第五十二話 アガサとタバサ
<視点 ケイジ>
はあ!?
彼ら全員の警戒度が上がったのは間違いないようだが・・・。
見ればオレを指差した奴はそこそこ怪我を負っているのか、体じゅう包帯だらけだ。
消毒薬の匂いもあるので怪我をしているのは間違いない。
しかし、オレはこんな奴会ったこともないぞ?
「だ、そうだが何か申し開きはあるかね?」
ドスをたっぷり効かした声で責任者らしき男がこちらを睨む。
呆れた。
オレはアタマをボリボリかく。
「他人の空似だろ?
オレはこんな奴に会ったこともない。
そもそも弓術大会会場からこの宿に来るまで宿屋探ししかしてないし、この宿に着いてからは一歩も外に出てないぞ?」
飯はここの宿屋で食ったしな。
だが、奴らは納得しないようだ。
「しかし大勢の人間が君を外で見ている。
そもそも狼獣人などこの街には滅多にお目にかかるものではないが?」
「知らねーよ、
なら余計にオレだとどうやって特定した?
狼の顔して黒けりゃ誰でもオレに見えたんじゃねーのか!?」
「そうだよ!
第一、ケイジはずっとアタシと一緒だったよ!
それともアタシも現場にいたって言うの!?」
後ろからリィナが叫ぶ。
だが事態は一向に進展しない。
むしろオレを一層不機嫌にさせることとなった。
「ん? 見たところそちらのお嬢さんは奴隷ではないか?
奴隷を・・・同じ部屋にね?
まあ、君の趣味はどうでもいいが、奴隷の証言に何の価値もないぞ?」
野郎・・・!
今のセリフでオレの怒りボルテージが三段階上昇したぞ・・・。
万一、争いごとになったら、ここにいる奴ら全員明日の陽を拝めないと思え!!
リィナの首には奴隷である事を示す首輪が装着されている。
例え、奴隷主でもこれを勝手に外す事は許されていない。
しかし、こんな事が起きるならサッサとリィナを奴隷身分から解放してやった方が良かったか?
オレ達二人の関係において、リィナが奴隷かどうかは何の意味もなかったからそのままにしていたが、
実際、オレにはリィナの奴隷としての使用権・売却権があるだけで、彼女を奴隷から解放する権利まではない。
それには彼女が自分で自分を買い取るだけの労働をして金を稼ぐ必要がある。
もちろんオレがその分を勝手に肩代わりする事には何の問題もない。
その気になればリィナを解放するだけの稼ぎは出来そうなんだが、二人パーティーだとポーションやら武器の手入れやら何やらで優先順位的には後回しにせざるを得ないってのが現状だ。
そう、現状、
互いの言い争いは平行線。
話を要約すると、
ほんの小一時間前に、ダークエルフ達が、自分たちの宝物が盗まれた為に、ここいら一帯を捜査していたら、どうもオレらが使っている宿屋付近から盗まれた魔術的品物の気配があったと。
それで宿屋の主人やら出入りする客などに声を掛けていたら、オレに似たような狼獣人がどこからか現れて、ダークエルフを数人、コテンパンにのして立ち去ってしまったと言う。
そして狼獣人の情報を集めたら、今日の大弓術大会にケイジと言う名の狼獣人がこの宿に泊まっていると判明。
一気にオレが怪しい人物としてリストアップされたと言うわけだ。
どこのどいつだ、そんな紛らわしいマネしくさったのは!!
そしてダークエルフの責任者はイライラが頂点に達したのか、キレ気味にふざけた事を抜かし始めた。
「ここでウダウダ言い合ってもラチがあかない。
宿屋にも他の宿泊客にも迷惑だろう、
取り調べは神殿で行う!
外出する準備をするがいい!!」
テメェ・・・。
さすがに温厚なオレもブチ切れるぞ?
「おい、主人、
これ、オレは宿泊客としてこいつらを退去させることを要求する。
それは正当な権利のはずだ。
従わないなら不退去罪とかこの国の法律ではどうなってるんだ?」
次にオレをイラつかせる事になったら実力行使する。
さあ、宿屋の主人どうする?
「あ、はい、そうですね、
あの、皆さま、今夜のところは一つ・・・。」
ふむ、宿屋の主人はまともだな。
だが。
「おいおい、貴様、
獣人の分際で法律だとか権利だとか、ぬかせる立場だと思っているのか?
鏡で自分の姿を見るがい・・・ブバハっ!?」
殴ってた。
そりゃいい加減殴るわな。
今までよく耐えたと思うよ。
ダークエルフ責任者の体は廊下の外までぶっ飛んだ。
仕方がない。
この後も実力行使と行こう。
すぐさまダークエルフ達は臨戦態勢。
こちらもリィナがロングナイフ剥き出しですぐにでも魔術士どもなど一掃できる。
「ひぃいぃ、部屋が・・・家具が!?」
悪かったな、主人。
修繕費はこいつらにツケてくれ。
だいたいこんな狭い部屋で魔術士たちが、
前衛専門の冒険者に敵うとでも思っているのか。
だが、
オレはこいつらを舐めていたらしい。
ダークエルフの一番後ろに控えていた女性が既に呪文の詠唱を終えるところだったのだ。
「世界を照らす聖なる光よ、
邪なる敵を貫け、『ホーリー・・・」
何だって!?
