第五百六十二話 ぼっち妖魔は食事を終える
<視点 麻衣>
そして再びあたしはお料理に集中して・・・
あたしの目の前には取り皿に盛られた麻婆豆腐がある。
ウチじゃマリーちゃんたちも中華料理よく作るけど、これ・・・
豆板醤はもちろんとして、花椒も入ってるしみたいだし、
それだけじゃないよね?
あたしが神妙な顔していたら、ツェルヘルミアさんが解説してくれた。
「ふふふ、ニンニクや生姜も効かせておりますわ?
似たような材料が揃っていて本当に良かったですわ。」
あっ、にんにくは分かってたけど生姜も必要なんだ。
そう、今や21世紀の日本では素人でもそれなりの料理作れるけど、こんな本場ものっぽく作れるなんて、ツェルヘルミアさん、元の世界じゃ中国の人だったんだろうか?
「それと恐らく家庭の調理具では難しいのではないでしょうか?
大きな中華鍋と高火力が必要になりますからね、
材料だけ揃えても同じ味にはならないと思いますよ。」
ああ!
うちで中華作ってもお店と同じ味にならないのはそれかあっ!
美味しいは美味しいからマリーちゃんたちも満足してたんだけど。
あれ?
そう言えばケイジさんはおでんに夢中かと思ったけど、麻婆豆腐も真剣な目で食べているよね?
結構辛い方だと思うけど、獣人には刺激強すぎるってことはないのかな?
「・・・梨香おばさん・・・。」
聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気がする。
小声だったからカラドックさんの場所までは聞こえまい。
そう言えば、ケイジさんはご自分のお母さんと、リナさんのご家族と一緒に暮らしていたんだっけ。
・・・ということは・・・
この麻婆豆腐・・・
リィナさん、リナさんのご家族の味・・・と言うことなのだろうか。
当のリィナさんは普通に美味しそうに料理を食べている。
別にリィナさんには異世界の記憶も知識もないから怪しい反応はないようだ。
じゃあ、さっきの「お父さん」はなんなのかと。
まぁ、あたしは気にしなくていいよね?
カラドックさんも満足してるみたいだ。
よくよく考えたらなんだけど、カラドックさんて生まれはイギリスなんだっけ。
そういや、イギリスも海に囲まれた国だものね。
お魚料理には慣れているのだろう。
とんかつの衣にはしっかり卵が使われていた。
さすがミシェルネさん、卵料理が得意というだけはあるな。
ちなみにミシェルネさん、今回は無理だったけど、いつか茶碗蒸しも作るつもりとのことだった。
圧倒的にあたしより女子力が高い。
食事会はつつがなく無事に終了した。
なんだかんだで色々あったけど、
今回の会談はみんなにとって良いものであったのだろう。
リィナさんは何か心配事があるみたいだったけど、ちょっと聞いたら笑いながら「だ、大丈夫、麻衣ちゃんが気にするほどのものでもないよ」ということだった。
ご家族の話かな。
ケイジさんには今一度釘を刺しておく。
後はカラドックさんを引き離しておけば大丈夫だろう。
ていうか、あたしの杞憂は空振りで終わりそうだ。
と思ってたら、食事会の後の話なんだけど、
別の方面から大きなニュースが飛び込んできたのだ。
ミシェルネさんの後ろ盾となっている金枝教の大司教様がお亡くなりになったらしい。
グリフィス公国の金枝教支部の方たちから緊急の知らせが入ったのである。
・・・たぶんだけど、ミシェルネさんもそうなる事を予想していたのだろう。
だから無理を押してこの国まで急いでやってきたのだと思う。
大司教なんて偉い立場の人の葬儀の準備なんて始めるなら、国外に出かける余裕なんてなくなるものね。
結局、ミシェルネさんはじめとする金枝教の一団は、明日の朝、早々と帰国することが決まった。
メリーさんは今晩、ミシェルネさんのお部屋に泊まるらしい。
お互い積もる話でもするのだろう。
ツェルヘルミアさんは、リィナさんに名残惜しそうにお別れを告げる。
兎獣人のご夫婦と、どっちが家族か分からないよね、あれじゃ。
「リィナさん、もしよろしければ、今後も私たちと一緒に・・・。」
え? ツェルヘルミアさん、リィナさんをスカウトするつもり?
けれど・・・それについてはリィナさんも迷いはないようだ。
「ありがとうございます、
でもあたしはケイジと一緒にいるから・・・。」
チッ
となにか令嬢にあるまじき舌打ちのような音が聞こえたけど気のせいだよね。
ツェルヘルミアさんからケイジさんに、
身の毛もよだつような殺気が流れた気もするけど、それもあたしが勝手に見た幻覚なのだろう。
気にしないことにする。
これで、
慌ただしかった聖女イベントはお終い。
後は来週の邪龍討伐記念式典を迎えるのみ。
あたしのご褒美イベントはって?
うん、
まあ、もう覚悟を決めている。
式典の前にしようか、後にしようか。
迷ってるのはそれくらいかな。
ごくごく個人的なイベントだからね、
他の人の目に触れないところでやってもいいんだけど・・・
「出来ればオレに見届けさせてくれないだろうか。」
ケイジさんから申し出があった。
人に見せるようなもんでもないし、
お母さんに会えないケイジさんに見せるのはどうかと思ったのだけど、
ケイジさん曰く、たとえ他人の親子の話だとしても、
心に刻みつけておきたいとのことだった。
うーん、気持ちは分からないでもないけど、
あたしとしてはちょっと恥ずいのだけど。
それにケイジさんに見せるとなれば、他の人にも同席させないわけにもいくまい。
・・・ていうか、いきなり異世界に呼び出されて目の前に狼獣人いたらビビるものね。
それはメリーさんも一緒か。
やっぱりカラドックさんにフォローしてもらうのが一番かな。
あ、そうそう、
すっかり忘れてたけどヨルさんはちゃんと帰ってきてたよ。
みんな忘れてたでしょ?
え? そんなことはない?
ではそういう事にしておいてあげましょう。
どうもヨルさんたら、たくさん貰ったお小遣いでいろいろ買い食いしていたみたいだ。
それで、さらに宮殿でお夕飯をいただくというのだろうか。
前の日、食べすぎたばかりだろうに。
まあ、無事で何よりですよ。
だけどこの時点であたしはまだ気づかない。
おそらくこの異世界最後の大事件が残されていることを。
あたしの感知能力すら欺き、
ケイジさんがもしかしたらと予感していたというこの世界最後の事件が、
この後あたし達に襲いかかるのである。
後になってケイジさんは告白してくれた。
ケイジさんの罪、
前世からの因縁、
もしこの世界でも同じような運命が待ち受けているなら・・・
ケイジさんがその役目を果たさなければ、
他の誰かが実行するかもしれないと、ケイジさんは考えていたらしい。
そしてケイジさんの懸念は見事に現実となったのである。
事前に気づけなかったのかって?
無理。
それほど「あの人」は巧妙かつ慎重だった。
いったいいつから計画していたのか。
伏線?
伏線どころか完全な予行演習までしてたんだよ、あの人は。
誰も見抜けなかった。
この話は翌日、
聖女様たちが出立したあと、その事件が起こる。
果たしてケイジが予見していた事件を起こすのは誰だ!?
そのお話はちょっと後で・・・。