第五百四十四話 一休み
暑い・・・
<視点 ケイジ>
「皆様方がいい人たちだと知れて本当に良かったです。
無理を言ってここまで来た甲斐が有りました。」
年相応の笑顔を見せる聖女ミシェルネ。
しかし相変わらず、言葉遣いやこちらへの配慮とも取れる言い回しが子供のものではない。
話が途切れたタイミングを見計らったかのように、会場係がオレたちに用意された紅茶を入れ替えてくれる。
「聖女様、一度休憩を入れましょうか。」
向こうの司教も話を区切るのに丁度いいと思ったのだろう。
途端に部屋の空気が柔らかくなる。
「あ、ええ、わたしの方はそれでも構いませんが・・・。」
オレたちもそれでいいと思う。
互いにアイコンタクトを飛ばしてカラドックが賛同する。
「ではちょっと失礼させていただいて・・・
ツェルちゃん、一緒に行きましょ?」
恐らくトイレだろう。
護衛騎士とミシェルネは・・・
あれ?
な、仲良く手を繋いで部屋から出ていったぞ?
微笑ましい光景だとは思うのだが・・・
聖女と護衛騎士の関係とも思えないな。
金枝教の司教は一人取り残されて、真新しい紅茶を口に含んでいる。
これ・・・逆に今、色々聞けるチャンスじゃなかろうか。
「あ、あの、司教様、いまよろしいですか?」
「ああ、ええ、もちろん何なりと。」
「実は恥ずかしながら色々びっくりして何が何だかというのもあるのですが・・・。」
「はは、凄いでしょう。
あれで12歳なんですからな。
皆さん、驚かれますよ。」
そこへカラドックが身を乗り出す。
「聖女様には未来予知のような能力でもあるのですか?」
色々聞きたいと思ったのはカラドックも同じのようだ。
オレが質問するよりも先に、カラドックに訊かれてしまった。
それになるほど、さっきの話ではそれに類するスキルでもないと説明出来ないと思うのだが。
「いえ、私たちも聖女様の能力を全て把握出来ているわけではありません。
聖女様ご本人も、よくわかっていなさそうなのもありますが、少なくとも予知や預言のような能力ではないそうです。
結局のところ、詳細は誰にも分かり得ないのかと。」
そしてリィナも聞きたいことがあるのかな。
「あ、あの二人って前からあんな感じなんですか?」
それにリィナに至っては、あの二人から異様に熱い視線で見られていたしな。
「ツェルヘルミア殿が聖女様のお付きになったのはつい最近ですね。
ツェルヘルミア殿に関しても聖女様が探し出し、今回と同じようにかなり強引な形で召し抱えたようです。
ただ二人とも会ってすぐに意気投合されたと聞いてますよ。
お二人とも金枝教本部に知り合いや頼れるものなどいなかったようですからね。
女性同士、お互い頼り合ってる感じですな。」
「ツェルヘルミアさんて侯爵令嬢なんですよね?
それにすっごい美人だし。
そんな方が聖女様の護衛騎士になっちゃったんですか?」
「・・・。」
あれ、なんだ?
司教が黙っちゃったか?
いや、なにか含んでいそうな・・・
司教が口籠ったのはほんの数秒だったろうか。
「・・・いえ、信じられないかも知れませんが、
ツェルヘルミア殿は恐ろしく強いですよ。
私も冒険者様方の強さがどんなものか知りませんが、恐らくAランクに相当する実力をお持ちのはずです。
金枝教本部の神殿騎士で彼女に勝てる者はおりませんでした・・・。」
「えええ!?
そんな強いの、あの人!」
それは凄いことを聞いたな。
まあ、いくらなんでも勇者であるリィナほどではあるまい。
そろそろオレも聞きたいことを聞いていいだろうか。
「あ、あの、すいません、
なんか聖女様にオレ何か嫌われています?
最初は獣人差別主義者なのかと思ったんですが。」
ん?
オレの丁寧口調が気になるか?
