第五百二十一話 ぼっち妖魔は知ってます
<視点 麻衣>
なるほど、あの触手だけでメリーさんを止められるとは思えないけど、
このまま何度も貫かれれば、いくら再生機能つきのメリーさんのカラダでも危ないかもしれない。
「ちょ! これどうしたらっ!?」
「や、ヤバいですよう!!
何か手助けしないとマズいんじゃないですかぁっ!?」
ケイジさんやヨルさんが、慌ててあたしやカラドックさんの方へと声を上げる。
これまで目に見える範囲では、メリーさんにはダメージは一切なかったからね。
二人が慌てるのも無理ないだろう。
「ね、ねぇ、麻衣ちゃん、
アレ、また鬼人の時みたいに幻覚なんて・・・」
ふむ、リィナさんは前回の顛末をおぼえていたようだ。
確かにメリーさんなら幻覚見せて相手を弄ぶくらいやりそうだけど、
さすがに邪龍さん相手じゃ無理じゃないかな?
少なくともあたしならやらない。
やれと言われてもやらない。
何故なら相手に幻覚を与えるには、最低限相手の精神を支配する必要がある。
暗示を与えるだけならリスクはあまり無いんだけどね。
それだと確実性ないし、
特定の映像を見せたりとかさせる為には、対象の精神と自分の精神をある程度リンクさせないとならないのだ。
もう少し分かりやすく言うと、
二人羽織を想像していただきたい。
お猿さんと二人羽織をして、後ろからお猿さんの動きを操るのはそれ程難しくはないだろう。
・・・楽しそうだな。
いつか機会があったらやってみよう。
いやいや!
説明を続けます!
ではゴッキーと呼ばれる虫さんを巨大化させて、その後ろから二人羽織しろと言われて出来るものがいるか、というお話なのだ。
だからリィナさんにはこう答えるしかない。
「いえ、幻覚なんかじゃありません。
あたし達が見た通り、現実にメリーさん、触手に貫かれています。」
一応さらに補足すると、
メリーさんの能力が上がっている今なら、たとえゴキレベルの気持ち悪い相手にも余裕で幻覚を見せられるのではという期待も通ることはない。
あの人の幻覚能力は、メリーさんの能力ではなく、中に入ってるイザベルさんの能力だからだ。
もしかしたらメリーさんの特性に引かれて、イザベルさんの能力にも影響は出ているのかもしれないけど、基本直接関係ない筈。
そもそも普通の人間に、ちょっと特殊能力備えただけの程度で邪龍さんをどうにかできるわけもない。
まあ、どっち道あたしの方は慌てる必要ないんだけどね。
ふと、隣を見ると、カラドックさんも落ち着いて現状を見守っている。
さすがに賢王、
もはやこれまでの流れで、何も対処などする必要ないと理解出来ていたようだ。
実はメリーさん、
さっきこっちに振り向いてから、
一度も顔の向き変えてないんだよね。
まるで自分のお腹を触手が貫いている事実なんかなかったかのように。
しかも
「・・・と、邪龍は言っているけども?」
完全に邪龍さんの攻撃をスルーしていたのだ。
ちなみに何の話かは皆さん覚えてますかね?
アビスと邪龍さんが呼んだ深淵なる存在についてのことだ。
そして、当然、
あたし達もメリーさんの問いかけに黙って首を横に振る。
そしてその意味は。
『な!? 強がりか、余裕を見せおってええええええっ!!
ならば遠慮なくそのカラダ、砕き切って見せてやろうっ!!』
そこでようやくメリーさんが邪龍さんに向き直る。
「ねえ、あなたのさっきの、
あれ、質問てことでいいのかしら?」
『話が通じてないぃぃいいいいいいっ!?』
落ち着くんだ、邪龍さん。
見てごらん?
