第四百八十五話 ツェルヘルミアの帰還
また下書きを使い果たした・・・。
<視点 ツェルヘルミア・オリオンバート>
丘の上から城門が見える。
既に辺りは薄暗い。
どうやらここが・・・
うん、ツェルヘルミアの記憶と合致する。
領都ヘテラの入り口だ。
中世ヨーロッパの城壁に囲まれた都市ってこんな感じなのかな。
オレの方の記憶だとおとぎの国を連想してしまう。
既に出入りの門は閉ざされている。
流石に何時で閉められるのか、ツェルヘルミアの記憶にはない。
忘れているのか、本当に知らないのかもわからない。
ナツリの上に乗ってここまで来たが、
特にあれからトラブルはなかった。
けれど、殆ど道については初見のようなものだし、薄暗くなってからは更に慎重に歩ませてきたのだ。
ここにくるまで予定以上の時間がかかったのは仕方ないと思う。
腹も減ったし喉もカラカラだ。
さて、これからどうするか。
まあ、行くしかないよなあ。
門が閉ざされていようが、
こっちはこの領地を治める侯爵の一人娘、らしい。
ならある程度融通は利くだろう。
丘の上から街道を降りる。
ここまで来たら城壁の篝火で視界は明るい。
物見はいるようだが、
馬一頭に乗った女一人、気にも留めないか。
2メートルはあろう、硬い扉に閉ざされた城門。
辺りには人の姿も見えない。
けど本当に誰もいないわけではないだろう。
大きな扉の脇に小窓のようなものがついている。
その先に誰かいるのではないか?
オレはその窓の中を覗き込む。
「すみません、どなかたかいらっしゃいませんか?」
数秒ほど反応はなかったが、
暫くすると人の気配があった。
「なんだ?
もう門限は過ぎたぞ。
城内に入りたくばまた明日にせよ。」
やっぱそうだよな。
では、権力は通じるのかね?
「決まりは承知しております。
ですが、私がツェルヘルミア・オリオンバートと名乗っても中に入ることは無理なのでしょうか?」
一応、あのブ男三人衆をぶちのめした後、馬車に戻って大事そうなものは回収してきた。
中に毛布もあったから、体を拭いた後に今も肩から体を覆っている。
これで体温低下の心配はないだろう。
荷物は全部持ちきれないので、袋にまとめてナツリのカラダにぶら下げてもらっている。
荷物の中には自分の身の証になりそうなものもあったから、たぶんどうにかなるのではないか?
「・・・はあ?
ツェルヘルミアって、おまえ、それ・・・」
あれ?
ダメだったか?
もしかして、何かお家騒動みたいなものでもあったのか?
しまった、
そんな非常事態想定してないぞ?
失敗したかな?
「ツェルヘルミア様あああっ!?
なんで城門の外にいいいいいいっ!?
たっ、ただいまお開きいたしますっ!!」
開けてくれはするようだが、
・・・もしかしてツェルヘルミアって何かやらかしたのだろうか?
そう言えばあの馬車、帰属を明らかにするオリオンバート家の紋章を隠してた様子があったもんな?
あれ?
オレ、ここに帰ってきて良かったのか?
門は外門と内門と二重になっていたようだ。
すぐに外門は開かれたが、
同時にまだ閉ざされたままの内門の前に、
何人もの見張り兵が集まってきていた。
「ツェ・・・ツェルヘルミアお嬢様!
その格好はいったい!?」
ああ、うん、そりゃ聞かれるよな。
「このようなみっともない姿を晒してしまい申し訳ありません。
馬車でこの街をでたようなのですが、
昼過ぎごろ雷が落ちて馬車は大破・・・
実はこの私もその時の衝撃で記憶も曖昧となっています。
確認します、
私の名は、ツェルヘルミア・オリオンバートで間違いないのでしょうか?」
「・・・っ!?」
そりゃ驚くよな。
オレが逆の立場でも驚くに違いない。
「しょ! 少々お待ちください!!」
衛兵は横にある詰所と思われる扉へと入っていった。
自分一人じゃ判断出来ないんだろう。
ホントに申し訳なく思う。
「お、お待たせいたしました!
上の者が参ります!!」
「まあ! ありがとうございます!!」
全然待ってない。
むしろなかなか早いと思う。
詰所の中からは、更に数人の衛兵達に迎えられた。
先頭にいるのは役職が上っぽいおっさんだな。
「ま、間違いなくツェルヘルミア様!!
どうぞこちらでお休みください!!
いま、衛兵を一人、侯爵様のお屋敷に遣わせましたので!!」
ツェルヘルミアの顔は知ってるようだ。
ならオレの行動選択は間違ってないんだろうな。
まだ・・・なぜ侯爵令嬢が、御者しか伴わずに城門の外へ出たのか、
その理由が不明だが・・・。
「何から何までご迷惑をお掛けします。
それと、できましたらお水を一杯いただければ・・・。」
正直、腹も減ってるが、まず喉の渇きが激しい。
お茶がいいとか、贅沢は言わないから何か飲ませてくれ。
「すぐにご用意いたします!
し、しかしお怪我の方は・・・?」
「傷や火傷による痛みとかは殆どありません。
多少皮膚が引き攣るくらいで・・・。
それより疲労感が辛くて・・・。」
「は!
