第五百四十九話 抱擁
<視点 ケイジ>
「うん、頑張ったね、ツェルちゃん、
じゃあ、お二人も呼んじゃおう?」
「は、はい、ミシェ姉、ありがとうございます・・・。
リンド、レオナ、もういいですわよ。
こちらへ・・・。」
お、
初めてツェルヘルミアがミシェ姉って呼ぶのを聞いたな。
そしてすぐにくしゃくしゃの顔したまま、
二人の兎獣人男女が向こうの部屋から現れた。
「「リィナ!!」」
オレたちへの挨拶もなしに、
二人はダッシュしてこっちに向かってくる。
まあ、そんなもん要らんけどな。
うん、兎の耳や鼻は当然としても、
それ以外のパーツもやはりどこかリィナに似ていると思う。
当のリィナはどうしていいか分からず、
とりあえず席を立ったはいいが、その反応は鈍い。
「ああ、ああ、リィナ!!
こんなに、こんなに大きくなって!!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!!
もっと早くあなたを迎えに行けたのに!!」
二人に揉みくちゃにされるリィナ。
顔は笑ってるけどかなりぎこちないな。
なるほど。
侯爵家でそれなりに安定した暮らしをしていたのなら、
自分たちの娘の消息を調べに行けたのかもしれないのに、ってことか。
だが・・・無理だよな。
侯爵家の情報網と権力をフルに使えばそれは可能だったかもしれないが、
それこそ奴隷身分の獣人の為に動く貴族がどこにいるというのか。
却って貴族の不興を買って追い出される可能性の方が高い。
結果的にではあるが、
この形で収まるのが一番良かったと言えるのではないだろうか。
微妙な表情してるのは、弟のリィド、
初めて出来た姉に、どう接していいかわからないんだろう。
確かにオレも、前世でカラドックを紹介された時は、どう対応していいか全く分からなかった。
一方、聖女ミシェルネは暖かい目でリィナを見詰めている。
そういうところは間違いなく聖女と呼ばれるに相応しい態度なんだろう。
その十分の一でもいいからオレに慈愛を向けてくれないものか。
意外なのは護衛騎士にして侯爵令嬢ツェルヘルミア。
今にも泣き出しそうなほど顔が歪んだままだ。
感動しているのか、
それとも自分の責任だと思い込んでいるのだろうか。
そこへ
「ツェルちゃん、行ってきなさい。」
「で、ですが私など・・・。」
「ずっと堪えてたんでしょう?
ほら、リィド君はちょっとツェルちゃんを放してあげてね。
・・・はーなーしーてーあーげーてーねー?」
ん?
これ以上、護衛騎士の出番なんか必要ないだろ?
謝罪する必要があったのかどうか分からないが、
彼女はちゃんと謝ったし、リィナも彼女のことを何も恨んでない。
ミシェルネに引っ張られて、弟兎のリィドは慌ててツェルヘルミアの太ももから手を放す。
最初は嫌がっていたようだったが、
聖女ミシェルネの脅迫・・・いや、お願いには逆らえなかったのだろう。
オレだって勝てそうにないんだ。
あんな子供が立ち向かえるとは思えない。
お、なんかリィドという子供、泣きそうになってないか?
そしてゆっくり、
まるで何かに怯えるようにツェルヘルミアはこちらに近づいてくる。
別にリィナは噛まないぞ。
「・・・リンド、レオナ、良かったですわね・・・。」
ツェルヘルミアから出たのは当たり障りのない言葉。
「は、はい!
こ、これも全てツェルヘルミア様のお陰です!!
まだ幼いあなた様が私たちを買ってくださらなかったら、きっと、きっとリィナにはもう二度と会えなかったでしょう!!」
ツェルヘルミアは、
優しそうな、そしてどことなく淋しそうな表情を見せる。
これだけ見ると凄いいい女に見えるのだけども。
やがてツェルヘルミアの視線はリィナにも。
「リィナ、さん・・・。」
「あ、あたしからも父さんと母さんがお世話になっちゃったみたいで・・・っ。
ほ、ホントにありがとうございますっ。」
まだパニくってるな、リィナ。
けど・・・なんかツェルヘルミアの様子が変だな。
「あ、あの、リィナさん。」
「は、はい、なんでしょう!!」
「わ、私もあなた方を、祝福したいのです。
リィナさん、あなたをここで抱擁させて、いただいても?」
抱擁?
そこまでするほどか?
いや、アガサやタバサみたいにリィナをモフモフしたいとか?
