ね、

 そう、もちろん外部に広めないし、誰にも教えないよ。

 私がどこからか入手して来た謎の遺物ってことにさせてもらう。」


 「・・・え、それってぇ、カラドックぅ?」


ヨルは話は見えないでいるようだ。

当然オレもだが。


 「ヨルさん、君のことは忘れない。」



ボフッ!!


な、なんだ?

何か爆発したのか?

いや、ヨルの顔か!!


 「代わりにヨルさん、

 もし、受け取ってくれるならこれを・・・。」



あ、

カラドックが差し出したのは、

アイツがこの世界で作った一本の笛。


 「カラドックぅ、こ、これってぇ・・・。」


 「私との思い出が必要ないというのなら、その笛は叩き折ってくれて構わない。

 そこらへんに放り捨ててもいいし、ゴミ箱に突っ込んでくれてもいいさ。

 私のことを忘れ去るなら、高位の治癒術師に頼めばその角も再生できるだろう。

 どっちを取るかは・・・ヨルさん、

 君が自分で自分の道を選んでくれ。

 私が君に示せるのは・・・それだけだ。」



・・・なるほど。

カラドックの選択と意志はわかった。

もともと男女の終わりに正解も正しい道もない。


このやり方で万人が納得するかどうかも分からない。

だがそれこそ、他の第三者が口を挟む権利だってないのだから、

後はヨルがどうするかだけだ。


オレからしてみたら、

不満なんかある筈もない。

カラドックは無事に元の世界に戻ることが出来て、誰の命も消えないのだから。



ヨルは静かにカラドックの笛を拾い上げる。

とてもゆっくりと。


カラドックがこの世界に来て自分の手で作り上げた笛だ。

同じものは二つとない。


 「・・・カラドックゥゥ、どうしても、どうしてもなんですかぁ・・・。」


 「そうだね、

 私はこの世界で見たいものは全て見た。

 後は何の心配もしていない。

 だから自分のあるべき世界に戻らねばならない。」


ほんとカラドックは凄い男だよな。

一切、ブレない。

アイツの言葉には力がある。

さすが一国の王だ。


 「・・・やっぱり、カラドックを引き留めるにはケイジさんをどうにかすべきだったんですねぇ、

 そうしたらカラドックは元の世界なら帰るところじゃなかったんですものねぇ。」


ヨルは乾いた笑みを浮かべてこっちを見やがつた。

まだ諦めないつもりかよ。



 「ヨルさんの目的を果たすためなら狙いとしては間違ってないよ。

 ・・・でも、

 それで幸せになれる人は誰もいない。」



そう、だな。

たとえカラドックがこの世界に残ったとしても、カラドックの心は決してヨルには向かない。

それでもいいなんて思えたとしても、そんなのはヨルの望むものでは決して有り得ない。


 「う、うう・・・。」



そしてヨルの口から、


それ以上、言葉が出る事はなかった・・・。



 「うわぁああああぁああぁあああぁあぁああぁあああぁああぁああああああぁああああぁぁ・・・ん、カラドックウウウゥ、カラドックウウウゥゥゥゥゥウウウゥ・・・」



辺りが真っ暗になるまでヨルは泣き続けた。

慰めることすら誰にも出来ない。


ヨルとはこれでさよならだ。


カラドックが言ったように、お互いの幸せを願って円満に別れる事は出来なかった。


けれど・・・

ヒューマンの国と魔族の国というだけならば、

カラドックとは違ってオレやリィナなら、

またどこかで、

ヨルと再会する事は可能だ。


その時には、

あんなこともあったよね、なんて、

笑って盃を傾け合うことができるだろうか。



小さな、ささやかな希望かもしれないけども。



さよなら、ヨル・・・。

元気でな。


 

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