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第五十一話 ささやかな幸せ


 「お待たせー、ケイジ、お風呂空いたよー?」

 「ああ、サンキュー、オレも入る。」


バスローブを身に纏い、そこから露出している体毛をバスタオルでフキフキしながらリィナが出てきた。

風呂付の宿屋に泊まる事はこれまでもあったが、彼女と同室になることはなかった。

こういう時に狼獣人の嗅覚が反応してしまうのが恨めしい。

もちろん、リィナの女の匂いと入浴剤の入り混じった匂いについて。


さっきも危なかったが、

あいつはオレたちの関係の事はどう思っているんだろう?

迂闊にこっちが反応すると、匂いなのか心音なのか、兎獣人特有の感知能力で感づかれてしまう。

だからオレは極力、平静を保っている。


あいつは奴隷商人から、変態エロジジイの所に売り飛ばされる寸前で、オレが買い上げた形になっている。

その為か、あいつはオレに特別な恩を感じているのは間違いない。

でもそれだけだ。

オレがあいつを助けたのは、タイミング的に偶然だったかもしれないが、

オレ個人の事情によるところが大きい。


リィナの顔を見なければ、

そして彼女の名前を知らなければ、

オレはきっと彼女を助けなかっただろう。

他にも奴隷商の所には、

戦闘で頼りになりそうな、身体能力の優れた男性の獣人奴隷がいたにも関わらず。


年頃の女性を奴隷として1対1で扱うんだ、

周りからは邪推されるし、変な目で見られるし、

普通に男の奴隷を選んでいれば、

変態とか云われなき陰口を叩かれることもなかったろう。

非常食糧とまで言われたこともある。

酷すぎるぞ、それいろんな意味で。


しかし誓って言うが、オレはリィナを性的な対象として扱ったことはないし、

彼女にそんな奉仕を要求したこともない。

リィナ自身、オレが買い取った当初はそんな覚悟もしていたようだが、

オレが求めているのは冒険者としての戦闘能力のみと知ってからは、

真摯にその期待に応えようとしてくれている。


最初は奴隷らしく、リィナは敬語だけで喋っていたが、

オレにそんな気がないと理解してからは、今みたいな砕けた喋り方となった。

オレもそれに何の不満もない。

ていうか、その方が嬉しい。

形の上では今も主従関係にあるが、

互いの共通認識として、いまや大事な冒険者仲間だ。


だが、互いを異性として意識するかどうかは・・・どうなんだろう。

オレにその気はない?

本当か?

もちろん、奴隷の主人たる地位を利用してどうにかしようなどとは決して思わない。

単に、そこに一組の男女がいる。

ある程度の信頼関係が成り立っている。

今のところはっきりしているのはそれだけ。


第三者的な視点で見れば、そこで何かあったとしてもおかしな話ではないだろう。

自然な成り行きとしたらそれまでである。


いやいや、

肝心なのはお互いがどう思っているかだ。

オレの身の上は彼女に話してある。

半分くらいまでだが。

獣人に対する差別や奴隷制について、オレが毛嫌いしていることもリィナは理解している。

それにその話は彼女にとっても他人事でない。

オレがなんとなく、冒険者としての活動指針を話しても、

リィナは簡単に賛同してくれた。

だが、その方針に従ったとして、今日明日に結果が出るような話ではない。

この先、冒険者としてやっていけたとしても、

冒険者の身分のままではオレの目的は達せられることもないだろう。

そんな状態で彼女に何ができる?

リィナを奴隷から救った。

ではそこから先は?

このままのんべんだらりとそこそこのクエストを解決して、

なぁなぁの関係を続ければいいのだろうか?


オレは彼女をどうしたい?


「ほれている」というのとは違う。

だが、リィナを他人に渡したくはない。

あいつはオレの隣にいるのが自然でそれ以外のことは考えられない。


あれ?

これって立派に惚れてるってことじゃないのか?