けど、ここはそんな空気じゃないはずだ。
「え、ええ?
そ、それは、あ、でも女同士だし、歳も近そうだし?
いいかな?
いや、でも貴族の女の人でこんな美人の人と?
いやあ、ケイジに羨ましがられちゃうなあ〜っ!?」
リィナが見たこともないノリになってる。
けど、
相手の女性は
何か、もっと切実な
まるでそれこそ生き別れの肉親に再会したかのような・・・
「ううっ!!」
その瞬間、リィナにも分かったろう。
ツェルヘルミアが真剣な表情で自分に抱きついてきたのを。
その両目からは再び大粒の涙が溢れ出している。
どういう事だ。
見ればツェルヘルミアの事を長年知ってるはずの兎獣人夫婦でさえとまどっている。
「え、とツェル、ヘルミア・・・様?」
「ご、ごめんなさい、
あ、あなたを見ていたらどうしても我慢できなくなって・・・
自分でも何故だか分からないのですっ。
い、いえ、私の記憶の中に、生まれたばかりの赤ちゃんの思い出があって・・・
どうしてもあなたとその子の記憶が被ってしまうのですっ。」
なんだと!?
まさかこのツェルヘルミアという女性は転生者なのか?
そう言えばマルゴット女王も、彼女には称号があるような事を言っていたな。
いや、まさか、ここで・・・
こんなタイミングで・・・
いや、そんな筈ないよな?
もしツェルヘルミアがリィナの・・・
リナの母親である陽向おばさんだとしても、
そんな赤子の姿だけ覚えてるなんてことはないだろうし・・・。
それに転生者なら、オレの世界の陽向おばさんと姿形が似てなくても仕方ないが、性格も何もかも違いすぎるだろ。
だが、オレはリィナの口から信じられない言葉を聞く。
「お、お父、さん・・・?」
はあっ?
その瞬間、ツェルヘルミアの顔が上がる。
「リ、リィナ、さん、いま、なんて・・・。」
「あ、ご、ごめんなさい!
よりにもよってツェルヘルミアさんみたいな綺麗な人に向かって!?
あ、あたし何言ってんだろうね!?
ダ、ダメだ、もうあたし、今日は何がなんだか分からなくなっちゃった!
ギブアップ!! もう降参〜!!」
しばらくツェルヘルミアは放心状態だった。
彼女も何も考えられなくなっていたのかもしれない。
やがて、やっと落ち着いたのか、
リィナから体を離したツェルヘルミアはゆっくりと口を開く。
「リ、リィナさん・・・。」
「あ、は、はい、な、なんでしょう!」
「取り乱してしまい、大変申し訳ありませんでした・・・。」
「い、いえいえ、全然!
こっちも訳わかんないこと言っちゃってたし!」
「ですがこれだけは・・・
私はあなたのことを大事に思っています・・・。
あなたの家族のこともです・・・。
何かあったらいつでも私のことを頼りにしてください。
あなたはこの世界で一人じゃありません。
私だけじゃありません。
この場へ私を導いてくださったミシェルネ様もあなたの事を気にかけてらっしゃいます。
どうか今日は、あなたに大勢の家族が出来たんだと思って・・・いただけないでしょうか・・・。」
「う、うひゃ、な、なんかくすぐったいような・・・でも、あ、ありがとうございます。
に、賑やかになっちゃったな・・・。」
感動の再会も一区切りついたようだ。
ツェルヘルミアも元の立ち位置に戻り、リィナの家族たちは名残惜しそうに後ろの控え室に戻ってゆく。
リィナは少し落ち着いたろうか。
「いやぁ、まさかあたしにもこんなご褒美があるなんてね・・・。」
リィナも少しずつ、家族というものの実感が湧いてきたのだろうか。
なんにしてもめでたいよな。
確かにリィナにとってはサプライズ的なプレゼントというところか。
聖女ミシェルネの顔は終始優しそうな柔らかい笑みのままだ。
・・・オレの時もそうであって欲しいのだけど。
ん?
麻衣さんは何か気になるところがあるのか?
少し神妙な顔をしているぞ?
お、オレと視線があったか。
「麻衣さん、まだ何か気になるか?」
さっきもどんでん返し的な何かが起きるかもと言ってたよな。
今回のリィナの家族との再会をどんでん返しと言っていいのかどうかは知らないが、これが麻衣さんの言っていたことなら・・・。
「いえ、
・・・あたしの不安はまだ消えません。」
なんだって。
まだ終わらん!!
次回はカラドックのターン!!