レアスキル光系呪文かよ!?
光系の呪文は、他の攻撃呪文に比べて対物的な威力は弱い。
がしかし、その対象が人間含む生物には強力だし、そして実体を持たない死霊系に絶大な効果を与える。
おそらく宿屋になるべく被害を与えずオレを捉えるのに最適な呪文を選んだと言う事だろう。
しかも更に言えば、光系呪文の特徴は、雷系と共に回避不能の最速呪文である。
詠唱が終わった時点でこちらのダメージは決定である。
だが。
激しい音と光と共に視覚が一瞬麻痺した!
やられたのか!?
だがこちらに痛みは一切ない。
視力の回復を待ち、何があったのか事態を見極めようとしたら、攻撃を放ったダークエルフ女性とオレの間に、神官のような長いローブを着た女性がそこに立っていた。
この街のハイエルフのようだな。
先程一番最後に部屋に入ってきた女性か。
先に口を開いたのは呪文を唱えたダークエルフ。
言葉遣いが何となくもどかしい。
「攻撃を妨害されて私は憤慨、説明を要求。」
そして同じような口調が、こちらのハイエルフの口からも流れてきた。
「彼らの態度を見るに攻撃は早計、戦闘中止を勧告。」
なんですか、こいつら。
「私のホーリーレイを僧侶系防御呪文一枚で防ぐとは驚愕。」
「私のホーリーウォールを光系攻撃呪文一発で砕くとは衝撃。」
オレを前に二人のエルフ女性が対峙している。
身長は二人とも170センチってとこか。
スタイルもなかなかだ。
ダークエルフの方が胸のボリュームが大きいが、神官のようなハイエルフも腰のくびれからスラリとした足は芸術品といえよう。
尖った耳と切れ長の目つきは互いの特徴でもあるが、顔そのものは似ていると言うほどでもない。
何というか雰囲気が似ているだけで。
いや、似てるってのは言動か。
「狼さんに鑑定スキル実行、結果、この狼さんに虚言無し。」
お? 神官ぽいハイエルフにいつの間にか鑑定されていたか、
だが、この場は確かに有り難い。
「笑止、隠蔽スキルを使用すれば嘘つき狼さんでも誤魔化し可能。」
成る程、確かにそんなスキルがあれば可能だよな。
てか、お前ら疲れないのか、その喋り方。
「隠蔽スキルを使う位なら、姿見せての暴行自体が不要というか意味不明。」
神官ハイエルフの言葉に対し、そこで数秒考え込むダークエルフ。
そしてついに手を叩いて考え直した様子。
「なるほど、論理に矛盾無し了解、納得。」
それでいいのかダークエルフ!
まあ、オレもこの流れ期待。
バチン!! あ痛っ!!
後ろからリィナに頭はたかれた。
「帰ってこいケイジ!
そっちの世界に引き込まれてるぞ!?」
ああ、そうか、危なかった。
いつの間に?
恐るべしエルフ!!
ていうか、リィナはなぜ分かった?
ようやくここで仕切り直しとなる。
ていうか、オレがリィナにはたかれた直後、さっき問答していた二人の女性エルフが、同時にこちらを向いて、締まりのない笑みを浮かべてたような気がする・・・。
「助かったよ、アンタは?」
オレが声をかけて、ようやく神官ぽい女は我に返ったようだ。
「あ、私はビスタール中央神殿神官長アラハキバの娘、プリーステスのタバサ。」
おお、なんか有力者っぽいな!
タバサと名乗る大人っぽい女性はプリーステス、
いわゆる祭司の資格を持っている上位僧侶だそうだ。
先程ダークエルフの攻撃を打ち消したのも高度な防御呪文のなせる技か。
タバサは自己紹介しながら、長い僧侶用ローブに何故か大胆に開ききっているスリットから白くスラリとした足を覗かせてポーズを取る。
え?
なんでこのタイミングでそのパフォーマンスを?
いや、・・・鼻の下は伸ばしてないぞ?
ファッションショーで舞台を歩くモデルのようだと言えば理解できるよな?
一方、対峙していたダークエルフの方は、オレに対し不用意に攻撃仕掛けた事を謝罪するかの様に申し訳なさげに俯いている。
・・・それはいいけど胸元溢れそうなんですが、その不用意な体勢。
オレが殴り飛ばした男の代わりに代表者として名を聞くと、彼女は「エルドラ魔法兵団ノードス隊筆頭隊員、上位魔術士アガサ」と名乗った。
なお、オレが殴り飛ばした男はタバサにヒールを掛けられて身を起こしていた。
さすがに大人しくはなったようだが。
この神官長の娘だというタバサは話がわかるようだったので、彼女を中心に話を進ませてもらうと、
オレが理解したのはだいたい、次に述べるような感じだ。