うーん、


などと取り止めもなく風呂場で考えるのは珍しい事じゃないんだ、実は。


それでいつも答えは出ない。

だからこの日も、そのまま風呂から出てきた。

 「いい湯だったな。」

 「だよねー? 毎日、お風呂入れるといいんだけどねー?」


こんな日常的な会話ができる。

何もない。

何か特別なことがあったわけじゃない。

だのに、なんでこんな愛おしく感じるのだろう。

こんな何気ない会話が。

オレは一人じゃない。

たった一人でこの世界を生き抜く必要なんてない。

リィナがそばにいてくれている。


もう二度と取り返すことなど出来ないと思っていた。

あの時、全てを呪った。

全てを失い、全てを捨て去り、絶望の淵にいた、あの地獄のような日々が、

今では遠い夢の世界のような話だ。


それが・・・こんな形で・・・。


それでもこの関係が変わる時がいつか来るのだろうか?




そんな時、部屋の扉がノックされた。

とても高圧的に。



 「お休み中に失礼する!

 冒険者ケイジ殿のお部屋で相違ないか!?」


思わずリィナと目を合わす。

なんなんだ、一体?

どう聞いても宿の人間の問い合わせ方ではない。

こっちはもう寝る前なんだが。


好意的な扉の叩き方とは確実に思えない。

盗賊や犯罪者集団の襲撃も考えられるが、

祭りの最中に宿屋の中まで堂々と襲いに来るとも考えづらい。

更に言えば向こうはこちらの名前を呼んだ。

ならばオレ個人を狙った何かだと言うのか?

心当たりはない。

まさか大弓術大会のライバル潰しでもあるまいに。


取り敢えず警戒しながら扉に向かう。

 「誰だ!?」

その質問にはすぐに返答があった。

 「こちらは魔法都市エルドラの魔法兵団ノードス隊だ。

 少々聞きたい事がある。

 扉を開けてもらえないかね?」


全く心当たりないぞ?

魔法都市エルドラって確かダークエルフの街だよな?

 「悪いがこちらには用がない。

 聞きたい事があるなら明日にしてくれ!」


 「そうはいかん。

 君には暴行傷害容疑がかかっている。

 大人しくこちらの要求に従った方が身の為だ!」


はあ!?

オレはこの街でも何にもやってないし、

そもそも魔法都市エルドラにも行った事もない。

何がどうしてそうなった!?


オレは警戒しながら覗き窓を開ける。

開けた途端に魔法でも放たれるかと警戒したが、流石にそこまではない。


確かに魔法使いっぽいフードのローブを着た数名がいて、

後ろに宿屋の主人がオロオロしている。

対応に困っているようだな。

フードの数人の肌は浅黒い。

耳は見えないが、間違いなくダークエルフなのだろう。


 「そこにいるのは宿屋の主人だな?

 教えてくれ、

 こいつらは他の都市のダークエルフらしいが、

 そいつらにこの街で犯罪捜査する権限などあるのか!?」


この国の法律がどうなってるか知らないからな。

無実の人間を犯罪者扱いするような理不尽な法律などなければいいんだが。


 「は、はい、あの、この方々にそのような権限はありませんが・・・。」

 「ありませんが?」

 「この度、ビスタール神殿の神官長が捜査に協力するようにお口添えがありまして、その、私たちはそれに逆らえないと言いますか・・・。」


ならそいつを連れて来いと言いたいが、

やむを得ないな。

少なくとも盗賊の類ではないようだ。

むしろ、こっちの方が厄介な事になりそうだ。

オレば諦めて扉を開ける。

 「聞きたい事があると言うなら知ってる事は全て話してやる。

 だが、こっちも何の事かさっぱり分からないのに痛くない腹を探られるのはまっぴらだ。

 事の次第を先に話して貰おう。」


奴らは扉を開けるとズカズカと入り込んで来た。

リィナは既に臨戦態勢だ。

まだ動くなよ。


部屋に最後に入ってきたのは、

魔法兵団とやらと全く違う身なりの女性。

ベージュの上等そうなローブに金糸の刺繍が目立つ。

この宿の人間ではないようだ。

透き通るような肌のエキゾチックな美人だが、耳はやはり尖っている。

少なくとも肌の色からして最初に入ってきたダークエルフではないな。


最初に部屋をノックしていたフードの男が、偉そうにオレを見据えている。

 「ご協力感謝するよ、狼獣人ケイジくん!」

 「もう寝るところなんだ、

 さっさと状況を説明してくれ。」


ところが別のダークエルフの一人がいきなりオレを指差した。

 「こ、こいつです!

 黒い体毛の狼獣人!!

 私達を襲った者に間違いありません!」


はあ!?


カラドック

「彼は何も手に入れる事ができなかった、

幼なじみリナとのささやかな幸せさえも。」

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