第五百五十一話 深淵の正体
<視点 ケイジ>
「聖女様!?」
向こうの司教も驚いてるじゃないか。
もちろんオレやカラドックや麻衣さんでさえも理解しきれない。
無理もない。
よりにもよって、あの邪龍を赤子のように扱っていたらしい遥か高みにある存在がヘタレだと?
オレ達の狼狽ぶりをフォローするつもりなのだろうか、聖女は安心してくださいとばかりにニッコリ微笑む。
「気にしなくて構いません。
え? その根拠ですか?
まあ・・・またわたしの能力のせいなんですけど、考えてみてください。
その深淵・・・ですか?
アレだけの力を持っている存在なんですよ?
その気になれば、この世界をいつでも破壊できそうな力でしたよね?
そんな存在が、わたしたちの前に姿を見せずにコソコソしてるだけなんですよ?
そんなのタダのヘタレと決めつけて何が悪いんですか?
少なくともわたしたちが生きてる間に、その深淵て人が悪さすることはないと思いますよ。」
あっけ・・・
え?
ヘタレって、あのヘタレだよな。
いや、
た、確かに深淵についてオレたちは以前話し合った。
カラドックは深淵の力の強大さに最大限の警戒心を持った。
麻衣さんは、会ったことはないにしても、深淵とは自らのルーツに繋がるらしいとの事で、深淵寄りの態度だった。
ていうか、呼び起こした張本人だしな。
そして、オレはどっちの味方もするつもりもないが、
メリーさんの未来の話を聞いて、深淵とは人間を利用しようとしてるかもしれないが、人間を救ってくれる存在ではないかと主張した。
正解はわからない。
けれど
聖女ははっきり言ったのだ。
気にする必要はない、と。
そしてヘタレとも。
「・・・ヘタレ、
あたし達の主さまがヘタレ・・・。」
麻衣さんの目が点になっている。
気のせいか、口から白い気体が漏れているように見える。
さすがにオレの気のせいだろう。
ただちょっと可哀想になるくらいだ。
一方、カラドックは納得出来ないとばかりに吠える。
「ま、待ってください!!
確かに今までも姿を隠し切っていたのなら、慎重な・・・いや、それこそ狡猾と表現すべきものであって、人間側も警戒し過ぎるという事はないと思います!
私もいたずらに皆さんの恐怖心を煽るつもりはありませんが」
「大丈夫です。」
断言したぞ、この聖女、
カラドックの抗議の発言を遮るように。
「だ、大丈夫って・・・そんな」
「いざとなったらお説教します。」
は?
「お、おせ、・・・お説教・・・?」
なんてことだ。
賢王の称号を得ているカラドックまでもが呆気に取られている。
「はい、言って聞かせます。」
え、いや、相手はこの世界をも破壊できるってさっき
「それでも聞かないようなら、カラダで分からせます。」
こ、これ、こいつ、この聖女、ほ、本気だ、
本気で言ってる・・・。
「あれ?
ケイジ様も納得できませんか?
ですが、先ほどわたしより強いはずのケイジ様だってわたしに怯えてましたよね?」
え
それって
そういう ことなの?
うわ!?
ちょっと待て!!
聖女ミシェルネ!
いつの間にか、また片足のサンダル外して、ぐるぐる革紐の部分、指で引っ掛けて投擲態勢じゃねーかよ!!
「確かにわたしはまだか弱い存在ですよ。
ケイジ様もその気になれば、わたしなど簡単に暗殺できますよね?
闇夜から弓矢を放たれれば、いくらわたしでも一切の抵抗も出来ずに死んじゃうでしょう。
残念なことに、わたしには危機察知系の能力はあんまりないんです。
勘はいい方だと思うんですけど、麻衣さんみたいな能力者に比べればほとんど役に立たないレベルでしょう。
そもそもわたしって死にやすい人生を歩む運命のようなんですよね。
だから邪龍なんかの闘いに巻き込まれたくなかった。
でもどんなに強くったって、根性なしのヘタレ相手なら、いくらでもマウント取れるんですよ。
特に相手のことに気を遣い過ぎて、怒られたらどうしよう、嫌われたらどうしようなんて、可愛いらしいこと考える相手には。」
え、そ、それ、
深淵の話なんだよな?
