第四百九十七話 ぼっち妖魔は本能に身を任す
<視点 麻衣>
・・・ふ、
ふふふふふ。
押しちゃった。
スキルポイント、ホントに全部なくなった。
もう、浮遊も吸血も人化も取得できないよ。
そして、
辺りは
シーンと
静まり返っている。
誰も微動だにしない。
邪龍でさえもこちらに攻撃をかけてこない。
ただ触手の末端だけはウネウネ勝手に蠢いている。
アレってどこまで邪龍はコントロールしているんだろう?
「ま、麻衣さん?」
沈黙と静寂に耐えきれなくなったか、
ケイジさんが話しかけてくる。
まあ、聞きたいことは分かっていますよ。
「目覚めさせるのにスキルポイント全部消費してしまいました。
多分、成功したんじゃないかと。」
「せ、成功って・・・。」
まだ、その兆候はみられないけどね。
『異世界の小娘、
たいそうなハッタリをかましたか。』
邪龍さんも理解できないようだ。
失礼な。
ハッタリなわけないでしょう。
「安心して下さい、
そろそろ、聞こえて来るはずですよ、
まあ、耳で聞こえるわけじゃありませんけどね。」
だからケイジさんやリィナさんの耳では聞き取れないかもしれない。
・・・ホントに大丈夫だよね?
いまいち不安と言えば不安なんだけども・・・。
あたしだって、その深淵とやらが、
今現在、どこにいて、
どこからやって来るか・・・
あ!!
っていうか、ここに来るなんて一言も保証されてないではないか!?
間違いなく、目覚めてはくれるんだろうけど、この邪龍との戦いの場になんt
!?
その時、頭が割れた
ジリリリリリリリリーリーゴーンカーンコーンピッポッピッポゴァーンゴァーンジリリリリリリリリーンゴーンカーンコーンリリリリリリリリ!!
うああああああああああああああああっ!?
突然メチャクチャ大きな音が脳内にいいいいっ!?
まっ、まるで目覚まし時計と教会の鐘の音と火災報知器と鳩が飛び出してくる柱時計とか、なんかいくつものベルがけたたましく同時に鳴り響いてくるうううううっ!?
い、いや、ホントに頭が割れたわけじゃないけども!
あまりの音量で頭が爆発しそう!!
それもあたしだけじゃない!!
見ればカラドックさんたちやアガサさん、タバサさんも耳を押さえて蹲っている!!
っても、鼓膜から聞こえて来る音じゃないから、耳を押さえても無駄!
あっ、ケイジさんやリィナさんも聞こえているか!
まあ、感知タイプの二人じゃないから、
それほど音の大きさには苦しんではいないみたいだけど。
『なんだ、この鐘の音はっ!?』
邪龍さんにも聞こえているね。
さすがに彼でも不快に感じているようだ。
・・・ていうか、ふっと思ったけど邪龍さんに性別あるのだろうか。
「彼」でいいんだよね?
ジリリリリリリリリリリリリリリン・・・
・・・ふぅ・・・。
やがて音は小さくなってゆき、
あたしの脳内からは消えていった。
そう、また静寂がやってきたのだ。
どれくらい経ったのか・・・
30秒か、1分か、それとも5分くらい過ぎ去ったろうか。
まだ他の兆候は顕れない?
『なんだ?
今のはなんだ!?
ただ五月蝿い音を撒き散らすだけの技か!?』
そんなもんじゃないことくらい邪龍さんだってわかってるはずだ。
けれど、今の現象が何だったのか理解できないからこそ冷静さを失っているのだ。
・・・いや、
もしかしたら・・・
ドックン
来ちゃった。
ドックン
「皆さん、聞こえますか?」
皆さん、という言葉には、
パーティーの仲間だけじゃない、
邪龍さんも含んでいる。
さっきの開幕ベル同様、
感知能力が高い者から聞こえて来るはず。
ドックン
「な、なに、これは
心臓の・・・鼓動?」
タバサさん、
そんな生き物いてたまるもんですか。
ドックン、ドックン、ドックン
「い、否!
こ、これは魔力の波動!!
け、けれどいったいどこから!?
こんな巨大なもの・・・!!」
やっぱり真っ先に反応できるのはアガサさん達だよね。
そう、この心臓の鼓動の音にも似た鳴動は、あたし達がいる洞窟全体に響いている。
けど、そうじゃない。
恐らく、地上でも、
この世界のどこにいても聴こえる筈だ。
それ程の巨大なエネルギー!!
