第五百十二話 圧倒的
ちょっと何日か前から歯茎が痛み出しました。
これ、歯医者に何回も行って、歯石取らないといけないヤツだと、暗澹たる気持ちになってました。
夜、痛みで眠れなくなるようなら本物だと、その夜は家に備蓄してあったロキソニンで耐えて、
月曜日に歯医者に予約取ろうと・・・すぐに診てくれないんですよね・・・。
ところが朝になってもロキソニンの効果は切れてない。
そこまで酷くなかったのならしばらく様子を見ようと・・・
でもやはりお昼過ぎから痛みがぶり返して・・・
でもあれ?
痛みの箇所が・・・
口を開けると扁桃腺にもピキリと・・・。
確かに歯茎にも痛みはあるけど、患部はそこというより上顎?
舌を上顎の奥の方に押し付けると、痛みとやけに柔らかくなってる感触。
時々鼻の奥の方にもチリリと。
これは歯茎が原因ではないな?
どこかから口の中に雑菌入った?
多分、抗生物質飲めばすぐに治ると思うのだけど、これ医者はどこにいけばいい?
歯医者?
口腔外科?
耳鼻咽喉科?
まぁ、患部は広がった感じですが、その分、痛みは緩和しました。
昨夜も痛みはありましたけど普通に眠れました。
消毒効果のある口内洗浄液があるのでそれでやり過ごしましょう。
<視点 ケイジ>
一体何が起こった?
他のパーティーメンバーへ問いかけることも、オレ自身独り言や呟く余裕すらも有りはしない。
あっという間に邪龍の右側面の触手が、全て、一斉に、ほとんど同時に斬り落とされた。
いや、有り得んだろ。
どういう斬り方すれば、あんな形状の鎌で触手を全部同時に斬り落とすことができるんだよ!?
鎌って刃は内向きだよな?
裁断するにしても対象物をひっかけるようにしないと無理だろ!?
そんな真っ当なはずのオレの疑問も、この狼の口から飛び出ることなどない。
メリーさんに斬り落とされた触手の行方にも目が離せなかったからだ。
もがき苦しんでいる?
今までも予測不能な動きを繰り返していた邪龍の触手は、
それでもこっちを攻撃してきたり、或いはオレたちの攻撃を防いでみせたりと、必ず意味のある動作を行っていた。
その場でグネグネウネウネ動いているときは待機状態なのか、
それともあの忌まわしいGと呼ばれる虫どもの触角と同じでセンサーの役目も果たしていたのかもしれない。
だが今は違う。
リィナの雷撃で全ての触手の動きが弱っていたのは確かだ。
けどたった今、メリーさんに切り落とされた触手たちは、邪龍本体に戻ることもできず、ただ激痛に身をよじるとでも言わんばかりに激しい動きを繰り返したのち、どんどんその反応も小さくなりやがてピクリとも動かなくなっていく。
いや、それだけじゃない。
・・・メリーさんに斬り落とされた断面からボロボロと崩れていく!?
「・・・あ、そうか、メリーさんの死神の鎌は闇属性だから・・・。」
オレのすぐ背後からもはや聞きなれた声が。
麻衣さんもオレと同じことに意識を奪われていたようだ。
だけど闇属性?
それは魔法剣の属性付加と同じような効果か?
邪龍に最も効果があるのはタバサのエンチャントホーリーによる光属性付加だ。
ただし他の属性についても邪龍に効果がないわけじゃない。
氷属性による攻撃なら負傷箇所を凍結させることができるし、
地属性なら破壊ダメージを上乗せできる。
火属性なら火傷や燃焼効果も見込めるから、雷属性と同様再生活動を阻害することもできる。
・・・闇属性でもいけるのか?
「あっ、確か、森都ビスタールにいた弓使いのダークエルフが闇属性付加の攻撃してたよね?」
よく覚えているな、リィナ。
確かアガサの魔法兵団に取っ捕まったヤツだよな。
オレの記憶が確かならベルナールって名前だったか?
あの闇属性付加の矢に貫かれた連中は、絶え間ない痛みを訴えていたはずだ。
スリップ効果とも言っていたか。
なんだっけ、
体の組織ごと握りつぶされたと錯覚するような痛みだったって話だが・・・。
「・・・あれの超強力版てことか・・・。」
「メリーさんのあの鎌、噴きだす闇のオーラで凄いことになってます・・・。
生物なら触れただけで真っ二つになっちゃいますよ。」
麻衣さんの解説を聞いて背筋がぞわっとした。
メリーさん時たま、何か気にいらないことがあると問答無用で鎌を振り回す癖があるみたいだからな。
「そ、それでか、
麻衣さん、あ、あの今のメリーさん、オレの目にその姿が歪んで見えるのも・・・。」
メリーさんは邪龍の背後から、一瞬にしてその触手を割いた後にオレたちの前に姿を見せた。
今メリーさんは、オレたちに黒いドレスの背中を見せて邪龍に正面から向き合っている。
邪龍は今も何が起きたか理解できてないんじゃないか?