オレのことじゃないよね?
何それ?
可愛らしいこと考える相手?
邪龍をも手玉にとってたらしい裏ボス相手に・・・
実はそんなナイーブな相手だったの?
ていうか、早くサンダル履き直して!
ま、まさかこれが麻衣さんの言ってたどんでん返し、って奴なのか・・・。
麻衣さん、何か言って!
「え・・・、あ、この事、なのかな・・・?
いやでも、そんな・・・。」
ああああ、ホントに何か言ってくれてるけど、麻衣さんも何をどう理解していいのか、全く分からないようだ。
オレもなんか、・・・全部投げ出したくなってきたぞ。
聖女様が気にしなくていいって言ってるもんな。
そうとも。
オレの仕事はきっと終わったんだ。
もう、この件はこの後に何が起きてもスルーするからな!
<視点変更 世界樹洞窟の布袋どん>
「げぶうううううっ!?」
「きゃあああああああああっ!?
オデムーっ!?」
うわわっ!?
い、いきなりどうしたんだ!?
オデムが口から真っ赤な血を吐いた!
マスターもあまりの突然の事態に慌てふためいている。
あ、あれ?
オデムってスライムだから赤い血は流れてないはずだよね?
じゃあ口から吐き出してるの何?
い、いや、今はそれよりオデムの心配しないと!
「オ、オデム、い、いったいどうしたんだっ?」
オデムは口元や周辺に大量の赤い液体を撒き散らしてるけど、そこまで苦しんでるようにも見えないけども・・・。
「あ、あれ、わ、わからない。
なんかオデムの中の何かがダメージを受けた?」
オ、オデムの中の何かって何?
「オデム、大丈夫なのですか!?
あなたのLPが大幅に無くなってますよ!?」
LP?
マ、マスター、マスターは僕らのステータス全てを見れるけど、LPってなんだろう?
そ、そんな項目、ステータスウィンドウには載ってなかったと思うのだけど。
「オ、オデム、カラダは痛くないけど、な、なんだか心が痛い!?
あ、あ、わかんない、わかんない!!
怖い! 怖いよ! マスター!!」
ど、どうなってるんだ?
カラダは痛くないけど心が痛い?
「あ、あ、ど、どど、どうしましょう!?
オデムに状態異常がたくさんついていますっ!!
引きこもり、自信喪失、萎縮、甘ったれ、無気力、無責任、泣き虫、弱虫、意気地なし!?
何がどうなったらこんな状態異常になるんですかっ!」
ど、ど、どうしよう。
今のこの状況が1ミリも分からない。
マスターだってどうにも対処できそうにないんだ。
マスターを守護するだけの僕になんか何も出来ないよ。
は、早く会長帰ってきてくれないかな。
せっかく邪龍だかなんだかの脅威が片付いたのに、
こっちは慌ただしい話ばっかりな気がする。
僕らは人間社会の中では盗賊なんで、犯罪者扱いされてる筈だけど、会長は昨日も顔を隠してパーティーに参加してたらしい。
さぞ美味しいものを食べてたんだと思う。
ぼ、僕はまだしもオデムなんか最近酷い目にばかり遭ってるみたいなのに。
とりあえずオデムの命には別状ないみたいだから、
様子を見て後でマスターに進言しよう。
か、会長ばっかり美味しい目にあってずるいって!
???
「だ、大丈夫、オデムちゃんにはこれ以上、迷惑かけないようにするからっ。」
ミシェルネ
「そういうところが可愛らしいというか、ヘタレというか・・・。」
麻衣
「えええええ・・・」
そして、ケイジ視点はこれでしばらくありません。
次回から麻衣ちゃん視点です。
麻衣
「ま、まさかこれ以上恐ろしい話が・・・」
あったらどうします?