第四百七十七話 残酷なる結末
ぶっくま、ありがとうございます!!
先代邪龍戦最終話、3000文字程度で終わるわけなかった・・・。
ちょっと長めですがご容赦を。
<第三者視点>
・・・まだそこにいる。
邪龍は消滅していなかった。
けれどしかし、
聖女ベルリネッタの光の暴風嵐を受けて、
見違えるまでの存在と化していた。
その体積は大きく削られ元の状態の六割ほどと言えばいいか、
そしてその体表も、まるで生物のそれではなく、単なる灰の山と表現すべきだろう。
今や、邪龍は体組織の再生すら出来ず、
生物としての生理的な微動すら外部からは観察出来ない。
やったのか・・・
いや、
邪龍を殺し切ったというなら、
残された三人にはレベルアップがある筈。
それがまだ訪れないという事は・・・
邪龍はまだ生きている!!
しかし、どうやってそれを確かめる?
安全確実なのは、遠距離から光属性呪文を打ち込めば良さそうなものである。
しかし聖女ベルリネッタは全ての魔力を使い果たしてしまった。
魔力の回復薬は?
MPポーションなら後続のポーター達の荷物の中だ。
彼らが既に塵と化した以上、MPを回復する手段もない。
ウエポンマスター・エスカトールは強力な武技の使い手ではあるが、その為の遠距離攻撃手段を持っておらず、
また、神殿騎士ダルダンドラは光属性呪文を持ってはいるが、それは聖騎士のスキルより、威力においても効果においても大きく劣る。
「し、神殿騎士のわたしが使えるのは、ホーリーウォーターと『聖刃』のみ・・・ですが、やらねばならぬのでしょうね・・・。」
ホーリーウォーターは確かに破邪効果を持つ呪文ではある。
けれど、その範疇の中でホーリーウォーターは最も威力が弱い。
体積を大幅に減らしたとはいえ、邪龍の体表を削る程度しか出来ないだろう。
では『聖刃』スキルとは?
そのスキルを第三者に分かりやすく説明するならば、焼きゴテのイメージを思い出して頂くのが一番だろうか。
聖刃スキルで普通に攻撃したとしても、属性効果はほとんどない。
その代わり、対象の魔物にその刃を触れるだけでもダメージを与え続けることが出来る。
例え相手が邪龍だとしても。
ならばここで使うスキルは一択。
問題があるとするならば・・・
「ダ、ダルダンドラ様、
気をつけて下さい、邪龍の反撃がある、かも・・・!」
「ま、任せてください・・・!
聖女様・・・!!」
既にグラナダス、オフューリア、アレクセイ、三人もの仲間が犠牲になっている。
これ以上の被害など考えたくもない。
・・・けれど彼らの命と引き換えに邪龍にここまでのダメージを与えたのだ。
ここで退くことは許されない。
ダルダンドラは慎重に近づく。
タワーシールドを体の前面に掲げ、邪龍がいつ反撃しても対処できるように。
「い、行きます、『聖刃』!!」
ダルダンドラのメイスは度重なる激闘で半壊していた。
けれど武具が半壊しているからと言って、スキルの使用に不備が生じるというほどでもない。
・・・メイスというごっつい武器には、スキルの名前は似合わないイメージだが。
ダルダンドラが慎重に、しかし力強くメイスを振り下ろす!
彼なりに邪龍のカラダを抉るべきだと考えたようだ。
そして少しづつでもいいから、
邪龍の中核を・・・
恐らく他の魔物同様、魔石に相当するものが・・・
三回・・・
それは地道でありながら、相当に神経を削られる作業と言えた。
そのスキルの特性上、ダルダンドラは後ろに下がる事もできず、ただひたすら邪龍の反撃に怯えながら、少しづつ邪龍のカラダを抉る。
邪龍には未だ反応はない。
光属性の攻撃に苦痛を訴える事もせず。
ここまで追い詰められたことに対する怒りと怨みの声もない。
「・・・既に邪龍の体表組織は死滅しているのかもしれないな・・・。」
後ろで慎重に事の成り行きを見つめていたエスカトールが現状をつぶさに分析していた。
なるほど、
体組織や神経が殆ど死滅していれば、痛覚なども残っていまい。
「な、なら後一息ですね!」
ダルダンドラが4回目の攻撃をかけた時だ。
スカッ
「えっ?」
それまであった手応えが急に無くなった。
殆ど空振りのようなものである。
さっきまでそこに灰の塊があったのに・・・
だがダルダンドラの目は「そこ」に別のモノを見た。
顔である。
ダルダンドラの顔と同じ大きさの・・・
作り物のようなソレであったが、
間違いなくニタァと笑みを浮かべていたその顔を、ダルダンドラは反応も出来ずに見つめているしか出来なかった。
その瞬間、
その歪な顔の口から一本の触手が生え出しダルダンドラの口の中に飲み込まれる!!
