第五十五話 大弓術大会決勝戦開始
そう、他人の姿をコピーできる者がいれば、
昨夜のオレの暴行容疑も、別人のなりすましであると主張することができる。
「ケイジ、それこそ、そんなスキルがあるってのか?」
リィナの疑問はもっともだ。
「他人に成りすませるってことなら、
高度な変装技術ってことでもいいんだけどな?
オレの姿なんかはダークエルフ達は誰も知らなかったんだから、正確に似せる必要は全くない。
ただ、オレがビスタールにいるのは偶然なんだから、そんな簡単に狼獣人ぽく変装を用意できたのかどうかが疑問ではある。
問題はダークエルフの神殿長だよな、
少なくとも、しょっちゅう神殿長を見ている筈の見張りが、神殿長と区別ができない程の変装なんて、盗賊に出来るか?」
「そうなると何らかのスキルってこと?」
「コピースキルってのがあるかどうかは自信がないが、
高位の魔物には、変化と人化ってスキルがあるそうだ。
それとこっちは考えにくいが、同じ魔物でも擬態ってスキルもある。」
「擬態が考えにくいってのはどうして?」
「擬態スキルはどちらかというと下位の魔物寄りのスキルだ。
それもあくまで擬態なんで、本物そっくりに再現できるというものでもない。
当然、魔物自身の知能も高くない。
誰にも見られず、怪しまれずに犯行を何度も成功させているなら、それなりに知能は高いと思うぞ?
それより、魔物についてはオレも冒険者やっている以上、ある程度の知識はあるが、
ハイエルフやダークエルフの知識量の方が上だと思う。
あんたらの意見はどうだい?」
そこでオレはその場のエルフ達を見回した。
それぞれ目配せした後、最終的にノードス兵団長が口を開く。
「そうだな、
魔物の擬態については同じ見解だ。
だが、高位の魔物による人化はどうだろう?
変化についてもそうだが、
高位の魔物が姿を変えるのは、自らの個性に合わせて変身するのであって、
変身した先は常に同じ姿になる筈だ。
人化も同様だ。
それらは誰か別の人間の姿に似せる事が出来るわけではない。」
「そうか、
オレはそんな魔物に会ったことないからな、そこまで正確な知識は持ってなかった。
教えてくれてありがとう。」
タバサがオレを見てにっこり笑う。
「狼さん、礼儀正しいのが意外。」
失礼な! と言いたいが、
この女神官、昨夜もオレらのためにカラダ張ってくれたからな、
怒らねーよ。
「ケイジはこんな外見だから誤解されるけど、紳士なんだよ。」
リィナもフォローありがとう、
まあ、一応一時期、宮廷で暮らしていたしな。
ただ何となくこの話になると嫌な予感がする。
「もしかして狼さんはウサギさんにも紳士?」
アガサ、そのニヤニヤ笑い止めろ。
「ええええ、いえいえ、はい、その・・・紳士ですよっ!!」
ほら! リィナ、そこで狼狽えるんじゃない!
こっちはどんな反応すりゃいいんだ!?
結局、この打ち合わせでバブル三世とやらの正体までは掴めなかった。
まあ、実際現場を目撃したわけでもないので仕方ないと言えば仕方ないだろう。
ノードス兵団長は、いろいろ参考にはなったと言葉をかけてくれた。
立場上、オレの話を簡単に信じこむことはないだろうが、
それでも思考の幅が増えたことは間違いないということなのだろう。
なお、
宿屋周辺は引き続きノードス兵団長の部下が交代で調査を続けるそうだ。
それと、他にも何かトラブルがあるらしく、ハイエルフのタバサは自分の神殿に戻り、
更にノードス兵団長は、
昨日オレらに無礼な態度を取ったヒルゼン副隊長とやらを、
昨夜のうちに、緊急案件の報告があると魔法都市エルドラに帰還させたと言う。
さて、ダークエルフ絡みの話はここまでだ。
そしてオレは大弓術大会会場にと向かう。
『それでは皆様、お待たせしました!
これよりビスタール大弓術大会決勝戦を行います!
決勝に進んだ5名の出場者達の入場です、
皆様、拍手を以ってお出迎え下さい!!』
さすがに昨日より観衆が多いな。
溢れんばかりの拍手と歓声の渦だ。
まあ、今夜にはメインイベントのボンダンスが控えているそうだからな。
観光客も増えているのだろう。
ちなみにボンダンスというのは、
櫓みたいなものを建て、そこで太鼓を打ち鳴らしながら、みんなで輪になって踊るそうだ。
変わった風習があるんだな。
そしてオレらの登場だ。
エントリー順にゆっくり昨日のメンバーと共に観衆に晒される。
そんなに仲良くなった覚えはないが、
ダークエルフのベルナールを除く3人と微笑みを交わす。
『さて、これより決勝戦の内容をご説明いたします!
今回も皆様の度肝を抜く事間違いなし!
驚かないで下さいね?
今からこの会場が決勝競技フィールドと化します!
そこでは数多くのターゲットを配置しておりますが、選手達にはそのターゲットを我先にと打ち抜いていただきます。
制限時間内に多くのポイントをゲットした者が!
或いは全てのターゲットを打ち抜いて、その時最高ポイントだった者が優勝となります!
