第五百二十五話 葛藤
<視点 ケイジ>
麻衣さんのカラダが固まった。
彼女は既に異世界転移のご褒美・・・
すなわちこの世界で身につけたスキルや術法を、元の世界でも使えるようになるという特典を提示された。
彼女が大騒ぎしたんでオレも心配して首を突っ込ませてもらったが、元の世界であれだけのスキルを自由自在に操ったら、
それこそ母さんたちの時代に活躍した四人の使徒並みの存在になると言っていいだろう。
仮にカラドックが王として彼女を取り込んだとしたら、もうあの国を脅かせるものなどどこにも存在しまい。
まあ、麻衣さんとカラドックは同じ世界の人間ではないということらしいので、二人は別々の世界に帰るだけだ。
残念ながらというべきか、そんな仮定は起こらない。
けれど、
麻衣さんへのご褒美は選択肢付き。
もう一つのプレゼントとどちらかを選べるものであると。
普通に考えれば、
それらは互いに見合うべき価値あるものだろう。
では、彼女のチートなスキル群と見合うものは何かと単純にオレが思うも、
麻衣さんがショックを受けている様子はオレでも分かる。
「麻衣さん、どうした?
いったい何を提示されたんだ?」
麻衣さんやカラドックに示されたメッセージとやらは本人達にしか視えない。
だからいくらオレの視力が優れていようとどうにもならないのだ。
「あ、え、と、その・・・
召喚術の範疇になるんですかね、
で、でもこれは、あたしが逢いたい人を別の世界から一時的に呼び出す事ができ・・・
あ、い、いえ!!
何でもないです!!
聞かなかったことにして下さい!!」
明らかに麻衣さんの様子がおかしい。
さっきのスキルや術法をプレゼントされるって判明した時よりも明らかに動揺している。
「麻衣さんが逢いたい人を一時的に別世界から呼び出す?
それだけ?
たった?
何かリスクでもあるのか?
ていうか、そんなもん、スキルや術法貰った方が得じゃないのか?」
「そっ、そうですよね、
と、とっとと、宝石フォルダ選んじゃった方が、い、いいですかね?」
麻衣さん、演技下手だよな・・・。
リィナの異常聴覚なんかなくったって、無理してるのモロバレしてるぞ?
いったい麻衣さんはどうしてそんなに・・・
いっぎゃあああああああああああああああああっ!?
リィナに股間蹴り上げられたあああああああっ!?
「おっ、お、お、ま、え、それ、
よ、よめ、いり、まえ、の、お、ん、な、が、
やっ、て、い、い、もん、じゃ、ない、だ、ろ・・・っ!」
ぐおおおおおおおおおっ!
い、いた苦しい、い、
声がまともに出ねー・・・
ぐわあ、な、何でオレがこんな目に・・・
「もうホントにバカかよ、ケイジ!!
麻衣ちゃん、あたしや・・・特にお前に気を遣ってんのに気付けよっ!!」
え
リィナや
特にオレに
え、
なんで
「あ、あは、あはは、リィナさん、そんな気にしないでいてくれても・・・」
「そんなわけにいかないよっ!!
麻衣ちゃん、あたし達に気を遣う必要なんてないから!!
お母さんに逢いたいのならこの機会絶対に逃しちゃダメだよっ!!」
えっ、
お母さん・・・て
麻衣さんの母親は、
オレと同じく死んだって
あ、ま、まさか・・・!?
「ま、麻衣、さん、
ま、まさか、別世界からって・・・
そんな、事が?
う、嘘だろ?
自分の世界で既に死んだ人間を、他の世界から呼び出すって、そ、そういうこと、なのかっ!?」
麻衣さんはオレの方に視線を向けようとしない。
ただ俯いて必死に何かを考えているようだ。
確かに一度死んだ人間はどんな事をしても帰って来ない。
ゾンビやアンデッド化するのは例外なんだろうが、それはもう人とは言えない。
第一、肉体も灰になったり、土に還ってしまったならば、たとえ神だろうと天使だろうと絶対にどうにもならないのだ。
けれど別の世界でその人間が生きているならば!?
