第四百八十二話 〇女、現る
なお、この事件はケイジ達が邪龍と戦ってるのと同時進行ではありません。
少し前のお話となります。
<視点 ツェルヘルミア・オリオンバート>
「おい、・・・生きてるか?」
オレはぶっ倒れたままの馬の一頭の顔をゆっくりと撫でてやる。
・・・生きているのは間違いない。
意識があるかはわからなかったが、心臓が激しく上下していたからな。
もう一頭の方は・・・無理だろ。
救命措置が早ければなんとかなったかもしれないが、オレ自身カラダを動かすのにこれだけ時間かかっちまったんだ。
蘇生なんて・・・
てか申し訳ないが心臓マッサージなんか出来る体力もない。
今も出来ればどこかで横になっていたいくらいなんだ。
まあ・・・雨はやんでくれたようだ。
もう雷鳴も聞こえない。
ブルルルッ・・・?
お、馬が目を覚ましたか?
とは言えコイツも混乱しまくりだろ。
ほらほら、暴れるな?
せめて落ち着けるように優しくしてやるから。
おい、無理に立つなって。
ゆっくりでいいからよ。
オレの言葉が通じたわけじゃないだろうが、
この馬は一度立ちあがろうとするのを諦め、
顔を撫でていたオレに応えるかのようにオレの顔を・・・
ぶわっ!!
舐めるな、コラっ!!
お前に舐められると顔がヨダレだらけになるだろと!
逃げるようにオレが立ち上がると、
馬の方もガクガクと自分のカラダを確かめるように、なんとか歩けるくらいにまでは無事なようだった。
「大丈夫か?
骨とか折れてないか?」
ヒヒヒンとその馬は鳴いた。
・・・それは肯定なのか、否定なのか。
いや、馬がオレの言葉をわかるわけないよな。
・・・とりあえず馬車のくびきから外してやるか。
もうこの馬車は使い物にならんだろうし。
「そういうわけだから、お前の背中乗せてってもらっていいか?」
今度はヒヒーンと鳴いた。
だから否定なのか、肯定なのか。
まあ、乗るしかないんだけど。
鎧も鞍もないが、早駆けするわけじゃなければ大丈夫だろう。
大人しくゆっくり走ってもらおうか。
乗馬は・・・
なんとかなりそうな気がする。
オレの記憶にはそんな経験なかったと思うんだが。
そういや・・・
「お前の名前思い出したぞ・・・
確かナツリ・・・だったよな?」
ブルルと嬉しそうに馬が嘶く。
もう一頭の方は思い出せない。
多分生きていたらちゃんと思い出せたのかもしれないが。
そんでコイツはオスだ。
今の自分の顔は分からないが、馬の方も相手が人間とはいえ、女に乗られるのが嬉しいのかもしれない。
・・・それにしても馬の名前にしては珍しい名前な気がする。
この地域ではありふれたネーミングなのだろうか。
・・・さて無事に馬には乗れた。
では次の問題だ。
え?
自分のカラダが女になってるのは解決したのかって?
そんなもんどうにもならんだろよ。
今は無事にカラダを休めることの方が大事だろ?
雨は止んだとはいえカラダはずぶ濡れなままなんだ。
まだ寒い季節じゃないのは幸運だが(だよな?)、
夜になったら一気に気温だって下がって来るだろう。
それまでに自宅か・・・宿屋か何かを見つけないと。
・・・そう、そしてその話なんだ。
オレは元々この道を・・・行くところなのか、帰るところなのか。
馬車と馬の倒れていた角度で、向かっていこうとしていた方向は分かる。
けれどそれは自宅への帰り道なのか、
それとも何かの用があってこれから向かうところなのか。
そしてもう一つ考慮すべきは、
それらがこの地点からどれほどの距離にあるのかということだ。
・・・馬車の中に手がかりでもあるのか。
ああ、それを確かめてから騎乗すればよかった。
今更馬から降りるの面倒だよな。
そう考えていると、
まさに正面を向いていた方向から、ガヤガヤと人の声が聞こえてきた。
男たちの声だよな?
有難い!!
たぶんだが、肌のつやとか服装とかからして、オレはいいとこのお嬢様なんだろう。
顔が美人かそうでないかはわからないが、
年頃のお嬢様がこんな状況になっているのがわかったら、
男どもならきっと助けになってくれるはずだ。
・・・世間てそんな甘くはなかったんだな、と思い知らされたのはそのすぐ後。
下り坂になっていたその畦道から登って来たのは、三人のいかついおっさん達。
髪も整えず、髭もぼうぼう、
一人はつるっぱげ、
風呂にも入ってなさそう・・・
それはいい。
オレもそんなことで文句は言わない。
オレの仲間にもヤクザかチンピラにしか見えない連中もたくさんいた。
いや、風呂にはちゃんと入ってたぞ、奴らも。
・・・いたよな?