さあ、それでは皆様、
会場の椅子にしっかりと掴まっていることをお勧めします、行きますよ!?』
うん!?
何が始まるんだ?
昨日、ウィルバーやミストランから例年の決勝戦についての話は簡単に聞いていた。
もちろん、今年も同じ形式になるとは限らないとも言われていたのだが、
2人に視線を向けても今回に関しては彼らも初耳らしい。
いったい?
と思っていたら、司会のそばに見覚えのある大男を見かけた。
地面に引きずるような大きな袋を担いで・・・。
あ、ラプラス商会の職員じゃないか、
確か布袋とかいう名前の。
よく見ると、いつの間にかラプラス会長もいる。
なになに?
オレの高性能の耳は彼らの会話も拾えるからな。
「か、会長、いいんですか、
やっちゃって?」
「構いませんよ、
来年はまた別の手を考えましょう。
それより、魔法の範囲に気をつけて下さいね?」
「りょ、りょーかいです・・・。」
すると布袋という大男は、会場の真正面に向かって何やら呟き始めた。
これは魔法呪文か?
「は、母なる大地よ、い、偉大なる大地の王の名の下に、我が声に応えよ、アースクリエイトっ!!」
な、なんだ、この急激な魔力の高まりは!?
オレでもわかる程のエネルギーだぞ?
さすがにエルフ達が多く集まっているせいか、殆ど全ての会場にいる者達がその異変に気付いた!!
・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
そして魔力の高まりと前後する形で周辺の土地が揺れ始める、地震かっ!?
いや、さっきの魔法呪文だろう、
オレが何の対処も出来ないうちに、
あっという間に目の前の土地が隆起し始め、
気がついた時には、二、三百メートル四方の土地に、五、六十メートル程の高さを頂点とする一つの小山みたいな物が出来上がっていた。
「ああ!? 土系呪文?
レベル3のアースウォールのようだが、
これは、そんな規模の呪文じゃ・・・っ!?」
いつも笑いを絶やさないウィルバーが驚愕している。
今まで表情を崩したこともないダークエルフのベルナールまでもだ。
無理もない。
オレだってこんな巨大なアースウォールは初めて見た・・・
いや違う!
呪文の種類が違う。
土系呪文の適性を持つ魔術士は結構多いし、アースウォールは比較的覚えやすい呪文だ。
だからオレも他の冒険者の魔術士が、その呪文を唱えるところを聞く機会は何度かあった。
だが、先程の呪文は、
今まで一度として聞いたことのない文言だ。
土系ではないが、
マルゴット女王の精霊術に近いものかもしれない。
それとも全く未知の概念による魔法か?
あの布袋とかいう大男、
見た目のイメージを全て無視して、もしかして魔導士レベルの術者なのか?
しかも例の大きな袋を担いだままで・・・。
ていうか、ひょっとしたらあの大事そうな白い袋も何らかのマジックアイテムなのかもしれないな。
何でも世界に10個しかないと言われる伝説級のアイテムボックスというものがあるらしいし、
世界有数の有名商人であるラプラス商会が、そんな逸品を有していても不思議な事は何もない。
『さあ、皆さま!
お怪我をされた方はいらっしゃいませんでしょうか!?
もし、お怪我された方、ご気分のすぐれない方はお近くのスタッフに申し出てください!
大会専属のヒーラーを配置しております。
さて、ご説明いたしましょう!
いま、魔法アースウォールにて作り上げたフィールドの各所にターゲットが幾つも設置しております。
試合開始と共に、選手たちは、自由にフィールドに入っていただきます。
ご覧下さい、フィールドは様々な高低差のある舞台です。
遠距離からターゲットを狙うには不可能な状況も数多くございます。
ではどうやって他の選手より早く打ち抜くのか、知恵と技術の激突です!
禁止事項は他の選手に危害を加える事、これは妨害行為も含みます。
ただし、他の選手が放った矢を弓矢で撃ち落とすことのみオーケーです!
魔法など他の手段で妨害すると失格となります!
舞台の周りを感知スキルに長けたスタッフで固めてますのでご注意をお願いいたします!』
誰かが放った矢を後から撃ち落とすって?
そんな高度なマネ出来るのか!?
いや、やれる奴がいるかもしれないな、
またウィルバーがガハハと笑い始めたよ。
それ以上、口を開きはしなかったが、
だからこそ、何か意味があるのは間違いなさそうだ。
それと司会め、アースウォールと誤魔化したな?
あの布袋という大男は、確かにアースクリエイトという、別の呪文の名を口にしたぞ?
他人に知られたくないのか、
いや、そもそも司会も知らされていないと考えた方がいいのかもしれないな。
『それでは選手の方々は弓と、
そしてそれぞれ色塗りされた矢羽をお受け取り下さい。
矢は各自に20本! ターゲットはフィールドに30個ございます!
進行状況は常にこちらでアナウンスいたします。
おっと選手全員準備が出来たようですね、それでは参りましょう、
決勝戦スタートッ!!』
カラドック
「ボンダンス・・・ついに『リ』まで外れたか・・・。」
ケイジ
「よく知らないが、風習や行事そのものを呼ぶ時はリ・ボン、
踊り単体を呼ぶ時はボンと省略されるらしい。」
カラドック
「そ、そうなんだ。(どこかで聞いたことあるんだよなあ?)」