第五百二十三話 ミッション終了
ちょっと長めです。
ようやく邪龍戦終わりました。
<視点 カラドック>
ふう、トリは私に任せてくれるということかな。
メリーさんが再び邪龍のカラダの中に隠れてしまい、その一部始終をこの目で確認することは叶わなかったけれど、
邪龍の最後の悶絶による巨体のうねり、
鼓膜が破れるのではないかというけたたましい悲鳴、
何よりもSAN値がゴリゴリ削られるような叫び声を聞かされて、
もはや何の心配も要らないであろうことは・・・
いや、こっちの精神が正常に保てるかどうかだけ心配すればいいか、
タバサにプロテクションマインド、アガサにはエアスクリーンをお願いしよう。
恐らくメリーさんが邪石を破壊したのであろうその瞬間、邪龍のカラダが激しく蠕動したかと思うと、
やがて、その動きも、
途中から斬り落とされて最初の3割程度の長さしかなくなってしまった触手達も・・・
どんどん生気を失ったような動きとなり、
やがて完全に、
邪龍のカラダは停止した。
・・・終わったのか。
誰も動かない。
誰も声を出さない。
誰かが一人でも動きはじめれば、
連鎖反応的にみんな大騒ぎするんだろうけども、
ここは待つだけでいい。
みんなそれを分かっている。
そして・・・
「レベルアップしました。」
来た!
その瞬間、
その場にいた全員が勝鬨の声をあげる。
ケイジも、
リィナちゃんも。
ダブルエルフのお二人は互いにハイタッチ。
ヨルさん、
さり気なく私のカラダに擦り寄ってきたな、
・・・まあ、今はいいけどね。
後ろではダン率いる冒険者パーティーのみんなも大騒ぎしているな。
唯一のクールキャラだったオスカという結界師も顔を綻ばせている。
魔王ミュラは余裕だな。
表情を崩しもしない。
私たちを信じてくれていたということだろうか。
竜人ゾルケトフはドラゴン達の先頭に立って誇らしそうに槍を掲げている。
・・・意外だったのは、麻衣さんが静かだったことだ。
もちろんほっと嬉しそうにしているのは間違いないのだけれども。
そう言えばさっきケイジと物騒な会話していたっけ。
「麻衣さん、この後が心配かい?」
麻衣さんと私の間に、
現状認識でどこまで差があるのだろうか。
もちろん、さっき目覚めた深淵なる存在について。
麻衣さんは答えを出す前に私の顔をじっと見る。
ほんの数秒だけ。
「いえ、
あー、まぁこの後なんかあるのは間違いないと思います。
さっきケイジさんに言ったとおり。
でも後は皆さんそれぞれの物語を始めるだけだと思いますよ。
まあ、あたしも最後の最後までこき使われる覚悟はしてますけど。」
なるほど。
「それにしても思ったほどレベルアップアナウンスが少なかったな。」
ようやくケイジも落ち着いてきたようだ。
そして、確かに私もそれは同じ感想だ。
まぁその理由は容易に想像がつく。
「ああ、それは邪龍を倒した経験値が、ミュラ率いるドラゴン軍団にも流れてしまったのかもしれないね。
あと美味しいところ持っていったのはメリーさんだし。」
「まあ、それくらいで文句は言わないさ。
何しろここにいる連中、全員無事なんだろ?
最高のエンディングだぜ。」
確かにね。
誰も犠牲を出したくないというケイジの願いは果たされた。
今回の邪龍の復活は、
人間の住まう地域には何の被害も与えなかったので、この戦闘以外での犠牲も・・・
いや、そこまでは喜べないな。
確かに邪龍自身はベアトリチェしか殺してないが、
奴が起こした邪気の影響で、各地でスタンピードの被害が生じている。
そうだな、
この後スタンピードが落ち着いたのかどうかだけ心配するべきだね。
「ふう・・・。」
それでも私も気が抜けたのか、どっと疲れが出てきたようだ。
麻衣さんが巾着袋からみんなに飲み物を出してくれた。
一息つきながらリィナちゃんが思い出したかのように顔を上げる。
「そういや、メリーさんは?」
「もう出てきますよ。
・・・何かを探してるような雰囲気ですね。」
ん?