「グボォッ!?」
「ダルダンドラ様っ!?」
「ダルダンドラッ!?」
「オボロロルロロオオォオッ!!」
それはもはや悲鳴ですらない。
単に邪龍の触手がダルダンドラの内臓を食い破る音。
もう・・・ダルダンドラは助からない。
この時点で、
エスカトールは、ここから邪龍を倒すどころか、生き延びる手段さえ見失ってしまった。
せめて、聖女だけでも・・・とは思うものの、とうに万策は尽きている。
惨めに逃げ出したならば邪龍は追ってくるだろうか。
いや、ならば自らを盾にしてでも
「聖女殿!
に、逃げて下さい!!
ここは私が命に換えましても!!」
エスカトールの判断に異を唱える者はいまい。
もはや、残された二人には邪龍を打ち破る術など残されては・・・
「いえ、エスカトール様、まだ一つ・・・。」
「えっ!?
聖女殿、何を・・・!?」
この場に生きている者は、既にエスカトールしかいないが、もしここに観衆でもいれば誰もが目を疑った事だろう。
聖女ベルリネッタがフラフラと、邪龍の真正面に何の警戒も持たずに近づいていくのを。
「聖女殿!?
危険です!!
お戻り下さいーっ!!」
だがベルリネッタは歩みを止めない。
既に邪龍はダルダンドラの死体を放り投げ、
先程彼を貫いた触手はグネグネと聖女ベルリネッタを狙っている。
『狂ったか、聖女。』
「どうせあなたは私達を逃すつもりはないのでしょう・・・?」
『確かにな、では楽に死なせてやろう。』
「聖女どのおおおおおっ!?」
そして
邪龍の触手は、
無慈悲にも聖女ベルリネッタの腹部を貫いた。
「うああああああああああああああああああっ!!」
その悲鳴はエスカトール。
何も出来ず、何の役にも立てず、
目の前で全ての仲間が殺された・・・
最後に残されたのは自分、
単に順番が最後に回されただけ・・・
この後は当然自分もみんなと同じ運命を・・・
もはや彼は目の前の全ての現実を受け入れるだけしか出来なかった・・・。
「エ、エスカトールさま・・・」
「えっ」
聖女ベルリネッタが首だけ後ろを振り返る。
まだ生きてはいるのか・・・。
「あき、らめ、ないでくだ、さい」
「聖女殿っ!?」
『この女、まだ。』
口から血を吐くベルリネッタ。
しかし彼女は強い意志で自らを貫く触手を抑え込む。
「わ、私を、見くびりましたね、邪龍、
『スターダスト・・・プリズン』・・・ッ!」
直後、聖女のカラダから無数の光の粒が沸き立つ!!
『何だ、この術は!?』
もはや聖女ベルリネッタには、余計な口を開く体力・・・いや、生命力は残されていない。
魔力ではなく、
・・・彼女の生命を変換し、
光の牢獄を展開する最後の術法。
その効果は対象物にダメージこそ与えられないが、
その行動全てを封じる!!
「エ、エスカトール、様・・・」
けれどしかし、
敵にダメージを与えられない以上、
これだけでは何の意味もない。
「聖女・・・殿!?」
だから。
「邪龍の命の源・・・邪石は私のカラダの先、です。」
聖女の言葉はエスカトールの耳には聞こえた。
けれど、彼女が何を言ってるのかまるで理解出来なかった。
出来ようはずもない。
「あなたの、スキルなら、可能、です、よ、ね・・・。」
聖女ベルリネッタが邪龍の弱点を見極める事が出来たのは、
彼女のスキルか、それとも自分のカラダを触手で貫かれた事により、
邪龍とのカラダに何らかの同調効果があったのか。
いや、もはやそんな事はどうでもいい。
ウエポンマスター・エスカトール、
今、彼に求められている行為はただ一つ。
彼のファイナルスキルで聖女のカラダごと邪龍を貫くこと。
「そんな・・・私にそんな、
そんな残酷な事を貴女はああああああああああっ!!」
「す、みま、せん、でも、それ、しか」
分かっている。
時間はない。
邪龍が動けなくなっているといっても、それは聖女ベルリネッタの命がある間。
そして、その命の灯火は今にも尽きようとしていた・・・。
「さ、最後に、エスカトール、様、
私の願い、を・・・」
エスカトールは返事も出来ない。
そしてもはやベルリネッタにも、
彼の返事を待っている余裕など有りはしなかった。
「私は、聖女、なんて呼ばれたくなかった、
どうか、最後に、私の 名前を・・・」
「くぅっ・・・そんな、そんなっ、
聖女、殿、い、いえ・・・べ、ベル!
