第五百四十六話 異なるレール
<視点 ケイジ>
「ケイジさん、すとおおおおおおおっぷ!!」
麻衣さんにオレの発言を止められた!?
あ、いや、この先のオレの発言は危険だということか!?
でもいま・・・オレが話そうとしたのは・・・オレの前世ですらない異なる世界の・・・
いや、麻衣さんはそれを話す事すら危険だと判断したってことか。
「ミシェルネさん!」
そして麻衣さんはオレを止めた勢いそのままに聖女ミシェルネに呼びかける。
「はい、麻衣さん、なんでしょう?」
「ミシェルネさんが恨みとか言っていたのは・・・
この世界とは別の・・・異世界の出来事ってことですか!?」
「・・・異世界・・・なのかはわかりません。
先ほども言いましたけど・・・わたしが分かることは酷く限定的なのです。」
「でもそれは・・・
ミシェルネさんが生まれてから今日までの話ではないということなんですよね?」
「はい、それは間違いないです。」
「なら・・・この世界のケイジさんに・・・罪はない筈です。
違いますか?」
麻衣さん
麻衣さんは・・・オレを庇ってくれるのか。
他人に深く関わるようなマネはするつもりなどないと常々言ってるくせに・・・
「・・・確かにそうですね・・・、でも。」
「でも?」
「でも麻衣さん、別の人の話じゃないんです。
世界が異なっていても因縁はついてまわるものです。
たとえそれが別の異なる世界の過去の話でも・・・
レールが敷かれたように同じ運命をたどる可能性は高いのです。
なら・・・この世界でも、
彼がわたしに対し、酷いことをしないとは誰にも言えないでしょう?」
それは
紛れもなくオレ自身が懸念していることだ。
もし、
前世での愚かな行為をこの世界でも繰り返してしまうのならば
「それなんですけど、
既にレールは異なっています。」
え?
「え?」
「ここから先は、あたしの『闇の巫女』の称号を思いっきり利用させてもらいますね。
ミシェルネさん、
たぶん、あたしが巫女として得た情報は、
きっとミシェルネさんの『それ』とは被らないんだと思います。
そこであたしが勝手に判断するに、
もしケイジさんがあたし達の知る世界とは別の世界にも存在して、そこでなにかとんでもない過ちを犯したんだとしても・・・
それはケイジさんが悪だからじゃありません。
守るべきものを失って・・・
守りたいものが何にもなくなって・・・
正しい道を歩く意味も無くなってしまったから。
それで道を踏み外しただけです・・・!
この世界のケイジさんは違います。
ケイジさんの隣にはリィナさんもいます。
もう少ししたら帰っちゃうけども、ケイジさんはカラドックさんの信用を絶対に裏切りません!!
これまで一緒に戦ってきたタバサさんもアガサさんもいます!!
そしてケイジさんにはマルゴット女王やその子供たちという帰る場所まであります!!
それらを失わない限り、ケイジさんがこの世界で道を踏み外すことはありません!!」
うっ
・・・ヤバい。
またオレの視界がにじんできた・・・。
オレはいつからそんな涙もろくなった・・・。
これ、感知能力のある麻衣さんや、
聴力嗅覚に優れたリィナには全部バレてんだろうな。
「・・・麻衣さんは・・・彼の・・・ケイジ様の称号をご覧になられてないのですか?」
あ、おい、それは。
「残念な事にあたしには視えないんですよ。
それにその称号が不名誉なものだとしても、
あたしにそれを告発する権利も義務もありません。
そしてあたしはこの目で視たものだけを自分で判断します。」
「なるほど・・・。」
聖女はしばらく考え込んでいるようだ。
麻衣さんの言葉を噛み締めているのだろうか。
とりあえずオレの称号をここでバラさないでくれるのなら助かるんだがな。
そして、麻衣さんの意見に対して、
なんらかの答えを得たのか、聖女ミシェルネは口を開く。
「ケイジ様・・・。」
「な・・・なんだ。」
バラすなよ、バラさないでくれよ・・・。
「これまでのわたしの態度、
大変失礼をいたしました・・・。
この通り謝罪します。
お許しいただけますでしょうか・・・。」
おお!
さっきの仕方なく謝ったような形だけのものじゃない!
今度は神妙に頭を下げてるぞ!
「え・・・あ、いや、
い、いいんだ。
恐らくオレはその・・・キミをどこかで・・・。」
「あら、ふふふ、やはり自覚があるんです?」
「え? いいや、そんなことはっ!?」
ちくしょう、今の謝罪もフェイクか!?
「いえ、いいんですよ?
確かに麻衣さんの言ってることももっともです。
ただ・・・覚えていてください。」
「は、はい、何を!?」
「たとえ理屈で納得したところで、実際に被害を受けた人間の心は、そう簡単に変わるものではないということに。」
う。
「一人のうら若き女性の未来も幸福も奪っておきながら、のうのうと新しい人生を送っている者を、いったい誰が何もなかった事のように笑って許せるというのでしょうか?