メリーさんに焦った様子は何もない。
もちろんあたしにもそんなものはない。
邪龍さんと、
あとケイジさんとヨルさんは、
現状の目に見えてる景色とメリーさんの落ち着きぶりとのギャップについていけてないね。
アガサさんとタバサさんは静かに成り行きを見守っている。
二人は理解しているのか表情からは分からないな。
・・・リィナさんも気付いていそうなんだけど、いまいち確信が持てないからなのか、黙って見てるだけっぽい。
『だ、だがよかろう!
質問、だと!?
ア、アビスのことか!!
言っておくが、さっきのは口からデマカセでも何もないぞ!!
ヤツこそが真にこの世界にとってあってはならぬ存在だっ!!
このままヤツを放置しては』
「悪いけど」
メリーさんは邪龍さんのセリフを遮った。
どうやらこれ以上会話は不要のようだね。
少なくとも、あたし達も立場は変わらないみたいだし。
だいたい、次にメリーさんがどんな言葉を話すか予想はつく。
ならあたしもカラドックさんもそれに倣うとしましょうか。
「深淵? アビス?」
メリーさんには初耳の単語の筈だよね?
まあ、でもあの人、自分の目的以外のことなんて・・・
そしてメリーさんは今一度、ゆっくり鎌を振り上げた・・・
「あなた達、知ってる?」
またメリーさんからあたしたちへの問いかけ。
うーん、なんて答えよう?
考えている間にあたしとカラドックさんは邪龍さんの前に出る。
一応、二人でメリーさんの問い掛けに、うんうんと首を振って肯定しましょう。
知ってるってだけなら知ってるし。
ただあたしの場合は「知ってる」の意味が違うんだよなぁ。
カラドックさんの方は、もう答えを出しているのかな?
「そうなのね?
でもごめんなさい、・・・私。」
『ちょ、ちょっと待て、貴様、我の話を、聞いて』
「興味ないの。」
だよね?
『何故だああああああああああああああああああああああああああああっ!?』
何故だって言われてもね、
人は自分の興味ないことには動かないと思うよ。
『ま、待て!! 落ち着いて聞け!!
奴は!
奴はこの世界も人類も!!
全て実験動物程度にしか思っていないのだぞおおおおおおおおおおおっ!!
貴様らとて奴の気紛れでいつ滅ぼされるかどうかも分からんと言っておるのだあああああ!!
そんなことも!!
そんなことも分からんのかあああああああああああああああああっ!!』
邪龍さんの言ってることもわかるんだけどね。
でもあたしはメリーさんとは違うし。
だからあたしはこう答えるのだ。
「知ってます。」
そしてもちろんカラドックさんも。
「そうさせない為に父上がいる。」
『なんんでぇええええええええええええええええええええええええええええええっ!?
おっおっ、お前らそれでいいのかあああああああああああああああああああっ!
ていうか父上って誰だああああああああああああああああああああっ!?』
うん、まあ知らなくてもいいと思うよ。
だって、ほら?
鎌を振り上げたメリーさんの手首も返ったことだし。
死んでいった人たちの魂で強化された触手?
いやあ、ホントにメリーさんが言ったように、邪龍さん、バカなんじゃないか。
あたしには視えるよ、聴こえるよ。
邪龍さんに喰われた魂たちの悲鳴が。
苦痛の叫び声が。
魂の力を削り取って自らの触手に注入した?
ああ、だからあたしやメリーさんにも反応できない速さで触手を突き刺すことができたのか。
でもさ、
そりゃあ、そんな事されたら魂の皆さんも、身も張り裂けんばかりに悶え苦しむよ。
身は既にないんだろうけども。
そうしたらさ、
その負の感情全部、
メリーさんが余す事なくゼロ距離で吸い取っちゃうんだからね?
ああああ、余りの凝縮された負のエネルギーで、
メリーさんの姿が陽炎どころか姿全体が消えかかって見える。
周辺の大気の歪みがとんでもないことになってるんだろうね。
そして今、
メリーさんのお腹を貫いていた触手は死神の鎌が振り下ろされた途端、
木っ端微塵に爆散した。
『いぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?』
はい、これで邪龍さんの手札はみんな切り裂いたと。