第四百八十三話 正体判明
例によって二、三話で終える予定が長引いてしまってます。
<視点 ツェルヘルミア・オリオンバート>
誰か教えてくれ。
オレはこの状況、どんな態度を取ればいい?
目の前には人相もガラも悪い、女に全く縁のなさそうなむさい野郎が三人。
こっちはケガを負った、恐らくいいとこのお嬢様。
まあ、ケガと言っても流血とか骨折とかはない。
一部皮膚が火傷みたいになってるのと、体力があまり残ってない状態だ。
こいつらが追い剥ぎの類だったら簡単なんだがな。
・・・いや、違うな。
ここはオレが男のカラダだったら簡単だと言いなおすべきだろう。
野郎三人だろうが武器をもっていようが瞬殺できる。
問題はこの女のカラダだ。
オレの反射神経及び体力が万全だとしても、
オレの鍛え上げた技にこのカラダが耐えられるとは思えない。
拳打を撃ち込もうにも、まず手首を砕いてしまうだろう。
蹴りならまだましかもしれない。
けれど軸足の踏ん張りもかなり怪しい。
このブーツ、かかとはしっかりしてそうだが、オレの震脚に耐えられるのかどうかも分からない。
となるとこの場をいかに切り抜けるだが・・・
野郎どもは舌なめずりして、今にもオレに飛び掛かってきそうな勢いだ。
まぁ奴らにしても望みは分かる。
あんな女に縁のなさそうな面と格好で、
たった一人でふらつく年頃の貴族令嬢に遭遇しちまったんだもんな。
しかも・・・落雷にあたって弱っていそうで、服も所々破れて肌が露出している。
これは第三者が見てても美味しそう・・・
じゃなくてヤバい事態だといえよう。
ヒヒヒン!
お?
馬のナツリもこいつらがよろしくない奴らだと認識できるのか。
意外とできるヤツだな。
「ていうかお嬢、
そんだけ肌を曝け出しといて、隠そうともしないのってどうかと思うんスけど?」
ん?
今のいななきはオレへのツッコミだったのか?
いや、言われればそうだな。
今のオレが貴族の娘さんだとしたら、いくら不慮の事故だとしてもこんだけ服がボロボロになって平然としてるのは変だよな。
まあ馬が喋るわけないからオレの気のせいなんだろうけども。
おっと、野郎どもが近づいてきたぞ。
こりゃ覚悟決めるしかなさそうだ・・・。
この場合、覚悟って二種類だよな・・・。
って、あああああああ!
仕方ねぇ!!
切り替えるか!!
「あ、・・・あの皆さん?」
今更だが、破けた服を隠すようにカラダを縮こませる。
表情も・・・恥じらう乙女になりきりゃいいんだろ!?
畜生・・・何の因果でこんな目に・・・。
「おっほぉ!?
近づいてよく見りゃ・・・ホントにすげぇ美人だなぁ!」
「見ろよ!! 胸のふくらみ!!
あれに挟んでもらえりゃ、あっという間に昇天しそうだぁあ!!」
「こりゃ、売り飛ばす前にオレたちでじっくりもてなさなきゃなぁ!!」
こいつら人身売買でもやってんのか。
てか、真ん中の髭面、やりたいことは理解してやるが絶対無理だから。
貴様の祖チン、オレの目の前でポロンさせた瞬間、踏みつぶしてやるとそう思え。
その後38回は殺してやる。
囲まれたか・・・。
どうする?
いや、その前に馬を走らせて逃げたら良かったって?
けど鞍も鐙もない状態で飛ばしたら絶対に落馬する。
それにこいつらには聞きたいこともあるんだ。
「あ、あの、皆さん、出来ましたらお願いが・・・。」
「はぁん? お嬢ちゃん、この状況でオレらに頼み事ぉ~?」
「いいじゃん、聞いてあげようよ~?
オレら、優しいおじさんたちだもんなぁ?」
「そうそう、ケガしてんだろぉ?
ならオレたちの家に案内してやるよぉ?
ゆっくり休ませてやるからさぁ、ゲハハハハハ。」
ハゲのくせにゲハゲハ笑うなってんだよ。
まぁ、こいつらもオレが女だと思って油断してんだろうな。
「じ、実はさっきの落雷のショックで記憶が定かでなくって・・・
私が誰かも・・・あの馬車がどこの家のものかもわからなくて・・・。」
怯えた令嬢のフリは続行中。
意外とうまくできてるか?
なんか自分の女言葉に違和感を感じない。
「・・・おお、そうだよな、
お嬢ちゃんの身元もはっきりさせねーとなあ。
金額に影響が出ちまうもんなあ。」
「へっ、でも記憶が飛んじまったっていうのかぁ?
そらあ難儀だなぁ~?」
「ちょ、おい待てよ・・・あの馬車の紋章・・・
横三ッ星、じゃねーの!?」
ん?
