第五百五十五話 ぼっち妖魔は思いを馳せる
<視点 麻衣>
それは幾度となく思い描いていた光景。
メリーさんのカラダに転生したママと、
あたしは一度も再会出来ずにママはあたし達の世界から旅立った。
いつかどこかで逢えるかと。
こんな風に抱き合えていたなら。
二年前のヤギ声の男事件の時には、あたし達のすぐ近くまでママはやって来ていたはずだったのに。
結局一度もあたし達は逢えることはなかった。
あたしはミシェルネさんを羨ましいと思っているのだろうか。
ミシェルネさんは家族に恵まれないような事を言っていた。
あたしはどうだろう。
少なくともママがいなくなるまでは、
自分の家庭に不満は持っていなかったと思う。
きっとママがいなくなった今だから思うのだろう。
あの頃は幸せだったのだと。
まあ、もちろん今の、
パパとマリーちゃん、エミリーちゃんとの共同生活も悪くないとは思ってるけどさ。
そして、あたしの目の前には今も感動的な光景が拡がっている。
「ごめんなさい・・・
私がこんなカラダじゃなかったら、
もっとしっかりあなたを抱き締める事ができるのに・・・。
私のカラダには、
体温も、血液の流れも、心臓の鼓動も、柔らかな肉の感触すら存在しない。
今ほど、このカラダが呪わしいと思ったことはないわ。
またあなたに逢えるだなんて、思いもしなかったのだもの・・・。」
「それは言わないでいいんだよ、おかあさん。
・・・それに、おかあさんの優しさを感じるから十分・・・。
わたしを受け入れてくれてありがとう。」
あたしは目の前で起きてる光景に意識を全て奪われていた。
けれど、あたしのすぐ後ろから、
嗚咽のような声が聞こえてしまえば思わず振りかえらざるを得ない。
「ううあああ・・・ん。
ミシェ姉、良かった・・・良かったですわあぁぁ・・・。」
ツェルヘルミアさんが号泣していた。
高級そうなハンカチを目頭に押し付けている。
この場にカラドックさんがいなくて良かったかもしれない。
恐らく二人揃っていればこの場は水浸しになっていただろう。
え?
なに冷静に分析してんだって?
いえ、あたしだって感動してますよ。
毎度毎度言ってるでしょ。
あたしは他人との共感能力が低いんですって。
まあ、でも見ちゃったものは仕方ない。
ツェルヘルミアさんもあたしの視線には気付いてるだろうし。
「ツェルヘルミアさんも、ミシェルネさんとメリーさんの関係って知ってたんですか?」
すぐに口が開かないのは仕方ないよね。
ツェルヘルミアさんは一度鼻を啜ってからあたしの質問に付き合ってくれた。
「・・・グスッ、は、はい、失礼いたしました。
私は事前に聞かされていましたので・・・。
ただ、あの人形・・・あの女がミシェ姉にどんな態度を取るかは、ミシェ姉自身にも分からなかったそうです。
下手したら私と殺し合いする可能性もないとは言えなかったので・・・。」
え、ちょっと待って。
何がどうしてそんな物騒な状況まで想定してたの?
見てよ?
今あの二人、地べたに並んで女の子座りして、凄い仲良さそうに互いの手のひらを重ね合っている。
微笑ましいことこの上ない。
ここから血みどろの展開なんてあったら、あたしは両手を上げて逃げ出すぞ。
「・・・そう、あなたは聖女に認定されているのね、
さすがミカエラだわ。
思えばあの子は本当に小さな頃からみんなの人気者だった。」
メリーさん、おかあさんモード全開である。
世界樹の女神様のところでも少し露呈してたけど、これがメリーさんの中の人の素の姿なのだろうか。
邪龍相手のエクスキューショナーモードは別としても、
黒髪の女の子絡みとはエラい違いだよね。
まさしく別人と言ってもいいくらい。
子供産むとそれだけ性格変わるのかな。
「・・・うん、頑張ったよ。
別に聖女になんか、なろうなんて思っていなかったんだけどね、
わたししかやる人いないし、今のお父さんお母さんもそれ以外のこと考えられなかったみたいだし。」
そこで空気が一変した。
「・・・待って?