さっきの聖女の攻撃で気弱になってるわけじゃないぞ?
普通に、お坊さんや神父さんには丁寧な口調をしてしまうだけだからな?
え、なんだって?
ハイエルフの神殿では違っただと?
悪いな。
そんな昔の話は覚えていないんだ。
一方、本題の話だが、
それは有り得ないと司教は首を振る。
「聖女様は相手の身分や種族で差別をなさるような方ではありませんし、
何よりもそのようなことを嫌う方です。
その心配はご不要かと。」
そ、そうだよな。
さすが聖女。
「な、なら、なんで・・・。」
「申し訳ありません。
私も先程の聖女様にはかなりびっくりしました。
事前にそんな話もありませんでしたので。
ケイジ様は初めて聖女様にお会いになられたんですよね?」
「そうですよ!
いくらなんでもあんまりです。
そりゃ、この顔が怖いと言われる覚悟くらいはしてましたけど。」
だいたい、親しげに名前を呼んだくらいで、いきなり人の顔面に向かってサンダル投げつける聖女がどこにいる。
「ということは・・・
ううーん、聖女様の神眼で何か視えたのでしょうか・・・。」
ぐ。
実を言うとそれが一番怖い。
「聖女様も先程言っておられましたが、
あの方は、何か他人には説明しづらい感覚で色々理解してしまうそうです。
それでケイジ様をご覧になって何かを察したとしか言えないんですよ。
この事は直接聞いてみられるしかないような気もします。」
でもだとすると。
「後ろの護衛騎士にも睨まれてましたよ、オレ?」
「そうなのですか?
それは私も気づきませんでした。
あ、でも、それはもしかして・・・。」
む?
そっちの方は司教に心当たりがあるのだろうか。
司教はオレとリィナを交互に見比べながら口籠った。
「たぶんですが次の議題になると思います。
それではっきりするでしょう。」
「え? 次の?」
「はい、恐らくは・・・
あ、戻ってこられたようです。」
二人とも戻ってきたのでオレは司教との会話をやめた。
ふと隣を見ると麻衣さんが何か考え込んでいる。
麻衣さんも聖女たちの、オレを見る目がおかしいことを案じてくれているのだろうか。
「あ、いえ、さっきっから、
なんかとんでもない事実に気づきそうなんですけど、それがなんなのか今ひとつ掴めないんですよね。」
オレのことじゃなかった。
悲しい。
「とんでもないこと?」
「前々から言ってる通り、危険なことは何もないんですよ。
ただ・・・今までの何もかもがひっくり返されそうなそんな感覚が。」
なんだ、それ。
今までの何もかもがひっくり返るだと。
麻衣さんやカラドックたちが元の世界へ戻ろうとするこの直前にか。
それは確かに恐ろしいものを感じるが・・・
オレじゃそれがなんなのかさっぱりわからないよな。
ていうか、オレの身に危険はないのか・・・。
さて、聖女は次になんの話を持ち出してくるのやら・・・。
「あ、あとケイジさん。」
ん?
麻衣さんが思い出したようにオレの顔を覗く。
そして更に、既に着席している聖女に聞こえないような小さな声だ。
「どうした、麻衣さん。」
「さっきの司教様のお話じゃないですけど、ケイジさんは注意して下さい。
ミシェルネさんたちからは、終始憎しみのような感情を感じましたよ?」
はいっ!?
「そ、それ、やっぱりオレ宛、しかもオレだけなんだよな?」
「それは間違いないかと・・・。
二人ともあたしの目でステータスなんかも視通せないようなので、それ以上分かりませんけども・・・。」
いったいオレが何したってんだ。
もし、仮に、
オレの隠し称号が視えていたとしても、
軽蔑されることはあっても、憎まれることなどないはずだ。
オレが憎まれるとしたら、
聖女ミシェルネ本人か、その関係者に酷いことをしたとかなんだろうが、
オレは聖教国ネミアには行ったことすらない。
何かの誤解から生じたとばっちりだと思いたいのだが。