第五百五十話 追及の賢王とうっちゃる聖女
<視点 ケイジ>
「あたしの不安はまだ消えません。
むしろ、確信に近くなっている気がします。」
麻衣さんの表情はこわばったままだ。
今回の聖女イベント。
これだけのことが起きていて、まだ何かあるって言うのか。
「麻衣さん、オレとしてはいいことばかり起きてるような気がするんだが・・・。」
「あっ、そ、そうですね。
あたしもリィナさん達のことは良かったって思いますよ。
更にいうとやっぱり危険な事は何もないと思ってます。」
危険がないならそれに越した事ない筈だが。
「なら・・・?」
「もうこの先、何が起きても慌てず受け入れるしかないのかもしれませんね・・・。」
まるで麻衣さんは、この先に起きる事も予想し始めているということだろうか。
ていうか、これ以上まだ何かあるっていうのかよ。
「聖女様。」
今まで空気だったカラドックが口を開いた。
いや、正確に言うと、
空気というより空気に流されて号泣していただけだったが。
果たしてあいつのハンカチは乾く暇があるのだろうか。
まさかサイキックだか精霊術をハンカチの乾燥の為に使ってやしないだろうな?
それにしてもカラドックは、さっきのツェルヘルミアの奇妙な態度に何も思わなかったのだろうか?
・・・オレの方からそれを聞くのは不味いよな?
「はい、なんでしょう、カラドック様。」
「私としましても感動的なシーンを見させてもらいました。
お陰でまた一つ、気持ちをすっきりさせて元の世界へ帰れそうです。
それで、聖女様のご用件はこれで一通り終わったと言う事でよろしいのでしょうか?」
やっぱりカラドックは別の話をしたいようだ。
いったい何の話を?
「そうですね、このメンバーでのお話は取り敢えずお終いです。
ただこの後、丁度お昼時ですので、
ツェルちゃんやリィナちゃんと一緒に、仲良くお昼ご飯を作れればな、と思ってます。
その為にマルゴット女王に厨房付きの会議室をお借りしたのです。」
なんて微笑ましいイベントを考えていたんだ、聖女ミシェルネは。
それでリィナとその家族とのぎこちなさを埋めようということか。
その辺の気遣いはさすがだな。
それはいいが、
カラドックは何を聞くつもりだろうか。
「ううむ、素晴らしいとお考えだと思います。
それは素敵な時間を過ごせそうですね。
ではその前に、私の懸念を聞いていただけますでしょうか?」
カラドック!?
懸念、だと?
「はい、どうぞなんなりと。
わたしに答えられるものでしたら。」
「もうご存知でしょうが、私や麻衣さんは自分たちの世界に戻ります。
この世界にこの先、何が起きるとしても。
であるのならば、せめて正体不明の事案を解決もしないまま、元の世界に戻りたくないのです。
私にできる事があれば、この力が及ぶ限り、やれる事をやってから、自分の世界に帰りたいと思っているのです。」
カラドック・・・
お前ってヤツは・・・。
今度はオレがまた泣くぞ。
「カラドック様、ありがとうございます。
その慈愛と献身に満ちたお気持ちだけでわたしの心は暖かいもので満たされそうです。
ではあなた様の懸念、とはいったいなんでしょう。」
「深淵、と呼ばれる存在のことです。」
カラドック。
お、お前、それをまだ・・・。
いや、カラドックの懸念はもっともだ。
麻衣さんはもともとそっち側の存在なのでそれほど気にも留めてないのだろうが、
カラドックはあくまで天使側の人間。
そしてそれについて、無警戒でいられる筈もないということか。
「・・・深淵、ですか?」
聖女もよく分からないような顔をしているな。
流石に数日前に目覚めたばかりのものに関しての知識はないか。
「はい、邪龍はその存在のことをアビスとも呼んでいました。
私たちが邪龍を倒す直前、とてつもない魔力のうねりがこの星を覆い尽くしたと思われたのですが・・・。」
そこでミシェルネと司教が顔を見合わせる。
どうやら心当たりはあるようだ。
先に口を開いたのは司教の方か。
「カ、カラドック様、
そ、その件でしたら我らの教会でも把握しております。
や、やはりアレは邪龍とは別の存在によるものが発したというのですか!?」
麻衣さんが隣で縮こまっている。
もちろんカラドックが麻衣さんを困らせるような発言はしないだろう。
「ただし、私たちはその存在を目撃はしていません。
これは邪龍本人から聞いた話になるのですが、それは邪龍をまさに赤子のように弄び、何の痕跡も残さずどこかへ消え去ってしまったようなのです。」
「そ、それでは、その深淵とやらは、
邪龍よりも危険な存在だと?」
「邪龍より強大な力を持っているのは間違いないでしょう。
・・・それで金枝教側ではどんな見解を?」
司教は視線をオレたちから逸らしてしまった。
この場でオレたちに話して良いものか、判断に迷っているということか。
けれど聖女はそう考えはしなかったらしい。
「テリトルト様、そこまで慎重にならなくて良いと思いますよ。
・・・なるほど、深淵、アビスですか。
カラドック様、何の話なのか理解出来ました。
言い得て妙ですね、深淵とは・・・。」
「聖女様にも認識出来たというわけですね?」
「はい、金枝教の大聖堂には神の声を聴く巫女職が何人もいますし、あのレベルならわたしにも感知できますので。
ただ彼女達が受ける神託もバラバラで・・・
いえ、神々も混乱してるようでした。」
「聖女様、そ、それはっ。」
司教がミシェルネに責めるような視線を送っている。
司教はそこまでオレたちに情報を開示すべきだと思っていなかったらしいな。
「テリトルト様、
この方々は金枝教教徒ではないのですから、別に教会の体面など気にしなくてもいいでしょう?」
「そ、それはそうですが・・・。」
そこへ麻衣さんが口を挟む。
「あ、あの、お話の途中ごめんなさい、
この世界の神々・・・って、どんな人たちなんですか?」
ん?