あ、な、なら・・・
オレも・・・
母さんは流石に無理だとしても、
おふくろには!?
「麻衣さん、済まないが一つだけ確認したい。」
黙って成り行きを見ていた筈のカラドックがオレ達の間に割って入る。
「は、はい、何でしょう、カラドックさん・・・。」
「その、麻衣さんへの選択肢付きご褒美・・・
麻衣さんがもう一度逢いたい人を選んだ場合、というべきなのか、そこから理解が追いつかないのだけど、
それは・・・麻衣さんの知らない人は呼ぶ事は出来ない、
という事でいいのかな?」
あ?
カラドックは何を言い出した?
何でそんな事を・・・あ。
「そ、そうでしょうね?
こないだのうりぃちゃん達みたいに、アイテムに紐付けされた召喚術なら話は別ですけど、
そもそも召喚で特定のモノを呼び出すなんて、あたしが既知のモノじゃないと無理、です・・・よ。」
麻衣さんがオレのおふくろに会ったことなんかないもんな。
カラドックもオレにスッパリ諦めさせる為に・・・
麻衣さん、後ろめたそうだよな・・・。
そのセリフは事実なのだろうけど、
オレの前ではっきりと言い切るのは勇気がいったろうに・・・。
「ケイジ、君には残念なのだろうけど・・・」
カラドックにも残酷な質問させちまったな。
「い、いや、みんな済まない。
特に麻衣さん、気を遣わせちまって・・・。
オレのことは気にしなくていい。
何の遠慮も要らない。
麻衣さんがお母さんに逢いたいなら是非逢うべきだ。
むしろオレはそれを祝福したい・・・。
させてくれ・・・。」
「ご、ごめんなさい、
で、でもまだそっちを選ぶって決めれなくて、
だ、だって別世界ってことは、
そ、それ、ホントに、あたしのママって言えるのかなって・・・。」
あ、ああ、そうか、
さっきメリーさんも言ってたが、
この世界の黒髪の女の子と、メリーさんが気にかけていた元の世界の女の子は、魂が同一だとしてもあくまでも別人格ってことだもんな。
下手したら自分のことも知らないって言われる可能性すらある。
オレが麻衣さんの立場でも迷うな、それは。
ん?
待てよ?
術者の既知の人間しか呼べない?
そう言えば、麻衣さんて、
向こうの世界の、
オレを産む前の母さんを夢で視たことあるって言ってたよな?
「ご、ごめん、麻衣さん、
前に夢でさ・・・っ?」
ぎゃばあああああああああああああああああああああああああああっ!!
麻衣さんがオレの足踏んでリィナにシッポ引き千切られああああぎゃあああああああああっ!?
「リィナちゃん、麻衣さん!?」
うあああっ、よ、良かった、シッポまだあるっ!!
千切れてないっ!!
でもホラ、カラドックも理解できずに戸惑いの声を上げる。
オレ、今、まだ、ほとんど何も言ってないのに・・・
「(ケイジさん、今ヤバいこと言おうとしてませんでした!?)」
「(ケイジ、お前、ホントバカ!!
邪龍倒して油断しまくりだろ!!
隠し通すつもりなら最後まで隠しきれよ!!)」
あ、そ、そうだ、
カラドックにはオレが転生者とバラしてはならないんだ。
この場でオレが母さんの事を口走るわけには行かない・・・。
「(それに、ケイジさん、今の自分の姿思い出して下さいよ!?
初対面の女性に自分のこと何て説明するつもりですか!!)」
そ、そうだよな。
特に母さんの世界には獣人なんていない。
オレの姿を間近で見ただけで気絶するかもしれないもんな・・・。
それはそれでオレのLPに致命的なダメージを受ける可能性が高い。
くそ・・・なんでオレは余計なこと思いつくんだよ、
そんなとこに気を回さなければ、こんな目に遭うこともなかったのに・・・。
あ、タバサさん、すいません、
ヒールよろしくお願いします・・・。
股間の方もいっしょに・・・。
まだエンディング編は始まってませんよ。
それぞれどんなラストにするかまだぼんやりとしか考えてないんですけど。