そういや、馬車の横に彫られているな。
あれは家を示す紋章だったのか。
何か覆いを被せて紋章を隠そうとしていたようだが、
今はすっかりめくれあがってしまっている。
そこには横に並んだ同じ大きさの三つの星形。
「はぁ!? 横三ッ星!?
そ、それって、おま・・・!」
「この辺りを治めるオリオンバート家の紋章じゃねーか!?」
「え? てことは、このお嬢ちゃん、
見た目の年齢からして・・・オリオンバート侯爵の一人娘・・・
ツェルヘルミア侯爵令嬢っ!?」
「「「マジかっ!?」」」
最後は三人、声を揃えて目をひん剥きやがった。
だが有力な情報を手に入れたぞ。
まず間違いなくこの話の流れならオレは・・・
いや。
間違いない。
名前を呼ばれてはっきりと思い出した。
オレは・・・
いいえ。
私はツェルヘルミア・オリオンバート。
不思議な感覚だ。
自分がツェルヘルミアだと理解できたのに、自分は別人だとも思える。
二重人格ってこういうのか?
もっとも・・・まだ記憶は戻らないな。
わかったのは自分が侯爵令嬢で、ツェルヘルミアという名前だけだ。
あ、あとオリオンバートという言葉に釣られるように、国の名前もトライバル王国だったと思い出した。
トライバル王国オリオンバート領。
うん、すっと繋がった。
「みなさん・・・。」
「「「おお?」」」
「ありがとうございました、
確かに私はツェルヘルミアです。
おかげで自分の名前は思い出すことが出来ました。」
マジで感謝する。
礼代わりと言っては何だが、このままオレに何もしなかったらこのまま見逃してやるぞ?
意識したわけではなかったが、
お礼を言うという条件反射で、オレは軽く頭を下げて口元に笑みを浮かべたようだ。
「うおおお! 笑った顔もめちゃ可愛いいいいい!!」
「ツェルヘルミア侯爵令嬢って・・・この領地の宝石だって噂は本当だった・・・。」
「いいってことよぉ!!
おれらが紳士だってわかったろぉ!?」
こんな小汚ぇ紳士いてたまるか。
あと近づくな、臭い。
てか・・・ふふふ、
やはりこの顔は可愛いのか///
早く鏡のあるところに
い、いかんいかん、まだ気を抜くな!
「あ、あともう一つよろしいでしょうか?」
「んん? なんでぇなんでぇ、なんでも教えてやるぜぇ?」
「おお、手取り足取り腰取りよぉ!」
「一晩かけてじっくりとなぁ~!?」
我慢・・・我慢だツェルヘルミア。
「私の家・・・
オリオンバート家はどちらの方角になるのでしょうか・・・。
あとここからこの馬で、どれくらいの距離になるのか、もしお分かりなら・・・。」
「あああ、そりゃ反対方向だぜぇ、お嬢さま~?」
「まぁ二時間もありゃ、馬で城門には辿り着くんじゃねーのー?」
「今から戻っても城門しまっちまうんじゃねーかあ?」
なんだ、反対方向かよ。
オレってばこんな天気にどこ行こうとしてたんだよ?
まぁこれで知りたいことは全部わかった。
こいつらが嘘ついてる可能性もあるが、道なりに進めば街か村には着くだろう。
ん?
街か村?
・・・いや、おかしい。
これは完全にツェルヘルミアの思考だな。
本来のオレの思考パターンじゃない。
何故なら、どうして「車が通らない」前提で考えを進めているんだ?
現代ヨーロッパでも場所によっては貴族制度を維持しているところもあるだろう。
ここがそんな場所なのかどうかはまた別の話だとしても、
この地には現代文明の痕跡が何一つとして見当たらない。
車どころか電柱も電線も何もねーじゃねーか?
・・・て、オレの思考はここで邪魔された。
「なぁなぁ、今からお屋敷に帰ろうにも城門はしまっちまうだろ?
ならオレらの家に来いや?
マジにゆっくりしていけよ。」
「そうそう、飯くらい食わせてやるって、
オレらの相手もしてもらうけどよぉぉぉっ!」
「い、痛くしないからね!? 優しくするからねっ!?」
ゾワッ!
おい、最後のハゲ頭、オレの腕に触るんじゃねぇ!
ちっ、さっきイブニンググローブ外しといたままにしたのが仇になった。
まあ、グローブ嵌めた上からでも気持ち悪いと思うんだろうが。
いかん、鳥肌たってきた。
そろそろ限界なんだが。
オレはやんわりとハゲ頭の腕を払う。
「いえ、本当に・・・
仮にも侯爵家のものが、見ず知らずの殿方の家に招かれるわけにも参りません。
いろいろ親切に教えてくださったのは感謝しますが、これにて失礼いたします。」
うむ、
今のもそれっぽく喋った気がするな。
まぁこのまま大人しく帰らせてはくれないんだろうなぁ?
さて・・・もう一つの覚悟の方かな。
トライバル王国。
メリーさんが最初に降り立った地ですね。