第四百九十二話 ご指名
ぶっくま、ありがとうございます!
<視点 ツェルヘルミア>
さて、どうするか。
このまま、何も知らない、何も覚えてないという体でこの後の日々を過ごすべきか。
記憶障害ということで、
婚姻の話は中止に・・・
なってくれれば万々歳なんだがなあ~。
現実的には少し先延ばしにするとかその程度ではないだろうか。
とりあえず風呂から出る。
シーデーが髪を乾かしてくれてるが名案は出ない。
危うくスルーしそうだったけど、ドライヤーなんてあるんだ・・・
あれ?
電気ない筈だよな、この世界・・・。
あっ、これ、風の魔道具ってやつか。
脱衣場では、
いつの間にか別のメイドが控えていて、屋敷用のドレスを着させられた。
途中で別の物に気を取られたせいか、まだグッドなアイデアは出ない。
ううむ、
かつては戦略の鬼才(自称)とまで言われてたオレにも難しい問題だ。
逃げるのは簡単そうな気もするんだが、
そうなると両親の立場が不味いことになるだろう。
ツェルヘルミアは民に人気ありそうだから、
この領地から出てってしまうとなれば、
彼らの不満を膨れあげさせることも出来ないことはない。
でもそこまでツェルヘルミアは親を困らせたくないよな?
・・・となると相手を攻めるか・・・。
そこまで考えがまとまったところで、
夕食の場に案内される。
疲れてるから今夜は遠慮して・・・
と言いたい欲に駆られるが、
腹が減っているのもまた事実。
強権発動して、夜中に食べ物持ってきて!
という手段も取れそうだが、
侯爵家の厳しいハウスルールもあるようだ。
・・・あまり自由とは言えない記憶ばっかりだな。
そのストレスが、今度の婚姻話で爆発したのかもしれない。
マナーの修行、
歴史の勉強、
ダンスの練習、
気の置けないパーティーの参加、
貴族の会話術、
なんか色々な記憶が湧き出してきた。
大変なんだな、貴族の子女って・・・。
さて、
豪勢なダイニングルームで、
広いテーブルには、父母とオレだけ。
・・・む、記憶がまた少し復活。
ツェルヘルミアには兄がいるな?
このテーブルに五人並んだ映像が浮かび上がったぞ?
名前はまだ思い出せないが、
現在二人の兄が別の領地で領主代行の修行中か。
まあ、年上の男がいるなら、そっちに家は継がせるよな。
健康で見目麗しい貴族の娘が独り身なんて許されまい。
いずれは何処かの貴族に嫁がされる運命か・・・。
それまで時間引き延ばして元のオレの世界に戻・・・
え?
なんかオレの心が騒がしい!?
あ、もしかしてツェルヘルミアがご不満か!?
はっきりした意志は感じないが、逃げるなって騒いでいるのか、もしかして?
薄情者っ!?
人の裸ガン見しておいてっ!?
す、すまんすまん。
いや、外敵ならいくらでも守ってやれるけどさ、
こういうのは専門外というか・・・
ああ、分かった分かった、何とかするから・・・。
オレだって豚野郎に抱きつかれたくないよ。
「気分はどうだ、ツェルヘルミアよ。」
おっと、お父様からのご質問だわ。
「お陰様で、少しは良くなりました。
傷や火傷も跡もなさそうです。
ウィルソンにお礼を述べねばなりませんね。」
「うむ、それは伝えておこう、
これ、バートラー。」
「は、かしこまりましてございます。」
以心伝心というのか、
お父様の指示ははっきりしたものでもなかったが、執事のバートラーには伝わったようだ。
また、バートラーも直接治癒士のウィルソンに伝えるのではなく、別の人間を介してお父様の言葉を伝えるのだろう。
「それで何か思い出した?」
「申し訳ありません、お母様、
色々思い出してはいるのですが、屋敷を出ようとしていたことについては、まだ・・・。」
「そう・・・、そのうちきっと思い出すでしょう。
だから無理に思い出そうとしなくても大丈夫よ?」
ううむ、それだけ聞くと、思いっきり優しそうなお母様なんだけどなあ。
「それでは、料理が冷めないうちに食べてしまおう。
わざわざ料理長が夕食を作り直してくれたそうだ。」
げ。
温め直した、じゃなくて作り直したのか、
さすが侯爵家、てか本当に申し訳ない。
機を見て謝りに行こう。
テーブルマナーは・・・
うん、便利だ。
ツェルヘルミアの記憶で何とかなる。
強いて言えば、眠気にいつ襲われるかだ。
風呂に入って一時的に目は醒めたんだが、
これも長持ちするかどうか怪しい。
「それで、ツェルヘルミアよ。」
「はい、お父様。」
「まだ思い出せてはいないところ申し訳ないが、来週、お前がダリアンテ領に行くことになっていた件だが。」
ぶふっ!?
さすがに侯爵令嬢ツェルヘルミア!
吹き出すことはなかったが、オレの人格だけだったら危なかったぞ?