ベルリネッタ様ああああっ!!」
「う、ふふふ、
やっと、なまえ呼んで、もらえた、
エスカトール、様、ありがとう、ござ・・・い」
次の瞬間、ベルリネッタの首が、ガクリと落ちた。
それが意味するものは一つしかない。
エスカトールの顔が歪む。
溢れ出す涙が視界を滲ませる。
けれど狙いを外す事などあり得ない。
許されない。
長槍を掲げ、構えに入り、
足の位置を確かめるように踏み締める。
ウエポンマスター・エスカトールのファイナルスキル。
属性こそ付加されていないものの、その貫通力はパーティー内随一。
「うああああああああああああああ!
『スクリュー・・・ドライバーッ』!!」
邪石を砕くことさえ出来るのなら、
その攻撃に光属性も不要。
それを砕いてさえしまえば、邪龍のカラダは再生することもないのだから。
いま、
エスカトールの長槍は、
聖女ベルリネッタの背中を貫き、
邪龍の造られた顔を穿ち、
その奥に埋もれていた邪龍最大の弱点である邪石をも打ち砕く。
『こんな バカな』
そして
邪龍のカラダは崩壊を始める。
・・・だが。
『このままでは済まさん。
必ず、必ずや再び復活してみせよう。
それまで貴様らのカラダ、貰い受ける!!』
既に聖女ベルリネッタの命は尽きている。
それはすなわち邪龍は行動可能だということ。
邪石を砕かれた以上、その命も残り僅かではあるが、
邪龍は自らの徴を置いた場所に転移が可能。
そして邪龍は最後の力を振り絞り、
自らの死にゆくカラダと、
この場で彼が殺した英雄たちの死体を幾つか、
この星の赤道直下、カスタナリバ砂漠の自らの巣穴へと持ち去ったのである・・・。
「・・・あんまりだ・・・。」
たった一人生き残った男、エスカトール。
傍らには首と胴体が泣き別れとなった、第三王子グラナダスの死体が野晒しとなっている。
カラダのダメージは然程でもない。
けれど、彼が心に負った傷は余りにも深すぎた・・・。
「王子を守る事も出来ず、
聖女を・・・ベルリネッタ様を、
この手で・・・うああ、私のこの手でぇ・・・っ!」
彼の右腕には、
今もベルリネッタの背中を貫いた感触、生暖かさが生々しく残っている。
彼の槍は・・・いや、彼の腕そのものがベルリネッタの肉や内臓を掻き分けたのだ。
エスカトールの右腕や防具には、
ベルリネッタの血肉がこびりついたまま。
もちろん顔面にもベルリネッタの背中からの血飛沫を浴びている。
この腕を切り落とせば、この悪夢を忘れることが出来るだろうか?
自らの顔面の皮を剥げば、その罪から逃れる事が可能だろうか?
無理だ。
・・・絶対に無理だ。
そんな甘い幻想など見れる筈もない。
「ゲボォ!」
既に彼の顔面は、涙と鼻水と、聖女の返り血でまともに見られない醜態を晒していたが、
そこへ更に胃の中の物をぶち撒ける。
国のみんなは、
世間の人々は、
彼を何と呼ぶのだろう?
邪龍を倒したと報告すれば、大勢の人々に賛美されるに違いない。
ではどうやって邪龍を?
そして次の質問決まっている。
他のみんなはどうなったのか?
嘘をついたところで意味はない。
結果は何も変わらないのだから。
そこにある現実が事実なのだから。
ならばエスカトールを評する声は・・・
邪龍に留めを刺した英雄か?
それとも他のパーティー全員を見殺しにした無能?
いいや、人類の希望だった聖女を殺した、史上最大の犯罪者になるのだろうか?
胃の中のものは全て吐いた。
それでも何か吐き出すものはないかとえずくも、こみ上げてくるのはもう胃液だけしかない。
「ゲェエエエェッ・・・い、嫌だ、ゲホッ、
そんなの、ゲホッ、嫌だ、耐えられない・・・!」
長槍はもう彼に必要ないだろう。
今・・・彼が手にしたのは魔物の素材剥ぎに使うための、ただの無骨なナイフ。
「グ、グラナダス王子、
アレクセイ、ダルダンドラ・・・
オフューリア・・・
せ・・・ベルリネッタ殿、
・・・許してくれ、
いま私も行くから・・・
せめて、せめて私もみんなと一緒に・・・!」
そしてエスカトールは、
自らの喉にそのナイフを突き立てる。
もう、
この場に生きている者は、誰もいない。
・・・こうして、
前代の邪龍討伐の記録は、
何にも残されぬまま、誰にも伝えられぬまま、
闇の中へと消えていった。
けれど以上が、
過去の時代、
邪龍と死闘を繰り広げた英雄たちの、悲しくも讃うべき物語の顛末。
そして、
この後、
現代の邪龍討伐メンバーは・・・
また、異世界からの転移者達は、
邪龍相手に如何なる戦いを繰り広げるのか、
それは
次回以降の更新をお待ちいただこう。