「あ、ケイジさんの目にもそう映ってますか?
はい、たぶん、濃縮された闇の波動が大気にも影響を与えてるんだと思います。」
すげぇな・・・。
あ、それで属性が闇だろうがなんだろうが、今の邪龍は切断された触手を再生できなくなっているってことだよな!?
そりゃいい!
なら今の状態なら邪龍の右側面からなら攻撃したい放題ってことだもんな。
・・・・おっと。
メリーさんはオレたちに背中を見せたまま。
ただその態勢で彼女は大鎌を握りしめた右腕でオレたちの視界を塞ぐ。
ああ、手を出すなってことだよな。
オレたちは足手まといなんだろ?
「ここは・・・・私の舞台だから。」
ん?
メリーさんから独り言のような声が聞こえた。
メリーさんの舞台?
もちろん、メリーさん一人で勝てるのなら邪魔をする気はないけども・・・。
なんだろう?
何か違和感を覚えたが、その時オレの腕が引かれる感覚がした。
誰かと思って振り返ったら麻衣さんが首を左右に振っている。
ああ、オレはそれ以上何も聞く必要はない。
黙って後ろに下がればいい。
後はこの戦いを・・・いや、処刑を見届けるだけだ。
『な、なんだ・・・このゴーレムはああっ!?』
いまだ邪龍は自分の触手を半分も斬り落とされたことに認識が追い付いてないのか。
無理ないかもしれないが。
「わたし?」
こちらからはメリーさんの顔は見えない。
けれど・・・有り得ない話だけれど、
もしメリーさんが人間のままだったなら・・・
いま、
メリーさんの顔は、笑っていたのではないか・・・
オレにはそんな風に思えてしまったんだ。
「私の名はメリー、
いま、あなたの前にいるの。」
『貴様も異世界のものかっ!!
しかも自律行動するゴーレム!?
しかもなんだ、その称号は!?
冥府の王の加護だとっ!?』
それはメリーさんの称号か。
まぁ闇属性のメリーさんには相応しい称号なんだろうな。
「今回ばかりは感謝するわ、
その冥府の王とやらに。」
『感謝だと?』
「ええ、そうよ、
こんな素敵な舞台を作ってくれたのだから。
こんな素敵な体を与えてくれたのだから。
そして、
この私に、
こんな素敵な獲物を用意してくれたのだから。」
その瞬間、メリーさんの姿が消えた。
その姿を探す必要などどこにもないとすぐに理解した。
何故なら、
すぐその直後、今度は邪龍の左側面の触手が、先程と同じ様に綺麗にぶつ切りにされていたのだから。
『ぐぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』
先程と同じだ。
斬り落とされた全ての触手が苦しみ悶えるかのようにムチャクチャな動きをしたあと、
やがて全ての力を使い果たしたのか、ビクンと断末魔の反応を最後に見せて崩れ去ってゆく・・・。
もちろんこれで邪龍の触手が全て消滅したわけではない。
以前戦ったエンペラーギガントトータスの体型を思い出してくれればいいが、
亀の甲羅と同様、邪龍の体型も楕円形である。
左右に生えてる触手は全て斬り落とされたわけだが、邪龍の前面から生えてる触手は健在だし、後方には尻尾とどう違うのか区別も出来ない巨大な触手も元気なままなようだ。
む?
その巨大な尻尾でメリーさんを薙ぎ払う気か!!
「私の名はメリー。」
・・・でも意味はないんだろうな。
「今あなたの真上にいるの。」
『ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』
どうやら続いて尻尾のような特大の触手も斬り落とされたようだ。
さすがにあの質量だと斬り落とされた時の地響きも凄いな。
『何故貴様の姿を捉えられぬぅぅううううううううううううううううううっ!?
何故我が触手は貴様のカラダを捕縛できぬのだああああああああああああっ!?』
そして今、メリーさんは邪龍の頭部の上に優雅に構え、
悠然と邪龍を見下ろしていた・・・。
メリー
「そういえば・・・」
麻衣
「どうしたんですか、メリーさん。」
メリー
「こないだ、私が他人のことに興味を持たないとか言われてたと思うのだけど・・・。」
麻衣
「あ、あれ?
ど、どうしてそのことをっ!?」
メリー
「いえ、別にそれは構わないのだけど誤解は解いておきたいわ?
ハーケルンの街でギルドマスター、キャスリオンの人生相談に乗ってあげてたのを知らないのかしら?」
麻衣
「えっ、そう、そうだったんですか?
・・・あ、え、えと・・・ああ、読み直しました。
ななるほど、でもこれ。」
メリー
「あら、なにかしら?」
麻衣
「メリーさん、人の恋バナとか、人間関係イジるの好きなだけですよねっ?」
メリーさん
「・・・そう言われればそうね・・・、昔から。」