ではゆっくりとお休みになられてくださいませ!!」
馬に乗ってりゃ体力はある程度回復できるかと思ったんだが、
鞍無しの乗馬は揺れまくって、回復どころじゃなかった。
ナツリの背中から落ちないようにするので精一杯ってところか。
幸い酔ったりするようなことはなかったが。
「さ、このようなむさ苦しいところで心苦しいのですが・・・。」
衛兵用の休憩所なんだろうな。
殺風景なのは当たり前だろう。
もちろん、オレはそんな事に文句言わないぞ。
「まあ、わざわざクッションまで・・・。
お心遣いありがとうございます。」
オレならこんなセリフ吐かねーだろうなあ。
ホント大したもんだよ、ツェルヘルミアお嬢様。
後ろの方で若そうな衛兵が、
蕩けたような表情を浮かべているのが見える。
「あれがツェルヘルミアお嬢様・・・。」
「オレ、こんな至近距離でお会いしたの初めてだ。」
「やべー、すげぇ綺麗・・・。」
ふふふ、聞こえているぞ諸君。
特別サービスで首を傾けて微笑みをお届けしてやるからな?
「おっ、お嬢様、オレに笑いかけてくれた!」
「ちげーよ! オレにだよ!!」
「後で家族に自慢できる・・・。」
「き、貴様ら! ツェルヘルミア様の前でヘラヘラするんじゃない!」
「「「はっ、はい! すみません!!」」」
おっと、
サービスし過ぎたか。
位の高そうな衛兵は若手がニヤけるのを許せなかったようだ。
まあ、それも仕方ないよな。
ここは謝っておこう。
「申し訳ありません、
私の配慮が足りませんでした。
配下の方を叱らないであげてください。」
「はっ! い、いえ、お嬢様が頭を下げることなど・・・!」
「ツェルヘルミアお嬢様、マジ天使じゃねーか・・・。」
「あ、あんなお優しい方だったんだ・・・。」
「ヤベー、ドキドキが止まらねぇ・・・。」
あー、
男の体と違って、
美人は得だなあ。
ニコニコしてるだけで皆んなチヤホヤしてくれる。
ただ体力が限界に近いのもまた確か。
「それでは、迎えが来るまでここで休ませていただいてよろしいのでしょうか?」
「はっ!
不埒な者など近づけさせませんので、
ご安心してお休みください!」
おおお、マジ助かる。
衛兵の一人が休憩所の前で立哨してくれるようだ。
配置スケジュールを狂わせてしまったとしたら非常に申し訳ないな。
ありがたくその恩恵を受けさせてもらうが。
「あの、些少ではございますが、お礼の代わりに皆様でこちらを・・・。」
持ってきた袋の中には大量の金貨が入っていた。
・・・改めてオレは何しにどこへ行くつもりだったんだ?
まあ、一枚くらい使っても問題なかろう。
・・・しかし、金貨って・・・
いや、オレにも大体事情は掴めてきた。
何がどうしてそうなったかは分からないが。
あっ、事情ってのはツェルヘルミアの事情でなく、男のオレがこんなところで、こんな状態になっているって方の話な。
そしてオレは一枚の金貨を責任者らしき衛兵に渡す。
あ、こいつ受け取ろうとしないか?
「なっ!?
このような物は受け取れませぬ!!」
なら無理矢理に渡す。
男の手を両手で掴み令嬢の細い指でコイツの手のひらをこじ開けるようにな。
「なっ!? わ、私の指に!?
あっ!! そっそんな!?」
おい、待て。
なに、赤くなってんだ?
やめろ、こっちまで恥ずかしくなるだろ。
「勘違いならさないで下さい、
賄賂とか袖の下とかではありませんわよ?
ただのお礼ですわ?
それもこの部隊の皆様に使っていただきたいのです。
お仕事が終わった後に羽を伸ばして頂いてもバチはあたらないでしょう?
末席とはいえ、オリオンバート家に連なるこの私に恥をかかせないでくださいませね?」
「そっ、そこまで仰られてしまっては・・・
お、お嬢様、ありがとうございます・・・!
隊を代表してお礼を述べさせてください。」
「隊長・・・なんて羨ましい・・・。」
「あの堅物の人が顔真っ赤だぜ・・・。」
「畜生、オレも手を握られてぇ・・・!」
後ろで小さい歓声が聞こえる。
ふふふ、もっと褒め称えるがいい。
とはいえ、ここで体力切れだ。
オレは最後にニッコリ笑った後、
糸が切れたように長椅子に腰を落とす。
なんかとんでもないところに紛れ込んじまったみたいだが、
それはまたゆっくり考えるか。
迎えが来るまでどのくらいかわかんねーが、
ちょっと一休みさせてもらうぞ・・・。
う・・・もう意識が・・・
ぐーz z z・・・
衛兵その1
「あれ・・・隊長どこ行った?」
衛兵その2
「え? 20分くらい前にトイレ行くって・・・まだ戻ってないのか?」
さらに10分後・・・
隊長
「ふぅぅ、スッキリした・・・ぁ。
む、お前ら異状はないか?」
衛兵その1
「ないっス・・・。」
衛兵その2
「なんで嬉しそうに自分の指さすってんスかねぇ・・・。」