そういや深く考えた事なかったな。
まあ、オレにはそんな関わりあるような気もしないし。
「ああ、麻衣さんの世界とは異なる概念かもしれませんね。
単にヒューマン、亜人の進化先の一つに過ぎませんよ。」
何だって!?
「聖女様! それこそ禁忌でございます!!
あなたの立場でそんな事を仰られては!!」
え、いや、今、すごい事聞いた気がするぞ。
アガサもタバサも驚いているようだ。
「ごめんなさい、教会のお仕事の場では気をつけますから。
というわけで皆さまもあまり広めないで下さいね?
稀に人が死ぬとレイスになったり、霊体化する事があるでしょう?
あれが更に負の方向に進化すると、悪霊、デーモン、悪神、
正の方向に進化すると精霊、ハイスピリット、神へと至るのです。」
「あ、この世界じゃ、そういうシステムなんだ。」
麻衣さんも納得したようだな。
オレも似たり寄ったりの感想だ。
確かそいつらがステータスウィンドウの称号つけてるとか、そんな説もあるよな。
ホントかどうか知らないが。
ただそうなると幾つかの疑問も湧いてくる。
ちなみに後で聞いたが、
別に霊体化するのはヒューマンじゃなくても、魔族でも妖魔でも可能らしいとのこと。
「何故金枝教側はそれをタブー視してるんだ?」
オレの質問に司教は俯いてため息をつく。
「・・・宗教上の理由もありますが、倫理的な観点からですかね、
霊体化というのはある意味不老不死です。
肉体がなくなるのだから死には違いない筈なのですが。
それでも多くの人達は死にたくないと願うものですよね?
そうなると、霊体化で死ぬ事が無くなると思い込んだ人たちは、こぞって霊体に進化しようとし始めるわけです。
けれどそんな美味い話なんてそうそうあるわけないんですよ。
仮に霊体化に成功したところで、大体は意志のないゴースト、レイスなどの忌まわしい存在に落ちぶれるだけです。
結局は人に仇為す魔物として討伐されるのがほとんどで、人間としての意識を保持できる上位存在になれるのなんて、それこそ奇跡的な確率でしか成れません。」
なるほど、そういうカラクリなのか。
「更に言うのであれば、我々金枝教は世界樹を根幹にした魂の循環を説いております。
それなのに、世界樹へ還ることを否定する霊体への進化は我々の教義に喧嘩売ってるとしか思えません。」
そりゃそうだよな。
「でもそこで神に進化しちゃえば、金枝教に崇められちゃうんですよね?」
何故かミシェルネが朗らかにツッコミを入れる。
楽しそうだな。
「・・・タブーです。」
「はい。」
お前ら、漫才でもやってるのか。
「なのであれば、深淵と、この世界の神々というのも、成り立ちも概念も全く異なる存在、ということになるのかな。」
そしてまさかと思ったがここでもスルースキルを駆使するカラドック。
「カラドック様、むしろ我々が教えて欲しいくらいです。
その深淵とは・・・あれだけの規模の魔力を持つ存在とはいったい如何なるものなのですか?」
司教の顔からは、嘘や誤魔化しはしていなさそうに見える。
まあ、実際そんなもの普通の人間に理解できるはずもないだろう。
「・・・いや、そうか、こっちもそれだけ詳しい訳じゃないし・・・
私たちの間でも意見が分かれているので。」
「それでも参考にさせていただきたく思います、どうか・・・。」
そう、こちら側も結論は出せていない。
つまりこのままこの話を続けると、下手をするとこの会談がずっと終わらなくなる可能性もあるぞ?
もちろん重要な話であることは理解しているのだが。
けれどオレの懸念は杞憂だった。
よりにもよって、その議論を叩き潰したのは、
人々の希望の存在であるべき聖女ミシェルネ。
「あのヘタレの事はほっといていいと思います。」
・・・へ?
い、今、聖女ミシェルネは何て・・・
なんて言った?
ヘタレ?
ヘタレってなに?
そして次回、
ミシェルネの口から飛び出す衝撃的な事実が。
うりぃ
「いやこれ、今度こそ物語の世界観崩壊せんか!?」