第四百七十二話 覚悟
<視点 ベルナ>
ヤバいね。
何がヤバいかって?
今、あたし達の目の前に現れた三体のストーンゴーレムたちのことさ。
・・・別にストーンゴーレムそのものは、実を言うとそんなに脅威でもない。
動きも雑だしのろまだしね。
ただあたしとは相性が悪いっていうのかな、
そもそもあたしの剣じゃストーンゴーレムを破壊しにくい。
術法も然り。
もともとストーンゴーレムなんてのは魔法が効きにくい相手なんだ。
だからダンジョンの中でもできれば会いたくない存在ていうわけだ。
ただ皮肉なことに、ストーンゴーレムの一番の弱点が、
魔法の中でも最も破壊力に乏しい水属性ってのも有名な話でね、
どうもストーンゴーレムの体内に水が浸食することで奴らの動きを阻害すると言われてる。
それと土魔法による物理での力押しも効果的だ。
これはサンドゴーレムも弱点は一緒。
な?
だからそんな難しい相手じゃない。
・・・単純にあたしがストーンゴーレム相手の武器や手段を持ってないってだけなんだよ。
だからダンジョンの中でストーンゴーレムを相手にしようと思ったら、
物理的破壊力重視の前衛を連れていくか、水系か土系魔術士を参加させるか、あるいはその両方。
あいつらは他の魔物と違って人間を探知する能力も低いし、
ダンジョンの中は身をひそめる場所もたくさんある。
だからいつものオックスダンジョンで出会う分にはまだマシなんだ。
だが今回は状況が悪すぎる。
さっきのファイアーウォールを盾に、遠距離から魔物を攻撃していたせいで、
前衛職があたし達とほぼ同じラインまで下がってしまっている。
あ?
じゃあ今からでも前衛職を前線に送り出せばいいだろうって?
いや、それしか手がないとは思うんだけどさ。
問題は敵がストーンゴーレムだけじゃないって話なんだよ。
見なよ?
ホラ、術師カリプソのファイアーウォールの壁が下がって来た。
あいつももう、魔力の限界なんだ。
そして炎の壁の向こうには、今まで火を恐れていた他の魔物が、今にも一斉にこっちに飛び出そうとしている。
わかる?
奴らはストーンゴーレムを盾代わりに使う気なんだ。
・・・ああ、
スタンピード中の奴らにそんな知恵は回らないだろっていうんだろ?
言いたいことはわかるよ。
この話はさ、
現実として奴らが何も考えてなくても、これだけの魔物の数なら、勝手にストーンゴーレムは他の魔物の盾役を果たすことになっちまうっていうだけ。
ダンジョンの中なら、ストーンゴーレムなんて単体で現れる魔物なのにね。
だからあらゆる意味で、今の状況は最悪なのさ。
そりゃ、この場にもストーンゴーレムと相性のいい斧使いや大剣持ちはいるよ?
けど相性がいいって言ったって、そんな簡単に倒れてくれる魔物じゃないからね、ストーンゴーレムは。
前衛職がストーンゴーレムとやりあってる隙を他の魔物は見逃さないだろ。
カラダの小さいゴブリンあたりに纏わりつかれて結局は魔物の波に飲み込まれる。
・・・そんな未来が見えちまうのさ。
自分でも悲観的になってるのがわかる。
援軍でも来ない限りどうにもならない。
ケーニッヒのおっさんが前衛職に前に出るよう指示をする。
・・・それしかないもんね。
しょうがないよ。
そもそもこの村には、そこまで強力な実力者なんていないんだ。
多少は時間を稼いだって・・・
ああっ、ほら、また一人ストーンゴーレムの腕に吹き飛ばされた。
あっちの斧使いは後ろに回り込まれたゴブリンに足を喰いつかれている・・・。
倒されたぞ・・・。
あっという間に群がるゴブリン達に喰いつかれる。
耳を覆いたくなる悲鳴が響く。
一人、また一人・・・
あたしの前にいる冒険者たちがどんどん倒れていく。
ここにはあたし達が駆けつけた時点で、総勢30人以上の冒険者が対処に当たっていた。
でももう半分は戦線から離脱を余儀なくされ、
応援で来たあたし達の中からも犠牲者が出始めている。
このままだとみんな助からない。
そしてあたしも時間の問題さ。
・・・魔力?