そう思いません? ケイジ様?」
そ、それは・・・。
「ああ、なんてことでしょう、
この12歳の幼い心に、やり場のない怒りと憎しみが渦を巻いて、ぐつぐつ煮えたぎったマグマが今にも噴火しそうです・・・。
これ・・・いったいどうしたらいいんでしょうねぇ?」
え?
それ、なに?
演技なの?
聖女がまるで、純真な男の子を揶揄うような意地悪い笑みを浮かべているぞ!?
「ああ、いいことを思いつきました。」
なにをだ?
何か思いっきりやな予感しかしない。
「麻衣さんの言葉が正しいかどうか、
ケイジ様、あなたが道を踏み外さないかどうか、
これからも定期的にお会いすることにいたしましょう。
いかがですか?」
「そ、それは構わないが・・・。」
「そしてもう一つ。」
「ま、まだ何か・・・。」
「その時で結構です、
わたしに返してもらいたいものがあります。」
!?
「な、何の話だ!?
さっきも言ったようにオレは君と会ったことはない!
そしてもしここと異なる世界の話だとしても、それこそそんなものを持ってこの世界に生まれてこれるはずも!?」
多分隣で、麻衣さんとリィナがハラハラドキドキしている事だろう。
オレが転生者だと自覚している事がバレる事に対して。
もっとも、
こことは違う世界に、もう一人のオレがいると言う話は別に認めても構わない筈だ。
要はカラドックに、オレが惠介だと、
そしてオレにその惠介の記憶があるとバレなければいいだけの話。
その秘密だけは必ず守り通す。
最悪、オレが惠介だと判明するまでは許容範囲なのだが、
そうなるとそこから先、オレに過去の記憶がないと知らない振りをし続けること自体が難しい。
無理だ。
絶対にバレる自信がある。
一方、聖女ミシェルネの話は何が飛び出してくるかわからない。
こっちも全く油断できないんだよな。
だいたい、その返してもらいたいものなんてのも見当がつかない。
「いいえ、持っている筈ですよ。
本来ならわたし達が受け継ぐべきものなのに、
どこかのお馬鹿さんが、よりにもよってあなたに教えてしまった大事なものが・・・。
ただ、今現在思いつかないなら、この場で追及しないことにしましょう。
追及しないのは・・・この場でわたしがあなたに贈る慈悲の一つだと思ってください。
あなたのために、聖女であるわたしに立ち向かった麻衣さんに免じてね?」
あ・・・
その言葉にオレは麻衣さんへ顔を向けた。
麻衣さんは恥ずかしそうにしているが、ミシェルネの言う通りだ・・・。
そして・・・
そうか、麻衣さんの言う通りでもあるのだろう。
オレは前世で道を踏み外してしまった。
リナを・・・守るべきものを失って・・・。
本当に・・・オレは何度麻衣さんに助けられているんだ・・・。
「それと麻衣さん。」
「あ、ああああ、はい、ごめんなさい、生意気なこと言っちゃって!!」
「うふふ、何を言うんですか。
わたしは麻衣さんよりずっと年下ですよ?
それより謝らないでください。
麻衣さんのおかげでわたしも視野が広がりました。」
「そ、そうなの!?」
「ええ、ケイジ様が・・・今こうしてリィナちゃんの傍にいるのも、
・・・色々意味があるのかなと・・・。
それに・・・ケイジ様には恨みを晴らすより、他のことで報いてもらうという選択肢があることに気づかされましたから。」
ちょ、何気に怖い事ばかり言ってないか!?
「そ、それは何より?」
麻衣さんも聖女には逆らわないと判断したようだ。
「ふふふ、本当に予想以上、期待以上の出会いです。
麻衣さん達が元の世界に戻る前にここへ来れて本当に良かった・・・。」
そ、それはオレにとって、良かったと言えるのだろうか・・・。
ここでオレは改めて
マルゴット女王の言葉の真の意味が分かったのだ。
聖女ミシェルネを敵に回してはいけない。
そう、絶対に。
なのに、いったいオレはどの世界で何をやらかしたんだ・・・。
いよいよ次回から、リィナちゃんのお話です。
なお、100%いいお話にはなりません。
それが明らかになるのは少し先ですが。
麻衣
「あ、あれ?
もしかしてあたし、聖女さまに討論で勝った!?」
ケイジ
「スゴいぞ、麻衣さん!」
ミシェルネ
「ふふふ、・・・計画通り。」
なお、ミシェルネが返してもらいたいものとは、
既に過去のどこかでケイジが使っています。
この後どこまで明らかにするかはお悩み中です。