第四百八十八話 モブ衛兵ローレックの幸せ
うりぃ
「ほ、ほんまに妄想のまんま、話し続けよった!?」
<視点 衛兵ローレック>
「異常はないか!?」
「あっ、ありません!!」
このクソ隊長、人の妄想邪魔してんじゃねーぞ、畜生、いいとこだったのによ!!
ていうか、さっきっから五分も経ってねーだろ、
見回り早すぎんぞ、この野郎!!
・・・行ったか。
ったく、妄想くらい好きにさせろよな?
で、どこまで行ったっけ。
おう、そうだ。
ツェルヘルミア様の肢体がオレに寄りかかってきたとこまでだよな。
もう、ここまで来たら何でもヤレるよな?
太ももだって密着してるし、
何なら膝下のふくらはぎ同士絡めたっていいよな。
「かわいい・・・。」
思わず声が出る。
この状態でも彼女は目を覚まさない。
まるで「だから好きになさって頂いていいんですよ?」と無言の主張をされてるみたいだ。
・・・指を
ツェルヘルミア様はご自分の両手を下腹の辺りに組んでいた。
その上にオレの手を添えて、
片方の指を引き剥がす。
そしてゆっくりとさするんだ。
「・・・あ」
おっと、さすがに目を覚まされてしまったようだ。
騒がれるだろうか?
それとも先程あれだけのお優しさを見せてくれたツェルヘルミア様だ、
誠実な態度を示せば赦してくれるのではないだろうか。
「・・・あ、あの、これは」
やはり戸惑っていらっしゃる。
それは仕方ない。
けれど。
「申し訳ありません、ツェルヘルミア様。
疲れ果てた姿のあなたを見ていたら、じっとしていられなくて・・・私に何かできないものかと・・・。」
オレはそのまま指の動きを止めない。
「そ、それで私の手をさすって頂いていたのですか?」
「ずっと外にいたのでしょう?
冷たくなっていましたよ。
どうです?
少しは温まりましたか?」
「あ、は、はい、とても温かいです・・・。」
恥ずかしそうに顔を俯けるツェルヘルミア様。
でもこっちを拒否しようとする素振りは全くないな。
ツェルヘルミア様もカラダをオレに預けたままだし。
なら、もっと、指だけでなく手のひら全体で彼女のそれを包み込むように・・・
「あっ・・・そんな」
「いいんです、遠慮しないで下さい。
こんな硬い椅子より私のカラダにもたれる方が楽でしょう?
あなたの全てを支えていますので、もっと私に任せてくださっていいのですよ?」
「でも、私、こんな大きなカラダで・・・
その、重くは・・・。」
「素敵なお体です。
重くなんてありませんよ。
ホラ、もっとカラダをこっちに・・・。」
そしてオレは腕に力を込める。
「ああ、衛兵様、温かい・・・。」
「ツェルヘルミア様のお体は柔らかいですね、
守ってあげたくなる・・・。」
もう互いの体は密着している。
オレの腕はツェルヘルミア様の背中に回り、
もう一つの手は先程から彼女の手のひらを握りあっている。
まるで手のひら同士で会話するかのように、
互いに力加減を変えたり指先を動かしたり。
・・・これ、
この状況、ツェルヘルミア様も嬉しがってくれてるのかな。
そうだよな、
もうお互い合意してるようなもんだよな?
片足だってさっきから絡みあったままなんだぜ?
その状態で、ブランコでも揺するみたいにプラプラさせてるんだ。
お嬢様も当然それに気付いているのに、拒否する素振りもない。
恥ずかしそうにオレにされるがままにしてるんだ。
なら・・・このまま
「ツェルヘルミア様、お願いがございます。」
「は、はい、何でしょうっ・・・!?」
「あなたの麗しき唇を私に重ねていただけないでしょうか・・・。」
お嬢様のお顔は真っ赤で沸騰寸前に見える。
「そっ、それは・・・いけませんわっ。
結婚もしてない婦女が、そ、そんなはしたない真似を・・・。」
オレはお嬢様の手のひらを反り返すように力を込める。
ここもお嬢様はオレにされるがままだ。
「お願いです・・・
もう私とあなたの唇の距離は5センチもありませんよ?
ほんの少し、首を傾けるだけで私たちの唇は触れ合うことができるのです!
・・・いえ、そうですね、
貴女がどうしても出来ないと仰るなら・・・
ここは私の方が・・・。」
「あっ? いけませんっ!
そんなことをなさっては・・・っ!」
「これは貴女と私だけの秘密です。
どうか、この私にお慈悲を・・・
ツェルヘルミア様のお恵みを・・・。」
オレが顔を近づけると、
ツェルヘルミア様は顔を左右に振って拒否しようと・・・
いや、フリだけだろう。
肝心の体はオレにしがみついたままだ。
その状態で顔を振ったって、
すぐにオレに捕まる。
「ああ、いけませんっ・・・。」
「大丈夫です、ツェルヘルミア様、
あなたはなにも悪くありません・・・。
さぁ、力を抜いて、私のくちびるを・・・」
「お迎えの方がいらっしゃったぞ!!