探してるとは何をだろうか。
麻衣さんに詳しく聞こうと思ったら、そのメリーさんが這い上がるように邪龍のカラダから出てきた。
あ、もうメリーさんのカラダには、負のエネルギーは残っていないということか。
なら自分のカラダを引き上げるのも一苦労なのだろう。
「あ!
なら先に召喚解きますよ!!」
まるで「忘れてたー!」とばかりに麻衣さんが帰還術を起動。
すぐにメリーさんは七色の光に包まれて消えていった。
・・・でもね。
「はい、お待たせしましたー!
メリーさん登場です!!」
何も不都合はなかったかのように麻衣さんが、巾着袋の中からメリーさんを引っ張りだす。
相変わらず、巾着袋の間口より大きいものが出入りする様子はとてもシュールだ。
うん、邪龍の血だか体液だかでメリーさんのカラダは酷いことになっていた。
私の精霊術とアガサの水魔法、風魔法で、ウォッシュアンドドライ。
「ありがとう、さっぱりしたわ。」
「さっぱりしたってのは・・・。」
すかさず麻衣さんが探りをいれる。
もちろんその意味はメリーさんも分かっているのだろう。
「ええ、いろんな意味でね・・・。」
メリーさんの事情は「ある程度」聞いている。
彼女が元の世界で行なってきたことも。
この世界で生まれてくることが出来なかった女の子のことも。
ぱキィぃんっ!
「ああっ!?」
その時、突然大きな破裂音が響いた。
続いて悲鳴を上げたのはヨルさん。
「ヨルさん!
どうし・・・っ」
質問は最後まで続ける必要はなかった。
誰もがその結果を事前に知っていたから。
ただこのタイミングに意表をつかされただけの話。
「ヨッ、ヨルの槍が粉々に砕けちゃったですよおおおおっ!!
どうにか麻衣ちゃんの巾着袋に入れてでもガメようと思っていたのにいいいいい!!」
そんな事を企んでいたのか、ヨルさん。
油断も隙もないな。
だがこれも既にトリダントゥ・レプリカを鑑定した時から分かっていたこと。
予定通りということだ。
空が白み始めた・・・。
二つの月も大分傾いてきたようだ。
もはや、その輝きも大分失っている。
さて、後は討伐証明に邪石の欠片でも集めると・・・
「あれ?」
麻衣さんが何かに気づいた。
危険察知だろうか。
正直これ以上はごめん被りたいけども。
「・・・あ。」
「む・・・。」
「これは・・・。」
続いてメリーさん、そしてタバサ、アガサも反応する。
それどころか後ろの方にいる、あれは確か死霊術師の子だったね、
確かカルミラという名前だったか。
「す、すごい、なにこの、魂の量・・・?」
魂だって?
私がみんなの視線の先を向くと、
確かに多くの気配を感じる。
精霊ではない。
もしや、これが・・・
麻衣さんの声は小さかったけども、はっきり私の耳にも聞こえてきたぞ。
「邪龍のカラダから・・・大勢の魂が・・・。
まるで雪が天に昇ってゆくように・・・。」
いや、それって
まさか
「視える!
ヨルにも視えるですよお!!
すっごい綺麗っていうか幻想的な風景ですよぉおおおお!!」
「視える・・・ああ、オレにも視える。」
ヨルさんどころか、ケイジまでも。
そうとも、
私にも視える。
邪龍のカラダから、まるで湯気でも沸き立つように、
いや、やっぱり天に昇る白い雪、
という表現が似合うようだ。
白み始めた大空に、
たくさんの雪がゆっくりと昇ってゆく。
みんな、
魔王勢も、いやドラゴンたちですらその光景が視えるようだ。
みんな頭を傾けて天を見上げている。
「麻衣ちゃん、これ・・・。」
リィナちゃんが何を聞きたいかは分かっている。
私はそのまま空を見上げ続けていた。
「はい、邪龍さんに喰われた魂たちです。
ようやく解放されたんですね・・・。」
「えっ、じゃあ、メリーさんの言ってた黒髪の女の子の魂も・・・?」
質問はケイジも続く。
「恐らくは・・・
このまま世界樹のアフロディーテ様のところに向かうんじゃないでしょうか。」
その話もさっき麻衣さんはしていたな。
多分、邪龍に喰われた魂は、
みんなぼろぼろの傷だらけになっているかもしれないけども、
世界樹でその身を休めればいつか輪廻の輪の中に戻れるかもしれないと。
私はメリーさんの姿を見る。
彼女はケイジ達の質問には参加しないで、一人空を見上げ続けている。
黒髪の女の子の魂を探しているのだろうか・・・。
もしかしたら、さっきも邪龍のカラダの中でそれを探していたのかもしれない。
「ん?」
麻衣さんの不思議そうな声に私も含めみんな反応する。
どうしたのかと思ったら、彼女が声を上げた理由がわかった。
一斉に空に向かっていたと思われた白い魂のうち一つ、
それが麻衣さんの顔の周りを掠めるように飛んでいたからだ。
「え?