今のあなたのご両親・・・ちゃんとあなたの事を育てていたの?
さっきの口振りだと、まるであなたを酷い目に遭わせていたように聞こえるのだけど?
然るべき報いを与えるべき?
もしかしてそれが私の役目?
待ってて、
いま、死神の鎌ゲリュオンを・・・」
うわっ!?
あっちも話が物騒なことに!!
「あっ!
おかあさん、待って!
それは誤解!!
今のお父さんもお母さんも悪い人じゃないの!!
ただ小市民過ぎて・・・
わたしが聖女だって明らかになってから、わたしを自分の子供としてどう扱っていいのか、わからなくなっちゃっただけなの!!
おかあさんみたいに、わたしの身分や正体なんか気にしないで抱きしめてくれたら良かったんだけど・・・
会話もよそよそしいどころか、いつもわたしを崇めるような調子で・・・、
大事にはしてくれていたんだけど、もう、それって・・・
子供を見る目じゃなくなってるように思えて・・・。」
ああ、それは・・・
無理もないと思った。
もちろんみんながみんな同じ反応になるわけでもないだろうけど。
さっきの会議室でのやり取りだけ見ても、ミシェルネさんの神童ぶりは明らかだ。
ミシェルネさんは、下手したらご両親よりもしっかりしているんだろう。
ご両親がミシェルネさんに引け目を感じてしまったり、
普通の親としてミシェルネさんに接する事が出来なくなったとしても無理はない。
・・・そう、
忌々しいことに、あたしもその話を理解できてしまう。
扱いは正反対だけどね。
あたし達リーリトが伴侶を殺す風習を身につけたのは、
妖魔リーリトの正体を知った夫が、最愛の妻である筈の自分を見る目が変わってしまうのを恐れたから。
もちろんミシェルネさんのケースはそんな血生臭い話ではない。
外から見たのなら、凄い円満に、ご両親は自分の娘を聖女として送り出したのだろう。
ご近所さんやお偉いさん達にも祝福されたに違いない。
・・・けれど、
やっぱりミシェルネさんは12歳の小さな女の子なんだよね。
どんなに大人振ろうとしても。
どれほどの能力を備えていたにしても。
だから。
そんなミシェルネさんを救うために
「ツェルヘルミアさん。」
「は、はい、何でしょうか、麻衣様?」
まだこの人、涙ぐんでるな。
まあ、それはいいですけどね。
「ツェルヘルミアさんは、ミシェルネさんを守る為に・・・?」
守るために「どうしたんだ」とは聞かない。
大体あたしにも想像つく。
「は、はい、ふふ、なるほど、
ミシェ姉の言う通り、さすが闇の巫女なのですね。
ご推察のとおり、私はミシェ姉を守る為に『こちら』へやってきたのでしょう。
どうやら私へのご褒美も用意していただいたようでもありますし。」
ご褒美って何だろう。
さっきの兎獣人ファミリーのことだろうか?
それとリィナさんへの態度も気になる。
まさかツェルヘルミアさんて、リィナさんと何か・・・
あれ?
でもそうなると?
「ミシェルネさんがメリーさんの娘さんだとしたら・・・ツェルヘルミアさんは?」
「さあ、どうなのでしょう。
私には向こうの記憶がほとんどありませんので。
ですが初めてミシェ姉にお会いした時、とても、とても懐かしい何かを感じ取ったのです。
恐らく、とても、遠いところから私の事を・・・。」
やっぱり転生者なのか。
それはいいけど、なんかめちゃくちゃこんがらがっているような気がする?
多分、元の世界と言えども複数のパラレルワールドが関わってるせいだろう。
時系列すらよくわからない。
ううん?
実はもっと単純だったりして?
でもダメだ、あたしの知能指数では答えが出せない。
大人しく二人の話を聞いていよう。
ツェルヘルミアとミシェルネの関係、
ツェルヘルミアとリィナちゃん関係、
ツェルヘルミアとメリーさんの中の人との関係、
メリーさんの中の人とミシェルネとの関係、
皆さまご理解いただけるでしょうか・・・。