口の中のもの全て吹き出すところだった。
「ダ、ダリアンテ領、ですか?
私がなんのために?」
精一杯とぼけてみる。
「やはり、その件も覚えておらぬか。
実はそなたとダリアンテ領の跡継ぎたるオーギュスト殿との婚姻話が進んでいてな。
その顔見せに行き、そなたにも向こうの家の方々にも、互いに馴染んで貰おうと思っていたのだよ。」
もうそれ、お父様も家出の原因がそれだって知ってるよな?
こっちが忘れてると思って既成事実バンバン積み上げる気だな?
「え、あ、あの、全く覚えておりません、ていうか、私はその話を承諾していたのでしょうか?」
「承諾しようとしまいと、貴族の娘として生まれた以上、避けられぬ話であることは、お前が一番理解していよう。
・・・私だとてお前を放したくはない。
されど親の愛に溺れ、お前を行き遅れにさせてしまっては、それこそオリオンバート家の名誉ばかりか、ツェルヘルミアの美しさを泥の中に埋もれさせることと同義!
・・・これでも父はお前が幸せになれる最も素晴らしい相手を選んだつもりだ。
ダリアンテのご子息はそなたに贅の限りを尽くしてくれるそうだ。
領地経営もしっかりしている。
きっとお前は幸せになれるだろう。」
いやいや、
もう聞いちゃったよ!?
相手がオーク・・・?
豚野郎なんでしょ?
オークが何だか知らないけど騙されねーぞ!
お前、父親のくせに娘の嫁入り先が豚のところでも構わないっていうのかよ!?
ホラ、ツェルヘルミアの怒りが地の底から噴き上がってきたから。
オレでも抑える気はねーからな?
・・・これは一騒ぎやらかすか・・・、
とオレが覚悟を決めた時だ。
ダイニングルームの入り口の扉がノックされた。
料理の追加か?
いや、それなら廊下からの入り口をノックしないわな。
厨房に繋がる扉は他にある。
対応するのは執事の役目か。
そのバートラーが落ち着きはらった態度で扉を開ける。
きっと内心、領主の食事の時間を邪魔するとは何事だと思っているのかもしれない。
オレの角度からはハッキリ見えなかったが、家令の一人が扉を叩いたようだ。
用件は何だろう。
何か、珍しくバートラーが驚いているような気もするが。
しばらくすると、家令は立ち去り、
代わりに一通・・・
いや、二通か?
封書のようなものを胸に掲げたバートラーがオレ達の方を向いた。
「お食事の邪魔をして大変失礼いたします。」
努めて冷静に振る舞っているが、
声の調子に違和感がある。
そしてそれはお父様もお母様も感じたようだ。
「どうした?
何かあったのかね、バートラー?」
オレが見たまんまなら、どこかの誰かから手紙が届いたってところだと思う。
内容もまだ読んでないはずだが、
そんな慌てるような相手からなのだろうか?
「お館様、
ただいま火急の封書が届きました。」
「む?
このオリオンバート領侯爵たる私に宛てかね?
一体誰からの・・・?」
「そ、それが国外の・・・」
国外?
それって外交扱いになるんじゃないのか?
さすがにお父様もお母様の顔色も変わる。
「国外だと!?
いったい何処から・・・。」
「封書は同じ方から、お館様、
そしてツェルヘルミア様宛の二通となっております。」
ん?
オレ!?
おい、ツェルヘルミア、お前国外に知り合いいるのか?
・・・ってもわかんねーよな。
記憶だって完全じゃないんだし。
でも
誰から送られてきたか、名前をきけばわかるか?
「私とツェルヘルミア宛だと?
それがこの様な夜更けに早馬で?
早く申すが良い。
何処からの封書なのだ!?」
「き・・・」
き?
「金枝教教会でございます!」
「金枝教っ?」
えっと・・・
確かこの辺りの地域で最も有名な宗教だったよな?
このオリオンバート家も領内の教会に色々寄付なり便宜を図っている筈だ。
いや、でもバートラーの奴、「国外」って言ったよな?
「差出人は金枝教教団本部・・・そ、そしてそこに書かれたお名前は・・・」
そんなに慌てるような話なのか?
ダメだ、さっぱり分かんねーわ。
「金枝教教団本部の誰からだと言うのだ?
枢機卿か?
それとも大司教か?」
「い、いえ、そのどちらとも・・・。」
声が震えているぞ、バートラー。
枢機卿とか大司教って結構偉いヤツじゃないのか?
もしかしてそれよりもっと偉いヤツからなのか?
そんなヤツがツェルヘルミアに何の用だってんだよ?
「バートラー、いい加減にせよ!
もったいぶる必要など何もなかろう!
さっさと差出人の名前を言うがよい!」
「は! し、失礼致しました!
さ、差出人は・・・せっ、
聖女様!!
聖女ミシェルネ様でございます!!」
ほう、聖女。
せいじょ・・・。
ふむ。
ん?
聖女?
なんですか、それ?
これにてツェルヘルミアパート終了です。
次に彼女(?)たちが登場するのはエンディグ付近の予定です。