目を覚ましたのだ!!
この世界の・・・本当の主!
すなわち深淵!
あたし達リーリトがヴォーダンと呼んでいた古の支配者!!
百獣の神!
咆哮する者!
冥府の王!!
光り輝く翼を持ち、未来全ての事象を見透すと言われた光と闇を統べる者!!
そして、その大いなる存在の名は・・・!!
<視点変更 世界樹の女神>
「これは!?」
「マ、マスター!
どうなさいましたっ!?」
布袋さんが私を心配して声を上げている。
けれど、
その声に応える余裕など私にはない。
初めは気のせいかと思った。
それほど微弱な反応。
けれど、どうにも胸騒ぎがするので、注意深くその反応の元を探る。
・・・今まで勇者さんたちと邪龍との戦いを遠隔透視していのだけど、
現在戦いは中断されているようだ。
しかも、この胸騒ぎ。
タイミングから察するに、異世界から送られてきた闇の巫女、麻衣様が何かしでかした様子でもある。
それを示すが如く、
彼女達が戦闘を中断した理由も、今の現象に関わるものだろう。
ドックン
そうだ、
やはり気のせいではない。
これは
ドックン
間違いない。
ドックン、ドックン、ドックン
だんだん大きくなる。
「マ、マスター!?
この異常な魔力の波動は!?」
布袋さんも気づいたようだ。
むしろ、これだけ巨大なエネルギー、
しかもどんどん大きくなっている。
こんなもの気づかないほうがどうかしている。
「ま、まま、マス、タぁ・・・っ!」
「オデム!?」
元々スライムだったオデムが私の足元で力無く崩れ落ちる。
今にも泣き出しそう・・・!
こんな辛そうな表情は初めてだ。
恐らくこの強大なエネルギーに当てられて、
本能で恐怖しているに違いない。
あっ・・・
それどころか人間のカラダを保っていることも出来なくなっているようだ。
可愛らしい少女の姿がドロドロと崩れてゆく・・・。
「ま、すた、お、デム、
マス、たに、作って もらっ て
し、あわ・・・」
オデム!?
「いやあああああああっ!?
オデムーッ!?」
オデムの姿が完全にスライムの形に戻ってしまった!
なんてこと!?
け、けれど命に別状はないはず!
その証拠に彼女のHPに変動はない!!
ステータス表示は「自我消失」?
ならば可哀想かもしれないけど、
今はオデムのことは後回しにせざるを得ない。
後できっと人の姿に戻してみせる!
そして
私は
気づく。
この波動に
覚えがある・・・。
あれは
そう、
まだ私が前世の地下世界ピュロスにて、
穏やかに暮らしていた時、
地上からの人間達が私達の国に攻め入ったという報せは届いていたが、
戦地は私の神域とは離れていたおかげで、この私は何の心配もせず普段通りに暮らしていた。
なのに
あの時、
突然湧き起こった巨大な精神エネルギー!!
地下世界全てを揺らすその波動は、
まさしく世界全てが吹き飛ぶのではないかと思ったほどだ。
けれどその騒動はその一時だけ。
その後、同じような現象は二度と起きなかった。
・・・少なくとも私が生きている間は。
もっとも、
あの精神エネルギーが巻き起こしたと思われる天変地異で、
地上の多くの街が津波に洗い流され、
巨大地震で建物は倒壊し、多くの人々がその下敷きとなり、
さらには多くの街が、火山噴火の溶岩に埋もれていったと聞いている。
それほどまでのエネルギーが、
もしこの世界でも同様に吹き荒れたなら!?
何千、何万、
・・・いや、事によると何億もの命が消え去るのでは・・・!?
「麻衣様!!
あなたは本当にご自分で何を呼び出したか分かっているのですか!!」
その気になれば、
遠隔で念話も可能だったろう。
けれど私は今この場で抗議の声を上げただけだ。
何故だろう。
恐怖?
何に対して!?
麻衣様が呼び覚ました得体の知らない何かに?
・・・いや、違う。
この圧倒的なエネルギーの中に、
私が知っている匂いを感じたからだ。
「あの時」は知り得なかった何か。
私は
その、真実を知る事に
恐怖していたのだ。
開幕ベルの音は現場だけにしか聞こえなかったようです。