ああ、またか。
記憶がはっきりしない。
まあ、今はこっちの話。
顔つきはまだしも、いかにも昔の馬賊か山賊かという服装。
なんで素肌に直接毛皮のベストを着るんだ?
手にはそれぞれ物騒な得物が・・・。
木こり・・・じゃねーよなぁ。
山菜採りでもないだろうし。
しかも山刀はともかくこん棒なんて仕事で使うか?
そして奴らは茫然と佇むオレの姿に気づいたようだ。
「・・・お?
なんでこんなところに貴族の・・・お嬢ちゃんが?」
「つか、なんで服とかボロボロなんだ?
まさかあの雷雨の中、馬で駆けてきたのか?」
「うっひょ、こんな山道にゃぁ有り得ねぇくれぇ別嬪さんじゃねーかぁ!!」
やっぱりオレは貴族のお嬢さんなのか。
そして激しい雷雨が降っていたのも間違いないと。
それにしてもこいつらの顔、アジア人じゃないな。
西洋人か、それも東欧風?
ていうか何語なんだ?
北京語でも日本語でも英語でもない。
なのにどうしてこいつらの言ってることが理解できるんだ?
・・・てことはオレもしゃべれるのか。
あれ? さっき馬のナツリには何語でしゃべったんだっけか?
まぁ、いいや。
いやな予感はしたままだが、コミュニケーションを取ってみないと何も始まらない。
「あ・・・の、
どうやら、オレ・・・いえ、私さっきの落雷を受けてしまったみたいで・・・
いま、自分がどこにいるのかもわからないんですが・・・。」
喋り方も気を付けた方がいいな。
この姿で男の口調で会話したら、違和感覚えられまくりで話が余計こんがらがるだろうし。
さてオレの話は伝わったか・・・?
「お、おお・・・。
もしかして雷の直撃受けたってのか!?」
「え、それってさっきのどでかいやつ!?」
「よく生きてられんなぁ!?」
うむ、会話は通じるようだな!
「あ、た、たぶん、直撃したのは馬車の方だと思うので、
私はその中に乗っていただけですから・・・。
御者の方は、もう・・・。」
まぁ、それでも死にかけたのは間違いないと思う。
「お、おう、それは災難だったな・・・。」
「でもそれで命があったってんなら良かったじゃねーか!!」
「オレら、全くついてるぜ!!」
ええ、本当に・・・と同意しかけてオレは思いとどまった。
最後の坊主頭が放ったセリフ、
「ついてるぜ」ってのがオレのことでなく「こいつら」?
一瞬、オレの言語能力の問題で聞き間違えたのか、
それとも表現方法を勘違いしたのかと思ったが、坊主頭のセリフと奴ら全員の表情が見事に一致していた。
あれは事故に遭った可哀そうな女の子を見る目じゃない。
美味しそうな獲物を見つけた時のそれだ。
「上玉だ・・・。」
「こんな綺麗なねーちゃん、見た事ねぇよ・・・。」
「しかも、なぁ、この格好・・・。」
どうやらこいつら、ケガした女の子をどう扱えばいいか、その常識も良心も全く存在してないようだ。
・・・そしてオレは美人らしい。
ちょっと嬉しい。
・・・ちょっとだけだぞ!!
こんな奴らに褒められたって嬉しくないんだからなっ!!
ていうか最後の奴、何か言いかけてたな。
オレの格好?
貴族っぽいスタイルのことか?
オレの出自についてだろうか?
ならその情報は是非とも入手しておかねばならない。
「おお、あの格好か・・・。」
「す、すげぇな・・・。」
「だよな、あれ、ところどころ服が破れて・・・。」
え、ちょっと待て、それって
「「「やったああああああああああああああああああああ!!
痴女だあああああああああああああああああああああああああっ!!」」」
好きでこんな姿なんじゃねえええええええええわあああああああああああああああっ!!!
※※ ステータス(現在公表可能情報) ※※
ツェルヘルミア・オリオンバート
18才、女性 (状態 負傷)
職業・・・貴族令嬢(New!)
ツェルお嬢様が馬に声をかけた時、
その馬が反応したと書いた時点で
この馬の名前が決まりました。
こっちはオスです。