まだあるよ?
まだトルネード一発は撃てる魔力は残っている。
今からそれを詠唱して呪文を発動すれば、ここにいる魔物は全て吹き飛ばすことができるだろう。
でもそれであたしは終わりだ。
魔力を使い果たしたあたしは、魔法剣士からただ一本の剣を振り回すだけの剣士になる。
その後、オックスダンジョンから湧き出てくる魔物の群れと戦う術はない。
・・・やっぱり逃げるしかないかな。
ちくしょう。
なんだかんだ調子のいい事言ったって、やっぱりあたしだって死にたくないさ。
「あんな風に」魔物どもに寄ってたかってこのカラダを食いちぎられて死ぬなんてあんまりだ。
魔法の才能があるなんてみんなにおだてられてさ、
調子に乗って冒険者なんかになっちまって・・・
体が無事なうちに引退して、キリオブールみたいな大きな街にでも行っちまった方がよかったのかな。
え?
なに?
誰かが叫んでる?
「・・・ちゃん!」
あ・・・と、これ
「ベルナちゃん、聞こえたかのっ!?」
あ、ああ、ケーニッヒのおっさんがあたしを呼んでたのか。
「ベルナちゃんはギルドへ戻るんじゃっ!
エステハン殿と合流すればまだどうにか出来る筈じゃっ!!」
は?
ケーニッヒのおっさん、何言ってんだ?
「・・・ダメだろ、
あたしの足じゃここから逃げきれねーよ・・・。」
いや、風魔法で全部吹き飛ばせばいいんだけどさ。
でもそうすると・・・あたしはほんとに後は何もできずに・・・
「ここはワシが抑えるかの!!
少しくらいなら時間を稼いでみせるかの!!」
・・・ケーニッヒのおっさん、目が薄く開いてるぞ・・・。
「無茶だよ・・・。
あんただってただの器用貧乏じゃないか・・・。
そんな大それたマネ出来っこないくせに・・・。」
「冒険者なんてそんなものかの!!
五体満足で引退できるヤツなぞほんの一握りかの!!
なら、今こそワシの最高の見せ場かの!!」
・・・凄いなぁ。
ホント凄いなぁ、ケーニッヒのおっさん。
あたしなんか今さっきまでどうやって逃げるか考えてたのによ・・・。
「ベルナちゃん!
早く行くかの!!
もう魔物がそこまでやってきたかの!!」
本当だ。
もう逃げてるヒマねーじゃん。
なら・・・
「『我が掌中に集いし炎よ、我に害なす敵を撃て! ファイアーボール』!!」
「ベルナちゃん!?」
ストーンゴーレムを追い抜いてこっちに近づいてきていたゴブリンを丸焼きにする。
ウィンドカッターでも良かったんだけど、
魔物どもに見せつけてやらないとなんないからさ。
あたしも戦うってことをさ。
「ケーニッヒのおっさん、かっこつけすぎだよ。
何も一人で死ぬことはないだろ。
あたしも付き合ってやるよ・・・。」
「・・・ベルナちゃん・・・ワシに惚れたのかの・・・。」
ふああっ!?
「アホか!! ジジイが色ボケしてどうする!!」
「・・・冷たいの・・・。
ワシ、まだ30代なのに・・・。」
やっぱり逃げとけばよかったかな・・・。
まぁいいや。
でもただじゃ死なねーぞ!
最後に一発、こいつらにトルネードお見舞いしてやっからよ!
「『大空あまねく旅する風たちよ! 我が腕に集いて・・・」
「ちゅっどーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
え
とつぜんなにかがおこった。
思考停止。
状況確認困難。
鼓膜が破れるかと思うような大音響。
目の前に巨大な岩石群が何の前触れもなく落ちてきた。
魔物が全部潰れて?
え? え?
なに?
なんなの?
ゴーレムの弱点
ウッドゴーレム→火属性
サンドゴーレム
ストーンゴーレム→水属性
アイアンゴーレム
ミスリルゴーレム→雷属性