ツェルヘルミア様にお知らせしろ!!」
「はっ、はい! 分かりました!!」
ちっっっっっっ
くっっっっっっ!
しょーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!
ここまでなのかよぉぉぉぉおおおおおおおおおおっ!!
さよなら・・・さようなら、
オレの人生で、最も幸福だった時間よ・・・。
今日のこの日のことは、
決して忘れないよ・・・。
オレは先程までの妄想を、
頭の中から振り払って扉をノックする。
「ツェルヘルミア様!
お迎えの方がいらしたそうです!
扉を開けて宜しいでしょうかっ!?」
・・・反応がない。
まさか屍になってないよな?
いや、冗談はやめてくれ。
さすがにそれはない。
単にまだ眠ってらっしゃるのだろう。
・・・あれ、
これ・・・扉開けていいのか?
何度か呼んでみるが反応はない。
貴族の女性の眠ってる部屋の扉を許可なく開けて・・・いいのか?
だってオレは末端兵士とはいえ、
ほとんど平民だ。
そんなしきたりなんて知らない。
でもこのままお嬢様が起きなかったら命令を果たせないぞ?
オレはしばらく自問自答を行った後、
勇気を奮い起こして扉を開けてみる事にした。
さっきの妄想ではないが、
最初のオレ達への優しい振る舞いから判断して、
多少の失礼は笑って許してくれそうな気がしたのだ。
「失礼いたします・・・!」
そのままだった。
今オレに見えてるお嬢様のお姿は、
最後に椅子に座った時の体勢と殆ど変わってなかった。
単に首を傾けて穏やかな寝息を立てられているだけだった。
・・・これを起こすのか・・・。
選択肢1
この位置から大きな声を出してお嬢様に呼びかける。
選択肢2
もっと近寄って
お嬢様の寝顔を堪能して
優しく肩に手を添えて
その耳元で朝ですよ、と囁きかけ・・・
ええい、1番に決まってるだろ!!
さすがに2番はない!
それやったら大問題になるわ!
選択肢3
全裸でツェルヘルミア様の部屋に飛び込み、
手を腰に当てたまま、
アンゲロ、アンゲロと叫びながらツェルヘルミア様の頭の上に私のお稲荷さんをお乗せする。
・・・死刑になるだろうがよっ!!
何の呪いの儀式だ! それは!?
残念・・・
非常に残念だが・・・
でもよ、至近距離で寝顔見るだけなら・・・
アリだよな?
ふ、ふふ・・・
うむ、さっきの妄想通りのかわいい寝顔だ。
下心なしに起こすのが可哀想になる。
くーくー、寝息がホントにかわいい。
まあ、役得はここまでだな。
元の入り口に戻って大声を出そう。
ああ、勿体ねえ・・・
「ツェルヘルミア様!
お迎えの方がいらしたそうです!」
「・・・んあ?」
ぷ。
貴族令嬢らしくない間抜けな声が出たな。
でもそれもかわいいや。
「あ・・・おはようございます?
えと、迎えの者が来たとおっしゃったのでしょうか?」
うっぷ、これ半分寝ぼけてんだな、ツェルヘルミア様。
いやいや、ホントに可愛らしい方だ。
「はい、その通りです、
ご案内いたしますので、どうぞこちらへ。」
「あ、そ、それでは今参りますね、
う・・・まだフラフラする・・・
あれからどれくらい私は寝入っていたのでしょうか・・・?」
お嬢様はそう言って、ホントにフラつきながら立ち上がった。
あれ? 大丈夫なのか?
「恐らくですが一時間経ったか経たないかくらいだと思いますよ?」
「ああ、それくらいですか、
それでは回復しきってないのも仕方ないでしょう・・・ねっ!?」
「お嬢様っ!?」
ツェルヘルミア様がいきなりつんのめった!
あ、センターテーブルの角にぶつかったんだ!
あれの足、この部屋に固定してるんだよ!!
前のめりに転げそうになるお嬢様のカラダを、オレは反射的に支える形なる・・・
って・・・これ、まさかっ
さっきの妄想・・・ !?
あ、あ、オレがお嬢様を抱き締める形にっ!
ツェルヘルミア様の吐息がオレの胸元に。
ツェルヘルミア様の髪の匂いがオレの鼻に・・・。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
も、妄想なんかじゃねええええええええ!!
生きてて・・・
生きてて良かったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!
次回からツェルヘルミア視点に戻ります。
多分次回で、
何故彼・・・いや、彼女を物語に登場させることになったのか、お分かりになるかと・・・。
あ、でもまた字数が増えるようならその次かも。