麻衣ちゃん、それ!?」
当の麻衣さんは不思議そうな顔をしただけで、
リィナちゃんの声にも取り立ててあからさまな反応を見せなかった。
ただ肉体で触れることのできない筈の魂を、
その手のひらで優しく包み込むような動作で、、
「うん、いつかどこかで会えたらね。」
まるで、会話することのできないペットにでも話しかけるように微笑みかけたのだ。
邪龍に喰われた者の中で、
麻衣さんの知り合いがいたのだろうか。
そんな話は聞いていなかったと思うが。
そして同じ現象がもう一つ。
「あなたは・・・!?」
その声を発したのはメリーさんだ。
びっくりして注意をそちらに向けると、
麻衣さんと同様、
確かに白い塊がメリーさんの周囲を回っていた。
まさか・・・
「メリーさん、もしかして!!」
麻衣さんが駆け寄ってきた。
もう麻衣さんの近くにさっきの魂はいない。
他の魂と同様、天に還っていった。
そのメリーさんは黙って自分カラダを回る魂を見つめている。
けれど、
やがてその魂も、
もちろん何を語るわけでもなく、
そのまま天へと昇っていった・・・。
「メリーさん、いまの、ひょっとして・・・」
麻衣さんは私と同じ期待をしたのだろうか。
けれどメリーさんの人形の顔からは何の思考も読み取れない。
「・・・違うと思う。」
「違う?」
「だってこの世界のあの子は私の事を知らないもの。
だからそれはあり得ない。」
「じゃ、じゃあいったい?」
「・・・多分名前も知らない、弟思いの冒険者の成れの果てじゃないかしら・・・?
律儀に挨拶でもしにきたってことのようね。
そう言えば、魂を在るべき場所に還らしてあげると私は言ったのに、今まで邪龍に掴まっていたみたいね。
良かったわ、もう少しで私は嘘つきの詐欺師になるところだったのだから。」
メリーさんは淡々と喋っているけどね。
彼女の内心では何を思っているのだろうか。
・・・そう言えば私の母のマーガレットは、
若かりし頃、オレオレ・・・いや、わたしわたし詐欺の電話を掛けていた事があると言ってたっけ。
騎士団からの支給金ではお小遣いが足りなかったらしく、ちょっとした犯罪行為に手を染めていたらしい。
本人も黒歴史と言っていたか。
もしかしてあれ、メリーさんの電話に触発されてやっていたのだろうか。
「「「ピーンポーンパーンポーン♪」」」
むっ!?
私の脳内に・・・
いや、これは麻衣さんとメリーさんにもか!!
「どうした、三人とも!?」
「あ、いえ、ケイジさん、
多分これ、異世界転移組にミッション完了お知らせメールだと思います。」
そうだ、
麻衣さんの言う通り、間違いないようだ。
私達がこの世界に送られてきた時と同じ。
そして今、私達の目の前に、
立体映像のような一枚の封書が浮かんでいた。
前作の「キャッスルオブメリー」に部分的に掲載していましたね。
振り込め詐欺には注意しましょう。
うりぃ
「そういやぁ、マーゴはん、そんな事しとったなぁ。
まぁ、あん時はうちもメロンジュースごちになったけぇ、けーさつには通報せんかったけどな。」
いぬ
「姐さん、それ、もしかして買収っていうか、共犯者にさせられてたんでは?」